あの子と文庫本⑭
ところが、一度だけ俺は”野生の勘”の掟を自ら破ってしまう。
それは体育の授業のあと、俊介と二人でグラウンドをショートカットして教室に帰ったときのこと。
真夏を思わせる五月の陽気。
開けられた教室の窓。
教室の中に居ても輝きを放つ秋月穂香。
つい見とれてしまった。
「誰か好きな子でも居るの?」
たとえ片思いであろうとも、好きな娘の話を好きな友達に話したかった。
それでもギリギリの所で俺は掟を守る。
「ああ、や・山岡沙希って知ってる?バスケ部の新星」
「知らないよ」
俊介は、それ以上は何も聞いてこない。
バツが悪いので、その山岡とこの前体育館の前でぶつかった話をしたら、お愛想程度に笑われた。
わずかの時間だけだけど、秋月穂香の姿は阿久津俊介の目に留まったのだろうか?
今は”女嫌い”で通して、泥沼の青春真っただ中の俊介だけど、この男を泥沼から引き上げるのは、あの秋月穂香ではないだろうかと思ってしまう。
そして俊介は泥沼から清い泉に引き上げられたお礼に秋月穂香の胸の奥に押し込められていた彼女とは違う魂を解き放っつ。
そしてふたりは本当の恋に落ちてしまうのではないか。
最近、秋月穂香の影響で読み始めた小説が、俺の頭を可笑しくしたんじゃないかと思えるほど突飛な空想物語。
だけど、俺の身勝手なこの恋のためには、このまま秋月穂香と阿久津俊介の二人がお互いを知ることがなければ良いと思った。




