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「それで私言ったのですよ『魚って海の味が着いてるから塩は必要ないんじゃないの?』って。ニジマスは違うらしくって料理人にお腹を抱えて笑われちゃいましたわ」
「それは川魚だろう。バカではないのか君は」
「まぁ。そんな事ありませんよ。魚の事なんてあんまりしらないものでしょう?ね、リーガル?」
「俺もあれはちょっとと思ったよお嬢様」
「まぁーひどい!」
今日は例の如くリーガルの修行日だ。イリーナはいつもの如くエンディオとお茶会と称した雑談に勤しんでいた。
エンディオの態度は相変わらずであるが会話は成り立つし、話題は尽きない。
「そういえば魚で思い出したのだが海の方は今大変らしいな」
「あぁ。存じてますわイザリオティス公爵領の豪雨ですよね」
「今度のラインザール侯爵家のパーティでもこの話題で持ちきりだろう」
「まぁ奇遇です。私も招待されているのですよ、それ。ちょうどいいわエスコートしてくださいませんか?」
「バカをいえ。誰がするものか」
「わかってますわ。ほんの冗談ですよ冗談」
カラカラとイリーナは笑っているが、リーガルには分かった。本気だったと。
イリーナはあわよくばワンチャンを狙ってたまにこういうことを言う。まぁ全て玉砕しているが。
エンディオももう慣れてしまったもので、あしらいに躊躇いがない。
(初めの頃はもうちょっと違った反応をされていたものだけど、慣れられてしまったわね)
ちっ。とイリーナは心の中で舌打った。
でも、確かに良くなった事もある。どことなく、エンディオとイリーナの間にあった壁が、あのデートの日からすこし薄くなった気がするのだ。
(だいぶんエンディオ様の笑顔も拝見できる機会が増えた。眉間に皺ばかり寄せていたのに)
もうこれ以上は望まなくても満足だったがイリーナは強欲であった。次なる目標は普段従者達と話している時のような気軽さで話せるようになること。つまり敬語の撤廃だ。そうやって1歩1歩近づいていけばこの恋も叶うかもしれない。
ちょっと攻めすぎかもと思う気持ちと恋心が戦っているが。
(頑張ろう!)
「そういえばエンディオ様はご存知?今度の四カ国合同親善試合。ザイファルト帝国からはウロボロスの聖印持ちの方が出場してくるんですって」
この話題を出した途端のエンディオの反応はすこぶる良かったと言える。それはそうだろうウロボロスはドラゴンと似た性質を持っている。つまるところ聖印の能力が同じ『身体能力強化』なのだ。
「サレン家の現当主だろう?相まみえるのが楽しみだ。こいつじゃ物足りんからな」
「はぁ?よく言うよ!お嬢様、今日みたぁ?俺に転ばされてるんだぜ師匠」
「あれは受身をとったというんだ」
「俺ははじめての人殺しが師匠になるんじゃないかってヒヤヒヤしたね!」
「縁起でもない事をいうなバカタレ」
はぁとため息をつくエンディオはどことなく楽しそうだ。
「となるとやっぱりエンディオ様とカイラス・サレン様の一騎打ちになるのかしら。他の二国は聖印もちに対抗できないでしょうから」
「決勝に残るカードはきまったも同然だ」
エンディオは自信ありげにそう言った。まぁ聖印持ちの出場を許してしまえばそうなるのは仕方がないことだ。賭けにもならない。
「それって俺も出れたりするの?」
リーガルも興味があるのだろうそんな事を言い出した。リーガルが出場するとなるとリーガルのドラゴンの聖印が公になると同義だ。イリーナはそれも時期かもしれないとぼんやり思った。
「どうだろうか年齢制限はないと思うがお前は幼すぎるからな。せめて身長がもう少しあれば……」
「育ち盛りなんですー!」
「でもいい考えね今度リーガルも出れないか聞いてみましょう」
「公開には慎重になった方がいい」
エンディオはリーガルの聖印公開に慎重派のようだ。
(待ってこの会話、まるで子供の行く末を相談する夫婦みたいじゃない!?)
「聞いてみるだけですわ。王妃さまならちゃんと事情も知ってますし」
そんな事を考えつつニヤける顔を引き締めながらイリーナは提案する。エンディオはしぶり顔だったが聞くだけならとうなづいてくれた。
それからエンディオとリーガルの後半戦を眺めながら本を読んでいたらもうこんな時間だ。
「さようならエンディオ様。また来ますねっ」
「もう来なくていい」
嫌そうに顔を歪めながらそう言うエンディオは、イリーナには本気で嫌がっているようには見えなかった。