第55話 怒涛の日々の幕開け
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:1〜2%
AI文をベースに改稿:18〜22%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:76〜81%
途中までは千宥回ですね。これからもちょくちょくあると思います。
で、ここから二学期、盛りだくさんになってきますので、そっちにも話をつなげていきます。
今回、AIにはアイデア出しまでしてもらいましたが、結局、それすらあまり使わなかったような……。
ちなみに、樹莉ちゃんは29話(一学期の始業式)で、千宥の背中をペンでつついてた子です。
長い夏休みが終わった。
九月一日。今日、各教室にクラスメイトがうち揃う。二年生も二学期ともなれば、このタイミングでの転校生というものも、滅多にない。実際問題、いなかった。ただ、一年生には一名来たらしいが、杠二生らがいる一年二組とは別のクラスに転入しており、特に普通の人物とのことらしい。
新学期の教室の中は悲喜こもごもである。単純に長い休みを経て久々の登校をした者もあれば、部活で毎日のように学校に来ては仲間と顔を合わせる機会の多かった者もある。
また、久々に仲間に会えたことを喜ぶ者もあれば、家での安寧の日々が終わりを告げたことを憂う者もある。――これに関しては後者が多いのかもしれないが。
杠千宥は、後者寄りである。ただ、その理由は複雑だ。生来真面目な性格であり、学校の授業が憂鬱だということは全くない。理由は別にある。
それは、女性ホルモンの効果が目立ってきたことだ。というか、二年生になった頃にはすでに目立ち始めていて、その少し前の三月に、同じアパートに住むいわゆる「チーム・アネックス」の仲間から指摘を受けた。そして五月には、千宥にとって切っても切れない相手――本人は「許嫁」とはあまり言いたくないものの、実質的にはそういう間柄の新宮領美佳にも、とっくの昔にバレていたことが判明した。ゴールデンウィーク明けのことだ。そして、その時に言われたことは、千宥の胸にズンと重くのしかかる。
「半年ぶりに会った私が気づかないと思う? 『アハ体験』より簡単よ」
そう、しばらく会わないと、変化は見えやすい。この一か月半、会わなかったことにより、変化に気づく者がかなりいるだろう。
ということで、もう千宥は先手を打つことにした。その旨は、すでに秘密を知るチーアネの面々や、妹の二生、その友達にも伝えたのだ。今日、担任の榊原妙子にも伝える予定だ。
「私が女性ホルモンをしていることを誰かに聞かれたら、もう隠さなくていい。もう、ユルっと言っていくことにするから」
それは千宥の覚悟である。隠すのが困難になるだろう、と三月に指摘した朝長慎吾。時間を置くと変化が見えやすい、と実感を持って指摘した美佳。いずれももっともだと思う。だから、チーアネのメンバーが帰省でみんないなくなっていた頃、千宥は心の準備の時間に充てた。
ここからが勝負だ。でも、そうは言っても、本当なら避けたい話題だ。指摘されるのは怖い。これこそが、新学期が怖い理由である。そして、みんなの前で大っぴらに宣言するのではなく、話が自然に回るのを待つことにしたのも、このためである。
一学期の始業式は、腹痛でトイレにこもったことにより、ギリギリの登校になった。今日は幸か不幸か体調がいいため、そんな逃げ道もない。
本当は、あえて遅めに出ようかとも考えた。でも、同日午後に入学式があったあの日と違って、千宥同様、始業式として登校する妹の二生も、近所で働いている従姉の田中丸鈴蘭も、八時前には家を出る。
結局、一人だけ家に残る言い訳も思いつかず、千宥と二生は一緒に出発した。今日は一緒に登校する。
「お姉ちゃん、大丈夫? 今日は具合悪くないの?」
「私、そんなに体弱くないよ」
心配そうに尋ねる妹に平静を保ちつつ笑いながら答える。
「すごく緊張してる時のお姉ちゃんって感じ」
この子、私のこと、すごくわかってるんだな。わが妹ながら、感心するばかりである。
「話した通り、もうアレのこと聞かれたら、言っちゃっていいからね。もう二生も、隠すのしんどいでしょ?」
「うん……」
二生が声を詰まらせる。先日の花火大会の帰り、丁度、秘密を共有する二生の友人、若杉果文と城宏子と同行していたため、前述の通りのことを伝えたのだ。
二人は心なしかほっとしているようだった。確かに、今思えば、知り合ってそんなに経たない妹の友達に背負わせるには重い秘密だったと思う。だから、自ら「背負ったものを下ろしていい」と申し出た。
しかし、二生は実の妹として、また、生来のネガティブな性格もあってか、より心配する方向に動いたようなのだ。今、自分自身だって心配だ。だけど、妹を何とか安心させないと。
しかし、その時だった。
「お姉ちゃん、無理しちゃダメだよ」
二生にそう言われて、千宥は面食らってしまった。
「無理なんかしてないよ」
「してる。そんな顔してる。その……、茉衣子さんとか美佳さんとかいるんだから、頼っていいと思う」
当初は無遠慮で苦手だった古波蔵茉衣子も、何を考えているかわからない美佳も、今では二生にとっても、心強い存在になってきた。
「あはは。まあ、それがいいんだろうね。まあ、今日はもう、妙子先生にも言うし。二生はもう心配しないで。そのうち、私のことなんか気にしてられなくなるよ。二学期、イベント多いから」
気が付けばもう学校の玄関だ。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「うん、お姉ちゃん、がんばって」
二年五組の教室に入る。古波蔵茉衣子、玉井絢那、新宮領美佳。もう覚えているそれぞれの座席を見回す。まだ誰も来ていない。はあ。千宥はため息をつく。今は誰も助けてくれる子はいない。
席に着く。千宥は鞄から単語帳を取り出す。
思えば、幼少期からの性別違和もあってか、とても内向的な性格だった。男子にも女子にもなじめなかったからだ。自ら人に深入りすることはなく、周囲とつかず離れずの関係を保ってきた。だから、人に話しかけられたら話すが、友達は少なかった。結果として、向こうからいい感じに絡んでくれる相手――中学なら綾香雄人ら数名、高校なら茉衣子をはじめとするチーアネのメンバー――が、主な仲良しだった。ただ、その茉衣子がいてくれたから、周囲との関係性が広がった。ありがたい存在だ。そして、できれば早めに登校してくれると、もっとありがたい。
「千宥ちゃん、おはよう」
急に声を掛けられてびくっとした。声のした右方向を振り向くと、クラスメイトの吉田樹莉だった。去年から同じクラスで、今年は出席番号が前後であるため、チーアネ以外で最も話す機会の多いクラスメイトの一人だ。なお、現在は席が隣同士である。
「あ!? 樹莉ちゃん。……おはよう」
「びっくりしすぎだよ。どうしたの?」
「ううん、なんでも」
怪訝そうにする樹莉に、笑ってごまかしつつ言う千宥。
樹莉ちゃん、焼けたな。千宥がその変化に気づいた。テニス部であるため、部活も外なのだろう。この酷暑でどれだけの活動ができたかは不明だが。
一瞬、口にしそうになったが、飲み込んだ。人の変化に言及するというのは、今の千宥には薮蛇でしかない。
「千宥ちゃん、ちょっと丸くなった?」
……!!
千宥にとって、核心に近い問いかけに、心臓がひっくり返るような心持だった。
「そ、そうかな? 家で食っちゃ寝だったから」
笑ってごまかす。
「うーん、太ったというか、ねえ……」
樹莉が首をかしげる。千宥は焦りが最高潮に達する。カムするか? ただ、千宥はいざとなってみて、踏ん切りがつかないのだ。
「おはよう、千宥さん」
背後から、とても聞きなれた声がした。
「美佳ちゃん! おはよう」
日頃、複雑な感情を抱く相手であるが、この場においては、茉衣子に負けず劣らず救世主である。ちなみに、つい三日前に東京から戻ってきたばかりであり、まだ千宥ですら二回ほどしか会っていない。
「美佳ちゃん、おはよう。東京はどうだった?」
樹莉が声をかけた。当然ながらこの二人が会うのは1か月半ぶりである。
「あら……おはよう。ええ、実家は落ち着くわ。それなりに忙しかったけどね」
今の間は、名前を思い出そうとして、結局自信がなかったことによる。人の名前を覚えるのが極端に苦手な美佳は、あやふやなら名前を呼ばないという処世術を覚えたのだ。ちなみに、「吉田」のような、よくある字面の方が覚えにくい傾向がある。
「すっごい豪華なディナーとか出たんだろうな、いいな」
両手を頬に当てつつ、しみじみと言う樹莉。――この流れ、どっかで見たな。一瞬だけ、先ほどの展開を忘れ、千宥は苦笑した。
「そんなことないわよ。……茉衣子とか玉ちゃんだけで十分よ、そんなこと言ってくるの」
美佳はため息をつく。
「ねえ、美佳ちゃん。千宥ちゃん、このところ、何か、雰囲気変わったって思わない?」
樹莉は正面切って美佳に聞いた。千宥はまたも心臓が止まりそうになった。
「あら。そうねえ。私は千宥さんとは長い付き合いだけど、日に日に愛らしさが増している気がするわ」
「そう! なんか可愛くなってる気がする。美佳ちゃんから見てもそうなんだ!」
千宥はもう口を挟めない。自分のことなのにも関わらず、だ。
「もちろん。千宥さんは最高よ」
美佳が千宥の許嫁であることは、もはや周知の事実だ。千宥が制止する間もなく、美佳が得意げに話すから、隠しようがなかったのだ。
しかし、それが周知されて以降、周囲の同級生は「ある疑問」を持っている。――美佳は千宥の女装を認めたうえで男性として好きなのか? はたまた、もはや女性同士として愛しているのか? ここまで大っぴらだと、そういう疑問が出るのは自然だった。
「ねえ、美佳ちゃんって、千宥ちゃんが可愛くなるの、嬉しい?」
「ええ。当然じゃない」
「そうなんだ。ええと……」
何か言いたげな樹莉だが、口に出しあぐねているようである。美佳は、樹莉の机を一瞥する。
「吉田さん」
どうやら、机上の私物から名前が分かったらしい。
「はい」
「あなたにも色々考えてることはあると思うけど、千宥さんの雰囲気が変わったというのは、あなたの気のせいではないと思うわ。でも、その上で、私も妹さんも茉衣子たちも、千宥さんのことを大切にしているの。分かっていらして?」
「え? ああ、はい……」
樹莉は困ったように目を泳がせた。
「あなたがこういうの、どう考えるかは分かりかねるけど、よかったら千宥さんとはお友達でいてほしいわ」
「そ、それはもちろん……!」
「ありがとう。よかったら、千宥さんと仲良くしてあげてね」
美佳ちゃん……。千宥は泣きそうになった。色々な思いはあるが、やっぱり、この子は私の味方だ。茉衣子だけでなく、頼っていい人は、いっぱいいる。今後、樹莉もそうなってくれるのかもしれない。
結局、美佳は女性ホルモンとか体の変化のことは明言しなかった。しかし、お互いの間で、「体の変化が何らかの形で起こっている」ことだけは共有したようだ。逆に言うと、美佳の中では、「千宥の体の変化は、みんな感づいている」ということなのかもしれない。
その時だった。千宥の背後から声がした。
「おう、千宥、おはよう」
ちょっと張り詰めたこの場を無力化する、古波蔵茉衣子の能天気かつ活気あふれる声だった。
「お、おはよう、茉衣子ちゃん」
千宥が応じる。茉衣子は、さすがにこの空気感に疑問を覚えたのか、首をかしげている。
「どうしたんだ、美佳も樹莉も。朝っぱらから昼ドラみてえな顔してよ」
「そんなにドロドロしてるかしら? 私たち」
美佳が顔をしかめる。
「さあな、美佳が悪役令嬢顔してるだけなんだろうけどな」
「ちょっと!」
「おはよー、みんな」
美佳が抗議しているのを気に留めず、今度は、茉衣子の背後にいた玉井絢那が話し始めた。
「あら、玉ちゃん。今日は茉衣子と一緒だったのね」
美佳が「悪役令嬢顔」をほころばせる。
「うん、昨夜はおじいちゃんとこ泊まったの。ちょっとママの具合が悪くて」
玉井は、茉衣子・千宥・美佳の住むアパート、アネックス久世の大家の孫娘である。
「あら、お母様、大丈夫なの?」
美佳も玉井の母親とは面識がある。
「大丈夫だと思うけどね、たぶん。じきに良くなる、って本人は言ってる」
目を伏せつつ苦笑する玉井。
「大丈夫かよ、佳那ちゃん。あたし、お見舞い行くぞ」
あまり年増扱いされたくない玉井佳那は、娘の友達にちゃん付けを推奨している。本当に従っているのは茉衣子とその姪ぐらいだが。
「ううん、大丈夫。吐き気メインだから、いきなり来られたくないみたいなの。だから、そっとしといてって」
娘の証言を聞くと、逆に心配になる話だ。
「ほんとかあ?」
さらに怪訝な表情の茉衣子。
「だ、大丈夫だよ。絢那の勘だけど、問題はないやつだよ。あ、それよりも、千宥ちゃんたち、どうしたの? 喧嘩でもした?」
自ら火消しにかかる玉井。
「喧嘩じゃないよ、大丈夫だから。ちょっと心配かけること言っちゃっただけで、こっちも全然大丈夫なやつだから」
千宥も火消しにかかる。
ここで、チャイムが鳴る。ホームルーム五分前の予鈴である。
「ごめんね、またあとでね」
予鈴を合図に、樹莉はトイレに行くようだ。樹莉の姿が消えると、茉衣子はため息をついた。
「大丈夫か? 千宥」
茉衣子も、千宥が新学期を不安がっているのはよく知っている。
「う、うん。美佳ちゃんがいい感じにしてくれたから」
「そんなこと……。私はごまかすしかなかったわ」
美佳は照れながら言う。
「いいと思う。あの、はっきり聞かれたらでいいからね、言うのは。今回みたいに、あんまりはっきり言われなかったら、いい感じにぼやかしてもらったら……」
人目が気になるので、千宥も自然と小声になる。そして、一息ついて、玉井にも声をかける。
「玉ちゃんも、よろしくね。……ところで、佳那さん、大丈夫?」
「うーん、大丈夫だと思う。絢那はよくわかんないけど、あんまり病気みたいなやつじゃないと思う」
その後も少し、いつもの「チーム・アネックス二の五支部」で立ち話をしていたら、いつの間にかチャイムが鳴った。
「はーい、おはよう。席につきましょー」
始業式恒例、制服姿の二年五組担任・榊原妙子が入ってきた。相変わらず教師らしくないいでたちだが、妙に安心感を覚える。
その後は淡々と進んだ。
ちょうど一年前、旧友の綾香雄人が転校してくるという、今にして思えばどうってことないが、当時は胃が痛くなるほど気がかりなことが起こった。しかし、そんな事件や目立ったイベントは特に発生せず、ホームルーム、始業式と、淡々と時が過ぎていった。
周囲の話し声を聞いていても、思ったより自分の話をしているわけではないと思う。今、特にびくびくしているこの瞬間、そうでもないと思えるのなら、きっとそうなのだろう。
帰りのホームルーム。それも、特にいつもと変わりない。夏休みの宿題を早急に提出するよう未提出者に念を押し、普通に明日の予定や、直近に待ち構えている行事予定の説明があった。
今月の半ばには文化祭が待ち受けているし、そこを過ぎると、十月の後半に体育祭、そして、十一月に入ると修学旅行もあるのだ。先のことに思えるが、体育祭の出場種目や、修学旅行の班決めなども、これから徐々に始まっていくらしい。楽しみに思えるが、千宥はその身の上から、気がかりなことが多い。
この二学期から千宥は女子とともに体育の授業を受けることになった。この学年で主に男子の体育を受け持つ深町亮太、同じく女子担当の尾崎あすか、それに体育科主任の中村省吾が中心となって話し合い、二年生女子にも軽く説明があったうえで許可が下りたようだ。
千宥の更衣室自体は、今まで通り用意されていたものを使う。二人一組の運動についてはメンバーを考慮しつつ行われることになった。なお、背格好が似ている美佳や樹莉などはOKしているようで、そもそもNGの人物もさほどいないようなのだが。ただ、体育祭の競技については、もしかすると一悶着あるかもしれない。
修学旅行はもっと難しい。すでに大浴場の使用不可は確定しており、千宥もそれには当然のこととして同意している。ただ、部屋割りをどうするか、という問題に関しては、そろそろ学年会で議題に上がるらしい。
なんとなく、妙子は、千宥の扱いをよく思っていない教諭(主に九組の鴨川)に対して、現状話をしていない様子なのが、千宥から見ても感じ取れた。しかし、こうなるともう、鴨川らの耳に入るのも、時間の問題だろう。
はあ。ため息が出る。考え事をしているうちに、妙子の話も終わったようだった。
「じゃ、明日からがんばりましょー」
妙子の音頭で日直が号令をかけ、この日は終了となった。
――ただし、千宥にはちょっとした延長戦がある。千宥は教室を出ると、妙子を追いかけた。まだそう遠くないが、追いつこうにも、廊下を明らかに走ったら怒られる。注意されない程度に小走りした結果、職員室近くで追いついた。
「先生……!」
「千宥ちゃんだー。どうしたの?」
あくまで妙子はのん気なものだ。
「あの、……私」
千宥は、しばらく小走りだったため、やや息切れ気味だ。ホルモンの影響か、体力が落ちてきたような気がする。普通に夏休み明けでもあるため気にしすぎなのかもしれないが。
「体のこと……もうあんまり隠さないことにしました。隠したら逆に、みんな怪しむから……、怪しまれるぐらいなら認められようって……」
息を切らしながら、妙子に報告する。
「そっか。みんなの前で、宣言するわけではない?」
「そこまでは、いえ」
千宥は首を横に振る。
「うん」
妙子はここで一度うなずいた。
「あの、体育祭とか、修学旅行とか、すっごくお世話かけると……」
「千宥ちゃん」
妙子は制止するように口を挟んだ。
「無理しちゃだめだよ。いろいろ気負いすぎてるから。こっちに任せて、千宥ちゃんは今んとこ勉強面も無問題なんだから、二学期の行事の楽しいことを考えること。いーい?」
「……はい」
千宥は何も言い返せなかった。ただ、言いたいことは伝えた。だから、今日これ以上することはない。
「うっす。言っとくけど、イベントは千宥ちゃんが思ってるより、楽しいよ。あたしが保証する」
「はい。失礼します」
これ以上何も言えず、千宥はそそくさと退場したのであった。
千宥が妙子との用事を済ませ、下校しようとすると、玄関前に、茉衣子たちがいた。玉井に美佳、それに朝長雛灯までいた。ちなみに、雛灯は数日前に髪をバッサリカットしてちょっとイメチェンしている。
「みんな、待ってたの? ひなちゃんまで」
「私たち、心配なのよ。千宥さんが」
美佳が答える。
「心配って……。うん、ありがとう。でも、今日行ってみて、思いのほか大丈夫だったもん。まあ、イベントが多いから、その度に、何かあるかもしれないけどね」
千宥が笑う。実際問題、樹莉の件といい、それ以外あまり「何もなかった」ことといい、千宥が安堵したのは事実だ。案ずるより産むが易し。
五人は歩き始めた。
「文化祭、体育祭、修学旅行! 二年生だからってのもあるけど、イベント多いよねえ」
玉井は楽しそうだ。
「体育祭かあ。私は苦手だな。足引っ張る気しかしない……」
雛灯はいかにも「陰キャ」なコメントである。
「いいじゃねえか、盛り上がるなら。なー、もう少ししたら競技決めるんだよな? 何出る?」
茉衣子が話を振る。
「なんでもいいけど、あんまり恥ずかしいところは見せられないわ」
美佳が肩をすくめる。
「障害物競走とかか?」
「えー、障害物競走、楽しいじゃん! 絢那、それがいい」
茉衣子のコメントに玉井が割り込む。
「確かにね。網で髪が絡んだり、粉まみれになるのは嫌かも……。ある? 飴取るの」
転校生である美佳が確認する。
「あるぞ、うちのは。面白さ重視だかんな。でも、美佳、お前、案外足速えんだから、普通に百メートル走とかどうだ? うん、案外絵になるぞ」
「勝手に決めないでちょうだい。でも、考えておくわ」
「私は、玉入れ、とか?」
雛灯が首をかしげる。
「陰キャだなあ。千宥は?」
茉衣子が、先ほどから黙っていた千宥に振る。
「わ、私は……男子枠と女子枠、どっちだろう?」
「さあ。女子なんじゃね? お前、二学期から体育は女子なんだろ?」
「それはそうだけど、競技となると、また話が違うかもじゃん」
軽口をたたく茉衣子だが、あくまで千宥は真面目である。
「じゃあ、男女混合の種目だよ。それこそ……玉入れとか? ひなちゃんの、取っちゃう?」
玉井が雛灯を見る。
「クラス違うんだから取るとかないでしょ。千宥、私と戦う?」
「あははは……」
雛灯と目が合い、千宥は笑った。
「それよりもまず、文化祭よね」
美佳が急に話を変えた。
「美佳、実際どう? 練習具合は」
雛灯が尋ねる。
「私? 私はまあまあいい感じよ。ひなは?」
「まあ、夏休み中、慎吾に教えてもらってはいたからなあ。今は一曲なら大丈夫かな、とは思うけど。茉衣子はもうちょっとじゃない? 時たまズレて、ずっこけそうになるんだけど」
「んなこと言うなよお。あたしだって初心者なんだぞ。あと半月で、何とかするつもりだぞ。ところで、健介は大丈夫なん?」
「わかんない」
雛灯が肩をすくめる。チーム・アネックス、文化祭に向けて、今、何かを練習中らしい。
「みんな、大変だね。絢那も、あのときLINE見てたら、参加したのに」
玉井が苦笑する。
「絢那、何ができるんだ?」
「えーと……。あはは」
茉衣子にそう問われた玉井は口ごもり、そのままごまかした。
「ねえねえ、それよりも、なんで慎吾くん、あんなこと言い出したの?」
玉井がそのまま話をはぐらかすように、話題を変えた。
「いや……言っていいやつなのかな。まあ、きっかけはしょうもないことよ」
「……?」
雛灯のコメントに、玉井は首をかしげる。
「みんな、知ってる話なの?」
「私は聞いてないなあ」
「私もよ」
玉井の問いに、千宥と美佳が首を横に振る。
「まあ、あいつもアホなんだよ。やってみて、思ったより楽しくはあったけど、あたしらが巻き込まれる筋合いはない話なんだよ。ほんとはな」
茉衣子が、ふん、と鼻を鳴らしつつ言う。
「茉衣子、聞いたんだ」
雛灯が顔を引きつらせる。
「なかなか言おうとしなかったんだよ、あいつ。で、問い詰めたら、白状しやがった。まあ、いいんだけどな。それ自体は去年の話みたいだしな」
「そっか」
雛灯が肩をすくめる。
「おっ」
茉衣子が突然声を上げた。
「どうしたの?」
今度は千宥が尋ねる。
「噂をすれば、アホから電話が来やがった」
茉衣子は、ポケットから取り出したスマホを一瞥し、そのまま電話に出た。
「あんだ? うん。みんないるぞ、健介以外。あ? 昼? あたしは未定だけど。……ふうん。あたしはいいし、お前がそうなら、ひなはいいんだろうけど、千宥と美佳は知らねえぞ。健介は行くんだな? まあ、聞いてみるわ。うん、宮川だからそのままな。うん、追ってLINEするわ」
茉衣子が電話を切った。
「慎吾の奴、昼は『くえ~ぶ~』で食おうとか言ってる」
茉衣子の父親が店長を務める沖縄料理店である。ここから路面電車で十五分の宮川という町にある。
「どうだ? 特に千宥と美佳。絢那は……どうすっかなあ。あたしら、そのまま練習行くからさ」
「絢那のとこは、ママが来て、おじいちゃんとこでお昼食べるって」
嘔気があるという佳那だが、多少食欲が出てきたのだろうか?
「私はくえ~ぶ~、行くよ」
「私も、お昼準備してないからちょうどいいや」
「みんな行くの? なら私も行きたいから、山崎に連絡するけど」
「いいのか? じゃ、絢那以外決まりな」
その後、アネックスに帰宅した一同は、着替えを済ませ、エントランスに集合した。玉井はそのまま101号室に帰宅し離脱、逆に慎吾と樋口健介が合流した。
慎吾と雛灯はギターケース、健介はそれよりやや長い楽器ケースを背負っている。慎吾はさらにかばんを持っている。茉衣子の荷物はさらに小さく、千宥と美佳は手ぶらだ。
「みんな、そろったな」
この案件の言い出しっぺは、今から行う「練習」も昼食の件も、いずれも慎吾だったはずだが、なぜかいつの間にか茉衣子が仕切っている。
「なんか、たまたま、あと五分ぐらいで電車出るらしいぞ。居ても暑いだけだから、行こうぜ」
荷物は少し大掛かりだった。平日の昼前なので、さほど路面電車も混み合うわけではないが、慎吾たちはやや大荷物なので、チーアネ六名でかなり場所をとっている。その状況のまま、乗客が多く乗り込む宮川電停で、入れ替わりに健介たちが下りた。
まず、電停を出て右方向にある沖縄料理店「くえ~ぶ~」に向かう。
「あたしさ、父ちゃんに連絡入れて、楽器、店の奥に置かしてもらうことにしたから」
「助かるな。地味に場所取るもんな」
「泰造さん、神だな」
店に入ると、「めんそーれー!」と声がかかる。駆け寄ってきた店員は、ちょくちょく見かける店員だった。
「あ、茉衣子ちゃん」
店員にとっても、店長の娘である茉衣子はおなじみだった。
「ちわす。父ちゃんいる?」
「うん、呼んでくるね」
ほどなく、古波蔵泰造が出てきた。
「みんなよく来たね。荷物、こっちで預かるさ。大変ね。練習はかどってるば?」
「ぼちぼちですよ。まあ、あと半月やれば、人前には立てるんじゃないすか」
健介が答える。
「うんうん、その日、休み取ったさ。だから、俺も見に行こうね」
泰造が嬉しそうに高笑いする。
「バンドなんて、茉衣子から聞いたときは目ん玉飛び出たさ。うまくいったらCDでも売ったらいいさ」
「気、早すぎですよ」
千宥が苦笑した。
六人席に、奥側は窓側から美佳、千宥、雛灯、手前側は茉衣子、慎吾、健介の順に着席した。美佳以外はこのお店もまあまあ行きつけになってきたので、「いつものやつ」を注文する。来店がまだ二回目の美佳は、なんとなくあっさりしていそうな、沖縄そばを注文した。
くだんの店員が注文を取ったところで、慎吾が言う。
「おとといの時点で、だいぶ形にはなってきたよな。茉衣子と健介は多少ミスるけど」
健介が顔をしかめた。
「ここ二人が初心者なんだよ。……まあ、ひなちゃんもか」
「まあ、ひなは俺が見てやれるもんな」
ギター経験者の慎吾は、実家で雛灯を指導していたらしい。
「てかさ、なんで急にバンドやるのかとかも、俺、まともに聞いてないんだが」
健介が眉をひそめる。
「そうそう、私と美佳ちゃんも聞いてないよ。ひなちゃんと茉衣子ちゃんは知ってるんだよね?」
「ちゃんと知っておきたいわ」
千宥と美佳も要求した。
「あ? そうか。まあな。あんまり言いたくないんだが……。まあ、茉衣子も知ってることだし、うん。わかったよ」
慎吾が、ため息をつきつつ語り始めた。
【次回予告】
今回の「言い出しっぺ」、慎吾に何があったのか?
という感じです。たま~にある回想編でもあり、普通に今回の続きでもあります。お楽しみに。
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