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第9話   異端狩りと嵐の到来4

 放課後、理恵と一緒に帰ろうとしていると、案の定。赤井先輩が教室に入ってきた。


「おーい、メフレグ研究会の部会やるよー、雪」


 大きなため息をつく僕を無視して、ずかずかと赤井先輩はこちらにやってきて、腕を引っ張る。


「あの、もうそろそろやめていただけませんか?」


 意外に力のこもった先輩の手を見る。


「もういいじゃないですか。僕を巻き込む理由が分からないんですけど?」


 今日も明菜は部活で一緒に帰ることはできないと言っていた。理恵と一緒にいられる貴重な時間を一秒だって無駄にしたくない。


「あら、残念ねぇ。あの話もしたかったのに……」


 うーんと中指を唇に当てて意味ありげにこちらを見る。


「なんの話を……」

「昨日、公園での話」


 ぎくりと心臓が不連続に脈動する。顔が強張ってしまったのをできるだけほぐすように頭を振って、仕方がないといった素振りを見せる。


「何のことか分かりませんけど、仕方ありませんね。そこまで言うなら……」


 心臓がまだ動揺を隠せずに鼓動を早め続けている。見られていた? しかし、あの公園に人が寄り付くことなんてめったにないはずなのに……。


「……大丈夫、雪?」


 僕の変化を敏感に感じ取ったのか、理恵が心配そうにこちらを見ている。僕は懸命に笑顔を作って言った。


「大丈夫だよ、理恵。ごめんな、今日は……」

「理恵はうちと帰るんだよな!」


 横から割り込んできた羽田さんに抱きしめられている理恵を見て、安心する。これで一人で理恵を帰らせることもなくなった。昨日のように待ってもらっているのも申し訳なかったし。

 教室を出ると、廊下の窓から日が傾いているのが分かる。僕は目を細めながら、先輩に言った。


「で、公園での話って」

「ああ、昨日、近所の公園で私が一人でセクシーポーズを取っていたっていう話よね」

「知るかそんな話!!」


 なんだよ、そんなくだらない話なのかよ。自分の馬鹿さに頭を抱える。

 まんまとはめられた……。ああ、これで理恵との時間をどぶに捨ててしまった。

 涙ぐんでいる僕を見て、先輩は恥ずかしそうに髪の毛をぐりぐりと指に巻きつける。


「やだ、そんなに私のセクシーポーズ見たかったの?」

「それは断じて違います」


 頭をぐしゃぐしゃとかきむしってから、諦めて聞く。


「それで? 今日の部会の議題はなんです?」

「ああ」


 途端に先輩はうっとりした顔で目を細めた。


「この学校を燃やしてしまおうって話よ」



 メフレグ研究会。二ヶ月前に赤井先輩が立ち上げ、それから急速に勢力を大きくしてきた。部員数はこの学校生徒の三分の一を占め、毎日の部会で、明日行うメフレグ行為について議論することになっているが、内容は日々過激化している傾向にある。


「抗議活動なんて、なまぬるい!」


 部室として借りている教室いっぱいに埋め尽くされた部員たちが、拳を突き上げて叫ぶ。


「そうだ、昨日の公開自殺と同様、やはり血による神への信仰の掲示が必要である!」


 ほとんどが男子生徒だが、彼らは二ヶ月前まで普通の生徒だったとは思えないような血走った目で、次から次へと大声を上げる。


「燃やそうよ、この学校」

「そうだ、悪魔の知恵を教える学校なんて、燃やしちゃおう! 悪魔の知恵を学ぼうとしている生徒も一緒に。特に、邪魔な救世主を」


 雄たけびのような声を上げて、すさまじい結論を出した彼らを涼しげに傍観している先輩に、僕は疑いの念を晴らせない。


「……先輩、彼らに一体何をしたんです?」

「んん?」

「ここまでのメフレグ主義者になるには、まだ、早すぎませんか?」


 バルベーロの兵士たちでも、ここまで徹底しているメフレグ主義者になるには半年は必要だ。メフレグの真髄は、この世界の否定。その手段として、放火だろが、殺人だろうが、何を使ってもかまわない。というより、この世界の否定と破壊が目的なのだから、手段は過激なほうが良いのだろう。

 けど、彼らの中に、僕はメフレグが見えない。

 ただの、空っぽの破壊衝動。そうとしか見えない。


「まるで……」


 先輩が唇の端を吊り上げる。


「メフレグのことをよく知っている口ぶりねぇ」


 そっと指先が僕の胸に触れてなぞる。


「……一応、副部長なんでしょう? 僕は」

「あら、そうだったっけ」

「……先輩」


 苦笑する。

 まぁ、いいや。分かった、分かった。燃やせばよい、殺せばよい。どうでも良いよ、別に。確かに動機が何であれ、メフレグの神が正しければこの世界は全て間違っている。それを破壊することが正しいのであって、それを止める正義なんて僕にはありはしない。

 けれど。

 正義はなくとも、理由はあるんだ。

 雄たけびがこだまする教室の隅で、なんだかこれが世界最後の日の縮図にように思えてきて、笑えた。人が密集したことによる熱気と息苦しさで意識がかすむ中、先輩がそっと耳打ちしてきた。


「彼らに何をしたか、知りたい?」

「……」

「ただ、教えただけよ。この世界を壊してよい理由を」

「……理由?」

「人間なんて、本当は誰も生きたがっていないって知ってる?」


 先輩の甘ったるい声が耳の中を舐めてくるようで、僕は震えた。


「だって、そうでしょう? 戦争、虐待、病、残虐な事件など様々な恐怖や苦痛を伴い、それらに耐えて何かを掴んだとしても結局最後には死が待っている生なんてそんな罰ゲーム、一体誰が望むのよ。その中で人間はどんどん弱くなって、それでもこの世界はさらに私たちをくだらない規律で押さえつける。ねぇ、誰がこんな世界を好きになるっていうの」


 一気にまくしたてた先輩は、それから再びうっとりとした目をして続ける。


「メフレグ主義がここまで世界を崩壊に導いた理由、私には分かるわ。みんな、確信しちゃったのよ、きっと。もしも、メフレグ主義が人間の間だけで唱えられているなら、こんなことにはなってない。でもね、人では理解できない力をもった神様と思われる存在が出現して、言っちゃったんだもん。この世界は間違って生み出されたって。もう、そんなのあとは……」


 感情が高ぶったのか、先輩ははぁっと嗚咽をもらす。そして、僕の耳を直接湿った、温かな感触が包んだ。


「壊すしか、ないでしょう」


 僕の耳を甘噛みした先輩を押しのける。

 先輩が言っていること、論理は破綻していないと思う。その話の中でもっとも残酷なのは目の前で奇声を上げる生徒たちのようなメフレグ主義者でも、それを弾圧する体制側でも、誰でもない。

 神だ。


「……放火の決行は?」

「明日」

「じゃあ、今日はこの部会」

「うん、いろいろな段取り決めで、長引くと思うけど」

「そうですか」


 先輩を振り切って、人の間に押し入って、何とか教室から出る。

 僕の目は、今、きっと人殺しの目をしている。


「それは、良かった」

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