幻想的オキサイド9
…
・働き者の話
「失礼するっすよ。あれ、小鳥ちゃんは来ないんすか?マンツーマン、テータテートっすか?」
「残念ながら。小鳥ちゃんは自室でちょっとばかり用があるんでね。探偵と助手の共同作業は結果的に統合されて、それが推理なら、許されるだろう?」
「まぁ、そうっすね。そう思うっすよ」
「じゃあ、良いかい質問して」
「ばっちこいっす」と言って、なかなかのテンションで向かい合ってくる。この少女も、前後の心持ちの落差の少ない方にも見えるかも知れないが、明らかに違う。
低くなっている訳ではなく、妙に高い。
「君については、それほど聞くまでも無いのだけれど、昨晩から、今朝方までの行動というのは、完全に小鳥と一緒だったという事で良いんだよね」
「はいっす。裏表無く、何の憂いもなく、偽りなく、純粋に私は昨晩を、一晩をあの空間で小鳥ちゃんと共に過ごしたっすよ。バッチリっす。とばっちりアリバイっす」
「では次は鍵について。鉄黒錠鉄鍵さんの部屋、あの部屋の施錠について確認したかい?」
「はい、夜にも何度か。朝にも何度か。しっかりガッチリ」
「ふん、なるほど。では、次の質問にいくけれど、カエラちゃんはみんなに行うべき質問と言うのが噛み合わないから、別の質問でも…」
「それでは、君はここへ働きに来たのだろうけれど、実際の数字を教えてもらえるかな。つまりは、就業期間ってやつを、何ヶ月間働いてるのかな?」
「3ヶ月っすよ」
「3ヶ月、意外に短いな」
働き者の働き者然を大きく期待していたからか、その数字が小さく感じる。
3ヶ月。
3ヶ月、仕事をすればその仕事の向き不向きが分かると言った話を聞いたこともある。であれば、3ヶ月という数字は特段短くも無いか。
3ヶ月でも、ここまでこなせれば、言う事も殊更生じない。
「3ヶ月、この期日ってつまりは鉄黒錠鉄鍵さんとの関係構築の期間って事なんすよね。何だかあっという間というか、寂しさすら感じますね」
「寂しさを感じる。鉄黒錠鉄鍵さんとはそれほどの関係だったのか?」
「いえ、それ程も、どれ程も無いっすけれど、3ヶ月っすからね。それだけの時間があれば、ただ配膳をするという関係の中にも芽生えるものはあります」
「少しばかり、私はここの暮らしに家族感を抱いていた気もする、なーんてっす」
そう、ハイテンションを維持し続けていた働き者はガクリと、ふと悲しげに言った。
「お客さんには部分的に話したっすから、それほど気にしませんが、家族生活というのは上手くいかなかったっすから」
「代替品。父親、鉄黒錠鉄鍵。母親、女将さん。妹、団子ちゃん。おばさん、名々夜さんってね」
「あぁ、あぁ、違うっす、違うっすよ。そんな風に役割を思っていたとか、そういう事じゃなくて、冗談めかして、楽しんでただけっすよ。そんな顔しないでくださいっす」
「私の父親は、確かに馬鹿な人で、悪徳宗教『三辻』に食われた哀れな一人っすけど。それでも、私の唯一の父親っすから」
「カエラちゃん……」
「何も言わないで良いっすよ、なんなら言わないで欲しいっす。私は別に今の自分を嫌いでも無いし、恨み辛みも無いっすから」
「それよりも、次の質問に移りましょうよ。私はそんな事もあって、この事件さっさと解決を望んでますから。正しく、決めちゃってくださいよ」
「いや、カエラちゃんにこれ以上の質問は無いよ」
「あら、そうっすか。残念っすね、長々と人と話したい気分だったんすけどね」
「それより、なら質問が無いなら私の一言でも聞いてほしいっす」
一言、とは何か。
もちろん、一言を聞く暇はある。
加えて、暗くなってしまった空気の澱みを窓から吹き流すように、話を変えたかった。
「聞いてくれるのなら、話すっすけれど。私の直感の話覚えてるっすか?」
直感。
冗談の類で幾つか聞いてるから、どれの話をしているのか曖昧だな。
全てを記憶している自信も無い。
「直感。私が最後にお客さんに言ったやつっす。当たってたっしょ?」
「『あの少女は近々、人を殺す』って」
働き者の声が心に響いた。
直感。
妙に当たるギャンブラーの直感。
弱座切落による殺人の直感。
「……いや、直感なんて。そう、占いの仲間だろう。当たるも逸れるもある。つまりは運だ」
「私、運良いんすよ。どれくらいかって言われれば、当選倍率10000倍のこの旅館のたった一人に選ばれるほどっす」
「そして、何より直感は人生上、外した事が無いっす」
・料理人の話
「大丈夫ですか?分かりやすく困惑といった表情ですけれど」
「察しが良くて助かるよ。どうやら、まずいかも知れないと思っててね。団子ちゃんはさ、カエラちゃんの直感って信じるかい?」
「なるほど、彼女の直感の真偽を試したい訳ですか。いえいえ、私としては協力しかねるというか、私自身は信じていますからね、彼女の直感を……」
おいおいおい、マジか。
探偵役をあの伝説の手前引き受けたっていうのに、こんな天才占い師にバッタリとは、バッチリとばっちりじゃないか。
女は占いにハマり、男はギャンブルにハマるなどと聞くけれど、僕はもちろん男だけれど。占いに引っ張られている現状に異常に、非常に不安が募る。
「ですが、それほど心配なさる事ではありませんよ。彼女の直感は確かに素晴らしいもので、場合によっては一攫千金なんてのさえ簡単でしょうけれど、だからと言って全てを良い方向に変更出来ている訳じゃ無いのですよ」
「彼女の根底は『三辻』ですからね」
「団子ちゃんは彼女の過去を知っているのかい?」
「多少はそうですね。彼女は生来口が軽いというより、あまり物事に頓着しない所がありますから。その軽率さが自分の過去を受け止めるクッションになっているのだと思います」
「お金には執着が凄いけれどね」
「彼女の金銭は、家族と直結していますから、金銭が無くなるごとに、家族が消えていくそう言った過去ですから」
「そして、金を愛する彼女は金に愛されている。彼女は二者択一に絞られた時、絶対に外しません。直感が降りてくるとか、そう言ったオカルトチックな表現をするのです」
そのような表現をされると、神秘的な何かを語ると、意志が揺らぐ。
神聖の信憑性、存在感が頭をめぐる。
「けれど、全てではない。当たる時には当たる位に思うものなんですよ」
「変な話ですけれど、彼女がいくら百発百中の才を持っていたとしても、半信半疑である事は、悪い事ではありません。何なら、必須事項であると思います」
「気にしたら負けとは言わずとも、気になったらそこから勝負ですから、占いはそういうものです」
そう、料理人は働き者について、占いについて語った。はっと、思いもよらない寄り道をしてしまった感は拭えないが、吸い込まれた思考をガンガンと呼び戻す。
「いや、ありがとう。変な心配をかけてしまったね。占いはここからが勝負。肝に銘じておくよ」
「いえいえ、それは良かった。ではでは、そろそろ、半信半疑の話をするよりも、確信を目指しませんか。事件の最新の核心を突き詰めませんか?いえいえ、つまり私に質問してください。私は百発百中、本当のことしか言いませんから」
前座に二者択一の占いを推し並べて、述べてから、料理人の質疑応答は始まった。




