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その日、イリーナは王城に招かれていた。イリーナは呼び出しを受け、一人で王と王妃に謁見するのだ。
呼び出しを受けた部屋は王家のサロンだ。温帯植物が植えられた小さな植物園のようなその場所は季節の花が色とりどりに咲いていてとても美しい。出されたお茶を飲みながら待っているとジークベルト様とセレナ様がやってくる。2人揃っての謁見など珍しい。なんの用事だろうかとイリーナは首を捻る。
「待たせてすまないなイリーナ」
「ごめんなさいね」
この2人はとてつもなく多忙だ。今日もイリーナのために時間を捻出したのだろう。カチャカチャとお茶の用意が整うと、使用人たちは一斉に外に出ていく。少し物々しい雰囲気にイリーナは少し緊張していた。
「さて、いきなりで申し訳ないけれど、本題から話させてもらうわね。実は、メディルス・サレン様が帝国からアーライル王国への移住の申請を出してきたの」
「えっ」
確かにメディルスはそのような事を言っていたが、あまりの行動のはやさにイリーナは驚いていた。イリーナの誕生日からわずか2週間しか経っていなかったのだ。
「帝国ではそれはそれは大揉めしてるみたいでね、貴女を帝国へ嫁がせるように皇帝から嘆願書まで届いている事態なの」
「皇帝から!?」
ザイファルト皇帝からアーライル王への嘆願書など、それはもう国際問題だ。イリーナは頭を抱えた。そしてメディルスの本気を改めて実感する。
「イリーナ。私もこんなことは本当は言いたくないのだけどそろそろエンディオ・レイトンの元に嫁いでくれないかしら」
「なんだったら王命を出す。さすがのエンディオも王命が出れば折れるだろう」
「それだけは!やめてください」
意外に大きな声が出た。イリーナは震えていた。
王命でエンディオの元に嫁ぐ、エンディオはきっといい顔をしないだろう。イリーナだって幸せな結婚生活をおくりたいのだ。そのためにはエンディオに『王命を使ってまで妻になりたがる浅ましい女』と思われては困るし、ちゃんとエンディオに好きだと思われたい。
「私から婚約をお願いしてみます。もしダメだったらどこへでも嫁ぐので!王命だけは……お願いします」
イリーナは頭を下げるが、ジークベルトとセレナは困ったように顔を見合わせるだけだった。
「イリーナ。私たちは貴方の幸せもきちんと守ってあげたいの。そして貴女は今渦中の中にいるわ。王命で嫁がせられるのはエンディオの元だけよ」
「王命でレイトン公爵家以外の家に嫁がせたとあっては帝国を踏みにじっていると捉えられてもおかしくない。もしくは君に何かあると画策される可能性すらある。エンディオ・レイトンの元であれば合同親善試合での出来事ともあるから納得してもらえるだろうが……」
イリーナは涙ぐんでいた。
「あのねイリーナ。私達は本当に貴方の幸せを願っているの。それだけは覚えておいて」
ジークベルトとセレナを結ばせたのはイリーナだった。イリーナは少しだけならわがままを言ってもいいのだろうかとあうあうと口を動かす。ふと頭に浮かんだ事を言葉にしようとしてつまる。思い浮かんだのはメディルスのとろけるような優しい笑顔だった。
(お二人を困らせてしまうだけだわ)
しゅんと落ち込みながらも、イリーナは覚悟を決める。
「一つだけ、お願いを聞いてくれませんか」
イリーナの提案に、二人は驚きながらも最後には頷いてくれたのだった。
―――
「ぜってーメディルス様の方がお嬢様を幸せにしてくれると思うぜ?」
「でもおじょーさまがすきなのはエンディオ様でしょ?」
「もし私がお嬢様だったらころっとメディルス様になびいちゃいそう。お茶の席でもお嬢様いっつも真っ赤になってらしたし……お嬢様のお気持ちが分からないわ」
「でもお嬢様はエンディオ様からいただいたものをそれはそれは大事にされてますわ」
「ユミエルはどー思う?」
話を振られたユミエルは目を落としていた本から顔を上げる。
「大衆小説ならば月桂樹を渡したエンディオ様に旗が上がるでしょう。民間の噂話も大抵イリーナ様とエンディオ様が結ばれるようなものばかりです。メディルス様は随分な逆風を受けているといって問題ないでしょう」
「つまりエンディオ様派ということですわね」
「ようはお嬢様の気持ち次第でしょう?そういう話は外野がとやかく言っても収束しないものですよ」
ユミエルはパラリとページをめくる。
「お嬢様ったらね、最近メディルス様にいただいたイヤリングを眺めてはため息ばっかりついてるのよ」
「そうなのですわ。まるで恋煩いなのですわ」
「こいわずらいってなぁに?ユミエル」
「恋する感情が強いあまり病気にかかったような状態になることですよ」
「おじょーさまびょうきなの?」
「病気とは少し違いますわね。ちょっと気分が落ち込んでるだけですわ」
ミーチェはヒナツの頭を安心させるように撫でる。なんだかんだ1番年下のヒナツは従者達の中でも一番の可愛がられどころだ。
「もしお嬢様がエンディオ様との縁を望まれるのだったら問題はエンディオ様の気持ちだけですが、メディルス様との縁を望まれるのだったら僕たちも身の振り方を考えなくてはなりません」
「どういうことだ?」
ソファからリーガルが身を乗り出す。
「僕たちはアーライル王国の王に認知されている聖印持ちということです。帝国の方に嫁ぐのに、僕達まで連れて行けるわけがないんですよ」
「つまり、イリーナ様がエンディオ様の元に嫁がれるのであれば私達はついて行けるけど、メディルス様の元に嫁ぐのであればお嬢様にお仕えし続けられなくなっちゃうってことね」
その通りですとユミエルは頷く。
「僕は魔術局に縁がありますから、魔術局の仕事でも頂いて過ごすことになりますかね」
「なら私は医術局かしら」
「ええっ!2人ともサーシェス辺境伯家に残らないの?」
「パティは生まれがここですからね。ここに残るのももちろん選択肢の一つだと思いますよ」
「ぼくはおじょーさまと一緒にいたいよう」
「ヒナツ?お嬢様の幸せの事を考えたら私達は邪魔になってしまうかもしれないのよ?」
「うううっ」
ヒナツはぐしゃりと顔を歪めた。
「まぁまだどちらに転ぶか分からない段階のことですし、いずれは僕達もお嬢様の元から1人立ちしないといけないんですから」
ユミエルがねっとヒナツに言い聞かせるように言うと、ヒナツは地団駄を踏み出した。
「やだぁ〜ぼくはおじょーさまの立派な執事になるの〜!」
「侍女ならばお役目はずっとありますわ」
「じゃあぼくも侍女になる〜!」
「ヒナツ。無茶言わないの〜!」
はたとヒナツはいいことを思いついたという風に止まる。
「つまりエンディオ様がお嬢様の事好きになってくれればいいんだよね。精神干渉魔法でどうにかならない?」
「やめなさい!」
「ダメだろ!」
「何言ってるのです!?」
突飛な事を言い出したヒナツだが、ユミエルにはわかっていた。ヒナツなら本当にできてしまうかもしれないということを。ユミエルはため息をつきながらヒナツを諭す。
「そんな魔術は使ってはいけませんよヒナツ。それにお嬢様はそんなことでエンディオ様の気持ちを得ても喜びません」
「うぅ〜だってぇ」
「全く。ここから先はお嬢様の気持ち次第です。僕達に干渉できる余地はありませんよ」
チャキリとユミエルは眼鏡をなおした。




