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51 閑話 赤い魔女と緑の聖女

「ふんふんふふーん」


真っ赤な髪をツインテールに結ったエルフ族の少女ミーチェはご機嫌に鼻歌を歌っていた。茶色いフードを目深に被り人目を忍んでサーシェス辺境伯領の中心街を歩く。


楽しい今日は集金日だ。不定期に行われるこのバイトはミーチェの資産の収入源になっていた。ミーチェは布を被せた籠を大事そうに抱えながら中心街から外れ少し人通りの寂しい道を進む。


目的の寂れた廃屋に辿り着くと、ミーチェはキョロキョロと当たりを見回す。誰にも見られていない事を確認すると、コンコンコンと3回扉をノックした。


「誰だ」


室内から聞こえる声は若い男のものだ。いつもの商売相手にミーチェは合言葉を返す。


「薬売りよ。銀色に輝く妙薬はいかが?」


ガチャリと扉が開かれ入れと促される。ミーチェは躊躇いなく怪しげな雰囲気を醸し出す真っ暗な扉の先に足を踏み入れるのだった。


「よぉ、久しぶりだなミーチェ」


そう軽々しく声をかけてくるのは茶髪をさっぱりと短く切った黒目の青年だ。身長がヒョロリと高い彼は廃屋の中のボロボロの椅子に腰掛けていた。柄の悪そうないかつい顔の彼と、ミーチェはひるむことなく対峙する


「お久しぶりですわ名無しの君。集金に参りましたわ」

「ご苦労。ブツはできてんだろうな」


ミーチェは、「もちろん」と言うと、ゴソゴソとカゴの中を漁る。


「こちらがご希望の自白剤3瓶一応解毒に使えそうな物もつけておきますわね。こっちが魔力を狂わせる薬で、こっちが媚薬。こっちが使うのもはばかられる劇薬になっておりますわご希望通り遅効性のもの。一応解毒剤もつけておきますわね。全部口飲み系のお薬ですわ」


そうスラスラと説明しながらコンコンと色とりどりの怪しげな瓶を置いていく。そう。この薬売りこそがミーチェの副業なのだ。


「さすがの仕事の速さだミーチェ」

「恐れ入りますわ。褒められたって代金はまけませんけどね」


がめついミーチェの前にバサリと名無しの君は金貨袋を投げた。

一応イリーナお嬢様経由で王族から直々に賜っている堅実な仕事なので彼の所属は確かなところなのだろうが、名無しの君は国の暗殺部隊に所属しているということ以外何も知らない仕事相手だ。


「次の仕事も頼みたい」

「まぁ。こき使ってくれますわね」


「即効性のある食中毒くらいの軽い症状の出る薬が欲しい。出来れば味のしない物で、急ぎでだ。今日中にできるか?」


「まぁ、できますけど。頻繁にお嬢様の元を離れる訳には行きませんので取りに来てくれるならという条件付きですわ」

「構わない。頼んだ」


これは緊急対応手当が弾むぞとミーチェはウキウキとしていた。


「期待してるぜ」

―――

「ただいま戻りましたわ」

「おかえりミーチェ。早かったわね」

「ええ。今日は納品だけのつもりでしたのに緊急の依頼までされて。少し調剤に行ってきますわ」

「そうなのね行ってらっしゃい」


イリーナに挨拶もそぞろにミーチェはサーシェス辺境伯家の片隅に用意されている自分専用に建てられた小屋に足を向ける。立ち入り禁止と書かれた札の降ろされた紐を上げ敷地内に入ると、そこには小さな小屋とそこそこの広さの畑が広がっていた。

首からかけている鍵で小屋の扉を開き中に入るとそこにあるのは医術局顔負けの薬草が取り揃えられた調剤所だった。


「即効性のある食中毒くらいの軽い症状ですって」


ミーチェは薬草棚から効果に該当する薬を作るために薬草をとる。

(リーシュの実、カナリアの舌に、ミズチカズラあとはヤシュ草と薄命草がいるかしら)


ミーチェはヤシュ草と薄命草の種を持つと外に出る。

ちょんちょんと畑に指で穴を開けるとそれぞれの種を穴にうめ、土を被せる。

「よしっ」と準備を整えると種に向かって手をかざしやんわりと力を注ぐ。


「大きくなってくださいまし〜大きくなってくださいまし〜」


そんなふうに声をかけていると、ぴょこんと、種から若葉が芽吹いた。若葉はにょきにょきとすごい勢いで成長し、あっという間にミーチェが欲する薬草として使えるくらいの姿になる。

これがミーチェの持つエントの聖印の能力『植物に干渉する力』の一端だ。

ミーチェは使う分だけの薬草を採取すると、種が落ちるところまで薬草を成長させる。種を採取するとあとは放っておくと危険なので枯らして引っこ抜く。


「さて、作りますかしら」


必要な薬草をゴリゴリと潰し、ドロドロの液体にすると的確に混ぜ合わせたり煮沸したりを繰り返す。しばらくして、ミーチェは名無しの君のご要望どおりの薬品を作り上げた。


「ミーチェ」

「あらヒナツ。どうしたの?」


ミーチェが名無しの君を待っているとヒナツがひょっこりと顔を出した。


「誰かきてる?結界にひっかかってね〜」

「ええ。多分お客様よ1人なら気にしないでいいわ」

「おっけー」


それだけ確認するとヒナツはパタパタと屋敷の方に戻っていってしまった。


「坊ちゃんにはいつもバレちまうな」


ヒナツが去った後に小屋の裏から現れた名無しの君は苦笑いでそう言った。お嬢様の従者の中で間違いなく1番異次元なのがヒナツなのだ。仕方の無いことだとミーチェは思う。


「まぁ。ヒナツを出し抜こうだなんて無理に決まってますわ。ちょうどできてましてよ」


そう言って無色透明に仕上がった薬瓶を渡す。


「助かったぜ赤い魔女様。この国の平和はあんたが守ってるぜ」

「どういたしましてですわ」


ミーチェはそのエントの聖印の力で国の暗部を支え『赤い魔女』などと呼ばれているのだった。

――――――


「ミーチェ。今日分のお手紙です」

「ありがとうございますわ」


イリーナ宛の手紙を毎度受け取るのはミーチェの仕事の一つだ。

それにはきちんと理由があった。たまに緊急性のあるミーチェ宛の手紙も混じっているからだ。


「あら、医術局からお仕事ですわね」


手紙を受け取りサッと内容に目を通す。


「またいつもの薬草不足みたいですわね」


医術局は薬草が足りなくなったらミーチェに依頼してくることがたまにあった。よく使うような薬草は市販のルートから手に入れているのだろうが、入手困難なものになってくるとミーチェに頼らざるを得ないのだ。


「仕方がないですわね」


ミーチェは小屋へ向かうと依頼のあった植物の種を取り出し、成長させる作業にうつる。

にょきにょきと植物を成長させたり種を採取しさらに繁殖させたりと繰り返しているとあっという間に依頼分の薬草の束が出来上がる。ミーチェはそれを一つの籠にまとめるとイリーナのところに向かった。


「イリーナお嬢様」

「あら、ミーチェどうしたの?」

「お仕事で少し医術局に行ってまいりますわ」

「そう。気を付けてね」


イリーナはミーチェが時折医術局に向かうのに慣れている。そうそう疑問に思われることもなく送り出してくれた。


「ヒナツ。医術局まで送ってくれないかしら」

「いいよぉ〜」


ヒナツの魔術で医術局の前まで来ると門戸を開く。

中に入るとツンとした薬品の匂いが鼻をついた。つかつかと慣れた場所をヒナツと歩いていると白衣を着た男が怪訝そうにこちらを見てきた。


「なんだね君達は。ここは子供が来る場所ではない」

「あー、カロット君。彼女達はいいんだよ。上へどうぞ〜」


カロットと呼ばれた彼は新人なのだろう。どこからどう見ても少し身なりのいい子供にしか見えないミーチェ達を見て普通の反応をしてきた。


(普通は私達みたいな者、通しませんわよね)


ちょっとだけ優越感に浸りながら上の部屋を目指す。医術局長のいるその部屋に入ると枯葉色の髪をした老人が出迎えてくれる。医術局長のパーモットさんだ。


「おおミーチェ。早くて助かるよ」

「ええ。こちら依頼分の薬草。少し多めに作ってまいりましたわ」

「確かに。こちらが報酬だ受け取ってくれたまえ」


パーモットさんはカラカラと金貨をミーチェに渡してきた。


「流石は緑の聖女だ。この国の平和は君が守っているよ」

「どういたしましてですわ」


ミーチェはそのエントの聖印の力で医術局を支え『緑の聖女』などと呼ばれているのだった。

「赤いきつねと緑のたぬき」から着想を得ました

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