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収束的ノーサイド

45

 朝、ふんわりと空気が靡いて、部屋に少しぬくもりの風が注ぎ込まれる。

 初日から、占拠され続けていた椅子の所有者は、出て行って居ない。椅子にもたれるとギシリと音をあげて、少しばかり僕をビクつかせる。


 落ち着いた朝を手に入れる事もままならないのは自分の不徳の積み重ねであろうけれど、まぁ、それも今日は終わり。


 上手くいかない事ばかりの、紀行も今日を持って終わりだ。さぁ、さぁ終わらせるとしよう。この清らかな朝の空気を大きく吸い込んで、僕は腰を少し上げる。


 コンコンコンと、ノック。


「京介君。起きてるだろうから入るけれど、もし起きて居なかったり、倫理的に、年齢制限的に見せられない様な光景をしているのであれば、正しいTPOのタイミングで入るから宣言を求めるけれど」


「大丈夫だ。およそ、お前が思っている状況はならない」


「いや、小鳥、騙されてはダメ、自分に問いかけるんだ。京介君という人間がどういう人間か判断するんだ。彼なら、セクハラする?うん、するね」


 しない。即座に自問自答して、他人をおとしめるのは辞めて下さい。僕は、小鳥の頭の中でどういう奴なんだ。


「え、どんなって。ロリと一緒に、人里離れた旅館に同室宿泊する男でしょ?」


 違う……くは無いのだけれど、無いのだけれど、誤解も……無いのだけれど、今更、そこを問い詰められるとは思いもよらなかったけれど。みんな、なんだかんだと伝説の人だからで許されてたと思って居たけれど。


 違うのか。


「大丈夫だ。僕の恋愛対象は決してアブノーマルのそれでは無いんだ。至ってノーマル、品行方正ひんこうほうせいの恋愛観と言っても過言じゃ無い。いや、そもそも、ノーマルの恋愛観というのが、僕の恋愛観の模倣品もほうひんという可能性さえあるからね」


「それは無いでしょう。どれだけ人類学に貢献してるのさ、君は。それに、そうなのだとすると、君がノーマルなのだとすると、あたしの危機意識は更にフォーカスを強めなくちゃいけないのだけれど」


 おっと、ノーマルだろうが、アブノーマルだろうがそもそも、僕は僕らしくあるだけで危険人物のように扱われてないか、気のせいかな。うん、気のせいだな。


「本当に、本当にさ。何もしないから、入って来いよ」


「ま、良いけれど。何かされたら、団子ちゃんにチクってやるからね」


 選出が的確だな。絶妙に内通する相手が一番嫌な人物なのだけれど、16才のヤングガールなのだけれど。


 ドアを押し開けて、入室する大学生。手には昨日2度見たのとおよそ同じ材質の紙の束を持つ。


「おはようちゃん!」


「……」


「何か言葉を返してよ。まるで、あたし達が凄く仲が悪い奴らみたいじゃない」

 いや、君だけれどね。入室前に不信を膨らませて居たのは。


「そんなの、ドッジボールで言う顔面セーフみたいなものでしょ、それか野球のデッドボール」


「例えの落差が凄すぎるぜ。何を言いたいのか見失ってる」


「まぁ、つまりさ。どれだけ痛いストレートでも、許し合う関係って事じゃん。あたし達、仲良し探偵コンビイェーイ!」


 イェーーーイ!!!


「真顔で言わないでよ、ハイテンションの言葉だけじゃ伝わらないよ」

「もう、ちゃんと調べてきてあげたんだから、もっと嬉しそうにしなよ。ほら、資料。」

抱えられた白い紙は突き出されてその題名を露わにする。昨日、僕が頼んだそれ。


「もう、年頃の女の子を徹夜させちゃって、感謝してくれても良いよ、けれどするのなら感謝のヘッドバンギングで首がチョンパする位でね」


「……猟奇的だな」

 感謝を求めてるのか、感謝を求めてないのかさえ理解不能だ。言葉手前で、下手な感謝は出来ない、硬直。


「ふん、感謝はしなくて良いって事だよ」

 しなくて良いって事だった、意外!


「意外かもしれないけれどさ、嘘では無いからね。感謝なんていらないよ。この資料を君が調べろと言って、結果がこれなら何も言う事は無いよ」

「何がどうなって、そう思って、思い立ってこの関係性を見出したのかはよく分からないけれどさ」

「一体、何なのさ?」


「何も無いさ。しがない男、他のどうと言う形容も受け付けない男だ」


「しがない男ね。まぁ、良いさ、良いさ。あたしとしてはもう十分にここに居た成果はあったからさ。何がどうなろうとどうだっていい、生きて帰れればそれでね」


 マスコミ志望の、新聞部の大学生。その最もの学生生活と、この場を繋ぐ平行線は『伝説の人斬り河童』だけだ。

 それがある程度の纏まりを達成した彼女は人が死のうが何が消えようが、関係なしか。


「まぁ、そうか。君はもう十分に、女将から話を聞いているのだものな。帰って記事に起こせば良いって訳だ。それに『河童』から『黒鬼』の話にしてもいいわけだしな」


「いや、そう言う訳じゃ無いんだけどさ。あたしらとしてもこの不祥事、この不謹慎な殺人を、不謹慎に取り上げない善良特化の新聞部って訳でも無いけれど、ことの規模が規模だけにね。それに昨日時点では『河童』だって部誌に入れれるかは微妙な情報量だった」

 何ともつかみきれない物言いを珍しくも大学生は行う。


「じゃあ、何か特別な物でも有ったってのか。特別な経験が、記事にさっさとあげたい何か理由が。昨日から今日にかけてつまり昨晩にでもか?」


「まぁ、そうだね」

 意味深に焦らす様に、珍しく、空中を矯めつ眇めつ。数秒がじっくりと、体の小さなギシりとした動きを生み出していく。


「何だよ。何かあったのなら、さっさと言えよ」


「言っても良いんだけれど、言ってもいいと、あたしは思ってるのだけれど、君と言う人間が、それを受け入れてくれるかが疑問なんだよ」


「僕が受け入れない事なんて、一つも無いぜ。僕と言う人間は、傘を反対にして、自分に降るはずだった雨を帰宅後に体全体で受け止める位、超寛容なんだから」


「うん、まぁそれが寛容の指標に正しいのかは知らないけれどさ。多分、違うと言いたいけれどさ」

「いや、君の寛容さを疑っている訳では無いのだけれど、つまりはそれ位って事なんだ」


「それ位、なんだよ?」

 言葉をそっくりそのまま返して、返答を促す。


「これをさ、見てくれたらおよそ伝わると思うのだけれど」

言いながら、大学生はすっと細身のパンツに手を入れると、ピンクのカバーを付けた四角を取り出す。


 一瞬、それが何か分からない非文化人の僕だったが、一瞬だけだった。


 スマートフォンだった。


「スマートフォン。いや、君は持っていないから、知らないかも知れないけれど、別にスマートフォンって電波が無ければ、完全機能停止って訳でも無いからさ、使える機能がある訳よ」

「その一つが、カメラ機能」


「カメラ機能。何だよ、自撮りでも上手くいったとかかい?」


「そんな訳ないでしょ。自撮りを上手く出来たぐらいで、さっさと帰りたいとわざわざ思わないって」

「いやさ、昨日の夜、ふっと月夜の河童ヶ池を見ていた訳なんだけどさ」

「見ちゃったんだよね」


「何を?」


「だからさ、『河童』を見たんだって」

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