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対処的サイドバイサイド4

 湾曲する廊下。そこを一直線に駆け抜ける足音が二つ。片や女のもので、片や男のもの。


 僕は男だと言っても、俊足ってタイプじゃ無い。鈍足ってタイプでも無いのが、救いだが、このまま行っても追いつけそうには無い。


 だが、まぁ、そんな事は分かっていた。ほんの数メートル、その時間だけを稼ぐことが出来れば、追いつく事が出来る程度の距離感。


 俊足では無い、鈍足でも無い、音速でもなければ、亜音速でも、光速でも、神速でも無い。


 僕はしがない男。姑息に有識ゆうそくな男。


 たっ…たっ……たっ………たっ…………たっ。

 徐々にスピードを無くした。必要ではなくなったのである。

 必要で無い、重ねてスピードが必要で無い、つまり犯人が犯人でなくなった訳では無い。


 追いつけたのだ、犯人が止まったから。


「あぁ、良かった。少しばかり足止めする事が出来て良かったよ。最高峰のクオリティだからね。一目じゃ、まず分からないよな。僕だってそうだった」

はぁ、と息を一度つき直してから、その名を呼んだ。


「……秋足あきたしカエラちゃん」

そう呼ばれた女性は、立ち尽くしていた体をゆるりとこちら側に向き直した。


「あぁ、バレてたんすね。それなら、逃げ損ってやつっすかね」


「そうでも無いさ。すぐにでもそれが人間ではなく、人形だったと判断付けれれば、およそ逃げられてたからね」

 左甚五郎(じんごろう)ならぬ、右甚五郎。馬鹿げたクオリティの、脅迫的な、大迫力の大男型の人形。弱座切落の傑作。秋足カエラの前方にはその山のように大きな双肩を持った人形が廊下に鎮座し行方を阻んでいた。


「こんな人形なんて用意しなくても、捕まえなくとも、全ての部屋でも覗けば良かったんじゃ無いっすか」彼女の言葉の端々に息切れが入る。僕は息切れるほどでは無かったはずだったが、彼女のそれに呼応して呼吸は焦りを持つようだった。


「僕は、正々堂々と運動するのが好きなんだ。中学校の時は、昼休み必ずと言って良いほど、運動していたからね」


「嘘が下手っすね。運動が好きそうには見えないっす。正々堂々でも無いですし」


「まぁ、本当の事を言う方が下手だからね。本当の事のために、必要ならば、嘘を吐きもする」


「それは結構な正直者の形っすね」


「場所を変えようか。そうだな、誰にも聞こえない場所。廊下だと、大声を出すくらいまでいくと聞こえてしまうかもしれないからね」


……

 またしても、赤いソファの左と右。向かい合わせに並ぶ二つのソファを一人、一つ使って座った。


「あ!そう言う事っすか。部屋にバタバタ入り込んで確かめまで行ったりしたら、騒ぎになりますもんね。自分以外の誰かしらが、犯人だったかもしれないとか推理を立てて」


「……うん?まぁ、あぁそうだ」

 同意。薄っぺらな同意、本当のところはまだ確信できないからだけれど。そう思ってくれてるならそれで良い。


「それで、やっぱり問題になっちゃうっすよね。問題行動っすからね。バリバリ目立っちゃったっすか、手紙達は」


「ラブレター」


「あーーー!もう口に出さないで下さいよ。照れるじゃ無いっすか。ラブレターなんてそんな名詞を付けないで下さいっすよ」

「あの手紙はそう言うんじゃ無いんす。ただこの気持ちを、気持ちのままに伝えたかったんすよ。恋愛対象のそれじゃ無いっす、言うなればファンなんすよ!」


「ファン?弱座のファン」


「そうっすよ。大ファンっすよ!!」

 全くと言って良いほど偽りの顔では無かった。晴れ渡った快晴の満面が沁み渡る。


「いや、本当にこんな事態になるなんて思わなかったっすよ。あの伝説が、わたしの憧れた伝説が目の前に本物がありありとそこに居るんすから」


相槌を正確に刻む。話に割り込む訳ではなく、話を割る訳ではなく。


「理由を聞いて良いのかな」


「ここまで来たら話すっすよ。隠し立てる事は出来るだけ少なくしたいっすから」

「……わたしの昔話」

 こう前振りしてから、働き者は語り始める。昔話の穴埋めをしていく。身なんて乗り出して、音程なんて飛び跳ねて、彼女は楽しそうに話し始める。


「わたしの家庭が『三辻』の影響で破綻寸前になっていたのは知ってるっすよね」


「あぁ、知ってる。その宗教団体への資金提供と言うか、献金だな」


「そうっす。多額の献金、当たり前っすけど、わたしの家だって、金銭が湯水の如く湧く訳では無かったっすから破綻は来る予定だったんす、もっともっと早く。だってたったの一度も、数年でも数カ月でも、宗教から足を洗う時間が与えられないほどだったんです」

「しかし、10年前事件が起こったんす。『三辻』の前身『左右信仰会』が潰されたっす。ほら、聞いた事あるっすよね。弱座切落の伝説」


 伝説、何かもを断ち切れる伝説。裏の癒着を絶った伝説。あの伝説の話をしているという事は、それはつまり僕の知識の範疇の『左右信仰会』音沙汰なしとは、なるほどその影響を受けてたと言う事か。


「『左右信仰会』だってどうやらドップリと裏側に精通していたようっすから。その繋がりを、右の、左の繋がりを断裂されたとなれば、途端その経営は破綻するっす、したっす。そう、まさに完膚なきまでに逃げ場の無いように」

 逃げ場の無いように、今しがた僕がこの直感の彼女の足を数舜でも止めたように、二手のその両端を選ばせず、切ったように。


「だからこそ、わたしは憧れたっす。その異常な強さを、新聞に出るその謎の人物の事を、遠因としても家族を、わたしを救ってくれた彼女を焦がれない日は無かったっす」


「だから、ラブレターを」


「ラブレターって言わないで下さいっす。ファンレターって言って欲しいっす」


「ファンレターを送ったのか」


「申し訳ないっす。我慢できなかったんす。ずっと伝えたかったんす。過去が生きる希望で、現在が生きる意味なんす、今のわたしの全てがあの人のおかげであると言っても不十分なくらいなんす」

「迷惑をかけたっす、こんな時なのに」


 ん。なんだ、こんな時なのに?随分と他人事のような、絵空事のような、心ここに在らずという訳でも無い、真剣そのものというか。


 手紙の犯人。何かズレているのか。


「カエラちゃん、申し訳ないのだけれど。この手紙が君の送った物なんだよね。君の投函した物なんだよね」

そう言って、ポケットから折り畳まれた白い便箋を2枚出す。


「そうっす、そうっす。わたしの出した物っす」


「えと、カエラちゃんは何枚出したんだい?」


「何枚って、え、どういう事っすか?」


「良いから、教えてくれないか」


「え、それで全部っすよ。2枚だけっすけれど。あぁ、したためた3枚目はわたしが持ってるっすけど」


 2枚だけ。であれば、僕が見たあの紙は一体なんだ。


「もう一枚前日に出していただろう?」


「いや、知らないっすよ。知らないっす。そもそも、だってわたし、今日初めてあんな少女が弱座切落だと知ったんすよ」

「知ってたら、あれほど冷静に居られなかったと思うっすし」


 確かにそうだ。今の状態だって興奮状態であるのはすぐに分かる。前日から機微とも分類出来ないほどの人としての興奮が見て取れたはずだ。

 嘘を吐いているようでも無いし。


 彼女は犯人では無い?


「改めて申し訳ないっす。わたしの行動抑制の下手なばっかりに独りよがりの身勝手に出てしまったっす」


「いや、良いんだが、良いんだが……」

 犯人に繋がっていなかったことが非常に良く無い。手紙という繋がり、ここまでは良かったはずだが。そもそも、手紙なんて誰でも書ける物である事をよく考えるべきだった。


 もっと確たる何かが。


「あぁ、カエラちゃん。一度部屋に戻ってくれるかな。僕はまだ用があるみたいだから」


「あ!そうっすよね。犯人擁立の任があるっすもんね」


「最後に聞いても良いかい?」


「何すか?」


「君は犯人は誰だと思ってるのかな?」

そう、問いた。


 質問に対して、彼女は早かった。すぐさまの、間髪の入れない返答。

「そりゃ、もちろん。弱座切落、あの方でしょう。即座のバラバラ殺人なんてあの人以外出来っこないっすから。切断=弱座、この方程式は美しいっすから」

言って、玄関広間を働き者は後にする。

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