46(sideメディルス)
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
自分はどうしたのかと記憶を辿る。
(あぁ、そうだ、精霊に好かれるおまじないとやらをイリーナから受けていて)
途中から気持ち悪くなって、目眩がして立っていられなくなって。
どうやら自分は気絶していたらしい。
(イリーナには驚かれてしまっただろうか)
銀糸の髪の彼女を思う。クルクルと表情の変わる彼女は精霊術の知識に長けており話していてとても楽しい女性だとメディルスは感じていた。
「目が覚めました?」
「あぁ、イリーナ。すみません、迷惑をかけてしまったみたいで」
「いえ、大丈夫です」
イリーナは静かにメディルスの横たわる寝台の傍に控えていた。自分はどれくらい眠っていたのかと尋ねようとしたところで、イリーナからずいっと箱を押し付けられる。
「ねぇ、メディルス、こちらをご存知?」
ハッと目を見開く。それは、ここにあると思っていなかったものだったからだ。イリーナはメディルスの反応を見るとはぁと大きくため息をついた。
「やっぱり。心当たりがあるのね」
「……あのウロボロスはどうなったんだ?」
「自然に還ったわ。人間で例えるところの女神に迎えられたって所かしら」
「……そうか」
それはメディルスが愛用していたナイフだった。少しでも悲願に近づけるように、オリジナルの魔術式を施したそれは今はポッキリと折れてしまっている。
「ねぇ、教えて、メディルス。何が目的でこんなものをウロボロスに飲ませたの?まさかとは思うけれど」
「飲ませたというのは少し違うんだ。私が落としたものを彼が飲み込んでしまって……私もこんなものを飲ませる気はなかった」
信じて貰えるかは分からないがメディルスはイリーナに本当の事を話した。
「【人を呪い殺す】術式。なんたってこんなものを組み込んだの?」
「そんな事もわかるのか」とメディルスは素直にイリーナの知識を賞賛した。この術式は滅多な本には記載されていないとても稀なものだと記憶していた。
「祝福と呪いは似ていると思わないかい?」
「馬鹿よ」
「馬鹿か。そうかもしれないね」
「ハルルの森のウロボロスの元に通っていたのはこれが目的ね」
ハッとして無意識に自分の内ポケットを探る。イリーナが持っていた試験管にはかのウロボロスの血が入っていた。
帝国にはこのような迷信があるのだ『精霊の血を飲めば聖印の力を手に入れられる』と。
「本当に馬鹿。そんな事をしなくても祝福は傍にあるものなのに」
「君に何がわかる!」
生まれた時から聖印を欲っされ、聖印を得られない出来損ないであると失望され、笑われ、落胆されて過ごしてきた。
聖印があれば全てを見返すことが出来るのに。
聖印を得るその資格が自分にはあるはずであるのにとこの運命を呪いながら生きてきた。
聖印を得るという悲願がメディルスの中で芽吹くまでそう長い時間はかからなかった。
聖印を得られる可能性があることならなんだってした。あまり褒められたことではない実験もしてきた。
それでも祝福はメディルスの元に訪れてはくれなかった。
ハルルの森で活動を停止したウロボロスを見つけた時は運命だと思った。
だが、その運命すら、今はもう消えてしまい、メディルスに残されたものはもう何もなかった。
「3つ約束してもらうわ」
「イリーナ?」
イリーナはそういうと宣誓書のような紙を取り出してきた。
「1つ、もう二度とあの術式を使わないこと。
2つ、精霊の血を飲むなんて危険な事はもうしないこと。
3つ、この部屋で起こる全ての事を金輪際口外しないこと」
誓えというのだろうか、イリーナはペンと一緒にそのような事が書かれた宣誓書を渡してくる。
どうせあのウロボロスが消えてしまっては安定してウロボロスの血を得る手段はなかった。
メディルスは力無くサインした。
「ご理解いただけて嬉しいわ」
そう言うとイリーナは手を繋ぐようにメディルスの両手を握った。指が絡め取られ彼女の手の温度まではっきりと伝わってくる。
「イ、イリーナ」
まるで情事でも始まってしまうかのような妙な空気にメディルスはたじろいでいた。イリーナの事は好ましいとは思っているが、そういう相手とは見ていない。
そういえば3つ目のこの部屋で起こる出来事とはなんだろうかと改めて身を硬くする。
「大丈夫よ。身を任せて」
そう言う彼女の瞳はいつものイリーナの紺碧ではなく何故だろうか黄金に見えた。