影の森の捕食者
「おい、黒炭! 足が止まってんぞ! それで『効率がいい』だあ?」
朝靄に包まれたルミナ村の境界。カイルの野太い声が響く。
あの日以来、カイルは文句を言いながらも毎朝ユーマの前に現れるようになっていた。
ユーマは無言でペースを維持する。
(今の僕にできるのは、自分に魔眼をかけ、基礎値を底上げすることだけだ……)
だが、その平穏は突如として切り裂かれた。
二人が村から少し離れた「影の森」の入り口に差し掛かった時、ユーマの魔眼がこれまで見たこともない赤い警告を視界に叩きつけた。
【警告:生命維持に重大な脅威を感知――。】
「カイル、逃げ……っ!」
ユーマの言葉が間に合わない。
茂みをなぎ倒し、現れたのは体長3メートルを超える「黒角熊」だった。
額から生えた禍々しい角が、鈍い光を放っている。
「嘘だろ……なんでこんなところに『森の主』が……!」
カイルが恐怖で足を止める。
逃げようにも、熊の放つ威圧感で膝が震え、動けない。
「カイル、構えて! 逃げ切れない!」
ユーマは震える手で短剣を抜き、自分に【努力の魔眼】を最大出力で重ねた。
視界に予測線が走る。だが、その線が真っ赤に染まっている。
(速すぎる……! 予測しても、体が追いつかない!)
熊の巨大な前足が振るわれた。
ユーマは辛うじて横に飛んだが、その衝撃波だけで数メートル吹き飛ばされる。
「ガハッ……!」
「ユーマ!!」
カイルが手斧を振るって加勢しようとするが、熊は一瞥もせず、その強靭な腕でカイルを弾き飛ばした。
木に激突し、ぐったりと崩れ落ちるカイル。
「カイル……ッ!」
ユーマは立ち上がろうとするが、右腕の感覚がない。肩が外れている。
熊はゆっくりと、獲物を追い詰めるように歩み寄ってきた。
知力27の脳が、冷徹な計算結果を弾き出す。
【生存確率:0.02%】
(また……またこれか。死ぬ気で努力しても、圧倒的な力の前には無意味なのか?)
魔眼が激しく明滅する。
目の前には、血の匂いをさせた巨大な顎。
元の世界で味わった、あの「どうしようもない絶望」が、黒い泥のようにユーマの心を侵食していく。
熊が角を低く構えた。あれで貫かれれば、12歳の小さな体など一溜まりもない。
「おばあちゃん……カイル……」
ユーマは動かない右腕を引きずり、左手で地面の土を掴んだ。
魔力3。これをすべて攻撃に回しても、あの厚い毛皮を焦がすことすらできない。
(嫌だ。こんなところで、また『報われないまま』終わるなんて……!)
熊が地を蹴った。
死神が鎌を振り下ろすような速度。
ユーマは残った全ての意識を、血走った黒い瞳に凝縮させた。
「……させるかあああ!!」
視界の青い文字が、ノイズ混じりに激しく書き換わっていく。
だが、力はまだ届かない。
熊の角が、ユーマの胸元に迫った――。




