第5話 穢れと白銀
北海道の山奥にそれは存在していた。
人払いの結界に包まれた廃神社。しかし、そこは見た目通りの場所ではない。『穢れ』の始祖の魔法使いの一族の聖域であった。
満月の明かりが灯り、その境内を、一人の少女が駆け抜ける。
「ちょっと待ちなさいよ! それは大事なお供え物なのよ⁉ 返しなさい!」
肩ほどまで伸びた黒髪を揺らしながら、少女は逃げ惑う狸の妖を追いかけた。狸の口にはお供えの大福が咥えられている。
狸の妖は大きな玉袋を引きずりながらも機敏に動き、少女の追撃を逃れ、余裕があるのか振り返ってアカンベーをして見せる。
「こんの、クソ狸があああああああ!」
顔を真っ赤にした少女の絶叫が木霊する。
彼女の名は真砂ムカル。この聖域の主である。
「あんたち、もういい加減にしろおおおおおおおおおお!」
ムカルの周りには大小様々な妖が取り巻いていた。
小さな狐。
巨大な狼。
翼を持つ蛇。
鬼火。
数十体もの妖が、境内の中を好き勝手に暴れまわっていた。
「巫女様ぁ~!」
「お腹空いたー!」
「供物ぉー!」
「酒飲ませろー!」
「私はあんたたちの主であって、世話係じゃないって何度も言ってんでしょう⁉」
「えええ、けちんぼ! ムカルのけち! ちょっとくらいいいじゃんかよ!」
丸々と肥え太った化け狸が不満を口にすると、それに追従するかのように不満の大合唱が起こった。
ムカルは頭を抱えると、苛立ちを露わに全身からマナを漂わせた。
「いい加減に静かにしなさい!」
すると妖たちは一斉に黙る。いや、黙らされたのだ。ムカルの身体から放たれたマナだけで。そのマナは黄金の輝きを放っていた。その黄金のマナこそが始祖たる証である。
「……まったく」
ムカルは大きくため息をつく。
その時だった。
境内の空気が変わる。
妖たちが一斉に空を見上げた。
「……来る」
誰かが呟く。
その視線の先から黒い羽が一枚、空から落ちてきた。
続いて二枚、三枚と羽は雪のように舞い落ち、やがて一羽の巨大な烏へ姿を変える。
ムカルは眉をひそめた。
烏は地面へ降り立つと、人間の老人へ姿を変え地面へ降り立った。
その瞬間、ムカルの表情が凍り付く。
「……八咫様?」
白い装束は真っ赤に染まり、翼は半ば引き千切られている。
身体中に無数の裂傷。
左腕は肩口から失われ、黒い血が止めどなく滴り落ちていた。
神々の使いと呼ばれる大妖とは思えぬ、満身創痍の姿。
「そ、そんな……!」
ムカルは慌てて駆け寄る。
「何があったの⁉」
八咫烏は荒い息を吐きながら、ムカルの肩を掴んだ。
「急いで……ください……里が……巫女機関の里が襲撃されています……!」
ムカルの瞳が見開かれる。
「なんですって⁉ 誰がそんなことを……!」
八咫烏は血を吐きながら答えようとする。
「襲撃者は――」
その瞬間だった。
ゴォォォォォォォンッ!!
天地を揺るがす轟音が響き渡ると、里の外れが紅蓮の炎に包まれ、巨大な爆炎が夜空を焦がした。
妖たちが悲鳴を上げる。
「な、何だ!?」
「結界が破られた!」
吹き荒れる爆風の中、黒い彼岸花が無数に舞い上がる。
やがて、炎の中から二つの人影がゆっくりと歩み出た。
一人は百の魔眼を持つ妖怪王ビャクガ。
そして、その隣には――。
純白の巫女装束を返り血で真っ赤に染めた少女。
その右手には、まだ血を滴らせる巫女の生首が握られていた。
生首の瞳は絶望に見開かれたまま、力なく揺れている。
妖たちが息を呑む。
ムカルはその姿を見た瞬間、全身から力が抜けた。
「……お姉ちゃん?」
ユカラはゆっくりと顔を上げる。
返り血に濡れた頬。深紅に輝く瞳。
しかし、その笑顔だけは昔と何一つ変わらなかった。
「あぁ……やっと会えましたね。私の可愛い妹、ムカル」
ユカラは血塗れの手を胸に当てながら嬉しそうに微笑む。
その声は、昔と同じで、妹を愛おしむ優しい姉の声だった。
だが、ムカルはこの異常事態に対してただ戦慄した。姉の異変を目の当たりにしてもただ頭の中は混乱するばかりでどう対処すればよいか考えがまとまらなかった。
ムカルが顔を青ざめていると、ユカラはハッと何かに気付いたように血塗れの手で口を押さえて見せた。
「ムカルと久しぶりに会えたのに、私ったらこんなに服を汚してしまって恥ずかしいわ。でもね、悪いのはこいつら」
そう言って、自分の頬についた血を指先で拭う。
「大人しく殺されればいいものを、無駄に抵抗するものですから」
何でもないことのように、生首を地面へ転がした。
ゴトリ、と鈍い音が響く。
ムカルはヒッと小さな悲鳴を漏らした。その生首が見知った顔であることに気付いたのだ。
「大巫様……⁉」
それは里の長でもあり巫女機関を治める大巫レラだった。
自分にとっても姉にとっても最愛の師とも呼べる存在。
二人にとっては母親も同然の存在だった。
ほんの数日前まで、冗談を言い合い、お茶を楽しみながら笑顔を浮かべていたというのに。
ムカルは恐怖と怒りをせめぎ合わせながら、ユカラを睨みつけ問う。
「お姉ちゃん、ねえ、どうしちゃったの? 何故、こんなことを……⁉」
「何が?」
姉がいつもと変わらない様子だからこそ、ムカルの恐怖は増大した。血塗れであることと、母親同然だった里長の生首が地面に転がっていることを除けば姉はいつもと変わらず優しい笑顔を浮かべている姉が恐ろしくてたまらなかった。
「ああ、これのこと?」
そう言ってユカラは地面に転がる生首を軽く蹴とばして見せた。
「驚かせてごめんね、ムカル。いきなりこんなことになって、驚くのも無理はないわ。でもね、これは仕方がないことなのよ」
ユカラは静かに目を閉じた。
「世界なんてものを救う為に私に自己犠牲を強いて来た悪い奴ら。だから殺したの」
その一言に、空気が凍り付いた。
以前の姉は自分の犠牲もいとわず世界を救うことを願っていた。それなのに真逆のことを言っている。
ユカラから立ち昇る黒いマナはまるで瘴気のように禍々しく死を彷彿させた。
これではまるで慈愛の巫女ではなく、冥府の女王そのもの。
まさか、お姉ちゃんは──!
「お姉ちゃん、お願いだから正気に戻ってよ! ビャクガ、貴方からも何か言ってよ! どうしてさっきから黙っているのよ⁉」
ユカラの後ろでただ佇んでいるだけのビャクガに、ムカルは苛立ちをぶつけた。
「オレからは何も言うことはない。全てはユカラの望むがままに……」
「ビャクガ、貴方もどうしちゃったの⁉」
彼が無口で不愛想なのはいつものこと。でも、たまに優しい笑みを浮かべているのを自分は知っている。誰よりも姉を愛し、頼れる最強の従魔。本当は姉と同じくらい優しい心の持ち主であることを私は知っている。でも、今の彼の瞳は深い絶望に囚われているかのように黒く冷たかった。
「確かに、里の皆がお姉ちゃんに重たい期待を背負わせていたことは知っていたよ? でもね、それでも里の皆はお姉ちゃんを……」
「愛していた? 笑わせないで、ムカル」
ムカルの言葉を遮るようにユカラが静かに笑う。
「なら、どうして私に殉教を強いて来たの? 禍を胎内に封じる度に私は地獄の苦痛を味わって来た。それを鎮める為に、ビャクガは私を抱かなければならなかったの。妖の王の精気を胎内に注がなければ封じた禍を抑えることが出来ない。ビャクガに抱かれる度に私は何度も彼に謝った。まるで羅刹女のように狂った私を、自分を犠牲にして抱かなければならなかった彼の気持ちが誰に分かるというの⁉ ねえ、答えてよ、ムカル⁉」
狂気を帯びながらそうまくし立てて来る姉の叫びに、ムカルは何も答えられず息を呑んだ。
「私は自分が犠牲になるのは構わない。でも、愛するビャクガにも殉教を迫ったことだけは絶対に許すことは出来ない。だから殺した。魂を喰らった」
ユカラは一歩前へ出る。
「でも、そんな些末、どうでもいいの。だって私はこんなにも幸せなのだから」
ユカラがそっとビャクガを見上げると、それに応じるようにビャクガは優しく頷いた。
「ムカル、久しぶりに、お姉ちゃんと遊びましょう。そして、その後で殺してあげるから、貴女の魂を食べさせてくれる?」
その時、ユカラの瞳は狂気に塗れ、妖しく輝く。
ムカルは錫杖を構えると、黄金のマナを迸らせた。
「まさか、ユカラお姉ちゃんが冥府魔道に堕ちてしまうだなんて……! 私がお姉ちゃんを救ってみせる」
ムカルから黄金のマナが立ち昇るのと同時に、ユカラの足元から漆黒の瘴気が噴き上がる。
「ムカル、私は堕ちてなんかいないわ。ただ世界よりも愛するビャクガを選んだだけ。それっていけないこと?」
「そんなこと知らない!」
ムカルは錫杖を振り上げ、黄金のマナを放った。
それに応じるかのように、ユカラは片手を前に上げ、瘴気の如きマナを放った。
黄金と漆黒のマナは空中で衝突し、せめぎ合うと、夜空を白黒の閃光が染め上げる。
「強くなったね、ムカル」
ユカラは血に染まりながら優し気で穏やかな微笑を浮かべた。
「私、こんなことの為に修行をしたんじゃない! お姉ちゃんの力になりたいって、だから私も巫女の宿命を受け入れようって決めたのに。こんなの、あんまりだよ⁉」
ムカルは涙の氾濫を必死に堪えながら、ただ全力で黄金のマナを放つ。
二人のマナは拮抗していた。
しかし、その均衡を破る者が現れた。
ムカルは失念していた。最強の従魔である妖怪王の存在を。
「そこまでだ」
ビャクガの両目の魔眼が一斉に開き、焔のようなマナが迸る。
それは地獄の業火。少しでも触れればこの身を焼き尽くし魂までも消滅させてしまう。
早く防御結界を展開しなくては。
ムカルは懐から霊符を取り出すと、黄金のマナをそれに込める。
「結界なんか張らせないわよ⁉」
一瞬の迷いがムカルの反応を遅らせた。
せめぎ合っていたムカルのマナが弾かれ、漆黒のマナが襲い掛かる。同時にビャクガの地獄の業火も。
「しまっ……!」
避けられない。ムカルは確かな死を予感する。
その瞬間――、月明かりが消えた。
空を覆うのは雲ではない。無数の銀糸だった。
スゥ……と、空から一本の銀糸が静かに垂れた。
続いて十本。
百本。
千本。
無数の銀糸が満月のような巨大な魔法陣を描き、ユカラとビャクガの放ったマナを斬り裂き霧散させた。そしてそのまま銀糸はユカラとビャクガを捕らえるように全身に絡みつく。
「これは白銀の魔法使いが使う銀糸……?」
ユカラが夜空を見上げる。
魔法陣の中心から、一人の少女がゆっくりと舞い降りた。
右半分を般若の面で隠した漆黒の長髪の少女。
その姿を見たユカラとビャクガの表情が初めて変わる。
「……まさか貴女が生きていただなんてね」
ユカラが小さく、忌々し気に呟く。
漆黒の少女は静かに銀糸を指先に絡めながら、二人を見据えた。
「……間に合ったようね」
白銀の魔法使いであるのにその髪の色が黒一色でありながらも、類まれなる才能から次期白銀の魔法使い継承者と期待されていた逸材、だった者。
世界最強の魔法使いの一人が、静かにユカラの前へ立ちはだかった。
夜空を覆う銀糸がゆっくりと揺れる。
ビャクガのマナを霧散させた無数の銀糸は、まるで生き物のように脈打っていた。
漆黒の長髪を風になびかせ、右半分を覆う般若の面。
その姿を見たムカルは目を見開いた。
「……ラン、さん?」
彼女の名はラン。親友である明野リンの実姉にして先代白銀の魔女であり実母の小夜子を殺害した大逆人。魔導ギルドより最重要指名手配犯とされ、その名が魔法使い界隈で広く知られていた。
ランは振り返らない。
ただ静かにユカラとビャクガを見据えたまま口を開く。
「大丈夫ですか、ムカル?」
「どうしてここに……?」
ランは一瞬だけ空を見上げ、小さく微笑む。
「教えてくれた子がいるの」
その肩へ、小さくて愛くるしい従魔が飛び乗る。
掌に乗れる程度の小柄な体躯。胡麻粒のように小さく可愛らしい眼。頭には『米』の文字をあしらった兜を被っている。足先まで伸びた黒髪。身体には何故かスクール水着を。右手には竹光を持っていて、小さな口元からは常に「ごじゃるー」という単語が発せられている。
リンが使役する最弱だが最カワの従魔『お米丸』だった。
「……お米丸⁉ リンの従魔がどうしてここに⁉」
ムカルが思わず驚きの声を張り上げる。。
ランは優しくその頭を撫でる。
「白銀の従魔が私の前に現れた。それはつまり……リンが死んだということよ」
「リンちゃんが死んだ……? 嘘、そんなわけないわ⁉」
ムカルはリンの姿を思い浮かべた。自分と同い年だというのに白銀に相応しい力を持ち、親友ながらも憧れを抱くほどの存在。
お米丸は悲しそうに、だが自信満々に「ごじゃる……!」と鳴いた。
ランはお米丸の言葉を理解したように、無表情だが、嬉しそうにこくりと頷く。
「ええ、そうよ。私の自慢の妹はそう簡単には死なないわ。死んでも、きっと何とかする。それがあの子、リンだから」
ランはそう言って嬉しそうに微笑んだ。
「だって、あの子の側にはアズマ様がいらっしゃるんですもの。間違いなんて起きるはずがないわ」
ランは絶対的な信頼をアズマに思い浮かべながら呟いた。
「でも、あの子が危ない状況なのは確か。だから、私はここに来たの。穢れ巫女の正式な継承者であるムカル、貴女のもとに」
「でも、今の継承者はお姉ちゃん……」
「ユカラは死んだ。ムカルも気付いているんでしょう?」
認めたくなかった。もし、それを認めればもはや最愛の姉は討つべき魔障の成れの果てということになる。
かつてとある穢れの巫女が冥府魔道に堕ち、世界を滅ぼしかけたことがあった。
冥府の女王伝説。それはもはや魔障の王に等しい存在だった。
よりにもよって最愛の姉がそのような穢れた存在に成り果てるなど、認められるはずも無かった。
でも、そう考えるより他にないのも事実だった。
「お願い、ムカル、私に力を貸して。白銀と穢れの力を合わせれば、リンを救い、ユカラを救うことも出来るはずよ」
その救いの意味が一つしか無いことをムカルは理解する。
もう、姉を楽にしてあげなければ。でも、自分だけではその願いは叶えられない。
あのリンも認めたランがいれば……!
「分かったわ、ランさん。むしろこちらからお願いする。貴女の力を私に貸して。そうすればお姉ちゃんにも勝てるのよね?」
「いいえ、今の私達じゃ勝てないわ」
ランははっきりと言い切る。
「ビャクガだけなら何とかなる。でも、ユカラは魔障の王に匹敵するほどの瘴気を放っている。このままでは絶対に無理」
「そ、それじゃどうするの⁉」
そうして、ランはムカルに振り返ると一言呟いた。
「私をムカルの従魔にしてくれる?」
ムカルは固まった。
「……へ? 今、何て……?」
「従魔契約を結んでと言ったの」
「人間を従魔には出来ないよ⁉」
「普通ならね」
ランは静かに般若の面へ手を掛けると、静かに剥ぎ取った。
その瞬間、ムカルの顔から血の気が引いた。
「っ……!」
ランの右半分の顔は想像を絶するほどのおぞましい状態だった。
黒い呪紋が皮膚を食い破るように蠢き、無数の眼球のような瘤が脈打っている。耳元からは黒い触手にも似た呪いがゆっくりと這い出し、生き物のように空気を舐めていた。
その姿は、人間と魔障の境界に立つ異形。
見る者の本能へ恐怖を刻み込む、おぞましい呪詛そのものだった。
「これ……は……」
ムカルの声が震える。
ランは悲しそうに微笑んだ。
「お母様が私へ移植した呪い、よ。生きた呪具として私を使う為に、ね」
静かな声だった。
怒りも恨みもない。
ただ、事実だけを語る声。
「私はもう、半分、人間じゃない」
黒い呪いが腕まで広がる。
その気配に妖怪達さえ一歩後退した。
「だから契約できる。そうなったら私は本当の意味で人間ではなくなるけれども、その代償を支払う価値はあると思う」
ムカルはランの瞳を見る。その眼には決意した強い意志が込められていた。
「従魔になった私は最強の力を得る。しかも、白銀と穢れの力が合わさった最強の従魔に。リンを救うにはもうこの手段しかないの」
ランの瞳に迷いなど微塵もなかった。あるのはただ家族を救いたいと願う意思だけ。その脳裏に映るのは自らの手で殺めた実母の笑顔。
(ごめんね、ラン)
血を吐きながら、今際の際の言葉を呟く母、小夜子。自分の顔の半分に呪いを埋め込んだ張本人。しかし、そこに恨みつらみなどなかった。あるのは後悔の念だけ。
「もう失いたくない」
ランの脳裏にリンの笑顔が、優しい母、小夜子、煙草をくわえたアズマの姿が過る。
「私は、リンを助けたい。アズマ様を救いたい。そのためなら、人間くらいやめるくらいのことはするわ」
ムカルは唇をかんだ後、ただ静かに笑った。
「……分かった。でも一つだけ約束して」
「なに?」
ランが顔を上げる。
「全てが終わったら、ちゃんと家族の元に帰ること。リンちゃんはいつも言っていたわ。ランさんに会いたいって。アズマも寂しがってるって。そんで会ったら盛大に姉妹喧嘩をしてから事情を話してもらうって」
「リンは、アズマ様は私のことを憎んでいたのではないの……⁉」
ランの両目が驚きに見開かれる。
「ええ、怒っていたわよ。私達にこんな寂しい思いをさせて、許せないってね」
そう言ってムカルはウインクして見せた。
ランは唇を震わせた後、一筋の涙を流す。
「ごめんね、そしてありがとう、リン。アズマ様……」
そう呟き、強い決意を秘めた眼差しを浮かべた後、ランは般若の面を元に戻しムカルに跪く。
「我が魂を穢れに捧ぐ。我が名はラン。白銀の始祖の名において、今日この時より、穢れの始祖ムカルを主と認める」
「我が名はムカル。その魂を受け入れよう。共に歩み、共に戦い、共に滅びることを誓う」
ムカルがそう言い放つと、黄金の鎖が二人を結ぶ。
ランの心臓に鎖が穿たれ、人と呪い、その境界を超えた新たな契約が結ばれた。
その瞬間、黄金色の契約紋が二人の手の甲に刻まれた。
新たな主従は、愛する者を救うため、冥府の女王と妖怪王へ立ち向かう決意をする。
ユカラは初めて目を細めた。
「……なるほど、白銀が従魔になるなんて。何て面白いの? その魂魄はどんな甘美な味がするのかしら?」
ユカラは静かに呟き、くすくすと嗤った。
「オレはただユカラの為に敵を滅ぼすのみだ。相手にとって不足はない」
妖怪王は魔眼を開眼させる。
ユカラは狂気に満ちた笑みを浮かべると、瘴気をその身に纏った。
「なら、その覚悟ごと壊してあげる。安心して、リンも、桜花も、アズマさんも、最後には皆、私の中で一つになれる。もう二度と苦しまなくて済むのだから」
ユカラは慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。
「やれるものならやってみなさい。返り討ちにしてあげる。白銀の名に懸けて」
「お姉ちゃんは私が必ず救ってみせる。穢れ巫女の名に懸けて」
ムカルとランの黄金の契約紋が眩く輝く。
白銀の魔女ラン。
穢れ巫女ムカル。
二人は肩を並べ、冥府の女王ユカラと妖怪王ビャクガへ静かに武器を向けた。
ランは退魔の小太刀を。
ムカルは巫女の錫杖を。
悲劇は間もなく訪れる。
誰が望もうと望むまいと──。




