表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/52

第49話  花火と予言5

「さて」


 バルベーロにて、祭壇前の広場でアイオーンたちに囲まれながら、僕はカインと向き合っていた。


「どう説明するつもりでしょうか、河水雪」


 映像が頭上に映し出される。

 そこには、街中でマリアとともにジズの背に乗っている僕がいた。


「欧州に攻めてきた強力なソフィアを撃破。しかも、今回はメフレグを裏切ったソフィアが味方。今、欧州中がこの話題で持ち切りです」


 カインの声は相変わらず平坦だ。

 僕は、できるだけ冷静に話せるように心を落ち着かせながら言った。


「僕が任務を遂行しようとしているところに、レギオンが単独行動でその妨害をしてきました。僕がレギオンの味方をしては、僕がメフレグ側を裏切っていないことがばれて、これまでの犠牲と努力が全て無駄になります。ですから、やむを得ず、マリア=デル=モンフェラートとともに、レギオンを撃破しました」

「あのままレギオンと組んで欧州を滅ぼすという選択肢もあったはずですが?」


 カインは僕の言葉を弾き返すかのように、言葉を発した。

 僕は心臓の鼓動が速くなったのを悟られないように、すぐに言葉をかぶせる。


「バルベーロでの決定を無視して、単独行動をしたのはレギオンです。そんな男と組んでマリア=デル=モンフェラートや欧州軍と戦っても、僕とレギオンのどちらか、もしくは両方死んでいたでしょう。あの想定し得ない状況の中で、僕はそれでも任務遂行のための材料として、レギオンの単独行動さえも利用することに成功しました。つまり、レギオンをマリアと共闘して殺すことで、さらにマリアというターゲットからの信頼を勝ち取ったのです。これでますます裏切りやすくなりました」


 カインはしばらくの間、何も言わなかった。

 考え事でもしていたのだろうか。

 十秒ほど経った後、カインは再び言葉を投げてきた。


「レギオン=バベルを失ったのは、我々メフレグ側の非常に、非常に大きな損失です。河水雪、あなたにはその損失を埋める働きをしてもらわなければなりません」

「もちろんです。必ず任務を遂行してみせます」


 僕がそう言うと、カインは言った。


「ちなみに」


 カインは続けた。


「最期に、レギオンは何か言っていましたか?」


 僕は思い出したままに答えた。


「裏切りの果てに、お前はメフレグを遂行することになるだろう」


 そう、その予言を。


「彼は、最期に僕に向けてそう言いました」

「行きなさい、裏切りの子よ」


 カインは、僕を指さした。


「行って、レギオンの言い残した通りのことを行いなさい」

「了解いたしました」


 僕は踵を返して、歩き始めた。


 ぎりぎりだった。

 意識が戻って礼拝堂の椅子の上に座っていることを確認した僕は、大きく息を吐き出した。


「おかえりなさい、雪」


 ステンドガラスからの光を浴びて、礼拝堂の祭壇前でひざまずいている黒い服を着たマリアが言った。


「バルベーロに行っていたのね?」

「ああ、そうだよ」


 僕はいつの間にか、かいていた汗を手の甲で拭った。


「危なかった」

「それって……」


 マリアはひざまずいたまま、言う。


「バルベーロの聖人を殺したことへの言い訳?」

「うん」

「なんて言ったの?」

「あの男と組んでも、メフレグ側に多大な被害を出す可能性があった。だから、マリアをスマートに殺すための材料として活用した。つまり、奴を殺すことでマリアから信頼を勝ち取った、いつかマリアを裏切って殺すための」


 僕はマリアの隣まで歩いていった。


「そう言ったんだ」


 マリアを見下ろす。


「あなたって、怖い人ね。よくそんなに言い訳が思いつくわね」


 マリアはひざまずきながら言う。


「それくらいしなければ、奴らを殲滅することはできない」


 僕は語気を強めて言った。

 そうだ。

 この綱渡りを最後まで続けて渡り切らなければ。

 奴らは、倒せない。

 残るバルベーロの聖人は二人。

 ネブロ=マルクス、無敗の盾を持つ男。

 そして、バルベーロの長であるカイン、見えざる刃を使う女。僕の元彼女。

 道はまだまだ険しいが、今回のように僕とマリアと欧州軍で手を組んで立ち向かえば、何とかなるのではないか。

 僕は、レギオンを殺せた実績も踏まえてそう考えていた。

 僕はひざまずき続けるマリアを見つめる。


「マリア」

「何?」

「そういえば、今日はずっと祈っているね」

「ええ」

「何か、特別な日なの?」


 そう聞くと、マリアはひざまずいたまま、頷いた。


「私が、ある女性を殺した日なの」

「え……?」


 僕は唖然とした。

 落ち着いていてとてもそう見えない様子の彼女から発せられた言葉。その意味。

 僕はぼんやりと思い出す。

 そうか、そうだったな。


「雪、私……、私……、お母さんを殺しちゃった」

「パナリオンに選ばれた奴らはみんな、罪を犯しているんだぜ?」


 理恵もそうだった。かつての自分の過ちに苦しみ、だからこそパナリオンに選ばれるとその役目を必死に果たそうとする。

 思えば、羽田さんも、本条さんも、十島君も、アレク=ジルファも、みんなそうだった。

 自分の行動を過ちと見なし、悔やんでいた。

 マリアもそうなのだろう。


「……詳しくは聞かないほうがいいかな?」


 僕が尋ねると、


「いいえ、雪には聞いてほしいの」


 マリアはひざまずいたまま首を横に振ってから話し始めた。


「私はね、幼いころに事故で両親を亡くして、そのときの事故が原因で失明したの。それから施設に入ったんだけど、目が見えないことをからかわれて、いつも辛い日々を送っていたわ。あるとき、シスターが施設にやってきて、庭で聖書の言葉をみんなに教えてくれた。でもね、私、その言葉を聞くといらいらして。本当に神様がいるなら、私はこんな目にあっていないって大声で叫んだの。そして、庭から走って出て道路に飛び出したの。そのとき、ちょうど車がすぐ近くまで来ていて。私死んだと思ったの。でも、私を追いかけてきたシスターが私をかばって、そのまま私の代わりに死んでしまったの」


 その内容に対してマリアの声は平坦で、それはマリアがそのことについて何とも思っていないからではなく、想いが強すぎるからこそ、あえて距離を取るように平坦な声を出しているんだということが分かった。


「私、それから私のせいで死んでしまったその人の代わりに、シスターになろうって決めたの。それからしばらくして、メフレグの神が地上に現れて世界が大混乱に陥って。そんなとき、私の耳に美しい女性の声が聞こえて、それが反メフレグの神なんだけど、その女神と私は契約したわ。シスターになるのとは違う未来だけど、それでも神への信仰を集める役割は同じなんだから、頑張ろうって。黒い服をまとって、その死を忘れないように、私が殺してしまったシスターの代わりに、私が……」


 マリアが震え始めた。

 やはり、話すのも辛い出来事なのだろう。僕は屈んで、マリアの顔を間近に見た。

 彼女は、泣いていた。

 僕は、そっとその涙をぬぐった。


「話してくれて、ありがとう、マリア」


 僕は優しくマリアを抱きしめて言った。


「君の罪も傷も、僕は君と一緒に抱えて歩いていくよ。マリア、僕をいつでも頼ってくれていい。どんなときも、どんなことでも。いつか」


 僕はステンドガラスを見上げて、その光を浴びて言った。


「いつか、僕が君の目になるよ」


 不思議と、今日はそれほど光を眩しく感じなかった。


「雪……」


 マリアが呟いて、顔を上げる。

 その手が場所を確認するように僕の頬へと触れて、それから下に移って僕の唇に触れて。

 そして、再び僕の唇に、マリアの唇が重ねられる。

 僕は何も言わず、何もせず、ただ静かに目を閉じた。

 嫌な気持ちはしなかった。


 教会の中の居住区にある自分の部屋に戻る。

 古いベッドに腰かけた僕は、いつも胸ポケットにお守り代わりに入れている礼さんと理恵と僕の三人が写った写真を取り出して眺める。

 理恵が救世主になって、僕がユダになって、僕が理恵と礼さんと一緒に暮らし始めた頃の写真だ。

 まだ、礼さんにとっては妻であり、理恵にとっては母である恭子さんを亡くした悲しみが癒えていないのに、二人とも、僕のためにと無理に笑ってくれている。

 無理をさせているのが申し訳なくて、でも無理をしてくれていることがすごく嬉しくて、僕はどんな表情をしていいか分からなくなって、写真の中で曖昧な笑みを浮かべていた。

 明菜と付き合い始めた頃でもあるから、そういった面で辛いことはあったけれど。

 それでも、今を思えば、僕はあの頃、幸せだった。

 どんな形であれ、理恵のそばにいられたから。

 ふと。

 マリアの声が、笑顔が、脳裏に浮かぶ。

 あの唇の感触が、蘇る。

 その幸せにまで到達するとは言わないが、それでも僕はマリアとの暮らしに、それに似た感覚を見出していた。

 幸せ……なのか、今、僕は。

 僕はそう自問自答してから、すぐに頭を振った。

 残念ながら。

 それでも、まだ極東のあの地に泣いている理恵を置いてきたという事実がある限り。

 やっぱり、僕はその感覚には浸れない。

 でも、少しばかり。

 それに似た何かを、胸の奥で感じている。

 マリア、僕は君のことを。

 そこまで思考してから、馬鹿馬鹿しいと苦笑する。

 恋、だとでも言うのか、僕は。

 馬鹿が。

 理恵以外の女の子に、そんなことを感じるなんてあり得ない。

 僕の魂は理恵のものだ。幼いながら理恵が僕を救ってくれたあの日からずっと。

 マリアが僕に好意を寄せてくれていること。

 連携していく上で、好都合だとは思っていい。

 しかし、それに同じ気持ちを返すことはしてはいけないんだ。

 理恵に救われた僕の魂は、理恵のものなのだから。

 でも。

 それでも。

 さっきのマリアの泣き顔を思い出す。

 きれいだった。

 泣いている女性がきれいだと思ったのは、初めてのことかもしれなかった。

 彼女は、強くもあった。

 自分の行いにまっすぐに向き合い、まっすぐに傷つき。

 歪んで禍々しい僕には、できないことかもしれない。

 さっきのきれいな泣き顔と、その強さに。

 僕は惹かれているのかもしれなかった。


 それから毎日。

 僕とマリアは話をした。

 次のための戦闘に関する内容が主だったけど、時折、世間話のようなものをした。

 マリアは意外にも味音痴なのだそうだ。

 そうすると、理恵の衝撃的な手作り料理もぱくぱく食べられたりするのだろうか。

 そんなマリアを想像して。

 内心で微笑ましく思って。

 僕とマリアは絆を深めながら同じ時間を過ごしていたが。

 それも、長くは続かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ