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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第四章 意味をなさない言葉

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#3 手紙②

 背景 リンゴォ様

少しずつ秋の訪れを感じる頃となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

もしかしたら既に聞いているかもしれませんが、リア様が火の大精霊と思われる精霊を召喚しました。火の大精霊の音は「棒棒」という風に聞こえました。これは東の国で使われていた表音文字から持ってきました。私の耳に残るこの音を貴方の耳に届けられないのが残念で仕方がないです。いっそのこと西の国まで糸電話を伸ばせたらと思います。

 さてつまらない冗談は止めて以前話していたことですが、やはり予想していた通り、火の精霊の言葉とリア様が喋る言葉は違う様です。しかし、リア様はそれを理解していましたし、相手もリア様の言葉を理解していました。精霊の言葉はどうやら奥が深い様です。


 さて、リンゴォ氏は学校生活についてよく言及するので、よほど学校生活が気になるのでしょう。リンゴォ氏もご存じの総合演習を行いました。

(中略)

さて手紙を書くスペースもなくなってきたので、今回はここで終わりにさせて下さい。


マリーより


手紙に書くべきことは書き終えた。

でも、書きたいことがあるのだ。


追伸とだけ書いて何度も手紙を見直した。

私はそこに自分が書こうとしている文字を思い浮かべていた。

『私はリア様をどう見ていたかを忘れてしまいました。リア様には敬意と親愛を持って接していました。しかし、私はその感情を忘れ、違う眼差しでリア様を見ようとしています。どうやって以前の様に見れば良いかわかりません』

そこまで書いて私はリンゴォ氏に答えを得たがっているのに気付かされる。リンゴォ氏に決めて欲しいのだ。

『私はリア様が好きです』

ただそれだけなのに書くことも辛く、思うことすら辛い。私では、決してこの恋は叶うまい。例え私が恋することはできても、リア様からの寵愛は得られない。私はそれを勘違いできるほど愚かでは無かった。

だから今までの文章は私の一時の思い違いで決して文字に残してはいけないのだ。


追伸 私のことばかり書いてしまいましたが、たまにはリンゴォ氏の現状も聞きたいです。


手紙を封筒に入れる。蝋で蓋をしてしまえば、もう一度開けられなくなる。そしたら今の私の気持ちを届けることもできなくなる。そう思うと蝋を垂らそうとする私の手は止まっていた。

「マリー」

「ヒャッ」

驚いて手紙に蝋を垂らしてしまった。

「あら、ごめんなさい。手紙を書いていたの?」

「気にしないで下さい。アンナ。もう書き終わったので大丈夫ですよ」

手紙を見ると蝋でしっかり蓋をされていた。惜しい気持ちもあるが、むしろ気は楽になった。蝋の上から押印するともう開けることはできなくなった。これでいいのだ。

「そう? で、聞きたいことっていうのは、改まって聞くことじゃないのかもしれないけど、体調とか悪くない?」

「体調? 別に体調は悪くないですよ」

むしろ体調は良いのだ。

「でも、マリー貴方最近変だよ」

それは自覚しているのだ。

「そんなことないですよ」

「リア様と喧嘩でもしたの?」

「喧嘩? そんなことはしていないですよ」

むしろその逆とは口が裂けても言えない。

「だって貴方最近避けてるじゃない」

「そんなこと…」

そんなつもりはない。しかし、実際はそうなっているのだ。

「もしかして私とリア様って仲が悪く見えています?」

「違うの?」

私は私の気持ちにかまけてリア様の気持ちを考えていなかった。リア様を避けたい訳じゃない。むしろ近寄りたいくらいなのだ。

「リア様に嫌われちゃう」

「え?」

思わず漏れてしまった独り言はアンナには聞こえてなかったみたいだ。

「わかりました。それは私の心が未熟なだけで、喧嘩したい訳でも、喧嘩している訳でもないんです」

今度からはもっと考えて動こう。目を合わせられないだけだと思ってたけど、思い返せば、リア様と2人っきりになれる機会を生まない様にしていた。嫌われていると思われても仕方がない行動をしていた。

「よくわからないけど、それで良いなら」

コツン

その時何か音がした。

「今、何か音がしました?」

「していないと思うけど」

コツン

「いや、音がしました」

音の方向を見てみると窓から音がしていた。

「これは…」

窓に向けて小石を投げた音だろう。おそらくは誰かを呼びたいのだろう。

窓の外を覗いて見るとダーシー君がいた。ああ、そういうことか。仮面舞踏会も近い、誰か呼び出したいのだろう。

「何かいた?」

「いえ」

ダーシー君の名誉の為、アンナにすら何も言わない。他の人にバレたら可哀想なのでその誰かにだけ伝えれば良いだろう。

「ちょっとお花を摘みに」

「いってらっしゃい」

当然向かうのは寮の外だった。一瞬何処にいるか分からなかったが、暗がりにダーシーさんを見つけた。

「ダーシーさん」

「ああ、よかった。君が気付かなかったらどうしようと思った」

「ふふっ、良かったです。それで誰を呼べば良いんですか?」

「え?」

驚いた顔をしていたが、ダーシーさんも恥ずかしいのだろうか。

「誰を呼んできても、私、誰にも言わないですから」

「ああ、そういうことか。私は誰かを呼んで欲しくて君を呼んだ訳じゃないんだ」

「あっ、そうなんですか」

じゃあ、生徒会のことだろうか?

「マリー君!」

わざわざ改まって呼ばれるとは思わなくて、びっくりしてダーシーさんを見るとどうやら緊張した様子だった。

どうしたのだろう?

「僕と舞踏会に行ってくれないか?」

白薔薇が差し出された。

頭の中が真っ白になった。

そう、この時期に人を呼び出すことと言えば、舞踏会の招待くらいだろう。違う用事で呼び出されるなんて紛らわしくて仕方がないだろう。

こんなわかりやすいことどうして分からなかったのだろうか。

「え?」

ダーシーさんの顔は真っ赤になっている。白薔薇も折れてしまうのではと思うくらいに、力が込められている。

おそらく、おそらくは彼は私を好きだと言っているのだ。

「ダーシーさんにそんなこと言われるなんて考えてもいなかったです」

私の頭は高速で色々考えていたけど、何も答えは生み出さなかった。

「ちょっと考えさせてくれませんか。ちょっと今は何も考えられなくて。ごめんなさい」

「ああ、いや、こっちこそすまない」

お互いの顔を見れなくて2人して何もない空間を見ていた。

「夜も遅いですし、これで」

できることなら走って寮に逃げ出したかった。

「待ってくれ。この薔薇を受け取って貰えないか?」

「いや、これは招待状ですよね。参加できなくなっちゃいますよ」

本来であれば女性が赤薔薇を渡すか、本人が白薔薇を持つかしないと入れないのだ。

「僕は君が隣にいない舞踏会には参加しないよ」

「それは…」

「変なことを言ってすまないがこれが僕の気持ちだ」

恐る恐る白薔薇を受け取った。

一瞬手が触れただけだが、それだけで彼がドキドキしているのが感じられた。

「それじゃあ」

彼は小走りで去っていた。しばらくはこの白薔薇を見つめていた。


 誰にも見つからない様に白薔薇を衣服の下に隠す。寮の誰にも会わずに自室へと向かいたかった。

「あら、マリーじゃない」

「ヒャッ」

だが一番会いたくない人と会ってしまった。

「ど、どうしたんですか、ヴィクトリアさん」

「いや、むしろ貴方がどうしたのよ。顔が真っ赤よ」

「あはは、夜風に当たっていたのですが、まだ真っ赤でしたか」

「ええ、あんまりにも真っ赤だから、白薔薇でも貰って来たのかと思ったよ」

「え!?」

私の心が読まれているわけじゃないよね。

「あはは、私が貰う訳無いじゃないですか」

「あら、貴方牙を隠すのが上手いから一見お淑やかに見えて実は人気があるのよ」

気づいているんだか、ないんだかわからないが、嘘を付きとおすことにした。

「あはは、そうなんですか」

ヴィクトリアさんの何時もの軽口に付き合う余裕もなかった。動揺しているのかいつも通りにできない。

「貴方本当にどうしたのよ?」

そんな私をヴィクトリアさんはすぐに訝しんだ。

軽口を返すかどうかで、人の体調を見ないで欲しい。

「少し体調も良くないので、部屋に戻りますね。あはは」

「え? うん。じゃあ」

そうやって部屋に戻る。

「おかえりマリー」

そうだ。部屋にはアンナがいるのだ。私はアンナにすら知られたくなかった。

「どうしたの? 顔が真っ赤だよ」

「ちょっと体調が悪いかもしれません。今日は寝ます」

「ああ、うん」

横になると毛布を顔に被った。もう泣きそうだった。

どうすれば良いかわからない。色々な顔が浮かぶ。教えて欲しい。誰か私がどうすれば良いか教えて欲しいのだ。


 今までの私の人生は意味があった。

リア様の結婚相手を見つけること。

とっても意味があることだ。

西の国の為にも、リア様の為にも意味がある。今までの私の人生にはその意味があった。でも、そんなことに大した意味などないと気付いた。私なんていなくてもリア様はきっと結婚する。私はその建前を信じて前に進み続けた。愚直に、後先考えずに。私はリア様という、遠い存在を追い続けるために前へ前へと進む。

 マリーはどうしてそんなに勇気があるのかと聞かれたことがある。しかし、そんなものはない。ただ物事を知らなかったから恐れなかったに過ぎない。私はリア様を好きになってしまった。いや、正確に言えば自身の中にあった気持ちに気づいてしまったのだ。昔までの私はリア様の一歩後ろを歩いていればよかった。

 そこは居心地がよかった。誰にも邪魔されることも、誰かに邪魔だと思われることもなかった。

でも、好きになるということは同じ場所に立つことなのだ。それはとても恐ろしく怖いものだ。たった一歩前に進むだけで、リア様の横に立てると思っていた。

しかし、それは違った。リア様と私の間には大きな、大きな壁がある。乗り越えることも回り道することも難しい。

それに気づいた時、私の歩みは止まってしまった。私の道筋は何の意味もなかった。

ただの城壁の外の人が虚飾に満ち溢れた人生を送っているだけだ。

リア様も、ヴィクトリアさんも、ダーシーさんも、カルロス先輩は意味のある人生を送っている。それは彼らが自分で決めた意味だ。その事実が痛かった。殴られているみたいに私を痛めつける。

 私の人生は他人に与えられたものだった。

初戦は借り物。張りぼてで伽藍洞。リア様に並び立つなんて愚かしいぐらいだ。でも、私はこの意味が無ければ呼吸することもままならないのだ。リア様の御付きのマリー・スプリングフィールズでなければ、存在すら赦されない生き物になる。私がこの借り物の姿を現したとき、私は無情にも壁の外に追い出されるだろう。私はリア様が好きだ私を生かして貰えるから。

どうすればいいんだ。

どうすればリア様を心の底から好きだと思えるのだ。

どうすれば呼吸ができる。

どうすれば痛みが消えるのだ。

ひぐっ

気づけば身体が震えていた。

嗚咽が止まらない。

何で泣いているのかわからない。

でも、涙が溢れて仕方がないのだ。心の中に欠けた器があって、そこから涙がずっと溢れ続ける。

誰か止めて欲しい。

今この状態を誰か止めて欲しいのだ。

誰かこの胸の痛みを…


 その時ぐらついて仕方がない頭を何かが支えてくれた。それは人肌の熱を持ち、優しい感じがした。私は母親に抱かれる赤児のように安心してしまった。安心して眠気が来て、眠ってしまった。その時だけは痛みも哀しみも感じられなかった。


 気が付けば朝になっていた。自分の目が腫れているのがわかる。昨日の暖かさは何だったのかと疑問に思うが、直ぐにわかった。私はドレスそのままで寝ていたはずなのに、パジャマになっていたのだ。

「あっ」

白薔薇。そのまま寝てしまったので、潰れてしまったかもしれない。急いで探すが、見つからない。クローゼットに入っていた昨日の服にも入っていない。それは私を絶望させるには十分だった。あれはダーシーさんにとって大事なものなのに。

しかし、思わぬ所で白薔薇を見つけた。机の上だった。でも、昨日は部屋に帰ってから白薔薇を置いた記憶などない。つまりは…

「起きて下さい。アンナさん」

アンナさんを揺らして起こした。

「ん~、もう朝」

「朝です。起きて下さい」

眠たげな瞼を擦りながら、アンナは起きた。

「昨日は大丈夫だった」

「はい、昨日はありがとうございました」

「いいよ〜。気にしないで」

寝起きだからかとてもふわふわしている。

「あの、アレ見ました?」

「アレ?」

そう言って机を指差すと途端に目が覚めた様だった。

「そう! マリー。おめでとう」

え?

「舞踏会に誘って貰ったんでしょ」

そうか普通はそういう反応なんだな。

「リア様に誘って貰ったんでしょ」

それは私の心臓にナイフを突き立てるような言葉だった。

「マリー?」

そうか。

「ご、ごめん。もしかしてリア様じゃないとか? 泣かないで」

私は泣いているんだ。そうか。目を拭うと涙が手を濡らした。

「マリーは何に泣いているの?」

彼女からすれば訳がわからないだろう。白薔薇を貰ったにも関わらず、私は悲しい気持ちになっているのだから。

「わからないんです。何に泣いているのかも。どうしたいのかも」

私が私じゃなくなってしまったかの様だ。

こんなの子供みたいだ。昔はこんなに泣いてなかった。…いや、そんなことない。昔から泣いてばかりだった。母と父を困らせてばかりだった。

「よしよし」

アンナが私の頭を撫でた。

「マリーはきっと甘え方を知らないんだよ」

「甘え方?」

「マリーって長女って感じがするし、しっかりものだと思われてたから上手く甘えられないんだよ」

アンナの言っていることはピンと来ていなかった。私はアンナの言うことをいまいち信用していなかった。別にアンナ以外もそこまで信用している訳では無い。正直私はアンナよりも、いや、学年中で一番勉強ができた。むしろそれ以外は彼らに勝てることは多くない。いや、むしろ唯一と言っていいくらいだろう。魔術も身体能力も平均よりも劣る。だからこそ、自分の頭の良さに自信を持っていた。反面この自信が時に増長して、態度が悪くなってしまうこともあった。要するに私は見下していたのだ。今、アンナは私のことを精一杯考えてくれているにも関わらず、信じ切れていないことに罪悪感を感じた。ヴィクトリアさんを傲慢と笑いながら、本当の傲慢な人間は私だ

「だから私が甘やかしてあげる」

でも、そうやって勉強ができる自負は、自信のなさの現れであった。ずっと焦っていた。私は薄々感じていた。年齢に差があれば、それだけ能力に差があるのだ。特に精神的な安定性は彼らが上だった。私は子供だった。勉強ができるだけの子供。馬鹿みたいに肩ひじ張って大人の振りをする子供、それが私だ。気が付けば母にされる様に、抱擁されていた。

「ううっ」

それからしばらく泣きじゃくった。

あったかくて何時までも甘えたかった。いつもの私とは、明らかに違う。違うが、どうやっていつもの私に戻れば良いかわからない。

私がツバキに火傷を見せられた時、私は内心怒っていたことを思い出した。何で怒っていたか、自分でもわからなかった。でも、今ならわかった。私だって仮面を付けてるのに、誰かに仮面を外した姿を見せられるのが羨ましかったのだ。甘えることができない私は、甘えることができるツバキが許せなかったのだ。あれだけツバキに発破をかけたのに、自分では何もできない。情けない人間だ。

泣き止むと急に恥ずかしくなった。

「今日は休む? 私が誤魔化しとくよ」

アンナの姿が大きく見えた。

学校に行きたくない子供のように私はそれに頷いていた。

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