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心血的シーサイド8

34

バラバラになった惨殺死体の目に見える空間。

これは、当たり前であるが、非日常であり、違和感の塊であることは言うまでもない。


こと、熟練な女将、働き者のこまづかい、武者修行中の料理人。

彼らがその体裁を気にしないほどに形崩れることはあれども。狂気のこの様に、正気を失ったとしても、泣き喚こうと、喚き散らそうと、散らし殺そうと、殺し笑おうとしようと僕はおよそ、その瞬間をまじまじ見ようとも、動揺せずにホームビデオのワンカットの様に、ある様の様に、あり得る様の様に見るだろう。


ポップコーンでも手に持って、笑って見てられる。

ソファでも持ってきて、特等席で。


その程度の余裕ならあったし、言うなれば、その程度の余裕しか無かったという他ない。


殺し屋。

皆殺しにするとそう言ったか?


僕の聞き違えでなければ、そう言った。

僕を殺すと言った訳でもなく、皆を殺すと。

ジョーク、悪い冗談、そう思った。


豪放磊落大宣言。

「………みなごろしじゃ。ワシはここで皆を殺さなくてはならない」

「ワシの名前、弱座よわりざ切落きりおの名において」

冷えた少女の口から出た、言葉のリピート。


確か、僕と一晩明かした、泊まった少女の名前がおよそそんな名前をしていたはずだけれど。

彼女が、自分の名前を、こう堂々と語るわけもないのだ。

騙ることはあれど、語ることはない。


そんなことを考えていたから、体は自然彼女の震える肩に身悶えしたし、シンクロして寒冷が響いてくる様だった。

ただの少女の姿は見ていられなかった。


体は動くし、近づいた。

動揺して、少しも動くことの無い石像たちの間を動きだしそうだななんて馬鹿みたいに考えて、目の前を通っていった。


外履きの踵は踏みつけて、地面にコンコンと二つ打つ。


「切落、何言ってんだよ。頭が冷えちゃってどうにかしちゃったのか?」

ポッケのハンカチを取り出すと、拭ききれない雨を少しでも付ける。


「京介…」


「分かってる、分かってるよ。あれだろ?昨日言っていたことを守ってるんだろ。風呂に入らなかったことを責められたのが、そんなに効いてるとは思わなかったぜ」


「京介…」


「でも、それはないよ。シャワーだけでも浴びれば良いって言ったはずだけれど。雨のシャワーなんて、どれだけロックなんだって話じゃ無いか。雨は目に見えるほど綺麗じゃ無いんだぜ。車のボンネットとか、汚れが目立ったりしちゃうだろ?酸化物とか、ミネラルとか。これじゃあ、また風呂に入らないと、風呂に入って、濡れた髪の毛をしっかり、この旅館のお手製の良い匂いの、良い成分のシャンプーでしっかり洗わないと、眩しい黒髪が台無しだぜ」

上から下まで、拭ききれない。

別に血がついてる訳じゃ無いし、落ちにくい染みがついている訳じゃ無いんだ。

ハンカチでほら、拭けるはずだ。


ピタピタと落ちていく、水玉が僕の足に反射して、体を冷やしていく。

…切落。


「京介君。そのまま、後ろに下がって。ゆっくりと離れたほうが身のためだよ。もし、死にたいと言うのなら別だけれどね」

熊みたいな対処法を事細かに教えてくれたのは大学生・小鳥だった。

決して、熊はそう対処するべきでは無いのだけれど、もちろん死んだフリでも無いけれど。

大きく体を見せて、大きな声をあげるのが正解なんだぜ。


「京介君。いいから、なんでもいいから。熊から避けるときでも、狼から避けるときでも、蛇でも、牛でも、なんでもいい。ゆっくりとこちら側に向けて歩を進ませるんだ。距離を空けるんだ」

真剣な声に少しばかり怯んで、右手のハンカチが止まった。


「よく聞きなよ、京介君。君の前にいる少女は『弱座切落』を名乗った。あたしだって知ってる伝説のそれだよ。驚きだよ。でもね、その前に君は、それを知っていないかも、いや、知っているのかも知れないけれど、これは改めてあたしの口から言わせてほしいんだけれど」

「彼女は、伝説の殺し屋を名乗ったけれど、その前にこの事件における最重要の容疑者ということを理解して」


そんなこと言われなくても分かっている。

叫びそうになって辞めた。

辞めたと言うより、そのタイミングを掻っ切られたのだ。

先攻。


「女、良く考えておるの。好きじゃよ、頭のいい女。頭の回転が速い女。忙中有閑(ぼうちゅうゆうかん)のこの一瞬でよく分かったの。推理できたの。褒めてやるぞ、この弱座切落が…」


「では本当にあなたが殺したと言うのかい、伝説の殺し屋ちゃん?」

切り込んでいく、設問。


「あぁ、いやそれは違う。全く持って違う。ワシは決して殺しておらんし、切ってもない。そこだけは間違っておる」


「どう言うことかな?」


「そのままの意味じゃて。ワシは殺しなんてやっておらん、ただこの瞬間、この空間に発生した死体の犯人を特定するに際して、一番ワシは犯人らしいとそう言いたいんじゃ」

問答は至極的を得ず。

と言うより、欲しい答えがはぐらかされ、違う答えに期待をごそりと奪われていくのだ。立っている大学生は、一問一問にカロリーを大きく消費しているのが分かる。

いやな緊張感であるのだ。


「馬鹿馬鹿しい!!名々夜様。これ以上、ここに居るのは危険です。かの少女が、弱座を名乗ると言うのなら、自分はあなたを守る使命にある。無事にここから送り出す使命がある。動きましょう、守ります」

朝一にも関わらずの仕事用の礼装の男。

昨晩、湯を共にし、働きを共にし、したはずの男性は優しい男性は、こちらもまた正しく仕事の顔なのである。

常に働く男。

ボディーガードは依頼人に語りかける。


「おい、大男。ワシを誰じゃと心得る。弱座じゃぞ。逃げられると思うてか。何で、逃げると言うんじゃ?」

「もし、行きの際に使ったであろう、黒塗りの車なら期待するな、それは無駄じゃぞ。穴を開けたからの」

「真っ二つに二つ。大きな穴を開けたからの使えるもんならやってろよ。鉄屑でも良いのなら、表には置いてある。それとこれはお土産じゃ」

そら、と言って軽くアンダースローで飛んだそれが、人の隙間を越えて音を切り飛んだ。


ビヨーンと、コミカルに表現するとそんな風であり、現実的には、バガスっと言ったものだった。

ボディーガードと銀色作家の間の柱に刺さった棒。


車のシフトレバー。


「別に、車を壊したところで、自転車を壊したところで、三輪車を壊したところで、一輪車を壊したところで、逃げようと思えば逃げることは容易いがの」

「逃げ切れると思うのなら、逃げてみろよ。ワシは止めはせんぞ」


「何がしたいのですか?私たちを閉じ込めて、何がどうしたいと」

料理人が口を挟む。


「犯人は未知ならば、ワシは犯人じゃ。誰よりもそれに近いからの。誰かを血祭り上げるのであれば、ワシが最適解じゃ。だからじゃ、お前らには考えてもらう、正しく犯人を擁立することを」

「正しく真実を見ることを…」

「それが出来なければ、皆殺しじゃ」

ここで、端折られた言葉の最後と連結した。

真犯人を見つける。

見つけることが出来なければ、皆殺しということらしい。


「加えてじゃ、皆が気づいているかも知れんが、電話は使えん、もう主要なコード、機械を完全に破壊しておるからの。外へのヘルプコールは届きはせん」

「誰かが来るかも知れないってこともありはせんよ。万に一つもない、道路も断線してきたからの。アリンコ一匹通りもせん」

「では、そうだな。働き者の女」


「はい、はい!何っすか?」


「一部屋、空いている部屋があるじゃろう。それをワシに寄越せ。ワシはそこにずっと居る。それこそが、ワシが犯人ではないと言う少しばかりの足しになろうことを願っての…」

最後の言葉を言い放って、切落は泥まみれの靴を丁寧に脱ぎ捨てて、館内に上がった。


最後の言葉。

先ほどの部屋占拠宣言が、それに当てはまると言うことはない。

対外的に述べた宣誓として、最後の言葉はそれで合っていただろうが、前述のそれは違う。


僕にだけは違った。

最後の言葉、耳元で小さくそれは発された。


「京介、助けてくれ」

嘘偽りのコートは無く、信用できる弱々しい言葉を受け取り、胸に留める。



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