幻想的オキサイド2
…
ちょっと、ちょっと待ってくれよ。この流れは不味いのではないか、そうなっていくと厄介な事になりかねないか?
人の、ここに居る全ての人の命を背負うとか言っていなかったか?
僕?
自分の命を背負いきれないような男だけれど。
「君が一番妥当だろうね。あたしだって、京介君?って思わなくもないけれど、およそ君がその立ち位置に相応しいと思うよ」
「いや、いやいやそれは無いんじゃないのか。それだけは無いんじゃないのか。僕みたいなのは、証言者Bとしての役割が適任だろ」
「ただでさえ、普通な僕なのにも関わらず、それは適当では無く、テキトーだぜ。この擁立だけはしっかりやろうと意思表明したばかりだろ?」
「そりゃもちろん。京介君を見込んで、能力を見込んで適任と、適切と述べてるんじゃないよ。済まないけれど、消去法だという他ないのだけれどね」
消去法だとすれば、すぐさま消去されそうな僕であるはずなのに、どう転んでそういう結末になった?
「第一に、もし真犯人というのが居て、それがもし鉄黒錠鉄鍵を殺したと言うのならば、その条件を挙げると、やっぱり犯行動機があるとすれば、関係性が深ければ、深いほど怪しい訳じゃない?」
「その点、京介君、君は大丈夫だよね。ファンであるかもしれないけれど、およそ彼達ほど深くないでしょ。殿上人と愚民でしょ、あたし達は」
「愚民だからダメなんだろ?」
「探偵なんていつも愚民だよ。警察でもないのに、公務員でもないのに、ズカズカ人のパーソナリティに入り込んで。人の人生賭けた、集大成としての殺人でも、しれっとして解き明かしていく。何様だよ、って言われたら、探偵だよって言うんだよ。だから、何だよ。やっぱり、ただの愚民だよ」
探偵愚民論を述べる大学生に、賛同しきれない部分がないわけでもないが、強く言い返す事も出来ない。
戸惑う僕を抜いて、声を出したのは銀色作家だった。
「愚民と言うとアレですけれど、あなたは相応しいと、あぁ、消去法では無くてですね。ピッタリだと私自身は思わなくもないですよ。主役として君は正しく、そして守る役としてもね」
「守る役などと言うのは、愚民よりも僕に似つかわしくない言葉だと思いますけれど。皆さんを守る事は僕には、到底敵いませんよ」
「『ふざけるな、ワシらを誰じゃと思っている。気負いすぎるなよ、京介』とでも、言うのでしょうか、かの伝説なら」
突然の、切落の声にはたりと意識が上に上がる。
モノマネだ。
銀色作家の口真似、余りにもそっくりな真似、口調どころか、言葉選びまで似ている。
「あぁ、失礼。口真似は趣味でして、ほら、小説を書いていると、キャラクターが何を言うかを考えますから、言葉もいやに浮かぶのですよ」
また、作家はもとの大人びた優しげな顔に戻る。
一切、先ほどの殺し屋の顔は見当たらなくなり、霧散する。
「でも私が伝えたい事もそのままです。先ほど、真犯人が居て、連続殺人になどと仮説が出ましたけれど、それならその時ですよ。伝説に殺されるか、稚拙に殺されるかの違いです。我々は真意では結局自分を守るのは自分だと理解しています」
「では僕に何を守れと言うのです?」
「探偵役が守るのは、弱座切落ですよ。濡れ衣なら、雨で濡れたその姿がそうなら、あなたが守るのは、その少女の無実であるはずです」
「私たちをあなたは理解し損ねているので、申し上げると、私たちは、犯人はかの伝説であると、十中八九盲信しています。状況がそう示していますから。けれど、あなたは違うでしょう。あなたはかの伝説と行動を共にして、彼女を限りなく我々より知っている」
「犯人が殺し屋と信ずる我々と、犯人が少女で無いと信じるあなた。探偵役に相応しいのはあなたでしょう。浮向京介さん」
探偵への理由付けは一つ。
真犯人ではない事。
鉄黒錠鉄鍵と深く知り合いでない事、並びに、弱座と知り合いである事。
弱座と知り合いであるなら、彼女を救うように、というより、少女の妄言に、付き合ってしまってしまうだけやもしれない。
少女と知り合いである事は、ある種真犯人であると言う裏付けがどうにかこじ付けそうな気がしたが……。
辞めた。
「…分かりました。探偵役を引き受けましょう」
向こう水で、淡白な判断だった。
この面々の中で僕であることに、心がひりつく。
「京介さん。もし、本当に無理なら辞めても良いのですよ。自分だって、体は強いですけれど、風邪でしんどければ休みます」
などと、ボディーガードは下手な気遣いを挟む。
けれど、僕はフルフルと首を左右に振る。
ありがたかったが、最後に止められると、避けたくなる性分なんだ。カリギュラ効果かな。
「ボディーガードさん。大丈夫だよ。あたしがサポートするからね。サポーター第一号に立候補するからね!」
すかさず小鳥。
何を言い出す、サポーター?
「流石に、あたしだって、名々夜さんだって、京介君をただの一人で探偵にする訳ないでしょ。万が一だってあるんだから、リーダーって言っても、全て出来ると思うまいよ。何でも出来ると思うなよ。圧政を敷けると思うなよ」
圧政を敷くつもりは決して無いけれど、権限も、権力も、暴力も、腕力も何も無いけれど。
そんなことしたら、即刻デモクラシーなデモンストレーションで潰されるぜ、浮向政権。
「探偵ならば、それが必要でしょう?探偵とそれはハッピーセットなんだからさ」
「君が探偵なら、あたしは助手をやらせてもらうよ。あたしだったら、京介君とも、あの少女ともかねてよりの知り合いで無いし、鉄黒錠先生だって関係ないしね。条件としては、あたしだって、良い感じでしょ、どうよ、女将さん?」
「私ですか?はい、私は構いませんと言わせていただきます。助手というのなら、一人の人の暴走を起きにくいでしょうし、良い考えであると…」
「ではでは、決定で、あたしも助手という役柄をいただけた所で。早速皆々様、カエラちゃんも眠そうだし、一旦、自室に戻りましょう。我々、探偵組は少しばかり作戦から入るので」
そう取り仕切ると、パンっと掌を打ち鳴らす。
一本締めで締まる空気感でも無いのであるが、そこは小鳥の腕の、手の見せ所か、みんなそのチャチな号令に従った。
ぞろぞろと、自室に左、右に分かれる彼らの背に向かって、相変わらずマイペースに手を振る。
「京介君。こんな事になってしまったけれど、じゃあ、これからよろしくねー。探偵と助手、ベストコンビでやっていこうね!」
あぁ、と心配の乗った言葉が小さく口から出た。




