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第四話:「鏡の鏡」

第四話:

「鏡の鏡」

 気がつけば、窓を眺めている鏡介。

「……」

 そこには無表情の人物がこれまた不思議そうに鏡介を見ていた。

 鏡の中に連れ込まれたあれ以降、真帆は申し訳なさそうな顔を鏡介に見せるだけで彼女は話しかけてこなくなって青木焔も困ったような表情をするだけだった。

 鏡介はああ、やっぱり真帆がいないと焔君は僕に話しかけてこないんだなぁと少しだけのがっかりを感じていた。

 いたって静かな朝の時間をすごせたのでどちらかというと、鏡介には有意義と思える時間をすごせたのだがそれでも少しだけさびしかった。

 だからこうして少女絶無をぼけっと眺めているのだが。

 チャイムが鳴り、消えた担任の代わりに副担任が入ってくる。

「では出席をとります」

 いつものとおり、いつもの時間、鏡介は先生のほうを見ることなくただただずっと、自分の名前が三回ほど呼ばれるまでずっと少女絶無を眺めていたのだった。

―――――――

「あ」

「あ」

 廊下の角で真帆と鏡介は出会い、気まずい雰囲気が流れた。真帆が何かを言う前に鏡介は身を翻して逃げに入り、前世は肉食獣だったのか真帆はそれを追うのだった。

「待ちなさいよ!」

 そういわれて待ったやつはいるのだろうかと思いながら鏡介は男子トイレに逃げ込んで手洗い場のところにおかれている鏡の中に逃げ込んだのだった。


 人は、逃げ場があればそこに逃げ込むのである。


 鏡の中にいる少女絶無は鏡介の下で不機嫌そうな声を出していた。

「……重い」

「ごめん……」

 その胸をしっかりとつかんでいることに気がついてあわててどいていまだに寝転がっている少女絶無を起こす。

「ここは避難所じゃない」

 これでここに逃げ込むのは二桁に上るかもしれない。真帆から追われているときや、面倒な連中に目をつけられたときなどもここに逃げ込んでいた。

「わ、わかってるよ」

 この世界がどこかおかしいことには鏡介には理解できていたし、こちらにやってくると必ず自分の右ポケットには固いものが入っているのだ。

「僕だって来たくて来てるんじゃない」

「逃げ場がほしいだけ?」

「……」

 図星を突かれ、何もいえなくなる。ばつ悪そうに鏡介は逃げ場にしていたこの世界に謝罪を心の中でしたのだった。

「私がついていてあげる」

 初め、なぜそんなことを言っているのかよくわからなかったがああ、いつも窓とか鏡に殺されてしまった鏡の中の僕の代わりに映っているものなぁとそんな考えをしていたが……


 実際は違った。


「今度あの真帆とか言う女が来たとき、私がすぐ隣に立っていてあげる」

「ああ、それは名案だ……」

 いって首をしかめる。迷惑だ!という感情が生まれる前に疑問が浮かんできた。

「出れるの?」

「どこを?」

「ここ、鏡の中からさ」

 あれから逃げ場としか使っていないのだがそのたびに絶無はこの場所にいて、鏡介を迎えてはころあいを見計らって再び鏡の外に出していたのである。しかし、そのたび一度たりとも彼女が外に出ようとしたことはなかった。

 少女絶無は自信満々にうなずいていたのだった。

「もちろん、私はもともとあちらの人間」

「そうなんだ」

「こっちの連中は全員あっちの操り人形」

 首をすくめてそんなことを言う。もちろん、鏡介にそういった真意はわからなかった。

「さ、行こう」

 腕をつかまれてそのまま鏡をくぐる。当然ながらそこは男子トイレで男子と女子がそこから出てきたとなるといろいろと疑問もわいてくる生徒もいるだろう。

 内心ひやひやしながら鏡介はトイレの外に出たのだった。

 そこには真帆と焔の姿があった。

 やってしまった……なぜかそんなことを鏡介は思ったのだ。そして、その考え方は正しかったようで仰天したような顔で真帆と焔は鏡介を見ていた。

「ほら、鏡介」

「あ、う、うん……」

 せかされて真帆の目の前に立たされる。

「鏡介に謝らないの?」

 腕を組んでそう真帆につぶやく絶無。相手は驚いたような顔で絶無を見ていた。

「あなた、誰?」

 当然の疑問だろう。ぼろ布を幾重にもまとわせたような服に背が小さくてどう見ても高校生には見えない。人は第一印象で決めてしまったりするのだ。

 絶無はそう聞かれたのだがまるで無視。

「謝りたくないのならいい、けどもうこの機会を逃したら貴女たちは鏡介に謝れないし……二度と、鏡介には出会えないかも」

 その言葉は嘘などどこにもついているような仕草を感じられず、瞳も嘘をついていなかった。

 視線の先には真帆が、一瞬だけ気をとられたようだったが次の瞬間には笑っていた。

「そんな馬鹿な!鏡介に会えないわけないじゃない!」

「そうだよ、俺たちはいつも一緒だからさ。鏡介、その子一体全体どうしたんだい?新しい妹さん?」

 焔もそういって笑っていた……が、鏡介は笑っておらずそんな二人の後ろをずっと見つめていた。

 そこには鏡がおいていて鏡介、絶無、真帆に焔を映しているはずだったのだが……誰一人として鏡に姿を映せていなかった。

「こっちはいいわよ、笑っていられるから……」

 鏡介にだけ聞こえる言葉を残して絶無は身を翻す。その先にはやはり男子トイレ。

「あ、ちょっと待って!……ごめん、二人とも先に教室帰ってて」

 二人の言葉も待たずに急いで扉を開けて中に入り、絶無と一緒になって鏡の中に入る。

「絶無、見た?」

「ええ、見たわ」

 それだけいって首をかしげる。

「こんな短期間にここまで鏡に映らない人たちが出るなんてね……」

 信じられないとため息をつく。

「あの二人の鏡、殺されたのかな?」

 疑問をぶつけてみる。担任教師はうわさによれば精神に異常をきたしたらしい。鏡の中の人がどうかなってしまったとき、鏡の外の人物に何かしらの異常をきたしてしまう可能性があるのではないかと鏡介は考えていた。

「いや、まだ死んだとは決まってないし、これからずっと探せば見つかる可能性はあるから」

 それだけいって鏡映しとなっている男子トイレの扉を開ける。

「……鏡介がこれから無期限で行方不明になって私を手伝うっていうならあの二人の死んだか死んでいないかの確認ぐらいは早くなると思う」

 ついてくるか、こないかの選択権がこちらにわたっていることに気がついて鏡介は黙ってその後に従った。

「探すとしてもさ、どこをどう探すの?」

 校舎内をそのまま素通りし、誰ともすれ違わずに校外へとでる。

「あの二人に関係する場所を探す」

「自宅とか?」

「そう、まずは自宅から探す」

 場所がわかるのだろうかと思っていたのだが迷うことなく目指しているのは真帆の家。その近くには鏡介の家もあり、まるで自宅に帰っているかのような錯覚を覚えたが表札などすべて逆でやはりすべての建物が鏡映しになっていてかなり変な気分だった。正しいのだが間違っている……安心できるのだが注意をしないといけないという矛盾をはらんだ感情が心を埋め尽くしていた。

 ふと、そこで前々から思っていたことをたずねることにした。

「あのさ、ここって鏡の中だよね?」

「そう、それが?」

「それなら何で鏡の中のほかの人に出会わないんだろうって思ってさ」

 この中でであった人たちは絶無、鏡鏡介、鏡担任教師だけなのだ。それ以外は見ることがなくイヌすら歩いていなかった。

「それは鏡が映せるのは人の姿まで、心は映せない……私たちの目は鏡の中の人たちを捉えるようには出来てない」

 そこで疑問を再び覚えた。

「それならさ、何で僕らは鏡の中の死んでいる僕とかおかしくなってた担任教師を見ることが出来たの?」

「マリオネット」

「?」

「糸の切れたマリオネット。それまで彼らは操られていて操っていた連中は操り人形の正体を他者にばれないように“そこには誰もいないと”信じ込ませることで見えないようにしていた……けど、この世界には0.1パーセントですべてのマリオネットの糸が見える連中がいてそんなやつらが自由に動けるようにマリオネットを開放。マリオネットは糸が切れてもある程度はひとりで動けるから動ける間に何かしらの行動を起こす。すでに操っている連中から離れてるから姿を隠せない」

 なるほど、だから見れるのかぁと一人で納得したのだが、絶無は続けた。

「これはあくまで仮説。信じないで」

「わかった、一応頭にとどめて置くよ」

 そんな話をしているうちにどうやら真帆の家に着いたようで扉に手をかける。

 鍵はかかっていないようで静かに扉は開いたのだった。

「大体子供の部屋って二階にあるわ」

 それだけいって靴のままで入り込む。いいのかなぁと思いながらもその後に鏡介は続く。

 真帆の部屋と書かれたプレートが扉にかけられていてドアノブに手を回す前に絶無はリボルバーを握っていた。

「構えておいて」

「え?」

「右ポケット、確認できるでしょ?」

「……」

 いわれたとおり、これまでずっと知っていて知らないふりをしていた拳銃に手を伸ばす。

「銃の撃ち方なんて知らないよ」

「厳密に言ったらそれは銃じゃないけど……トリガー引けば弾はでるわ」

 それだけいって静かに扉を開けて銃を構える。習ってそのまま鏡介も拳銃を部屋の中に向けたのだった。


 こうして、鏡の中で動き始めた物語。鏡介は友人二人を助けるために糸の切れたマリオネットを探すことになったのだった。


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