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「自分で言うのもなんだけど、今の私ってとてもとても物語のヒロインみたいじゃない?」


四カ国合同親善試合という場で2人の美丈夫に取り合われる形となったイリーナ。観衆から見れば実に物語性のある令嬢のように見えるだろう。


「市井ではイリーナ様を題材にした本も出版されるようですよ?読みます?それとも僕がこの本の続きを監修してきましょうか?よりリアリティの溢れた描写寄りで」


ユミエルがチャキリと眼鏡をなおしながら伝えてきた情報は初耳である。イリーナの親善試合での出来事が舞台化などされるのも時間の問題かもしれない。


「いやだわ。少し恥ずかしいかもしれないわ」


イリーナは、少し赤くなってしまった頬をムニムニと押さえる。

そもそも何故メディルスはあんなことを言い出したのか。彼から送られてくる婚約の打診はどれも丁寧に断りの返事をしっかり書いていた。

その上での行動にイリーナは困惑していた。

彼は諦めるという事を知らないのだろうか。


(それとも、それくらい本気って事なのかしら)


お茶の席で熱烈に愛を囁いてきていたメディルスを思い出す。手を取る仕草は優しくて何度触れられても慣れることは出来ない。

早くイリーナの事など諦めてメディルスにも幸せになってもらいたいものだ。

イリーナはメディルスの気持ちに絶対に応える事が出来ないのだから。もしもメディルスが帝国の人でなければ……なんて考えてイリーナは首をふる。


(私が想っているのはエンディオ様よ)


どこか言い聞かせるような考え方をしてしまったことにイリーナは顔を歪めた。


―――

「やぁイリーナ」

「あなたって本当に諦めるって事をしらないの」


ニコニコと笑いながら花束を手にサーシェス辺境伯家を訪れたメディルスをイリーナは呆れながら迎えた。


「ごめんね。でもどうしても今日は君に会いに来たかったんだ」


イリーナのご機嫌が芳しくない事を悟ったメディルスはサッと花束をイリーナに渡すとひざまづいた。


「お誕生日おめでとう。イリーナ」

「まぁ!」


今日はイリーナの誕生日だ。カパリとメディルスが箱を開けて見せるのは小さなサファイアのイヤリングだった。小ぶりのそれは普段使いに良さそうなデザインで、イリーナは一目で気に入ってしまった。


「覚えておいて、イリーナ。いつまで経っても僕の気持ちは変わらないよ」


イリーナがイヤリングの箱を受け取るとメディルスは立ち上がりそんな事を言ってきた。


「メディルス。私は貴方の気持ちには応えられない」

「それは僕が帝国の人間だから?」

「ええ」


そう言うとメディルスはふんわりとした笑顔を浮かべた。


「実はね、アーライル王国に移住しようと思っているんだ」

「はぁ?」


素っ頓狂な声が出たと思う。メディルスは帝国の聖印持ちだ。そしてそれを公表している。そんな彼を帝国が手放すわけが無い。


「は、反対がすごいんじゃない?」

「それだけ僕は本気ってこと。これも覚えておいて」


メディルスは手を伸ばすとスルリとイリーナの頬を撫でた。


「君のことが愛おしくて愛おしくてたまらないんだ」


真剣な声音でそんな事を言うメディルスにカカッとイリーナの顔は真っ赤になる。メディルスのそんな口説き文句などいくらも聞いてきたはずなのに何故かいまだに慣れることができない。


「そうやってすぐ真っ赤になる。ダメだよ僕みたいなのを増長させるだけなんだから」

「だ、だって」


くすくすとメディルスはイリーナの頭を撫でる。

くすぐったいと若干の心地良さを覚えながらもイリーナは気を引きしめる。


(このままだとメディルスのペースに乗せられてばかりだわ。はっきり突き放さないと)


きっと彼はずっとイリーナを追いかけ続ける。どこかそんな確証があった。どうにかして諦めて貰わないと、彼はずっと幸せにはなれない。


「私は、貴方に勝ったエンディオ様から月桂樹を受け取っているのよ。負けた貴方に興味は無いわ」


ツンっと辛辣に事実を述べてみる。あの合同親善試合での結果は揺らぐことの無い事実だ。たとえエンディオにその気がなくとも、イリーナは月桂樹を受け取った。その事実がある。


「じゃあ君の想い人は知っているのかな?君がこんなにもすぐ他の男の前で真っ赤になっちゃうこと」

「エンディオ様は……そんなこと気になさらないわ」


どうでもいいとすら思っているだろう。エンディオにとってイリーナは愛熱の対象ではなく、ただの比較的無害な娘くらいの立ち位置だろう。そんなことはイリーナが1番よくわかっていたし、それでいいと思っている。


「君の誕生日に、彼は祝いに来てもいないみたいじゃないか。手紙は貰った?」


メディルスの言葉は痛い所をついていた。もしエンディオが来ていたらメディルスを迎えている今の状況は生まれていないだろう。


「……エンディオ様は」


きっと次のリーガルの修行日にちょっとした物をプレゼントしてくださるわとイリーナは願うしかなかった。

願うしかないのだ。エンディオはイリーナに何も与えてくれない。気まぐれに手紙やメッセージカードをくれた事もあったが、周りに言われて仕方なくやったということくらいイリーナにも分かっている。だから貴重なのだ。エンディオがイリーナに何かを施すわけが無い。今更ながら自分の片思いがから回っている事実を突きつけられ、イリーナはポロポロと涙を零した。


「ほら。泣かないでイリーナ。ごめんね僕が少し意地悪過ぎたよ」

「んぅっ」


メディルスはポケットからハンカチを取り出すと優しくイリーナの涙を拭った。


「僕にしておきなよイリーナ。君を絶対幸せにする」


そう言って包み込むように抱きしめられる。


「私が好きなのはエンディオ様よ……。お願いメディルス諦めて」


このままだと、ころりとメディルスの想いに応えてしまいそうになるから。

返事はなかった。ただ、抱きしめられる力が少し強まった。

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