第三話:「鏡に映る悪意」
第三話:
「鏡に映る悪意」
「あれは……」
血走った目、どう見ても人の一般的な身長を超えている担任教師。
場所は男子トイレの一番奥でその人物は徐々にこちらに歩いてきていて一定の距離を保ってとまった。
口からはよだれが泡を立てながらたれており、まるでその姿は餓えた獣そのものだった。
行方不明になっていたといっていたが、よもやこちらにやってきていたのかと鏡介は思っていたのだがそれなら鏡の中にいた自分の死体はどうなるとも思っていた。つまり、この担任教師は鏡の外で自分たちのことをしかっていた担任教師ではなく鏡の中にいる鏡担任教師ということだろう。
「血のにおいがする」
この短時間のうちにさまざまなことを考えていた鏡介の耳にそんな言葉が聞こえてきた。
隣に立っている少女絶無はずっと、そんなことをつぶやいていて、鏡担任教師は警戒しているのかうなりながら二人の隙をうかがっているように見える。三者三様それぞれが同じ場所にいてまったく違うことを考えているという状況が生まれていたが、鏡介は考え事を中断させて髪を縛っている少女を見つめる。
「血?」
少女絶無はつぶやいて面白くなさそうに目の前の変わり果てている鏡担任教師を見ていた。その瞳には興味を失ったとも取れるような光が宿っていた。
「あなたの血のにおい。多分、鏡鏡介を殺したのはあの人間」
いまさらながら鏡を名前の前に付けるのはなんだか面倒だなぁとそんな悠長なことを考えている自分にしっかりしろと鏡介はつぶやいた。
「……」
そして、改めて目の前にいる人なのか、それともそれ以外の何かなのか……とりあえず、見た目だけは自分の担任教師である人物を見る。
そして、血のにおいがするという少女絶無がいったとおり、なるほど、確かにあの担任教師の手には固まっている血液が付着していて口元にもそれと酷似している物体を確認することが出来た。
「?」
しかし、そうなるとなぜ、担任に鏡鏡介が殺されなければいけないのか理解が出来ない。恨みを買ったことなんて多分、ないはずだ。なぜだ?という考えがすべての思考を支配し、そこで鏡介に隙が生じた。
「……来るっ!!」
「え?」
いきなり飛び掛ってきた担任教師に対してそれよりも行動が早かった少女絶無は鏡介を抱えたまま跳躍。気がつけばトイレの窓から飛び降りていて鏡介の視界に広がっていく光景は裏庭の花壇だった。
叫ぶよりも先に少女絶無が着地し、その場所を急いではなれる……と、同じくトイレの窓から飛び降りていた鏡担任教師が少女絶無を押し潰そうとした担任教師が花壇にめり込んだ。花壇の端に置かれていたブロック塀がえぐれている。
「……」
すでに少女絶無から離れていた鏡介はめり込んだ担任教師をまじまじと見ていたが、相手もすぐに花壇から自力で這い出して再びにらみ合いが続く。
「気に食わない」
「え?」
そんな声が隣から聞こえてきたので鏡介はふと、そちらの方向を見て……
「……」
黙りこんだ。
少女絶無の手に握られていたのはリボルバーだった。型番とかそういったものを鏡介は知らない門外漢なのだが意外と年代ものではないだろうかと思われる。
躊躇なくそのトリガーを引く少女絶無。
発射音すら聞かないままに血走った目の担任教師の頭に風穴が開いてそのまま相手は倒れた。
「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫」
その大丈夫が相手はまだ死んでいないというものなのか、それともお前を殺すことはないというものなのか鏡介には理解できなかった。
ともかく、人が撃たれたのは間違いないことなので担任教師へと鏡介は近づこうとした。もう、死んでしまっているのは理解できたのだがもしかしたら……という気持ちもあったのだ。これまで担任教師とはそんなに話したこともなかったしどちらかというと停学の件で少しうらんだこともあったがそれとこれとは話が別である。
「待って」
少女絶無に腕をつかまれ、振り返ろうとしてやめた。死体となった男性教師に異変が見られ始めたのである。
はじめ、それはアメーバのような形になってぐにゃぐにゃと動き回って花壇を蹴散らしてから最後はテレビの形になった。
ブラウン管ではなく、四角い箱の中に入っているものは鏡。今は腕をつかんでいる少女絶無と鏡介の姿を映し出していた。
「?」
テレビの中にあるその鏡にひびが入り、次の瞬間には違う姿を映していた……それは鏡介の自宅に担任がやってきてトイレの中にいた鏡介をめったざしにするというひどいものだった。
もちろん、鏡介はすでに目線をそらしていて少女絶無はそんな光景をいまだに見ているようだ。
「……あいつが僕を殺したのか?」
「さぁ?」
再びトリガーを引いて担任教師から出来上がった鏡に風穴を開けるという行為を始める少女絶無を見ながら鏡介は思った。
「これは一体全体なんなの?」
「さぁ?私にはわからない」
鏡は消えて、後には蹴散らされた花壇が残っていた。
もう用事は済んだとばかりに校庭のほうに歩き出す少女絶無をおって鏡介も続いた。
「あの銃はなんなの?」
「さぁ?でも、身を守る手段、鏡を割る手段と思う」
ひとつ間をあけてから少女絶無は視線を滑らせて鏡介を見る。
「……あなたにも撃つ権利はある」
「え?」
ふと、あたった制服の右ポケットに固い感触があった。
「……」
なんだか怖いものがそこにあるようで触れるのをやめた。
「鏡」
気がつけば少女絶無が本当に目の前に立っていてそのままボーっと歩いていたら接触していたことに鏡介は気づいて、彼女が言ったことが理解できていなかった。
「え?」
「鏡を探さないとあなたは帰れない」
目の前の少女にそういわれて辺りをきょろきょろと見渡しながら言い訳めいたことをいう。
「あ、そ、そうだね」
しかし、周りにはただただグラウンドが広がっているだけで鏡は見つかりそうになかった。結局校舎内に行けば鏡のひとつぐらいは見つかるだろうということで校舎内に入ったのだった。
「……あのさ、思ったんだけど君は何で僕をこっちに連れてきたの?」
先を歩く少女絶無にそんなことを聞く。彼女は歩を止めて振り返る。
「一目惚れ」
いまいち、納得するには値しない言葉だった。その目には何も感情が浮かんでいないし、頬を染めていたりもしなかった。
「あなたのことが好きだから」
これまた信じられない言葉だった。口元をゆがめて目線をそらしているところを見るとほかに理由があるようだった。
「……これが理由でいい?」
それだけいって再び歩き出す。なんだか釈然としない気持ちを抱いたまま二人は一階にある男子便所へと入る。
鏡には今も鏡介の姿が映ることなく、また、少女絶無の姿も映してはいなかった。
「あのさ、この世界って一体何?」
「鏡の世界」
そんな言葉がどうせ返ってくるだろうと思っていたのだが別の言葉が返ってきたのだった。
「知ったらこの世界から出れなくなる」
鋭さのある言葉、冷たい言葉だった。
「私を選べる勇気があるなら教えてあげる」
「……ばいばい」
これ以上なんだかここには入れないような気がして鏡介は鏡に手を伸ばして逃げるように現実の世界に帰ったのだった。
後日、担任教師が生きた状態で発見されたそうだが、二度と鏡介たちの前に姿を現すことなどなかった。




