第65話 THE高校生の夏休み(後篇):それぞれの花火大会
杠二生は、友人の若杉果文、城宏子と、姉の千宥と春若大花火に来ていた。まだ、場所取りは済んでいない。
四人は人混みを避けつつ、会場の奥へと進んでいく。花火の打ち上げまではまだしばらく時間がある。それでも場所取りを始めている人は多く、レジャーシートの列が少しずつ広がっていた。ベンチやパイプ椅子も設置されているが、占有率がかなり上がってきているようだった。
「見る場所どうする?」
二生が尋ねる。
「去年どこで見たんですか?」
果文が千宥を見る。果文は地元民だが、中学三年だったので、親に出してもらえなかったのだ。
「この先。結構いい場所だったよ。でも去年は人数多かったから、場所取るのも大変だった」
「七人でしたっけ」
「そっ。大人数でね」
「今年四人なら余裕ですね」
「去年は人間関係の方も大変だったけどね……」
千宥がぼそりと言った。
「え?」
「なんでもない」
去年の今頃は、茉衣子と慎吾が妙な空気になっていた。今となっては、本人たちにとっても笑い話なのだろう。つい口走りかけたが、わざわざ一年生たちへ蒸し返す必要もない。
「あっ」
その時、二生が足を止めた。
少し先に見覚えのある小柄な少女がいた。
「玉井さん!」
「あっ、二生ちゃん!」
玉井絢那もすぐにこちらへ気づき、大きく手を振った。
千宥は、玉井が綿菓子を片手に持っていることに気づいた。――念願叶ったね。千宥は内心笑った。
そして、その隣には、もちろん綾香雄人がいる。
「やっほー!」
玉井は人混みを縫うようにこちらへ近づいてきた。
「ほんとに果文ちゃんたちと来たんだね!」
「はい。あの、姉もいます」
少し恥ずかしそうに姉を指す。
「ほんとだ、千宥ちゃんもいるんだ!」
「いるよ。こんばんは。玉ちゃん、雄人くん」
千宥が笑う。
「やあ、千宥さん。わあ、妹さんだよね」
「こんばんは」
嬉しそうにしゃべりかける綾香雄人。二生が会釈すると、雄人はさらに続けた。
「それにね、お友達もいて、……あ!!」
雄人は、宏子を見た瞬間、つい大きな声が出てしまった。とっさに口を押えて、小声で改めて口を開く。
「ほんとに、城宮ひろこさんと仲良しなんだ」
「はじめまして」
宏子が会釈する。
「ああ、どうも。綾香雄人です。どうもどうも」
動揺して語彙力が不足してきている。そして、今度は果文に向き直る。
「君も、妹さんのお友達なんだよね。千宥さんとも仲いいの?」
「あ、若杉果文です。はい、千宥先輩にはよくしてもらってます」
律儀に果文にも声をかける雄人に、果文は苦笑気味だ。
千宥は、この「しろこに釘付け」になりがちな状況で、宏子だけでなく果文にも均等に絡む雄人の律義さに目を丸くしていた。そして、どこぞのチャラ男が去年、茉衣子をおろそかにして自分に夢中だったことを思い出して、苦笑する。今度は自分も雄人と話すことにした。
「雄人くん、ちゃんと玉ちゃんエスコートしてる?」
「してるさ! 僕を誰だと思ってるんだい」
「今でも、二人が付き合ってるのが、まだ不思議すぎて」
「いい加減慣れなよ!」
ふと千宥は思ったが、自分がこれだけ「いじれる」人は、もしかすると雄人ぐらいなのかもしれない。
玉井が横で笑っている。
「先輩は二人でなんですね」
果文が聞く。
「うん!」
玉井は満面の笑みで答えた。
「今日はデート!」
「堂々と言うなあ」
雄人が若干照れたように頭をかく。
「いいじゃん、本当なんだから」
「まあそうだけど」
そんな二人を見ながら、果文が小声で二生へ囁いた。
「仲いいねえ」
「ね」
その時、玉井の視線が宏子へ向いた。
「あ、しろこちゃんも久しぶり!」
「玉ちゃん先輩、お久しぶりです」
「最近全然見なかったね」
「ちょっと忙しくて」
実は、春に知り合ってから、家が近所であることが判明し、それ以降はちょくちょく会うことがあったようなのである。
「そっかあ。今日会えてよかった!」
それだけだった。
つい数分前、見知らぬ少女たちから「城宮ひろこちゃんですよね」と声を掛けられた宏子が、ここではただの「しろこちゃん」である。
二生は、その違いを少しだけ面白く感じた。
「二生ちゃんたち、もう場所決めた?」
「まだです」
「じゃあ早くした方がいいよ。いいところ、結構埋まってきてる」
「玉井さんは?」
「あっち!」
玉井が指差す。
「雄くんが取ってくれた!」
「いや、二人分ぐらいなら普通に」
「さすが彼氏!」
「だからいちいち言わなくていいって」
玉井が腕にしがみつき、雄人が苦笑する。
「じゃ、絢那たち、戻るね」
「はい!」
「じゃあねー!」
玉井は元気よく手を振り、雄人と並んで戻っていった。
「なんかいいね」
二生は二人の背中を見送りつつつぶやく。
「何が?」
果文が聞く。
「いや、ああいうの」
「彼氏?」
「ち、違う! 花火大会でデートっていうのが!」
「同じじゃん」
「違うもん!」
赤面して否定する二生に、果文がニヤニヤする。
「二生も彼氏作れば?」
「いらない!」
「即答」
「果文ちゃんこそ!」
「私はいい」
「なんで私だけ!」
二人が言い合い始める横で、千宥と宏子が顔を見合わせた。
「若いねえ」
千宥がしみじみと言う。
「千宥先輩も一個しか違わないじゃないですか」
「それを言われると何も言えないなあ」
「先輩は、美佳先輩とは行かなかったんですね」
果文が更に突っ込む。
「美佳ちゃんは、忙しい子だから。それに、別にそういうことをする仲じゃなし」
千宥としては、一度は否定しておかなければ気が済まないところであった。ただ、目はかなり泳いでいる。
結局、果文はそれから焼きそば、フランクフルト、フライドポテトを購入した。水筒にお茶を持ってきていたが、それとは別にラムネも購入した。
二生と千宥は茉衣子に勝るとも劣らぬ胃袋に目を丸くするばかりだった。宏子は慣れているのか、あきれるばかりだった。
そんな宏子はその後も何度か、周りの人から呼び止められ、握手や写真、サインなどをねだられた。
「しろちゃん、やっぱり忙しいね」
「あはは……。まあ、まだ二生ちゃんたちと遊べてるから大丈夫だよ」
男子大学生五名ほどの集団との写真撮影に応じた直後、二生と宏子がそんな話をしていた時だった。
「あれ、二生ちゃんじゃね?」
今度は後ろから、聞き覚えのある男子の声が飛んできた。
振り返ると、そこには樋口健介、朝長慎吾、渡辺啓太郎、大上茂の四人がいた。
「やっぱり会ったな」
「あ、慎吾さん……」
声を掛けてきたのは慎吾だった。
「果文ちゃんにしろこちゃんも、よっす」
「こんばんは、慎吾先輩」
「こんばんは」
二人も会釈する。ちなみに、馴れ馴れしくしゃべりかけてきた慎吾だが、果文はともかく宏子との面識はあまりない。茉衣子の彼氏として間接的に知ってはいるが。
「ほんとに男子会になったんだね」
今度は千宥がしゃべりかける。
「ああ、せやで。雄人のやつは裏切りよったけどな。さっきすれ違ってんけど」
「……二人で過ごさせてあげよう?」
渡辺の回答に、千宥が苦笑する。
「まあ、ええねんけど、杠さんも、雄人に玉井さんを取られたクチやろ?」
それはそうだけど、とは言わない。
「まあ、こいつを茉衣子に取られへんかったから、俺らが呼ばれたんやろけどな」
「あ? 俺の話をしてる?」
慎吾が割り込んできた。おそらく、この三人での会話が続くようだ。
健介は、それを横目にしつつ、二生に話しかけることにした。
「二生ちゃん、楽しそうだな。若杉の奴、爆食いしてないか?」
「あ、はい、えーと……」
健介も果文との付き合いは長い。確かによく食べているし、これからも買うつもりらしい。
「健ちゃん、私のこと、なんだと思ってんの!」
「二生ちゃんの困り方が図星だろ」
果文が抗議するが、もうバレバレである。そして、健介の目にふと宏子が入る。それに気づいた宏子が声をかける。
「こんばんは。ご無沙汰してます、健介先輩」
「え?! ああ、久しぶり」
健介の声が裏返る。以前は「樋口先輩」だったが、急に下の名前で呼ばれたからだ。宏子からすれば、二生や果文、それに茉衣子あたりからも名前で呼ばれているため、宏子の中でも「健介」の印象が強まってきたところだったのだ。
健介は動揺しつつも呼吸を整えて言う。
「楽しい? 若杉が困らせてない? 杠家は大丈夫だと思うけど」
「ちょっと、健ちゃん!」
果文をいじるぐらいには回復したようだ。果文の抗議を横目に宏子が続ける。
「大丈夫ですよ。ていうか、果文の扱いは、私の方が慣れてるぐらいなんで」
「なんか、周りに声かけられたりしない?」
「……多少は」
宏子が苦笑する。
「無理すんなよ。……若杉、お前が『事務所を通してください!』とかいうところなんじゃないのか?」
漫画でよくある、芸能人の同級生が取りがちなテンプレ的ムーブである。
「そんなんできないよ。健ちゃんがしてくれたっていいんだよ? こっち来たら、美女と花火大会できるんだよ?」
「……いい。他の三人にぶっ殺される」
健介が目をそらした。その時だった。
「おーい、君らも、席取ったがいいんじゃない?立ち見になっちゃうよ」
慎吾が一年生トリオに向けて促した。
「あ、そうですね。ありがとうございます、先輩」
宏子がお辞儀する。
そして、ほどなく、男子組と一年生プラス千宥は解散した。
男子は慎吾と渡辺が千宥と、健介が一年生たちとトークしていた。大上だけは横で見ているだけだった。無理もない。健介など目ではない、根っからのコミュ障なのだ。
「健介」
大上が声をかける。……こいつ、自分が輪に入れなかったから恨み節でも言うのか? 健介は少しだけ身構えた。
「なんだよ」
「あの、背が低い子、お前の知り合いか?」
「ああ、若杉果文。久世小から一緒なんだよ。それが千宥妹と友達になってな。……それが何か?」
「……いや、なんでもない」
大上はこの件に関して、以後何も言わなかった。――若杉に興味を持ったのか? 健介は首をかしげると同時に、妙に納得もした。
こいつのタイプ、ブレないな。
四人娘は男子の話題をしていた。
「健ちゃんと慎吾先輩のお友達?」
「だと思う」
果文の問いに、二生が首を傾げつつ肯定する。何度か「なべや」で食事をしたため、渡辺のことはなんとなく知っているが。しかし、大上は、目立つ外見ゆえ見た目は覚えているが、名前すら知らない。
「あの大きい先輩、松学だよね」
今度は宏子が口を挟む。果文と宏子は松が丘学園中学校出身であり、松学のひとつ上、当時すでに身長190cm近かった大上は、話したことなくても「目立つ先輩」であったのだ。
「そうそう、健ちゃんのお友達なのは知ってるんだけど、私も話したことなくて」
「大上くんでしょ。あと、大阪弁の子は渡辺くん。二人とも健ちゃんたちのお友達だよ。いい子だよ」
二人と面識がある千宥がコメントする。
「そうなんですね。なんていうか、喋ったことないけど、怖そうな人だなって。お話もしようとしないし」
「シャイなの、大上くんは。特に女の子にはね。慣れたらお話ししてもらえるんじゃない?」
千宥が苦笑する。
「そ、そうかなあ」
そう言いつつも、現時点で大上と積極的にかかわる気にもなれず困惑する果文であった。
「……で、そろそろ本当に場所探さないと」
宏子が周囲を見回す。
「せっかくここまで来て、立って見ることになったら嫌だよ」
「それは困る」
果文もようやく意識を切り替えた。
千宥が去年の記憶を頼りに先頭を歩き、四人は会場である広場のさらに奥へ向かった。
「この辺だったと思うんだけど……」
去年と同じ場所は、既にかなり埋まっていた。
家族連れがレジャーシートを広げ、若者のグループがパイプ椅子を確保し、川沿いのベンチにもほとんど空きがない。
「あー、やっぱり遅かったかな」
「四人ならどっか入れるんじゃない?」
果文が辺りを見回す。
「あっ」
二生が指を差した。
少し離れた芝生の一角に、四人が並んで座るには十分そうな隙間が残っている。
「あそこは?」
「いいんじゃない?」
宏子が頷く。近くまで行ってみると、花火が上がる方向にも大きな障害物はない。去年ほど正面ではないものの、十分に見やすそうだった。
「ここにしよっか」
「賛成」
四人は場所を確保した。
「ねえ、シートは?」
宏子が首をかしげる。
「誰か持ってると思ってた」
果文が言った。
「なんで人任せなの」
宏子が呆れる。
「あ、持ってきたよ」
千宥が手提げカバンからレジャーシートを取り出した。
「わあ、先輩、神!」
「すみません、私たちも気づいてなくて」
「去年も混んでたから、ベンチ取れないかもって思ってたんだ」
千宥が取り出したシートを一年生三人で敷き、二生が先に腰を下ろす。他の三人も順次腰を下ろす。四人並んでみると、思ったよりも居心地がいい。
まだ空は明るさを残している。花火の開始まではもう少しある。
「なんか買い足してくる?」
果文が早速言った。
「まだ食べるんだ……」
二生が苦笑する。
「わたがし買わないと」
「義務じゃないんだから」
「いいじゃん! じゃあ行ってくる」
立ち上がりかけた果文の袖を、宏子が掴んだ。
「待って。私も飲み物欲しい」
「私も」
二生も手を挙げる。
「じゃ、私ここにいるよ。場所取っとく」
千宥が言った。
「荷物も見てるし」
「ありがとうございます」
「じゃあ三人で――」
そこまで言って、宏子が一瞬動きを止めた。
少し離れた通路を歩いていた女性が、こちらを振り返っている。目が合った。女性は隣の連れに何かを囁き、もう一度宏子を見る。
「あ……」
宏子が小さく漏らした。
「気づかれた?」
果文が尋ねる。
「たぶん」
宏子は苦笑した。案の定、二人組はこちらへ近づいてきた。
二生は、今日何度目かも忘れたが、またやってきたこの光景を見ながら思った。
宏子が言った通りなのだ。今日は仕事ではない。でも、それを決めるのは宏子だけではないらしい。
二人組への対応を終え、三人は改めて屋台へ向かった。
果文は宣言通りわたがしを購入した。二生と宏子は飲み物を手に入れ、千宥の待つ場所へ戻ろうとする。
「果文ちゃん、買ったやつ、全部食べるの?」
「食べるよ?」
その回答に二生が呆れていると、前を歩いていた宏子が急に足を止めた。
「あ」
「どうしたの?」
「先生」
宏子が指し示す先に、見覚えのある女性三人組がいた。大きい女性は明らかに養護教諭の泉麻里花先生だし、一際小柄な女性は、いつものお団子頭ではなく少々分かりにくいが、三人の担任の北御門結唯先生だろう。宏子が、「あと一人は誰だろう?」という感じで首をかしげていた。
向こうもほぼ同時にこちらへ気づいたらしい。
「あれ?」
真っ先に声を上げたのは、三人のうち一番背の低い女性だった。
「杠さん、若杉さん、城さん?」
「ゆい先生!」
二生、果文、宏子の声がほぼ揃った。
「やっぱり。三人一緒だったんだ」
「こんばんは、先生」
二生がぺこりと頭を下げる。
「こんばんは。なんか、学校の外で先生見ると変な感じ」
果文が笑う。
「先生だって学校の外ぐらい出歩きます」
「知ってますよ」
「城さんも久しぶり。お仕事忙しい?」
「ぼちぼちです。二学期以降、ちょっとお休みとかも増えるかもしれません」
「大変だね」
ごく普通の担任と生徒の会話だった。
その隣で泉も嬉しそうに手を振る。
「二生ちゃん、こんばんは。果文ちゃんもしろこちゃんも」
「こんばんは」
「泉先生も来てたんですね」
「もちろんよ。私、毎年楽しみにしてるのー」
果文の問いに、泉はおっとりながらも自信満々に答えた。
そこで、最後の一人――樋口有希乃が、二生の隣に立つ果文と宏子を交互に見た。
「二生ちゃん、友達と来たんだね。うわ、ほんとにしろこちゃんだ。うわ、握手して!」
「ど、どうも……」
有希乃が両手を差し出し、宏子が苦笑いで応じる。
「若杉果文です。こんばんは。あの、もしかして、健ちゃんのお姉さんですか?」
横から果文が声をかける。
「お、そうだよ。健介のこと、知ってるん?」
「久世小の一個下なんです。あと、茉衣子ちゃんから、先生たちと仲良しだって聞いてて」
「そっかあ。あたしとも仲良くしてよ」
今度は果文とも握手を交わす。
「よ、よろしくお願いします」
「二生ちゃんはゆいちゃんが担任持ってるって聞いたけど、二人もなん?」
「はい」
「そうです」
有希乃の問いかけに、二人が肯定する。
「ゆいちゃん、言ってよお。めっちゃ大スター受け持ってるじゃん」
宏子を指して言う。
「ダメ、守秘義務だよ」
ゆいは両手で×を作る。
「真面目だなあ、相変わらず」
有希乃は苦笑するしかなかった。
「三人で来たんですね」
二生が尋ねる。
「去年も三人で来たからね」
泉が答える。
「でも先生、いいんですか? 生徒がこんな時間まで遊んでて」
果文がからかうように言う。
「花火大会の日ぐらいいいよ。ちゃんと帰るなら」
今度はゆいが言う。
「先生公認!」
「ただし、羽目外しすぎないこと」
「はーい」
果文がやけに良い返事をする。
「特に若杉さん」
「なんで私なんですか!」
「この面子だと、一番心配でしょ。古波蔵さんの妹だし」
いつの間にかそのキャラは、教員の間でも知られているらしい。
「じゃあ、私たちも戻ろっか。そろそろ始まるし」
有希乃が時計を見る。
「あ、ほんとだ」
二生もスマートフォンを確認する。
打ち上げ開始まで、もう十分ほどしかない。
「じゃあね、みんな。気をつけて帰ってね」
「はーい」
「先生も」
「私は大人です」
ゆいがむっとしながら言って、泉と有希乃が笑う。
三人はそのまま人混みの中へ消えていった。
「先生、外でも先生だったね」
果文が言う。
「でも、ちょっといつもより緩かった」
二生が笑う。
「そりゃ花火大会だもん。先生たちも楽しいよ」
宏子も機嫌よく言った。
三人がシートへ戻ると、千宥は荷物を傍らに置いて、空を眺めていた。
「遅かったね」
「先生たちに会ったの」
二生が報告した。
「先生?」
「ゆい先生と泉先生。あと、有希乃さんも」
「ああ、今年も来てたんだ」
千宥が納得したように頷く。
「去年も三人で来てたよ」
「やっぱりそうなんですね」
千宥の証言に、果文は笑った。
四人は再びシートに腰を下ろした。空は、先ほどよりもずっと暗くなっていた。川面にも周囲の明かりが映り込み、会場を埋め尽くす人々の声が大きなざわめきとなっている。
ほどなくして、場内アナウンスが流れた。
『まもなく、春若大花火を開始いたします――』
「おお」
果文が食べる手を止めた。
「いよいよだ」
二生も自然と姿勢を正す。
宏子は飲み物を傍らに置き、空を見上げた。
少し前まで、通りを歩けば誰かの視線を感じた。何度も振り返られた。何度も声を掛けられた。そのたびに笑って、写真を撮って、礼を言った。
別に嫌ではない。応援してもらえるのは嬉しい。
それでも――今日は、友達と花火を見に来たのだ。
会場の照明が少し落とされた。ざわめきが、ゆっくりと静まっていく。そして。
ひゅるるるる――。
夜空へ、一筋の光が駆け上がった。
ドンッ!
大きな音とともに、色鮮やかな花が開く。
「わあっ!」
二生が思わず声を上げた。果文も、千宥も、周囲にいる何百、何千という人も、一斉に空を見上げる。
宏子も同じように上を向いた。
二発目、三発目と次々上がっていく。
「きれい……」
ぽつりと呟いてから、宏子はふと周囲を見た。
誰も、自分を見ていなかった。さっきまで「あの子、城宮ひろこじゃない?」と視線を向けていた人たちも。写真を頼んできた人たちも。今はみんな、夜空を見ている。
宏子は少しだけ笑った。
「花火って、いいね」
「ん?」
二生が宏子を見る。宏子は空を見たまま続けた。
「みんな、上見てるから」
「……え?」
「なんでもない」
また一発、大きな花火が開いた。宏子の横顔も、その光に一瞬だけ照らされた。
花火は、その後も途切れることなく夜空を彩り続けた。
赤、青、緑、金。一発上がるたびに、周囲から歓声が上がる。
「おおー!」
果文も、先ほどまで食べ物を手放さなかった人間とは思えないほど夢中になっている。
「果文ちゃん、食べるの止まったね」
二生が笑う。
「今食べたら見逃すじゃん」
「そこはちゃんとしてるんだ」
「私をなんだと思ってんの」
「食いしん坊」
「否定できない」
四人が笑う。
しばらくして、場内アナウンスが、いよいよ花火大会が終盤に入ったことを告げた。
連続して何本もの光が打ち上がる。それまで一発一発だった夜空が、急に忙しくなった。
「すごい……」
二生は言葉を失った。大きな花火が一つ開いたかと思えば、その下からまた別の色が広がる。右からも、左からも上がる。
そして最後に、ひときわ大きな一発が夜空いっぱいに広がった。
ドォン――。
腹の底まで響くような音。少し遅れて、大きな拍手が会場を包んだ。
「終わったあ」
果文が息を吐く。
「すごかったね」
二生はまだ空を見上げていた。
「去年もよかったけど、今年もよかったなあ」
千宥も満足そうだった。
「しろちゃんは?」
二生が横を見る。宏子も、まだ夜空を眺めていた。
「うん」
そして、小さく笑う。
「来てよかった」
それは、今日宏子が何度も口にしていた「楽しい」とは、少し違う声だった。
四人はしばらくその場に残っていた。すぐに動けば人混みに巻き込まれる。周囲が少し空いてから帰ろうという千宥の提案だった。
「そうだ」
宏子がスマートフォンを取り出した。
「写真撮ろうよ」
「撮る!」
二生が即答する。
「四人で?」
「四人で」
近くにいた親子連れに頼み、四人は並んだ。千宥、二生、果文、宏子。
「はい、撮りますよー」
「お願いします!」
四人が笑顔を作る。
パシャリ。
撮ってもらった写真を確認すると、宏子が満足そうに頷いた。撮影のお礼を言うと、今度は家族から宏子との写真を頼まれ、宏子も笑顔で応じた。
「ねえ、写真どんな感じ?」
「私も欲しい」
手早くグループを組んだ宏子から、写真が送られてきた。そして、改めて撮ったばかりの写真を見る。
友達と花火大会に来た。屋台を回った。暗くなるまで外にいた。花火を見た。写真を撮った。
どれも、きっと他の高校生なら当たり前にやっていることなのだろう。でも、二生にとっては、その一つ一つが嬉しかった。
「二生」
果文が呼ぶ。
「帰るよー」
「あ、待って!」
二生は慌てて立ち上がる。千宥がレジャーシートを畳み、宏子も荷物を手に取った。
「ねえ」
歩き出しながら、宏子が言う。
「また三人で遊ぼうね。今度はもうちょっと時間作るから」
「四人じゃないの?」
千宥が冗談めかして言う。
「あっ」
宏子が振り返る。
「先輩も来ます?」
「そこは二生に聞いて」
「来てよ」
二生は即答した。
「今日、楽しかったし」
「じゃあ決まり」
果文が勝手にまとめる。
宏子も笑った。
「うん。また遊ぼ」
夏休みも、もう残り少ない。それでも二生にとって、この夏は最後の最後で、ずっとやってみたかった「高校生の夏休み」になったのだった。
【次回予告】
二学期はイベントが目白押し!
という感じです。お楽しみに。
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