幻想的オキサイド10
…
「しかしながら、私ごとではありますが、こんなお昼時に、こんなに気ままに時間を消耗するのは、久々の事です」
「いつもなら、料理人の仕事時だろうね。およそ、悠々なんてありはしないだろう」
「そうです。料理人である時間は、あの瞬間から一度として切れずじまいだったのですけれど、こうして、料理人から、一般人へと、容疑者へと変貌してみると、退屈ですね」
少しばかり子供っぽい意見であると、その口ぶりに僕は感じる。
16歳、多感なそれに、惨殺死体はショッキングどころで済まないはずである。それでもなお、逆に動揺しない所が、子供っぽさを反比例的に助長する。
「退屈。このような事、お客様に言う事ではないですが、料理をするのがマンネリとしていた気がしていましたから」
「ほら、例えば、好きな事でも、好きな作品でも、劇的が無くては飽きが来るでしょう?」
「それはまぁ、分かるよ。飽きとは十把一絡げそう言うものであるだろうし、どのようなものでも来る時は来るだろうね」
自戒のように、少しの気持ちも責めたいとそのような料理人を見受けた。
しかし、それも次の言葉に急落する。
「だからと言って、飽きが来たからと言って、私は人を殺そうとそう思ったりはしませんけれどね」
「君は気づいているのかい?」
「いえいえ、そのようなカマをかけて頂かなくても、私は理解していますよ。エスコートは出来る限り受けない性分なので」
そう、冷たく言った。
気づいているか。その答えに対して、彼女は気づいている事を大々的に発する。
単純明快、彼女のどこに気がついているのか、それは時間的な意味合いでの余裕の広さだ。
料理を配膳していた女将。話をし続けていた働き者と大学生。雇い主の配膳を受け取っていたボディーガードとその部屋に同時に居た雇い主の銀色作家。
唯一、彼女の建てられるであろうアリバイだけが素人目から見ても弱いのである。
「私は、名々夜様、鉄鍵様の朝食を作って以降の時間的な制限がおよそ一番広いですからね」
そう、繰り返す。
「分かっているなら、話は早い。君のためにも、否定したい君のためにも、時間を的確に答えてくれるかな」
「時間。私のアリバイの瞬間、行動を抜け出せない瞬間は配膳用の料理を作っている間と、作り終えるまで、逆に余裕がある時間は、配膳物を渡してからカエラさんが食事場に来るまでです」
「時間にして、およそ約8分と言った所でしょうか」
8分。いやに的確な(そう言ったのだけれど)数字が飛び出して来た。短い……とそう思うけれど、事件は瞬間的バラバラ。そもそも、短いのが前提である。
「8分もあれば、犯行は可能だと、そうお考えのようですね。いえ、しかしやっていないのですから。それ以上何も言えませんが」
「いや、思ってないと言えば嘘になるけれど、分からないのは本当だよ。何の慰めにもならないかもだけれど、その余裕が8分だとしても、1分だとしても、0でなければ、平等に疑わしいからね。何か、動機でもあれば別だけれど」
「動機。いえいえ、ですけれど、あなたなら、あなたのような情報通なら知っていますでしょう。あの方の本当の姿の一面を、幾面も持ったかの御仁の顔を」
「『鉄黒錠鉄鍵の黒い噂』を」
鉄黒錠鉄鍵の黒い噂?はて、初めて聞いた言葉の羅列だけれど、ここは話を合わせるか。
「鉄黒錠鉄鍵さま、八面六臂のあの方は、あらゆる方向から光を浴びるお方です。ですから、影を濃ゆく映すのです。羨望が、嘲笑と偽証の種になる。嘘か、本当かそこには必要ありません。かの御仁が誰もに恨まれる可能性があった事だけで危ういのです」
「私は危うい」
閃光煌めく様な強い眼光をこちらにバシバシと弾けているのが、印象的な瞬間の連続である。これが、強がりだったとそう思ったのは、もっと後になってからだった。
たったの16歳。恐ろしくも、殺し屋に次いで2番の容疑者に立たされている。
「団子ちゃん……大丈夫、ちゃんと犯人を見つけ出すから」
僕は言ってしまった。
・昼休憩
「いやいやいや、それはダメでしょう。一番やっちゃいけない事でしょう?」
小鳥の声が耳に劈く。
「いや、分かってる。肩入れをする気は毛頭無いんだが…」
「無いんだが、何よ。無いって言いなさい。探偵は裁判長の次に平等な職業なのよ。自重しなさい!」
「全くこれだから男の子は困る。女の子は若ければ良いとそう思ってるでしょ。違うよ、女は優しさだよ」
そうだと、自分で理解しているなら、もう少しばかり僕に対して、優しげに対応してくれても良いと思うのだけれど。
「流石に見てられなかったんだ。16歳だぜ、まだまだ子供じゃ無いか。憂慮はするし、考慮はするし、配慮もしてやる、それこそが大人の優しさってやつじゃ無いのか?」
「ふん、まぁ確かにそう言われれば、優しさに欠けていたかもしれないけれど、だけれど、君が平等性に欠けるのはもっと良くない事だよ。ちゃんと、全員を犯人候補としてみなければね」
ぷんす、と怒る大学生。やはり、可愛げが無い。
「それよりもだ。『とっておき』の話だけれど、上手くいってるのかい」
「上手くいってるか、上手くいってないかで言えば、その中間位かな」
「どっちかで言ってくれ」
「だから、中間が全ての答えだよ。集めるべき情報の半分位が集まったって感じかな。もう少し後で、お披露目出来るよ。情報公開できるよ」
「気長に待っててよ。赤い動画配信サービスのプレミア公開の2分間だと思っててよ」
「音量は下げておくけれど、楽しみに待っているけれど、次もあるんだ出来る限り急いでくれると助かる」
「もう、次があるの?はぇー、文明の機器に慣れるの早くない京介君?あたしが嘘付いてたらどうするのさ」
嘘付いてたら、お前を嘘つき呼ばわりして、大学のキャンパス内に狼少女って貼り紙して、一生ピノキオと呼んでやるだけだ。という宣言だけして、焦っている後ろから、嘘だったと真実を伝えてやる。
嘘には、嘘。何も態々《わざわざ》、本当なんて言う、凶悪な武器で戦う必要も無い。
「いや、そんなことよりも、次聞きたいことの方に興味があるある。何なんだいそれは!」
「マスコミ志望さんなら知っているかもしれないが、『鉄黒錠鉄鍵の黒い噂』について調べてほしいんだ」
ピシッと、この言葉に小鳥に微かな表情変化を覚えた。
「『鉄黒錠鉄鍵の黒い噂』。ふーん、なるほど、京介君は動機から少しばかり洗おうとそんな感じかな」
「でも、その深度なら大丈夫だよ。あたし達のネットワークを使う必要は触り程度なら必要無い」
「あたし、知っているからね。その話について」
そう、大学生は言った。




