第54話 THE高校生の夏休み
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:30~35%
AI文をベースに改稿:40~45%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:20~30%
はーい、すみませーん。今回も前回と同じぐらいAI使ってます。反省してまーす(国母感)。
7月の期末試験後から下旬の海水浴までの半月間を、48話から53話まで6話かけてお送りしてきたわけですが、ここで一気に一か月時間が飛びます。それはなぜか。まあ、この後すぐ説明いたします。
八月のアネックス久世は閑散としている。決して学生向けアパート、というわけではないのだが、十八部屋中五部屋が春若栄久高校の生徒であるし(もっとも、その大半に成人の同居人がいるのだが)、実は二、三部屋ほど高宮大学の学生もいる。となると、夏休みシーズンはどうしても賑わいがなくなってくるものなのだ。
樋口健介は、丁度お盆のシーズンに両親の実家である島本と笠木山に四日ずつ滞在した。姉・有希乃も何日か有休を取ったため、比較的いい感じの連休を過ごせた。
唯一父親と暮らす古波蔵茉衣子は八月頭からお盆まで半月も沖縄に帰省した。父・泰造はこのために夏休みと有休をがっつり取得したそうだ。
そして、彼女に合わせるかのように、彼氏の朝長慎吾とその双子の妹・雛灯も半月ほど実家に帰省した。
新宮領美佳に至っては海水浴の直後に東京に帰省し、八月二十日現在、未だに帰ってきていない。
残された杠千宥と妹の二生であるが、二生は帰省する方針としたが、千宥は帰省を拒否した。二生を通じて久々に父親と電話したが、結果、一歩も引かず、逃げ切った。二生は八月上旬から半月ほど帰省し、昨日戻ってきた。
チーム・アネックスと呼ばれる面々には上記の他に玉井絢那がいるが、彼女はアネックスには住んでいない。大家の根〆昭信の孫娘なのだ。ただ、普段しょっちゅう祖父に会いに来る分、彼女もお盆の途中ぐらいまで半月ほど、父方の祖父宅に滞在していた。県北の仙波市というところにある。
お盆の間も基本的にアネックスにいた千宥であったが、特にイベントもなく、薬代を稼ぐために同居人で従姉の田中丸鈴蘭のお店「リリーベル」でのバイトに明け暮れる日々だった。もっとも、お盆は、それすらも休みになり、ただ退屈な日々を過ごしていたわけだが。
ただ、LINEグループだけはそこそこの頻度で動いており、このところの一番のトレンドは、毎年八月第四土曜日に行われるという春若大花火だった。上記のチーアネメンバーは去年、当時春若にいなかった美佳と二生を除く全員が参加した。今年も茉衣子が音頭を取って、行く予定にしていたところだった。その日に実家の用事があるという美佳を除く全員の参加が見込まれていた。ちなみに、当然ながら茉衣子の姪の紗莱も参加予定だった。
誰もがそう思っていた矢先のことであった。
春若大花火を三日前に控えた水曜日のことである。突然グループにメッセージが到着した。
古波蔵茉衣子『悪い、じーちゃん死んだ。今日からまた沖縄帰るわ』
茉衣子は幼少期に自身の母親を亡くしている。祖父母は、父方祖父すなわち泰造の父を除き健在だった。泰造の実家はもちろん、亡き母の両親のもとにも毎回帰省していた。しかし、この度、母方の祖父が亡くなったという。実は今回、そんな祖父を見舞うため、例年より長めに沖縄に帰省していたというのだ。
古波蔵茉衣子『こんな急速に悪くなると思わんで、言い出しっぺなのにごめん!』
Shingo Tomonaga『それはしゃあねえ。行ってこい』
ともながひなひ『そうそう、残った私たちでどうにかするから』
杠千宥『気を付けてね。おじいちゃん、茉衣子ちゃんに会いたがってるよ』
以下、こんな感じで、一通りお悔やみLINEが来た。そして、茉衣子とサラの不参加が決定し、その後、チーアネで大花火に行く話そのものが、結果から言えば、ポシャった。
まず、動いたのが雛灯だった。
ともながひなひ『なんか急に推しの生配信入ったから家いるわ、ごめん』
同じく『ごめん』と書かれたスタンプまで来た。続いては玉井だった。
あやな『あやなはゆーくんと行くね!』
そして『Sorry』と書かれたスタンプ。要は彼氏の綾香雄人と行くことにしたわけだ。
この流れを見て、「茉衣子の求心力って、良くも悪くもすごいんだな」と苦笑していた健介のところに、今度は慎吾から個別でLINEが来た。
『雄人のやつ、玉ちゃんと行くみたいだが、俺ら、ナベと大上と行かねえ?』
いつもつるんでいる男子で行こうというのだ。健介もここまでくると断る理由もあまりないので、『OK』と返事した。その後、二人のキャンセルの連絡が慎吾経由で送られた。渡辺啓太郎と大上茂へは、慎吾から誘ってOKが出たらしい。
後日、茉衣子は「あたしがいなくなった途端、みんなブッチしやがって」とプリプリ怒っていたらしい。ただ、事の真相を話すと、先輩だらけで気を遣うであろうからと、唯一の一年生である二生が断りやすい環境を作るという、朝長兄妹の配慮だったという。玉井は配慮というよりも、単に「茉衣子ちゃんがいないなら、雄くんと行こう」という軽いノリだったらしい。
二生は当初、折を見て、彼女の友人である若杉果文としろここと城宏子を誘っていいか聞くつもりだったそうだ。しかし、この配慮のおかげで、無事に、『私は自分の友達と行きます』と連絡することができたのだった。
迎えた春若大花火の当日である。杠二生はワクワクしていた。友達と花火大会に行ける。友達との、ちょっと遅い時間までのお出かけ。それは、生来友達も少ないうえに、実家にいた頃は門限が厳しかった二生にとって、念願の「高校生の夏休みっぽいイベント」だった。
とはいえ、既に一か月前、若杉果文と海に遊びに行った。でも、その時は、アネックスに住む先輩たちと一緒だった。もちろん、チーム・アネックスの先輩たちにはよくしてもらっているし、入学当初は緊張したけど、今はみんな好きだ。
だけど、いつも仲良くしている同級生三人で遊びたかった。果文とは割と遊べているが、芸能活動に忙しい城宏子とはなかなか遊べない。寧ろ、この夏休み、仕事関係の方が忙しかったらしく、全然会えていなかったのだ。だけど、この貴重なオフの日を、二生たちと過ごすことを選んだのだ。
茉衣子が身内の不幸でキャンセルとなり、幸か不幸か、他の参加者もバタバタと抜けていった。
当初、果文と宏子の参加を先輩たちにおねだりするつもりだったが、その状態になってからは、三人で行くつもりだった。しかし、そうはならなかった。結局、前述のLINEで唯一態度保留になっていた兄(もしくは姉)の千宥を連れていくことになったからだ。
千宥は、行くつもりだったけど、みんながキャンセルして困っていた。だから、二人に了承を得て、四人で行くことにしたのだ。二人の快諾はとてもありがたかった。そして、家族なので、普通の先輩ほど気を使わなくて済む。二人がどう思っているかはわかりかねるが、少なくとも二生にとって、この布陣はかなり「私得」だった。
二生は、去年も参加した千宥の案内で、121番系統・城が崎行きのバスで会場最寄りの前浜まで乗り付けた。乗車した栄久高校下の二つ先の大門バス停で果文が乗り込んできた。出発に際して、二生が三人のLINEグループに連絡を入れたところ、タイミングを見計らったようなのだ。
「おーっす!」
中央のドアから乗り込んできた果文が、二生たちを見つけて片手を上げた。
「果文ちゃん!」
二生も嬉しそうに手を振る。
「千宥先輩も、乙です」
果文は、千宥にも会釈する。
「ごめんね。一年トリオのイベントなのに私もお邪魔しちゃって」
「いや、全然いいんです。ほんとは、チーアネと一緒に誘ってくれるつもりだったみたいなんですけど、茉衣子ちゃん、大変ですね」
古波蔵家の不幸のことは、果文も聞いたらしい。
「でも、茉衣子ちゃんがいなくなったら、みんなキャンセルしたんですね」
「……推し活のひなちゃんはさておき、みんなチーアネ以外にもお友達とかがいるから。玉ちゃんも雄人くんに取られたからなあ」
千宥が苦笑する。
「先輩、玉ちゃん先輩の彼氏さんも、昔のお友達なんですよね。三人で行けばよかったんじゃ?」
果文が冷やかす。
「そ、そんな、入れないよ……! まあ、茉衣子ちゃんはほんとに残念だけど……、去年はワチャワチャしすぎてたから、四人ぐらいがちょうどいいのかも」
千宥が苦笑しつつコメントする。去年、総勢七名で参加して、なにげに大変だったことを覚えているのだ。その理由の四割ぐらいは当時、茉衣子と慎吾が不仲だったことにあるのだが、そのことはあえて触れない。
果文は千宥の前の空いている席に腰を下ろした。大門から前浜までは、それほど長い距離ではない。既に車内には浴衣姿の客もちらほら見えており、普段とは違う雰囲気になっていた。
「しろちゃんは?」
二生が尋ねた。
「現地集合。親に送ってもらうって」
「今日も仕事だったの?」
「いや、なんか午前中までレッスンだったとか言ってた」
「レッスンかあ」
宏子は、最近、事務所で「レッスン」を受けている、とよく聞いていた。夏休みもそうだったらしい。
なにせ、一介のローカルタレントとしてのテレビやCMの仕事はたかが知れている。それよりも、今後の活躍を見据えたトレーニングに余念がないのだろう。二生はそう解釈していた。
「最近ずっとそんなんだよねえ。でもさ、何のレッスン?って聞いても教えてくれないのよ」
「まあ、色々あるんだろうね」
二生は苦笑した。二生も身内にタレントがいるため、身内にすら明かさないことがあるのは知っている。
「この前も遊ぼうって言ったら、『その日レッスン』って言われたし」
果文がぼやく。
「大変だねえ」
「本人は結構楽しそうだけどね」
果文はそう言って肩をすくめた。
やがてバスは前浜へ到着した。普段ならそれほど人の多くないバス停だが、この日ばかりは降りる客が多い。三人も流れに従ってバスを降りた。
会場となる春若港の広場まではここから歩いて五分ほどである。周囲には同じ方向へ向かう人の流れができており、屋台から漂ってくる匂いも既に感じられた。
「しろこ、まだかな」
果文がスマートフォンを取り出した。
「あ、今着いたって」
「どこ?」
二生が首をかしげる。
「えーっと……」
三人が辺りを見回したところで、道路脇に一台の黒いレクサスが停車した。
「あれ」
果文が指差す。後部座席のドアが開き、城宏子が降りてきた。
「しろちゃん!」
二生が大きく手を振る。
宏子はこちらに気づくと、ぱっと笑顔になった。
「二生ちゃん! 久しぶり!」
車内へ一度振り返り、何か言葉を交わしてからドアを閉める。車はそのままゆっくりと走り去っていった。
「ほんと、久しぶりだね」
「ねー。この夏ぜんっぜん会えてない」
「忙しかったんでしょ?」
「まあねえ。でも仕事っていうより、ほとんどレッスン」
「みたいだね。果文ちゃんから聞いたよ」
「余計なこと言ってないでしょうね」
宏子が果文をにらむ。
「レッスン漬けだったって」
「漬けって言うな」
宏子が果文の肩を軽く叩いた。
「しろちゃん、久しぶり」
千宥が三人の輪に加わる。
「千宥先輩! ご無沙汰です」
「忙しかったんでしょ。二生とか果文ちゃんに聞いたよ。ありがとうね」
「大丈夫です! こういうの、大事にしていきたいんです。ほんとに。私も、高校生したいんですよ」
特に後半のセリフは、三人に聞こえるような声量だった。
「今日はもう、オフですから」
ここまで声のトーンを押さえていたが――
「今日は、遊ぶ!」
妙に力強い宣言だった。
二生はちょっと申し訳なくなった。
「そんな貴重なお休みに、私たちでよかったの?」
「何言ってんの」
睨むように言う宏子に、二生はきょとんとした顔をした。
「私は今、こういうイベントを友達と過ごすのを、買ってでもしたいの」
宏子がしみじみと言う。
「……そっか」
「そ。花火見たかったし」
それだけのことのように言う。二生はなんとなく嬉しくなった。
「で」
宏子はそこで千宥の方を見た。
「今日は千宥先輩も一緒なんですね」
「うん。お邪魔します」
「なんでそんな他人行儀なんですか」
宏子は笑いながら言う。
「いや、一年生三人で行くところに混ざっちゃったかなって」
「全然いいですよ」
宏子が即答する。果文も頷いた。
「むしろ人数多い方が楽しいですし」
こうして四人が揃った。会場へ向かう道は、近づくにつれてさらに賑やかになっていった。
焼きそば、たこ焼き、唐揚げ、フライドポテト。少し先にはかき氷やりんご飴の看板も見える。
二生は辺りを見回すだけで楽しかった。
友達と花火大会。しかも、まだ日が完全には沈んでいないとはいえ、普段なら実家ではそろそろ帰宅時間を気にし始めていた時刻である。今日は違う。
「何食べる?」
果文が聞いた。
「えっ、もう食べるの?」
二生が驚く。
「祭りに来て食べないで何すんの」
「花火を見るんじゃないの?」
「そこまでどうするかでしょ」
当然でしょ、とばかりに果文。
「果文、絶対食べ物が目的でしょ」
宏子が口を挟む。
「失礼な。半分ぐらいだよ」
「十分ウエイト大きいよ」
宏子が笑った。
「私はまずなんか飲みたい。この時間でも暑いんだもんね」
宏子が手で顔を扇ぎながら言う。
「私、かき氷食べたい!」
果文が手を挙げて言う。
「いきなり? でも、確かに暑いから欲しいかも」
二生は自分でも少し浮かれている自覚があった。
でも、それでよかった。隣には果文がいて、久しぶりに会えた宏子がいて、千宥もいる。
一か月前の海水浴も楽しかった。けれど、これは少し違う。自分の友達と、自分で約束して、少し遅い時間まで遊ぶ。そんな当たり前のことが、二生にとっては、まだ特別だった。
結局、最初に立ち寄ったのはかき氷の屋台だった。
「何味にする?」
「私、ブルーハワイ」
果文が即答する。
「舌青くなるよ」
「祭りの時ぐらいいいじゃん」
「じゃあ、私はいちご」
二生も注文する。千宥はレモン、宏子は少し迷った末に宇治金時を選んだ。
「しろちゃん、渋いね」
二生が目を丸くする。
「いいじゃん。好きなの」
「なんか、大人っぽい」
四人は屋台脇の少し空いたところに寄り、それぞれかき氷を口に運ぶ。
「つめたっ!」
二生が思わず声を上げた。
「かき氷なんだから当たり前でしょ」
果文が笑う。そうも言いながら、自分もハイペースで食べる。そして――
「……っ! ん゛~~~!」
頭を押さえて悶え始めた。
「お約束……」
千宥が苦笑する。
「果文、わざとでしょ。体張るなあ」
一番果文を熟知する宏子がコメントする。
夕方とはいえ、八月下旬の高宮はまだ暑い。日中ほどではないものの、会場には熱気が残っていた。加えてこの人出である。冷たいものがちょうどよかった。
かき氷がある程度減ったところで、四人は歩き始めた。間もなく、果文は今度は唐揚げの屋台に目を奪われた。
「……あれ、おいしそう」
「まだかき氷食べてるじゃん!」
宏子が突っ込む。
「甘いもの食べたら、しょっぱいもの欲しくなるでしょ?」
「理屈としては分かるけど早いよ」
「まあ、食べ物目的は半分って言ってたもんね?」
千宥まで加勢する。
「そうなんですよ、先輩! 今日は私、食べる日なんです」
そう力説すると、屋台まで駆けていった。
「いいなあ、好きなだけ食べられる人は」
宏子がそう小声でぼやいたのが聞こえて、二生はとっさに振り向いたが、直後、聞こえていないことにした。
果文は唐揚げを三人前購入した。
「四頼んでもよかったんだけどね。別に、残ったら私が食べてたし」
「果文ちゃん、最近、本当に茉衣子さんみたい」
小食な二生は、このところ茉衣子からよく「食え」と言われているのを思い出した。こういうところでも、「茉衣子の妹」感を感じるのだ。
果文は唐揚げを宏子に差し出す。
「はい、しろこの。全然食べないわけにもいかないでしょ。いらなくなったら私が食べるよ。もしくは二生にあげて」
「あ、ありがと……」
少し困惑したような表情を見せて、宏子は唐揚げを一つつまんだ。
唐揚げを食べている間にも、会場へ向かう人波はどんどん増えている。二生は時折、無意識にスマートフォンの時刻を確認していた。まだ帰らなくていい。頭では分かっているのに、実家にいた頃の癖が抜けない。
この時間に外にいるというだけで、少しそわそわする。それなのに、今日は誰からも「何時に帰るの」と言われない。もちろん、姉――千宥は隣にいるし、鈴蘭にも花火大会に行くことは伝えてある。だからこそ、不思議なほど自由だった。
「二生ちゃん、なんでさっきから時間見てんの?」
宏子に気づかれた。
「えっ?」
「もう三回ぐらい見てるよ」
「そんなに?」
「見てる見てる」
果文も頷く。二生は少し恥ずかしくなった。
「いや、その……。実家だと、こういう時間まで友達と出かけること、ほとんどなかったから」
「ああ」
宏子が納得したように頷いた。
「門限厳しかったって言ってたもんね」
「うん。だから、なんか落ち着かなくて」
「じゃあ今日は気にしなくていいじゃん」
果文があっさり言った。
「せっかく来たんだし。千宥先輩もいるんだし」
「……そうだね」
二生も笑った。
そうだった。今日は花火を見るまで帰らなくていい。そう思うだけで、また少し気分が浮き立った。四人はそのまま会場の中を歩いた。
途中、射的の屋台を見つけた果文が立ち止まり、今度は食べ物ではないからセーフだと言い張ったり、千宥が金魚すくいを眺めて「これ持って帰っても飼えないよね」と現実的なことを言ったり、宏子がりんご飴を見て「写真だけ撮りたい」とスマートフォンを構えたりした。
そんな、ごく普通の祭りの時間だった。その時であった。
「あの……」
背後から、控えめな声がした。
四人が振り返る。中学生ぐらいだろうか。浴衣姿の女の子が二人、少し離れたところに立っていた。視線は明らかに宏子へ向けられている。
「あの、城宮ひろこちゃんですよね?」
一瞬だけ、宏子の表情が止まった。ほんの一瞬だった。すぐに、先ほどまでと変わらない笑顔になる。
「はい、そうです」
「やっぱり!」
二人の顔がぱっと明るくなった。
「いつもテレビ見てます!」
「ありがとうございます」
「写真って、いいですか?」
「もちろん」
宏子は慣れた様子で二人の隣に並んだ。二生たちは少し離れて待つ。スマートフォンを渡された果文が、当然のように撮影役を引き受けた。
「はい、撮るよー」
数枚撮り終えると、二人は何度も頭を下げながら去っていった。
「ありがとうございました!」
「はい。応援ありがとうね。これからもよろしく」
宏子も手を振る。二人が人混みへ消えていったところで、果文が言った。
「早速バレたね」
「まあ、こういう人多いところだとね」
宏子は特に気にした様子もなく答えた。
「よくあるの?」
二生が聞く。
「んー、時々かな。高宮だとまあまあ」
「へえ……」
二生は改めて宏子の顔を見る。
学校で会えば、果文とくだらないことで言い合っている普通の同級生だ。今だって、ほんの少し前まで、宇治金時を食べながら果文をからかっていた。
でも、知らない人から見れば、この子は春若栄久高校一年生の城宏子ではない。テレビに出ている、城宮ひろこなのだ。
「何?」
宏子が二生の視線に気づいた。
「いや……、しろちゃんって、やっぱり芸能人なんだなって」
「そ、そうかなあ。私、そんなタレント風吹かせてるかなあ」
「頑張って普通の子になってるけど、でも、知名度が上回ってる感じ」
「そ、そうか……」
二生の返事を聞き、宏子は少しだけ声を落とした。
「今日ばかりはプライベート、って言いたいんだけど、周りの人はそうしてくれないんだよなあ」
それから、すぐにいつもの調子へ戻る。
「というわけで、次どこ行く?」
「わたがし。もしくはチュロス」
「まだ食べるの?」
果文の即答に、また笑い声が上がった。
結局、果文はチュロスを選んだ。
「わたがしは持ち歩くの邪魔だから、後」
「まだ食べる気なんだ……」
二生が呆れる。
「だって祭りだよ?」
果文にとっては、それだけで全ての理由になるらしい。
宏子は唐揚げを三つ食べたところで箸を止め、さりげなく二生へ容器を差し出した。
「もういいの?」
「うん」
「ありがと」
二生は千宥と一人前を分け合っていたため、ありがたくいただく。果文があれだけ食べているので、自分もちょっとは食べてみようという気になったのだ。
「プライベート、って言いたいんだけど、周りの人はそうしてくれないんだよなあ」――二生は、先ほど宏子が呟いた言葉を思い出した。しかし、やはり何も聞かなかった。芸能人なら、そういうこともあるのだろう。その程度の認識だった。
四人は人混みを避けつつ、会場の奥へと進んでいく。花火の打ち上げまではまだしばらく時間がある。それでも場所取りを始めている人は多く、レジャーシートの列が少しずつ広がっていた。ベンチやパイプ椅子も設置されているが、占有率がかなり上がってきているようだった。
「そういえば、見る場所どうする?」
二生が尋ねる。
「去年どこで見たんですか?」
果文が千宥を見る。果文は地元民だが、中学三年だったので、親に出してもらえなかったのだ。
「この先。結構いい場所だったよ。でも去年は人数多かったから、場所取るのも大変だった」
「七人でしたっけ」
「そっ。大人数でね」
「今年四人なら余裕ですね」
「去年は人間関係の方も大変だったけどね……」
千宥がぼそりと言った。
「え?」
「なんでもない」
去年の今頃は、茉衣子と慎吾が妙な空気になっていた。今となっては、本人たちにとっても笑い話なのだろう。つい口走りかけたが、わざわざ一年生たちへ蒸し返す必要もない。
「あっ」
その時、二生が足を止めた。
少し先に見覚えのある小柄な少女がいた。
「玉井さん!」
「あっ、二生ちゃん!」
玉井絢那もすぐにこちらへ気づき、大きく手を振った。
千宥は、玉井が綿菓子を片手に持っていることに気づいた。――念願叶ったね。千宥は内心笑った。
そして、その隣には、もちろん綾香雄人がいる。
「やっほー!」
玉井は人混みを縫うようにこちらへ近づいてきた。
「ほんとに果文ちゃんたちと来たんだね!」
「はい。あの、姉もいます」
少し恥ずかしそうに姉を指す。
「ほんとだ、千宥ちゃんもいるんだ!」
「いるよ。こんばんは。玉ちゃん、雄人くん」
千宥が笑う。
「やあ、千宥さん。わあ、妹さんだよね」
「こんばんは」
嬉しそうにしゃべりかける綾香雄人。二生が会釈すると、雄人はさらに続けた。
「それにね、お友達もいて、……あ!!」
雄人は、宏子を見た瞬間、つい大きな声が出てしまった。とっさに口を押えて、小声で改めて口を開く。
「ほんとに、城宮ひろこさんと仲良しなんだ」
「はじめまして」
宏子が会釈する。
「ああ、どうも。綾香雄人です。どうもどうも」
動揺して語彙力が不足してきている。そして、今度は果文に向き直る。
「君も、妹さんのお友達なんだよね。千宥さんとも仲いいの?」
「あ、若杉果文です。はい、千宥先輩にはよくしてもらってます」
律儀に果文にも声をかける雄人に、果文は苦笑気味だ。
千宥は、この「しろこに釘付け」になりがちな状況で、宏子だけでなく果文にも均等に絡む雄人の律義さに目を丸くしていた。そして、どこぞのチャラ男が去年、茉衣子をおろそかにして自分に夢中だったことを思い出して、苦笑する。今度は自分も雄人と話すことにした。
「雄人くん、ちゃんと玉ちゃんエスコートしてる?」
「してるさ! 僕を誰だと思ってるんだい」
「今でも、二人が付き合ってるのが、まだ不思議すぎて」
「いい加減慣れなよ!」
ふと千宥は思ったが、自分がこれだけ「いじれる」人は、もしかすると雄人ぐらいなのかもしれない。
玉井が横で笑っている。
「先輩は二人でなんですね」
果文が聞く。
「うん!」
玉井は満面の笑みで答えた。
「今日はデート!」
「堂々と言うなあ」
雄人が若干照れたように頭をかく。
「いいじゃん、本当なんだから」
「まあそうだけど」
そんな二人を見ながら、果文が小声で二生へ囁いた。
「仲いいねえ」
「ね」
その時、玉井の視線が宏子へ向いた。
「あ、しろこちゃんも久しぶり!」
「玉ちゃん先輩、お久しぶりです」
「最近全然見なかったね」
「ちょっと忙しくて」
実は、春に知り合ってから、家が近所であることが判明し、それ以降はちょくちょく会うことがあったようなのである。
「そっかあ。今日会えてよかった!」
それだけだった。
つい数分前、見知らぬ少女たちから「城宮ひろこちゃんですよね」と声を掛けられた宏子が、ここではただの「しろこちゃん」である。
二生は、その違いを少しだけ面白く感じた。
「二生ちゃんたち、もう場所決めた?」
「まだです」
「じゃあ早くした方がいいよ。いいところ、結構埋まってきてる」
「玉井さんは?」
「あっち!」
玉井が指差す。
「雄くんが取ってくれた!」
「いや、二人分ぐらいなら普通に」
「さすが彼氏!」
「だからいちいち言わなくていいって」
玉井に腕にしがみつかれ、雄人が苦笑する。
「じゃ、絢那たち、戻るね」
「はい!」
「じゃあねー!」
玉井は元気よく手を振り、雄人と並んで戻っていった。
「なんかいいね」
二生は二人の背中を見送りつつつぶやく。
「何が?」
果文が聞く。
「いや、ああいうの」
「彼氏?」
「ち、違う! 花火大会でデートっていうのが!」
「同じじゃん」
「違うもん!」
赤面して否定する二生に、果文がニヤニヤする。
「二生も彼氏作れば?」
「いらない!」
「即答」
「果文ちゃんこそ!」
「私はいい」
「なんで私だけ!」
二人が言い合い始める横で、千宥と宏子が顔を見合わせた。
「若いねえ」
千宥がしみじみと言う。
「千宥先輩も一個しか違わないじゃないですか」
「それを言われると何も言えないなあ」
「先輩は、美佳先輩とは行かなかったんですね」
果文が更に突っ込む。
「美佳ちゃんは、忙しい子だから。それに、別にそういうことをする仲じゃなし」
千宥としては、一度は否定しておかなければ気が済まないところであった。ただ、目はかなり泳いでいる。
結局、果文はそれから焼きそば、フランクフルト、フライドポテトを購入した。水筒にお茶を持ってきていたが、それとは別にラムネも購入した。
二生と千宥は茉衣子に勝るとも劣らぬ胃袋に目を丸くするばかりだった。宏子は慣れているのか、あきれるばかりだった。
そんな宏子はその後も何度か、周りの人から呼び止められ、握手や写真、サインなどをねだられた。
「しろちゃん、やっぱり忙しいね」
「あはは……。まあ、まだ二生ちゃんたちと遊べてるから大丈夫だよ」
男子大学生五名ほどの集団との写真撮影に応じた直後、二生と宏子がそんな話をしていた時だった。
「あれ、二生ちゃんじゃね?」
今度は後ろから、聞き覚えのある男子の声が飛んできた。
振り返ると、そこには樋口健介、朝長慎吾、渡辺啓太郎、大上茂の四人がいた。
「やっぱり会ったな」
「あ、慎吾さん……」
声を掛けてきたのは慎吾だった。
「果文ちゃんにしろこちゃんも、よっす」
「こんばんは、慎吾先輩」
「こんばんは」
二人も会釈する。ちなみに、馴れ馴れしくしゃべりかけてきた慎吾だが、果文はともかく宏子との面識はあまりない。茉衣子の彼氏として間接的に知ってはいるが。
「ほんとに男子会になったんだね」
今度は千宥がしゃべりかける。
「ああ、せやで。雄人のやつは裏切りよったけどな。さっきすれ違ってんけど」
「……二人で過ごさせてあげよう?」
渡辺の回答に、千宥が苦笑する。
「まあ、ええねんけど、杠さんも、雄人に玉井さんを取られたクチやろ?」
それはそうだけど、とは言わない。
「まあ、こいつを茉衣子に取られへんかったから、俺らが呼ばれたんやろけどな」
「あ? 俺の話をしてる?」
慎吾が割り込んできた。おそらく、この三人での会話が続くようだ。
健介は、それを横目にしつつ、二生に話しかけることにした。
「二生ちゃん、楽しそうだな。若杉の奴、爆食いしてないか?」
「あ、はい、えーと……」
健介も果文との付き合いは長い。確かによく食べているし、これからも買うつもりらしい。
「健ちゃん、私のこと、なんだと思ってんの!」
「二生ちゃんの困り方が図星だろ」
果文が抗議するが、もうバレバレである。そして、健介はふと宏子が目に入る。それに気づいた宏子が声をかける。
「こんばんは。ご無沙汰してます、健介先輩」
「え?! ああ、久しぶり」
健介の声が裏返る。以前は「樋口先輩」だったが、急に下の名前で呼ばれたからだ。宏子からすれば、二生や果文、それに茉衣子あたりからも名前で呼ばれているため、宏子の中でも「健介」の印象が強まってきたところだったのだ。
健介は動揺しつつも呼吸を整えて言う。
「楽しい? 若杉が困らせてない? 杠家は大丈夫だと思うけど」
「ちょっと、健ちゃん!」
果文をいじるぐらいには回復したようだ。果文の抗議を横目に宏子が続ける。
「大丈夫ですよ。ていうか、果文の扱いは、私の方が慣れてるぐらいなんで」
「なんか、周りに声かけられたりしない?」
「……多少は」
宏子が苦笑する。
「無理すんなよ。……若杉、お前が『事務所を通してください!』とかいうところなんじゃないのか?」
漫画でよくある、芸能人の同級生が取りがちなテンプレ的ムーブである。
「そんなんできないよ。健ちゃんがしてくれたっていいんだよ? こっち来たら、美女と花火大会できるんだよ?」
「……いい。他の三人にぶっ殺される」
健介が目をそらした。その時だった。
「おーい、君らも、席取ったがいいんじゃない?立ち見になっちゃうよ」
慎吾が一年生トリオに向けて促した。
「あ、そうですね。ありがとうございます、先輩」
宏子がお辞儀する。
そして、ほどなく、男子組と一年生プラス千宥は解散した。
男子は慎吾と渡辺が千宥と、健介が一年生たちとトークしていた。大上だけは横で見ているだけだった。無理もない。健介など目ではない、根っからのコミュ障なのだ。
「健介」
大上が声をかける。……こいつ、自分が輪に入れなかったから恨み節でも言うのか? 健介は少しだけ身構えた。
「なんだよ」
「あの、背が低い子、お前の知り合いか?」
「ああ、若杉果文。久世小から一緒なんだよ。それが千宥妹と友達になってな。……それが何か?」
「……いや、なんでもない」
大上はこの件に関して、以後何も言わなかった。――若杉に興味を持ったのか? 健介は首をかしげると同時に、妙に納得もした。
こいつのタイプ、ブレないな。
四人娘は男子の話題をしていた。
「健ちゃんと慎吾先輩のお友達?」
「だと思う」
果文の問いに、二生が首を傾げつつ肯定する。何度か「なべや」で食事をしたため、渡辺のことはなんとなく知っているが。しかし、大上は、目立つ外見ゆえ見た目は覚えているが、名前すら知らない。
「あの大きい先輩、松学だよね」
今度は宏子が口を挟む。果文と宏子は松が丘学園中学校出身であり、松学のひとつ上、当時すでに身長190cm近かった大上は、話したことなくても「目立つ先輩」であったのだ。
「そうそう、健ちゃんのお友達なのは知ってるんだけど、私も話したことなくて」
「大上くんでしょ。あと、大阪弁の子は渡辺くん。二人とも健ちゃんたちのお友達だよ。いい子だよ」
二人と面識がある千宥がコメントする。
「そうなんですね。なんていうか、喋ったことないけど、怖そうな人だなって。お話もしようとしないし」
「シャイなの、大上くんは。特に女の子にはね。慣れたらお話ししてもらえるんじゃない?」
千宥が苦笑する。
「そ、そうかなあ」
そう言いつつも、現時点で大上と積極的にかかわる気にもなれず困惑する果文であった。
「……で、そろそろ本当に場所探さないと」
宏子が周囲を見回す。
「せっかくここまで来て、立って見ることになったら嫌だよ」
「それは困る」
果文もようやく意識を切り替えた。
千宥が去年の記憶を頼りに先頭を歩き、四人は会場である広場のさらに奥へ向かった。
「この辺だったと思うんだけど……」
去年と同じ場所は、既にかなり埋まっていた。
家族連れがレジャーシートを広げ、若者のグループがパイプ椅子を確保し、川沿いのベンチにもほとんど空きがない。
「あー、やっぱり遅かったかな」
「四人ならどっか入れるんじゃない?」
果文が辺りを見回す。
「あっ」
二生が指を差した。
少し離れた芝生の一角に、四人が並んで座るには十分そうな隙間が残っている。
「あそこは?」
「いいんじゃない?」
宏子が頷く。近くまで行ってみると、花火が上がる方向にも大きな障害物はない。去年ほど正面ではないものの、十分に見やすそうだった。
「ここにしよっか」
「賛成」
四人は場所を確保した。
「ねえ、シートは?」
宏子が首をかしげる。
「誰か持ってると思ってた」
果文が言った。
「なんで人任せなの」
宏子が呆れる。
「あ、持ってきたよ」
千宥が手提げカバンからレジャーシートを取り出した。
「わあ、先輩、神!」
「すみません、私たちも気づいてなくて」
「去年も混んでたから、ベンチ取れないかもって思ってたんだ」
千宥が取り出したシートを一年生三人で敷き、二生が先に腰を下ろす。他の三人も順次腰を下ろす。四人並んでみると、思ったよりも居心地がいい。
まだ空は明るさを残している。花火の開始まではもう少しある。
「なんか買い足してくる?」
果文が早速言った。
「まだ食べるんだ……」
二生が苦笑する。
「わたがし買わないと」
「義務じゃないんだから」
「いいじゃん! じゃあ行ってくる」
立ち上がりかけた果文の袖を、宏子が掴んだ。
「待って。私も飲み物欲しい」
「私も」
二生も手を挙げる。
「じゃ、私ここにいるよ。場所取っとく」
千宥が言った。
「荷物も見てるし」
「ありがとうございます」
「じゃあ三人で――」
そこまで言って、宏子が一瞬動きを止めた。
少し離れた通路を歩いていた女性が、こちらを振り返っている。目が合った。女性は隣の連れに何かを囁き、もう一度宏子を見る。
「あ……」
宏子が小さく漏らした。
「気づかれた?」
果文が尋ねる。
「たぶん」
宏子は苦笑した。案の定、二人組はこちらへ近づいてきた。
二生は、今日何度目かも忘れたが、またやってきたこの光景を見ながら思った。
宏子が言った通りなのだ。今日は仕事ではない。でも、それを決めるのは宏子だけではないらしい。
二人組への対応を終え、三人は改めて屋台へ向かった。
果文は宣言通りわたがしを購入した。二生と宏子は飲み物を手に入れ、千宥の待つ場所へ戻ろうとする。
「果文ちゃん、買ったやつ、全部食べるの?」
「食べるよ?」
その回答に二生が呆れていると、前を歩いていた宏子が急に足を止めた。
「あ」
「どうしたの?」
「先生」
宏子の視線の先に、女性三人組がいた。一部を除き、とても見覚えがあった。大きい女性は明らかに養護教諭の泉麻里花先生だし、一際小柄な女性は、いつものお団子頭ではなく少々分かりにくいが、三人の担任の北御門結唯先生だろう。あと一人は誰だろう? 宏子が首をかしげる。
向こうもほぼ同時にこちらへ気づいたらしい。
「あれ?」
真っ先に声を上げたのは、三人のうち一番背の低い女性だった。
「杠さん、若杉さん、城さん?」
「ゆい先生!」
二生、果文、宏子の声がほぼ揃った。
「やっぱり。三人一緒だったんだ」
「こんばんは、先生」
二生がぺこりと頭を下げる。
「こんばんは。なんか、学校の外で先生見ると変な感じ」
果文が笑う。
「先生だって学校の外ぐらい出歩きます」
「知ってますよ」
「城さんも久しぶり。お仕事忙しい?」
「ぼちぼちです。二学期以降、ちょっとお休みとかも増えるかもしれません」
「大変だね」
ごく普通の担任と生徒の会話だった。
その隣で泉も嬉しそうに手を振る。
「二生ちゃん、こんばんは。果文ちゃんもしろこちゃんも」
「こんばんは」
「泉先生も来てたんですね」
「もちろんよ。私、毎年楽しみにしてるのー」
果文の問いに、泉はおっとりながらも自信満々に答えた。
そこで、最後の一人――樋口有希乃が、二生の隣に立つ果文と宏子を交互に見た。
「二生ちゃん、友達と来たんだね。うわ、ほんとにしろこちゃんだ。うわ、握手して!」
「ど、どうも……」
有希乃が両手を差し出し、宏子が苦笑いで応じる。
「若杉果文です。こんばんは。あの、もしかして、健ちゃんのお姉さんですか?」
横から果文が声をかける。
「お、そうだよ。健介のこと、知ってるん?」
「久世小の一個下なんです。あと、茉衣子ちゃんから、先生たちと仲良しだって聞いてて」
「そっかあ。あたしとも仲良くしてよ」
今度は果文とも握手を交わす。
「よ、よろしくお願いします」
「二生ちゃんはゆいちゃんが担任持ってるって聞いたけど、二人もなん?」
「はい」
「そうです」
有希乃の問いかけに、二人が肯定する。
「ゆいちゃん、言ってよお。めっちゃ大スター受け持ってるじゃん」
宏子を指して言う。
「ダメ、守秘義務だよ」
ゆいは両手で×を作る。
「真面目だなあ、相変わらず」
有希乃は苦笑するしかなかった。
「それにしても、先生たち三人で来たんですね」
二生が尋ねる。
「去年も三人で来たからね」
泉が答える。
「でも先生、いいんですか? 生徒がこんな時間まで遊んでて」
果文がからかうように言う。
「花火大会の日ぐらいいいよ。ちゃんと帰るなら」
今度はゆいが言う。
「先生公認!」
「ただし、羽目外しすぎないこと」
「はーい」
果文がやけに良い返事をする。
「特に若杉さん」
「なんで私なんですか!」
「この面子だと、一番心配でしょ。古波蔵さんの妹だし」
いつの間にかそのキャラは、教員の間でも知られているらしい。
「じゃあ、私たちも戻ろっか。そろそろ始まるし」
有希乃が時計を見る。
「あ、ほんとだ」
二生もスマートフォンを確認する。
打ち上げ開始まで、もう十分ほどしかない。
「じゃあね、みんな。気をつけて帰ってね」
「はーい」
「先生も」
「私は大人です」
ゆいがむっとしながら言って、泉と有希乃が笑う。
三人はそのまま人混みの中へ消えていった。
「先生、外でも先生だったね」
果文が言う。
「でも、ちょっといつもより緩かった」
二生が笑う。
「そりゃ花火大会だもん。先生たちも楽しいよ」
宏子も機嫌よく言った。
三人がシートへ戻ると、千宥は荷物を傍らに置いて、空を眺めていた。
「遅かったね」
「先生たちに会ったの」
二生が報告した。
「先生?」
「ゆい先生と泉先生。あと、有希乃さんも」
「ああ、今年も来てたんだ」
千宥が納得したように頷く。
「去年も三人で来てたよ」
「やっぱりそうなんですね」
千宥の証言に、果文は笑った。
四人は再びシートに腰を下ろした。空は、先ほどよりもずっと暗くなっていた。川面にも周囲の明かりが映り込み、会場を埋め尽くす人々の声が大きなざわめきとなっている。
ほどなくして、場内アナウンスが流れた。
『まもなく、春若大花火を開始いたします――』
「おお」
果文が食べる手を止めた。
「いよいよだ」
二生も自然と姿勢を正す。
宏子は飲み物を傍らに置き、空を見上げた。
少し前まで、通りを歩けば誰かの視線を感じた。何度も振り返られた。何度も声を掛けられた。そのたびに笑って、写真を撮って、礼を言った。
別に嫌ではない。応援してもらえるのは嬉しい。
それでも――今日は、友達と花火を見に来たのだ。
会場の照明が少し落とされた。ざわめきが、ゆっくりと静まっていく。そして。
ひゅるるるる――。
夜空へ、一筋の光が駆け上がった。
ドンッ!
大きな音とともに、色鮮やかな花が開く。
「わあっ!」
二生が思わず声を上げた。果文も、千宥も、周囲にいる何百、何千という人も、一斉に空を見上げる。
宏子も同じように上を向いた。
二発目、三発目と次々上がっていく。
「きれい……」
ぽつりと呟いてから、宏子はふと周囲を見た。
誰も、自分を見ていなかった。さっきまで「あの子、城宮ひろこじゃない?」と視線を向けていた人たちも。写真を頼んできた人たちも。今はみんな、夜空を見ている。
宏子は少しだけ笑った。
「花火って、いいね」
「ん?」
二生が宏子を見る。宏子は空を見たまま続けた。
「みんな、上見てるから」
「……え?」
「なんでもない」
また一発、大きな花火が開いた。宏子の横顔も、その光に一瞬だけ照らされた。
花火は、その後も途切れることなく夜空を彩り続けた。
赤、青、緑、金。一発上がるたびに、周囲から歓声が上がる。
「おおー!」
果文も、先ほどまで食べ物を手放さなかった人間とは思えないほど夢中になっている。
「果文ちゃん、食べるの止まったね」
二生が笑う。
「今食べたら見逃すじゃん」
「そこはちゃんとしてるんだ」
「私をなんだと思ってんの」
「食いしん坊」
「否定できない」
四人が笑う。
しばらくして、場内アナウンスが、いよいよ花火大会が終盤に入ったことを告げた。
連続して何本もの光が打ち上がる。それまで一発一発だった夜空が、急に忙しくなった。
「すごい……」
二生は言葉を失った。大きな花火が一つ開いたかと思えば、その下からまた別の色が広がる。右からも、左からも上がる。
そして最後に、ひときわ大きな一発が夜空いっぱいに広がった。
ドォン――。
腹の底まで響くような音。少し遅れて、大きな拍手が会場を包んだ。
「終わったあ」
果文が息を吐く。
「すごかったね」
二生はまだ空を見上げていた。
「去年もよかったけど、今年もよかったなあ」
千宥も満足そうだった。
「しろちゃんは?」
二生が横を見る。宏子も、まだ夜空を眺めていた。
「うん」
そして、小さく笑う。
「来てよかった」
それは、今日宏子が何度も口にしていた「楽しい」とは、少し違う声だった。
四人はしばらくその場に残っていた。すぐに動けば人混みに巻き込まれる。周囲が少し空いてから帰ろうという千宥の提案だった。
「そうだ」
宏子がスマートフォンを取り出した。
「写真撮ろうよ」
「撮る!」
二生が即答する。
「四人で?」
「四人で」
近くにいた親子連れに頼み、四人は並んだ。千宥、二生、果文、宏子。
「はい、撮りますよー」
「お願いします!」
四人が笑顔を作る。
パシャリ。
撮ってもらった写真を確認すると、宏子が満足そうに頷いた。お礼に、この家族連れと宏子の写真もねだられたので、応じた。
「ねえ、写真どんな感じ?」
「私も欲しい」
手早くグループを組んだ宏子から、写真が送られてきた。そして、改めて撮ったばかりの写真を見る。
友達と花火大会に来た。屋台を回った。暗くなるまで外にいた。花火を見た。写真を撮った。
どれも、きっと他の高校生なら当たり前にやっていることなのだろう。でも、二生にとっては、その一つ一つが嬉しかった。
「二生」
果文が呼ぶ。
「帰るよー」
「あ、待って!」
二生は慌てて立ち上がる。千宥がレジャーシートを畳み、宏子も荷物を手に取った。
「ねえ」
歩き出しながら、宏子が言う。
「また三人で遊ぼうね。今度はもうちょっと時間作るから」
「四人じゃないの?」
千宥が冗談めかして言う。
「あっ」
宏子が振り返る。
「先輩も来ます?」
「そこは二生に聞いて」
「来てよ」
二生は即答した。
「今日、楽しかったし」
「じゃあ決まり」
果文が勝手にまとめる。
宏子も笑った。
「うん。また遊ぼ」
夏休みも、もう残り少ない。それでも二生にとって、この夏は最後の最後で、ずっとやってみたかった「高校生の夏休み」になったのだった。
【次回予告】
二学期はイベントが目白押し!
という感じです。お楽しみに。
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