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「さぁやって来たわよ、私がね!」
翌日ババンと効果音のつきそうな勢いでイリーナはハルルの森に降り立った。森の中を動くということで乗馬する時に使うパンツとシャツをルートン夫人に借りてきた。
「恥ずかしいのでやめてください姉様」
エディが後から馬車を降りてくる。その後を着いてでるのはお決まりのリーガル、ヒナツ、ユミエルだ。
パティとミーチェは戦闘向きでは無いのでお留守番だ。
「さてと。確かに精霊はサーシェスの森より少なめね」
イリーナは手のひらで空に円を描く。するとそこには白い魔法陣のような紋様が現れたが、すぐに霧散した。
これは中位精霊を召喚する魔法陣だ。そして、白く霧散したということはイリーナに応じる精霊が近くにいなかったということを意味する。
「話を聞けそうな精霊もいない……やっぱり件の場所に行ってみるしかないみたいね」
イリーナは集中して心の中でシェンに呼びかける。
(シェン〜。シェンシェロル?少し手伝ってもらいたいの。こっちに来れる?)
イリーナが呼びかけると彼女の周囲に光の粒が集まり弾ける。現れたのはシェンシェロルだ。
「やほやほ〜。随分遠くに来てるじゃんイリーナ」
「ちょっと観光にね。ついでにエディのお仕事のお手伝いよ」
「ふぅん」
ジェンがエディを見やるとエディは居住まいを正した。
「お久しぶりですシェンシェロル様」
「お久しぶりだよシェンシェロル様」
「お久しぶりだねシェンシェロル様」
一人と2匹の三重奏である。
(エディの竜たちは真似っ子が大好きねぇ)
「シーヴァもレイドも今日は道案内よろしくね」
「道案内。まかせて、まかせて」
「昨日の不気味な湖目指せばいいんでしょ?まかせて」
そんなやり取りをしながらイリーナ達は森の奥に入っていくのだった
―――
森に入って1時間程歩いたところだろうか。シーヴァとレイドの案内の元、ウロボロスがいたという湖までやって来たイリーナは唸る。
「これは……」
「あんまり見てて気持ちのいいものじゃないのは確かだね〜」
薄黒い巨大な蛇の身体が湖の周囲を取り囲むように横たわっている。時折体の上に木々が生えているような場所もあり、一体いつからこの状態なのか不思議なところだ。ピリピリとした空気が肌に刺さる。
なるほどコレが原因で精霊達は散ってしまったのだろう。
何よりイリーナが気になったことがある。
「弾けてる……」
オーラとは元々精霊のものだ。精霊が祝福した血に精霊の力が宿る。よって精霊にはオーラが存在する。そして目の前のウロボロスは紫色のオーラがパチパチと弾けていたのだ。以前クリスという青年が発症していた現象と同じだ。
シェンはあぁと納得した風に手を打った。
「この現象ことをイリーナは弾けてるって言ってたんだ〜」
「そうよ。パチパチって弾けてるでしょ」
「確かにボクも初めて見る現象だよ〜なんでこのウロボロスこんな風になってるんだろ〜」
シェンはふよふよとウロボロスの周囲を観察している。
「あの時は確か【オーラの浸透】をかけたら治ったのよ。オーラに干渉するような技これしか知らなかったから」
「ボクでも原理が全く理解できないけど〜それで治るんだったら試してみる価値はあるかも?ウロボロスに話を聞けたらこうなった原因が分かるかもしれないし〜」
「よしっ!じゃあとりあえず、頭のあるところに行きましょう」
イリーナ達は一旦ウロボロスの頭部が横たわっている場所まで道をかき分けて進んだ。
そうしてイリーナは腕まくりをしながら指示を出す。
「エディ、ヒナツ、リーガル、ユミエル。私が術をかけてる間に何かあったら対応をお願いね」
「はい」「おっけー」とそれぞれから了承の返事を聞き、イリーナは目の前のウロボロスと向かい合う。
そして【オーラの浸透】をゆっくりと展開した。
キィィィィィィィィィィッ
暫くは何も起こらなかったが突如ウロボロスはぱっくりと口を開き甲高い鳴き声が響き渡らせる。
そしてそのまま、バタンバタンとウロボロスは暴れ始めたのだ。
幾本かの木が抜け、メリメリと大きな音を立てて倒れる。木々に絡まった身体がうねうねと動き始めた。
「お嬢様っ」
「いけないっ!ちょっと動かないで!」
「シーヴァ、レイド!ウロボロスの頭を押さえてください」
エディの掛け声に合わせ、輝いたシーヴァとレイドは馬ほどのサイズになり、押さえつけるようにウロボロスの頭を踏みつけた。
「急に動き始めるなんて……オーラの浸透、痛かったりするのかしら」
「何呑気な事行ってるんですか姉様!きますよ」
ゴゴゴと大きな音を立ててウロボロスの身体はうねっていく。周囲の鳥や獣が悲鳴をあげるように逃げていくのが感じ取れた。
「ヒナツ、これに魔力通してください」
ユミエルが起動してない魔術陣を前方に浮かべ、ヒナツに声をかける。
「ユミエル。なぁにコレ?」
「地形に合わせた結界術式です。僕じゃ魔力足りないので」
「ふうん。まかせて!」
ユミエルの指先から編まれている魔術陣にヒナツが触れると白い魔法陣はすぐにヒナツの黄緑色に染まった。
するとイリーナと、エディがいるあたりを囲うように結界が出来上がる。
「傷付けてはダメよ。あくまで抑えるだけ。できる?」
「はぁーい」
「努力はする!」
ヒナツとリーガルはそう言って各々結界を守れる程度に距離を取った。
「どっこいしょーっと!」
ヒナツが膨大な魔力の塊で巨大な蛇の体上からを押さえ込む。ウロボロスの巨体は砂埃を起こしながら地面にめり込んだ。
ヒナツが空中で新たな魔術陣を展開すると黄緑色の鎖のようなものがウロボロスの体を固定するかのように巻き付き地面に突き刺さった。
「よしっ」と一息ついたヒナツのもとに根元から引き抜かれた大木が倒れかかる。
すかさずリーガルが飛び上がり、ヒナツの身体を上方に救いあげる。
「ごめ〜ん。はじっこまでつかまえられなかったや」
「いいよ尾っぽんとこだろ?俺が見とくからヒナツはそのまま本体押さえてて」
「うんー!わかったー!」
倒れてきた木を安全な方向に倒し、リーガルはニヤリと不敵に微笑む。
「んじゃ、時間稼ぎといきますか」
ヒナツの押さえ込みから逃れた尾っぽが跳ね飛ばしてくるぶっとい木の枝をリーガルは軽々と蹴り砕いた。