第21話 新約1
1話の前書きの繰り返しになってしまいますが、完結まで毎日3エピソードずつ更新しています。更新時に2話分とばしていきなり最新話までいかないように、ご注意ください。
「ただ、理恵が幸せになれますようにって」
あのとき。理恵を裏切った後、僕と明菜は、駅で落ち合ってから、住んでいた旧首都を離れることにした。
僕らの間に、言葉はなかった。
行先は、決まっていなかった。僕らはただ、黙って何気なく乗った旧首都から西に行く鈍行の電車に揺られ続けた。明菜は俯いて顔を上げず、ひたすら僕の手を握りしめていた。僕は電車の窓から、巨大な剣とそれに串刺しにされそうになりながら未だ地上に光を送り続ける太陽を見つめていた。
2030年。地上に神が現れ、世界中に宣言した。
「この世界は、間違って生み出された」
神は巨大な剣を出現させ、それを太陽に突き刺そうとして世界を終わらせようとしたが、人類による激しい抵抗に遭い、それを阻止され、その姿をくらませた。
しかし、世界は間違って生み出されたという神の残した言葉が人々の間に広まり、この世界の破壊こそが正義だとするメフレグ主義と呼ばれる思想が大きな支持を得ることになった。各地で、メフレグ主義を信仰する人々がテロ活動を行うようになった。さらにメフレグ側に、神との契約により力を得たソフィアと呼ばれる能力者が出現し、テロは体制側が制圧できなくなるまで勢いを増していった。
しかし、神は2人いたらしい。
この世界を守護しようとする新たな神が現れ、その神との契約によりパナリオンと呼ばれる能力者が出現し、ソフィアに対して抵抗を始めた。体制側も、それを支持した。
世界を破壊しようとするメフレグ側のソフィアと世界を守護しようとする反メフレグ側のパナリオン。二人の神とそれぞれ契約した能力者たちが、この世界で神々の代理戦争を繰り広げていた。
ソフィアである僕は、パナリオンである理恵に恋を、いや、それ以上の愛情を抱いた。そもそも終わりが必然だった関係が、本当に終わってしまっただけなのかもしれない。
それでも、まだ。
僕は太陽を見つめながら、奥歯を噛みしめた。
日が落ちた頃に、僕と明菜は電車から降りた。そこは旧首都からまだそれほど離れてはいない、旧首都の周辺地域だった。
そこで、駅近くの安いホテルに泊まることにした。
「ここでいい?」
「……うん」
ようやく交わした会話は、これだけで、電車から降りても、僕らはずっと無言のままだった。それは、ホテルの一室に入ってからも変わっていなかった。
ともかく、僕はどうしてもバルベーロに接続しなければならなかった。落ち着いて眠れる、つまり意識をバルベーロに接続できる場所として、ホテルが真っ先に浮かんだし、明菜のためにもそうしたほうが良いのだろうと判断した。
女の子に野宿させるわけにいかない。二人だけでホテルに泊まるという点については、警戒されるかもしれないが、一応は彼氏と彼女だし、そもそも僕にそんな気はなかった。
女の子を丁重に扱う甲斐性など、赤井先輩、羽田さんを殺して、理恵の心を破壊した僕には、似合わないかもしれない。しかし、それでも僕は明菜をできる限り大事にしたいと思った。その必要があった。
そして、さらにいえば。
僕は、明菜がどちらなのか判断しかねていた。
夜になり、それでも僕らは何も話さなかった。部屋の明かりは、つけていなかったから、カーテンを閉めたこの部屋は真っ暗に近かった。光もない部屋の中で、待ち合わせの駅で落ち合ってからずっと続いている沈黙は、僕のある考えを、頭の中で膨らませ続けた。
僕はベッドに座ったまま、向いのベッドに腰掛けている明菜へと視線を送った。暗闇のせいで表情をうかがえない。
明菜、君は……。
ふと、明菜が立ち上がって、窓の側に行き、カーテンを開けた。
僕はわずかに目を細めた。
外は、街の光で溢れていた。その一つ一つが、これまでは守られていた。それには、二つの要因がある。要因の一つは、僕が実行に移すつもりのない救世主殺しの任務を独占して理恵のために旧首都やその周辺地域からソフィアを遠ざけていたということ。もう一つの要因は、理恵が、僕が遠ざけきれなかったメフレグ主義者たちをゴスペルで撃退し続けたということ。
しかし、今は違う。
理恵は、壊れた。僕が、壊した。
それを思い出しただけで、体が震えそうになる。最後に見たあの人形のような顔を僕は未来永劫忘れることができないだろう。
「お前は望んだんだよ」
あのときのネブロの声が頭の中で、響く。
拳を握りしめ、それからゆっくりと開く。
どうしようもなく、その通りだ。
誰かを殺したとしても、理恵を壊したとしても。
それでも、理恵と同じ世界で生きていたいと願った。
この、醜い魂を引きずってでも。
僕は、理恵と同じ世界で息をしていたかった。
あのときの様子からして、理恵が僕の裏切りで、戦闘不能になったのは間違いないだろう。
窓から見えるこの光の一つ一つは、今、救世主の加護から外れ、さらにはとある理由からソフィアが襲来する可能性も高まり、確実に危険にさらされている。理恵の命も危ない。そして、そうしたのは、この僕だった。
「きれいだね」
明菜が窓の外を見ながら呟いた。少しだけ、明菜に視線を移した。
決して泣いているわけではなかった。無表情に近いが、どこか安心しているような表情をしていた。
それを確認した後、再び窓の外へと視線を戻し、その景色に破滅をもたらすかもしれないことをした僕は、きれいだとは口にできず、ただ頷くだけで精いっぱいだった。
会話が生まれるチャンスだったので、僕はもう眠ろうと言おうとした。
だが。
「どこか遠くに行こうって」
明菜は続けた。
「……うん」
「そう言ったよね、雪君」
「ああ」
僕は視線を窓の外に向けたまま、応えた。
「言ったよ」
「私で良かったの?」
明菜は、どこか、には焦点は当てなかった。
「良かった」
僕は即答した。
僕が神と交わした能力を得る契約は、理恵を裏切ること。僕はそれを二回行った。
一回目は、理恵以外の女の子、つまり明菜と付き合ったこと。それは今も継続しており、そのおかげで僕は遠隔で動かすことのできる光の剣を一本出現させることができる。
二回目は、理恵にひどいことを言って、理恵の前から姿を消したこと。この二回目の裏切りにより、僕は自在に操れる十二本の光の剣を追加で神から授かり、戦力を大幅に増やした。
もし、僕と明菜の関係が解消されれば。
僕は、光の剣を一本失うかもしれない。おおまかに計算すれば、八パーセントの戦力ダウンにつながる。今の段階でそれは、避けたい。
そのためだけに、とは言い切れないが、僕はそんな理由で彼女と向き合っていた。
恋心はなかった。
そして、明菜だって、ただの恋心だけで僕と付き合っているとは思えなかった。
僕らが付き合ったのは神様が決めたことだと明菜は言ったが、略奪欲、理恵から僕を奪うことへの欲求が彼女を動かしている。そう捉えることができる発言を、彼女はその前にしていた。今僕はその線が濃厚だと思っている。
だから。
だから、許してくれとは言わないけれど。
「私のものだって」
「ん?」
「雪君は、私のものだって思っていいのかな?」
「…………」
「女の子にここまでさせたんだぞ?」
「そうだね」
今でも少し驚いている。ここまで、僕についてきてくれるだなんて。
よくできた彼女、だけではすまないかもしれない。
略奪欲。それだけでここまでするものなのか。それとも、僕が考えているその理由以外の何かが明菜を動かしているのか。
「聞いてこないんだね、事情を」
僕は明菜を見つめながら言った。
明菜は小さく笑った。
「聞いてほしいの?」
「いや」
そうだね、明菜。君が何者であっても。
今の君が、よくできた彼女である君が、僕にとっては必要だから。
きっと。
今の僕が、君にとって必要なように。
「何も聞いて欲しくないし、聞きたくないな」
「ねぇ」
明菜がそっと僕のほうへと近づいてきた。
「しないの?」
熱っぽいその声は、脳を優しくなでるかのように僕の頭の中に響いた。
それに対して、謝ってはいけないことだけ、僕には分かった。
「しないよ」
少しだけ目を閉じてから、明菜はくすりと笑って再び目を開けた。
こつっと額を僕の額に当ててから、言った。
「ばーか」
それから、明菜と僕は交互にシャワーを浴びた。
僕がシャワールームから戻ってくると、明菜はもう寝息を立てていた。
君が何者であっても。今のよくできた彼女でいてくれるなら。
こんな世界でなければ、もっと違う形があるかもしれなかったのに、と少しだけありえない可能性に思いを馳せ、苦笑して、ベッドに横たわって僕も静かに目を閉じた。




