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勇者業・1-3

ごほん。いや、案ずることなどなにもない。ましてや取り乱すことなどありはせぬ。魔王ゆえな。


「あー……でもそこまで言うってことは、兄さんの目的は魔王に挑むことなのか?」


「馬鹿か、貴様。なぜオレが魔王に挑む」



 というより、挑めるわけがあるまい。


 だからこそ鼻を鳴らしてそう言えば、剣士っぽい人間はきょとんと阿呆面を晒しおった。



「え、いや、え? 勇者になって魔王に挑みたいってはなしじゃなかったのか?」


「違う。オレは魔王に挑もうという気概ある勇者が育まれることを望んでおるのだ。そのためにまずは勇者の株を上げ、多くが勇者になりたいと意気込み自らを磨くよう仕向ける」


「ん? うーん? えーと……? つまり兄さんは他力本願で魔王を倒してほしい、ってことか?」


「無礼な。他力本願などではない。オレが土台を整えてやるのだからな。それに魔王を倒してほしいだなどと大それたことは望まぬ。不可能でしかなかろう。ただ、挑める程度に実力を備えたものが育てばよい」


「う、うーん……? そ、そうなのか」



 ふむ。まったく、理解力に欠ける人間よな。懇切丁寧に説明してやったオレの慈悲深さに感謝するがよい。

 もう充分だろうという意を込め、もう一度鼻を鳴らしてからカウンターの向こうの人間へと視線を向け直す。なにやら首を傾げて難しい顔をしていたそやつは、オレの視線に気づいて慌てた様子で姿勢を正した。



「ではこれで登録は完了だな?」


「え、えっと、は、はい。わかりました……その、勇者で登録させていただきます」



 うむ、それでよい。


 やれやれ最初からさっくりとそうしておけばよいものを。無駄に手間をかけさえおって。

 カウンターの向こうの人間はなにやら向こう側でごそごそと作業をしたかと思うと、一枚の小さなカードを差し出してくる。



「ではこちらがギルドのメンバーズカードになります。ギルドで依頼を受ける際に必要となるほか、身分証の代わりにもなりますので、大切に保管してください」



 なるほど、決まり文句か。いままでと打って変わって流暢なもの言いをした人間に、ひとり納得した。まあ、どうでもよいが。


 ふーむ、これがメンバーズカードか。薄っぺらくて小さいな。


 ちょっと翳してぴらぴら振ってみる。なんの変哲もない紙片だな。なにやら記録用の魔法が込められておるようだが、容量はさほど大きくもないようだ。

 ぴらぴらさせるのにもすぐに飽き、今度はそのカードをきちんと眺める。表面になまえが書かれ、裏面にギルドの登録者の証なのだろう、たぶんギルドのものだと思われるマークとこの国……リアネスト王国のギルドという文字が描かれ、その隣に。



「E?」



 なんだ、これは。すこし大きめに書かれたその記号に首を傾げる。するとすぐにカウンターの向こうの人間がこたえた。



「あ、あの、ギルド登録者はEランクからスタートになるんです。えっと、依頼はそのランクに応じたものしか受けられなくて……」


「なんと。では勇者の株を上げるために相応の依頼を受けるには、ランクとやらを上げねばならぬということか」


「えーと、そ、そう、ですね。高レベルの依頼をこなせば、それだけ名も上がりますし」


「ふむ。ではそのランクを上げるにはどうすればよい」


「それは、各ランクで依頼をこなしていっていただいて、実力と信用を積んでもらえれば……」



 実力と信用、か。実力はまあともかくとして、信用は地道にどうにかするほかないのか……。魔王が人間からの信用を得るというのもおかしなはなしではあるが、今更そのようなところをつっこんでどうする。

 まあもとより急くつもりもないしな。仕方あるまい。



「わかった。ではまずはこのランクで請け負える依頼を受けよう」


「あ、は、はい。えと、こちらがリストになります」



 カウンターの向こうの人間が紙束を差し出してきたので、それを受け取りざっと目を通す。

 ふむ。ペットの散歩やらどこぞのこどものお守やら、果ては掃除やら料理やらと並んで見えるのだが……。



「おい、これはなんの冗談だ」


「ひぇっ! いいい、いえ! あああ、あの! ぎ、ギルドは多くのひとに開かれた場所でして! その、あの、い、いろいろな依頼が舞い込んできて、いろいろなひとがそれを引き受けてくださっているんです」


「依頼を受けるのは、なにも冒険者だけじゃないってことだ。小遣い稼ぎや副業にしているヤツもいるからなあ。低ランクの依頼となると、雑務が多いんだよ」


「なんだ貴様、まだいたのか」


「え、ひどっ!」



 剣士っぽい人間がまたも横やりを入れてきたが、なるほど、理解できたから許してやろう。


 それにしても……さすがにかような雑務にまで手をかけてやろうとは思えぬな。ちらりとベイズに視線を向ければ、無言で首を振られた。駄目です、ということらしい。当然だ、余は魔王であり、人間なんぞの雑務を受けるいわれはない。

 まあ、言ってしまえば、ここで受ける依頼などそのすべてが雑務といえようが、それはそれ。その中でも勇者の株を上げるに相応しいものであれば構わぬのだ。



「もっとまともな依頼のリストはないのか」


「え、えっと……。冒険者としての依頼、ということですよね。少々お待ちください。……そんなに数はないのですが……こちらをどうぞ」



 おお、そこそこ厚かった紙束が、二枚に減った。Eランクとやらは、どうにも想像以上に難儀なものなのかもしれぬ。



「で、でも、その、あ、あまり無理はしないでください。一度引き受けてしまったあと、それが達成できないと判断し断念した場合、依頼によっては違約金が発生することもありますし、そうでなくても信用が落ちてしまいますから」


「無用の心配だ」



 オレにできぬことなどそうはない。やらぬことなら多いがな。


 カウンターの向こうの人間からの不要な忠告を軽く流し、手元の紙に視線を落とす。


 ふーむ、護衛依頼と討伐依頼が主なようだ。オレがわざわざ人間の護衛なんぞしてやる義理もなし、討伐依頼にするか。とはいえ、当然のごとく、討伐対象は魔族。いまは人間に扮しているとはいえ、オレが魔族を討伐するなど許されようはずもない。

 魔王に反した、とか、目に余る蛮行でも行ったならはなしは別だが。とはいえ、魔王に反したということであらば、その理由も加味して正当な沙汰を下さねばならぬもの。魔王とは独裁者ではないのだ。

と言いつつも、反したものが相応の実力を保持しておれば、余自ら返り討ちにできるというメリットも生じる可能性があるので、反してくれること自体は余としては大変喜ばしくもあったりする。是非ともこぞって余の討伐に乗り出してほしいものだ。


 とにかく。そういうわけで、討伐依頼を受けたところで、それはすなわち無力化させるに留めるということになる。その旨、念のため確認しておくか。



「討伐依頼を引き受けた際、対象を無力化、あるいは沈静化させるだけでも達成扱いになるのか?」


「え? え、それって、相手を倒さない、ってこと、ですよね」


「ほかにどういう意味がある」


「ひっ! す、すみません! ちょ、ちょっと待っていてください!」



 ……思うのだが。あやつ、どうにも怯えすぎではなかろうか。


 最初はベイズのあの殺気のせいかと思っておったが、オレがふつうにはなしていてもずっとびくびくし続けておるし。うーむ、ベイズはもう殺気を放ったりしておらぬし、オレは当然ながら最初からそのような真似はしておらぬ。なににそれほど怯える必要があるというのか。


 これもまた、人間の脆弱さの一端ということだろうか。


 そう思うと嘆かわしくなってくるが、人間の脆弱さを憂慮しておるうちには、カウンターの向こうの人間が奥の人間となにやらはなして戻ってくる。余は魔族ゆえ、聴覚もよい。会話の内容は当然聞き取れた。



「お、お待たせいたしました。あの、目的が果たせるなら、大丈夫です」



 つまり、人間を襲う魔族の討伐ならば、人間を襲わぬと確実に断言できる状態にさせられるなら構わぬということらしい。人間からすれば、それはすなわち魔族の討伐以外にあり得ない、といいたいところなのだろうが、オレのいうやりかたに確実性がないと言いきれない前例があることは、いまもなお生きているということなのだろう。


 博愛の勇者。先々代の魔王につけられたその称号は、その名の通り、だれであろうと殺しはしなかった慈悲深さからきている。先々代が数多くそのかたちで功績を残したからこそ、いまもこうしてそのやりかたが許容されているというわけだ。


 と、そこまでが奥で交わされていた会話の内容になる。ちゃんと聞こえていた。



「ふむ、ではこれを受けよう」



 魔族を倒さずともよいという確認が取れたため、手にしていたリストをカウンターに置き、目星をつけていた依頼のひとつを指し示す。



「え、えっと、ゴブリンの群れの討伐、ですか?」


「ああ」



 どうやらこの近くの森を棲み処とするゴブリンの集団が、最近になって頻繁に旅人を襲うようになったらしい。目的はおそらく旅人の持つ荷物らしく、それさえ奪えればなにも命を奪うまでには至らぬとのこと。

 それはつまり、荷物を奪うためなら人間を殺しているということだろうが、程度のほどはわからん。できうる限りの殺生は避けているようだし、ならばオレの意向に反するほどということもあるまい。はなしを聞き、対応についてはその後に考えればよい。


 人間を殺すことをよしなどとはしていないし、だからこそ許容するわけではない。だが、絶対的に許さぬともしてはおらぬのだ。それは人間とて魔族を殺すから、などという陳腐な応酬ではなく、魔族の根幹の問題ともいえよう。




魔王ゆえな!

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