第51話 アネックスの父親参観・新宮領家の場合
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パパ三部作最後は、28話にちょっと顔を出しただけの美佳パパです。杠家もお金持ちですが、新宮領家はまた一味違います。ちなみに、財力自体は新宮領家の方が三倍上です。
新宮領家に十年余り仕える執事、山崎貴文の朝は早い。元々、令嬢の美佳のお目付け役として採用されたようなものである彼は、ずっと「美佳担当」だった。そしてそれだけあって、「美佳が東京の実家を離れ遥か九州で暮らす」ということになった際に、帯同することになったわけである。
どういうことだよ。俺と二人暮らしとかよ。っていうか、高校生で、許嫁を追いかけて実家離れるって、わけわかんねえよ。その話を聞いた時、ただただ頭が混乱したし、今でも納得したわけではないが、でも慣れた。
朝が早いのも、その何割かは、元々山崎が「朝シャン派」であることにも起因する。寝汗がひどいからである。五時半に起床し、さっさとシャワーを浴びる。
六時前、シャワーから出ると、ひとまずさっき身に着けていたものと別の短パンとTシャツを用意し、朝食の準備をする。執事と言えば黒スーツというイメージは強いが、料理をすれば多少汚れるし、人前に出るわけでもないので、ラフな格好である。美佳もそんなことを気にするお嬢様ではない。
食事ができるぐらいに、美佳も起床する。
「おはよう」
「おう。早いじゃねえか」
執事と令嬢という関係性だが、敬語は使わない。これは、そもそも山崎が新宮領家に採用されたきっかけ――というか美佳と知り合った経緯による。
早い話、執事として採用を願い出たわけでなく、迷子になっていた小生意気な令嬢(当時五歳)と通りすがりの大学生として対面したため、そもそも敬う関係ではなかったのである。
その後スカウトされ執事になっても、そのままナアナアになり、気づけば当主も含めた関係者の公認になっていた。
「パパは何時に迎えに行くの?」
「一時ぐらいだ。飛行機は十二時半につくらしいが、空港で飯を食うから、一時目途に来いと言われた」
本日は、三者面談だ。東京に住む当主こと美佳の父が、高宮までやってくる。こういう娘のイベントごとには、東京からでも参加したがる。早い話、親バカだ。
「そう。面談は二時十五分だから。遅れそうなら早めに連絡ちょうだい」
「おう」
当初、面談を遅めの時間に設定する案もあったらしいが、その日、休暇を取って意気込んでくると言っていた。ほんと、飛行機が遅れたらどうすんだ。山崎は苦笑した。
美佳が食べ終わり、そのまま歯磨きなど身支度にかかる。山崎はすかさず食器を洗う。
「じゃあ、行ってくるわ」
「おう」
気づけば、登校するようだ。体面上、玄関まで見送る。
「ひとまず、旦那を拾ったら、連絡を入れる」
「お願い。じゃあ」
美佳がそう言い残し、ドアが閉まると、ふうとため息をつく。
美佳に作った朝食の残りを自分も食べ、歯を磨く。そして、自室に戻り、ジーンズとTシャツ。そして、カバンを持ち、家を出た。
駐車場には、東京の屋敷から持ってきたロールスロイスが停まっている。
ナンバープレートを見る。所沢。山崎は苦笑する。いつ見ても、おかしい。美佳はいつでも、東京から来たお嬢様ですのよ、という顔をしている。しかし、彼女の実家の屋敷は、東京都ではなく、埼玉県和光市にある。それを指摘されると、最寄り駅は東京メトロの駅だとか言い訳をするが、なんともおかしい。
まあ、都内の大企業の令嬢で、この春まで都内のお嬢様学校に通っていたので、メンタリティが都民なのは無理からぬ話ではあろうが。
山崎は、所有してこそいないが実質自分の車になっているロールスロイスに乗り込み、ある場所に向かう。
山崎が美佳に付き従い暮らす春若町から車で山を越えて三十分、山崎は高宮市東部の魁町にいた。「フンドーカイ醸造」。そこが目的地であった。要するに、味噌とか醬油を販売している地元企業だ。
山崎が子供の頃の社名は「山崎醸造」だった。しかし、地元では、味噌・醤油のメーカーによくある「分銅」のマークの中に「魁」の文字をあしらった、分銅魁、というブランドで知られており、いつの間にか、この知られたブランド名を正式社名にしていた。
山崎醸造――そう、ここが山崎の実家である。山崎は、実は高宮出身である。美佳に付き従い行く場所が、どういう因果なのかはわからないが、山崎のほぼ地元だった。車で三十分の距離だが、同じ市内だ。
当初、仕事の都合で高宮に来たことを親にも言っていなかった。しかし、それを伝えたのが、新宮領家当主で美佳の父でもある新宮領利匡だった。ある日、父親の弘文から電話があった。
「お前はなんでこっち来とるとば言わんとや。ご主人様から電話のあったとぞ。暇ならこっち帰って仕事ばせろ」
かくして、不本意ながら、平日の週三回ほど、フンドーカイに仕事をしに来ている。
親に言われて気の進まないまま東京の農業大学に進学し、留年が決まった頃に新宮領家にスカウトされ、そのまま中退した。それぐらい、醸造業に興味はなかった。もっとも、三年生ぐらいまで履修したので、ある程度の知識はある。忘れていたものも現場に出て思い出した。
結局、執事と醸造業者の二足の草鞋という、世にも不可思議な状態。これが山崎であった。
「おう、タカ、来たね。今日は二、三時間くらいしかおられんとやろ。ちょっと昨日やり残したとばどがんかしたら、空港に行かんね。ご主人様ば待たしたら、いけないばい」
十一時四十五分ごろ、終わらせようと思っていた仕事をすませ、実家のキッチンに出向き、母親が作ったらしい昼食を温め、ダイニングテーブルに運び、食べる。
そして、持参していたいつものスーツに着替え、十二時過ぎ、出発する。
実家にロールスロイスで来ることもめったにない。普段、アパートのすぐそこの月極駐車場に、実家のお古のラパンを置いていて、実家にはそれで通勤しているのだ。しかし、今日はそのまま空港まで利匡の送迎なので、ロールスロイスなのだ。
外でタバコ休憩していた従業員がぎょっとするが、目を合わせないように会社を後にする。
午後一時少し前には空港のある織田島市についた。
結果、いい時間である。空港のロータリーをグルグル回っていると、二周目あたりで、『そろそろ頼む』というメッセージが来た。非常にいいタイミングだった。
到着ロビー前に車を横付けし、ゴールデンウィーク以来、二か月半ぶりに会う主を乗せた。
「いや、ご苦労だね、やまざき」
「やまさきです」
山崎の名前は濁らない。九州では「やまざき」より「やまさき」が圧倒的に多数派だが、関東人の新宮領利匡には慣れない発音だ。
「うん、ついね。俺の直の部下にもやまざきがいて、口が慣れてるんだね。どうでもいいけど、味噌だか醤油のにおいがするよ」
「お分かりですか。着替えたつもりですが。窓をお開けしましょうか」
「いや、いい。別に俺もこの匂いは嫌いじゃない。……君のお父さんに告げ口したのも俺だしな」
まったくだ。そこだけは隠さずため息をつく。家業から逃げたことをよく知っているはずなので、山崎からすると嫌がらせにしか思えなかった。
「美佳は元気かい?」
「全く変わりません。なんなら、さらに生き生きしてます」
山崎のコメントを聞いて、利匡が少し黙った。そして、恐る恐る尋ねる。
「……俺がいないから?」
娘を溺愛する利匡だが、年頃の娘との接し方には悩んでいるらしい。
「いや、旦那様がどうというよりか、千宥ちゃんのそばにいるからじゃないでしょうか?」
複雑な事情を抱えてはいるが、美佳は今でも、許嫁の杠千宥を恋い慕っている。
「ああ、そう。しかし、美佳からも聞いてるけど、千宥くん、本当に女の子になるのかい? なぜ、美佳は未だに気持ちが変わらないんだろうか」
利匡もその複雑な状況に言及する。
「私にもさっぱりですが、要は、千宥ちゃんなら、性別など関係ねえ、と思っているようですよ」
「そんなものかい。俺にはわからないけどね」
「私もです」
少し笑い合って、そこからは会話が止んだ。春若までの道中は、あと三十分少々である。
車は、高宮自動車道を経て、高宮バイパスの春若インターを降りた。ここから春若栄久高校までは、十分もかからない。
「そういえば」
「なんでしょう」
「美佳から、担任の先生について、驚かないようにね、と言われたんだけど、山崎、知ってるかい?」
「あー。ファッションが独特らしいですよ。お嬢も友達も、『いい先生』だとは言ってますけどね」
担任の榊原妙子は、山崎も直接会ったことはないが、美佳や千宥、それに、二人の共通の友人である古波蔵茉衣子の担任であるため、よく噂は聞いている。
「そうかい。ファッションが……? まあ、いいや。美佳はもう学校で待ってるらしい。学校はすぐそこだと聞くが、一旦、家には帰らなかったんだろうか?」
「旦那様。学校までは近くとも、ずっと上り坂です。この炎天下で登りたくはありません。TBSの坂を上れと言われたら、嫌でしょう」
年に二回、タレントが駆け上るというあの坂で例えた。傾斜の具合が同じかまでは不明だが。
「それもそうか」
軽口をたたいているうちに、正門前に着いた。
「ご苦労。じゃあ、帰りもよろしく」
山崎は、降りて後部座席を開けようとして利匡に制された。ドアを自ら閉めた利匡に一礼し、栄久坂の下り方向に車を走らせる。
「結局、迎え来させるんかい」
山崎は独りごちながら苦笑した。
利匡は、受付で案内された通り、面談会場前に向かう。
「パパ、こっちよ」
顔を上げると、美佳が手招きしていた。
「ああ、美佳。久しぶりだね。元気だったかい?」
「それはもう。高宮は過ごしやすいわ」
「そう。パパは、東京を出たら暮らせないんじゃないかって思ったけどね」
「山崎もいるし……」
「まあ、そうか」
そこまで言うと、利匡は、改めて娘の制服姿を上から下まで眺めた。
「なあに?」
「いや、この制服、慣れないなって」
「あら、私は気に入っているのよ。桜純に比べるとポップだけど、他校の評判もいいらしいの。それに、千宥さんも同じのを着ているの。とても愛らしくて」
「ああ、そう」
利匡が顔を引きつらせる。千宥が女性として生きるようになっても、美佳が変わらず恋い慕っていることには、まだ利匡の理解が追いついていない。親として、どう受け止めるべきなのか……。
そう考えているときだった。
「新宮領さん、どうぞ」
面談室から、小柄な女性が出てきた。担任の榊原先生だろう。利匡が直感した。電話で話したときの声と似ていたのだ。
――なんだこれ。彼女の姿を見て、利匡は一瞬戸惑った。しかし同時に、美佳や山崎が言っていた意味がわかった。こういうの、ロリータファッションというのだろうか。学校の先生がするとは思っていなかった装いに、目を白黒しつつも、利匡は促されるまま、着席した。
面談そのものは、非常にさらりとしたものだった。無理もない。美佳は先日の期末試験で三百人中二十位台前半という優秀な成績であり、進路についても、元々いた桜純女学院の大学に戻ることもほぼ確定だからだ。
これが揺れ動くとしたら、千宥次第なのである。千宥は、東京の大学を志望している。それは、もちろん成績優秀であり、東京の難関大学を志望していることが第一である。なんでも、セクシャルマイノリティーに理解のある、とある大学を志望しているのだとか。
即ち、現状、千宥が東京に行くのなら、自分も東京に帰るだけなのだ。
千宥が、自身にとって愛着のある高宮に残る選択肢もなくはないが、個人的な事情から、既存の知り合いがほぼいない都会に行きたいらしい。しかも、千宥の成績に見合う大学は、高宮大学の医学系の学部を除けば、おそらく存在しない。まず、文系選択の時点で、その線もないのだが。そして、福岡に帰るのは、論外だ。実家には近寄りたくないと。
したがって、千宥の上京はほとんど確定の既定路線であり、ほぼ揺るぎようのない話なのだ。
このことを踏まえた美佳の進路について、妙子は否定も肯定もしない。美佳にははっきりと言っていないが、手放しで両想いと言える状態にない二人が進路を合わせるのは、いかがなものかという思いはある。しかし、あくまで「地元に戻る」という観点であれば、止める理由はなかったからだ。
美佳は気づいているのかいないのかわからないが、利匡は言外からそれを感じ取った。しかし、美佳の尊厳を傷つけることなく、それどころか、既に成績良好でありながら、「更に成績を伸ばすこと」についてのアドバイスまであった。
見た目には面食らったが、非常に優秀だ。掛け値なしにそう思った。
面談室を出ると、利匡は小さく息を吐いた。
「いやあ、驚いたね」
「だから言ったでしょう?」
「服装にはね。でも、いい先生じゃないか」
美佳は少し得意げに笑った。
「ええ。妙子先生は、本当に優秀よ」
「ちゃんとお前のことを見てくれている。進路のことも、ただ好きにしなさいってわけじゃないしね」
「……何か気になることがある?」
「いや。美佳が自分で決めることだから、パパからは何も言わないよ」
そう答えると、美佳はしばらく利匡の顔を見たが、それ以上は追及しなかった。
「それで、このあとはどうするの?」
「山崎を呼んである。せっかくだし、家まで行こうと思ってるよ」
「そう。じゃあ、私も一緒に帰るわ」
「うん。それと――」
利匡は少し考えてから、美佳を見る。
「千宥くんも、アパートにいるのかい?」
「たぶん、もう帰っていると思うけど」
「じゃあ、せっかく来たんだ。一度、挨拶しておこうかな」
美佳の表情が、ぱっと明るくなった。
「そうね、千宥さんも喜ぶと思うわ。連絡するわね」
「……そうかい」
娘のその顔を見て、利匡は何とも言えない笑みを浮かべた。
正面玄関前にはすでにロールスロイスが停まっていた。ただ、坂を下るだけなので、ものの一、二分でアネックスに到着する。
車を降り、美佳は先に父親を連れ、階段を上がる。
こういう場合において、本来であれば、山崎が二人の荷物でも持って鍵を開ける流れである。二人暮らしになってからはナアナアではあった。
とはいえ、今日は当主の利匡が来ているため、それをするつもりだったが、美佳の「時間の無駄よ。いいから車停めてらっしゃい」の一声で、山崎を連れずに家に上がったわけである。
「美佳、成長したな。昔は、何でも山崎に頼りっきりだったろう」
三階までの階段を上がりながら、利匡が笑う。
「本当に自分たちだけで暮らしているお友達もいるし、私だって高校生ですもの。山崎をクビにする勢いでやらないと、ね」
ちょっとブラックな冗談である。
「いや、大丈夫。山崎には実家という道があるからね」
利匡も乗っかりつつ笑う。
家の鍵を開けると、美佳は父親に、実家から持ってきたソファに座るように促した。
「私、着替えてくるわね」
そう言って、自室に引っ込もうとしたその時だった。
「美佳ー!」
玄関から山崎の声がした。
「……何かしら? ちょっと行ってくるわ」
「うん」
スマホを開いた利匡にそう告げると、美佳は玄関まで小走りで向かった。
「何よ、山崎。パパがいるんだからあんまり大声出さないでちょうだ……あら、千宥さん」
山崎の横にちょこんと畏まった様子の杠千宥を見て、急に表情を変えた。どうやら、山崎が帰宅するのと、千宥が来訪するのとが、丁度一緒になったようなのだった。
「み、美佳ちゃん。お父さん、来てるの?」
千宥は恐る恐る聞いた。
「ええ、そうよ。急にごめんなさい。父がぜひ千宥さんに会いたいって」
「うん、でもね、……申し訳ないけど」
千宥が、美佳から見て左を差す。よく知った人影がもう二人分いた。
「あら……」
古波蔵茉衣子と樋口健介だった。
「茉衣子と健介くんじゃない。どうしているの?」
「別に? 美佳の父ちゃんを見てみたかっただけだよ」
茉衣子があっけらかんと言う。健介は横でため息をつく。
「何よ、野次馬ね」
「馬でも鹿でもいいからさ、見てみてえのよ。お前の父ちゃんとやらを。てか美佳さ、お前、父ちゃんのこと、『パパ』っていうんだな?!」
茉衣子がニヤッと笑う。
「そ、それが何よ? 普通でしょう?」
「うん? お前なら、『お父様、ナントカですのよ』とか言ってそうで」
茉衣子が裏声を交えていじる。
「偏見! ちょっとお金あるからって、そんなんだと思わないでちょうだい」
茉衣子をきっと睨んだ。
「で? 茉衣子はまだしも、なんで健介くんまでいるのよ?」
「いや、俺は別に、千宥んちに居合わせただけだよ」
声を上ずらせて釈明する健介。
「慎吾くんではなく?」
茉衣子の彼氏の朝長慎吾ではなく、健介だったのが不思議だったのだ。
「宿題教えてもらってたらさ、英語の」
なるほどね。美佳はうなずいた。
そこまでわかったなら、美佳は彼らと三か月ほど一緒にいたので、なんとなく状況がわかってきた。美佳の思い描く状況は以下の通りだ。
千宥に連絡がきて、「美佳の父ちゃん? 見に行こうぜ」という茉衣子に「悪いだろ」という健介。そして、結局押し切られてしまって、当の千宥と一緒にここにきたのだろう。おそらくは、健介に茉衣子を制止する力はない。
もう手に取るようにわかる。
ただ、それとは別に、美佳には一つ気になることがあった。
「でも、この三人の取り合わせ、珍しいわね」
美佳には、千宥・茉衣子・健介という三人組が非常に珍しかった。
「なに言ってんだよ。この三人が、チーアネの初期メンなんだぞ」
茉衣子が誇らしげな顔をする。そう、健介が一年少々前にアネックスに越して来た時、それが「チーム・アネックス」の結成日なのだ。
「あら、知らなかったわ」
しかし、一番最近メンバー入りした美佳には、それも分かるはずがない。
「いいからさ、上がっていいか?」
「はあ。どうぞ」
美佳はため息をつきつつ促した。
「パパ、千宥さんと、あと、他のお友達が約二名お越しよ」
美佳が目を泳がせながら言う。
「おや、どれが千宥くん? その彼は違いそうだね」
利匡は健介を指して笑う。限られた前情報だけでもわかる「一流企業の社長」に指されて健介はびくっとする。もっとも利匡としては、これはただの冗談である。千宥の今の姿は、美佳から写真を見せられていて、知っているからだ。
「ご、ご無沙汰しております。あの、話は聞かれていると思いますが……」
そこから先の言葉が出てこず、千宥は恐縮しながら口ごもる。
「やあ、千宥くん。うん、君のことは、美佳から聞いてるから、僕も知ってるから大丈夫だよ。で、それ以外の二人が、美佳の別のお友達というわけかな?」
「はい、あたし、古波蔵茉衣子です! 千宥とは入学からのマブダチで、今は美佳とも仲良しです!」
こんなVIP相手によく饒舌に自己紹介できるなあ。健介が茉衣子をもはや畏敬に近いまなざしで見る。
「で、こいつは樋口健介。千宥と美佳の友達、その二です」
茉衣子は、こういう状況になるとうまく言葉が出なくなる健介に代わり、紹介までする。まったく、余計なことを、ありがとう。健介は一息ついた。
「よろしくお願いします」
なんとかそれだけ言って、お辞儀した。
「まあ、立ってないで座ったら。せっかく来たんだから」
利匡がそう言うと、三人は向かいのソファに腰を掛けた。千宥を中央にして、茉衣子と健介が両脇だった。
「じゃ、私、今度こそ着替えてくるわ。パパ、変なこと聞かないでよ」
「変なことってなんだい」
「とにかく余計なこと!」
「難しい注文だな」
美佳は少し不安そうに父親を見たが、そのまま自室へ引っ込んだ。残された三人は、ソファに腰掛けており、利匡はその向かいのソファに腰を下ろし、その三人を眺めた。
「そんなに緊張しなくていいよ。僕は別に、面接官じゃないんだから」
「は、はい」
千宥と健介がほぼ同時に返事をした。
「え、あたし全然緊張してないすけど」
「君は見ればわかるよ」
利匡が笑った。茉衣子もつられて笑う。健介は、やっぱりこいつすげえな、と隣を横目で見た。そこへ部屋のドアが開いた。
「ただいま戻りました。……おう、あんたら、見事に固まってんな。茉衣子ちゃん以外」
山崎が入室した。
「知ってるのかい?」
利匡が問う。
「全員知ってますよ。千宥ちゃんは言うまでもないですし、こっちの二人も何度か」
「何度か、ってこともねーだろ。あたしと山さん、しょっちゅう会うじゃんさあ」
そう笑う茉衣子の言葉を聞き流し、山崎はそう言いながらキッチンへ向かう。
「そうしょっちゅうでもねえだろ。お茶でよろしいでしょうか?」
「俺はなんでもいいよ」
利匡が笑う。
「お嬢は?」
「着替えに行ったよ」
利匡のさらなるコメントにため息をつく。
「じゃあ、全員麦茶でいいか。高校生だしなあ」
「山さん、あたし全然紅茶飲むよ?」
「……ああそう。千宥ちゃんもそれでいいな。健介は?」
「俺は何でも」
「……紅茶四ね」
「山崎さん、美佳ちゃんは入ってますか?」
千宥が苦笑する。
「五だ。うん、ありがとう」
そのやり取りを見て、健介は目を丸くする。
「あの……」
「ん?」
「山崎さんって、本当に執事なんですよね?」
「一応な」
山崎が答えた。
「一応なんだ……」
健介が思わず呟くと、利匡が笑った。
「僕もたまに忘れるよ」
「忘れないでください」
「でも、さっき実家で味噌作ってたんだろう?」
「今日は味噌じゃないです」
「じゃあ醤油?」
「そこはどうでもいいでしょう」
千宥まで小さく笑った。
「味噌?」
健介が首をかしげる。
「山さん、フンドーカイのぼっちゃまなんだぜ」
「まじかよ」
茉衣子の耳打ちに健介がつぶやく。先ほどまで強張っていた表情が少し和らいだのを見て、利匡は何も言わずに口元を緩めた。
「で、君たちはみんな、このアパートに住んでいるのかい?」
「はい、そうです」
健介が答える。
「そう。高校生だけで?」
「まあ、いろいろですね。僕は姉と二人ですけど」
「あたしは、父ちゃんと姪っ子と三人!」
茉衣子が手を挙げる。
「千宥くんは、親戚のお姉さんって言ってたね」
「はい、従姉です。それと、あの、春から妹も来まして……」
「ああ、そうそう。二生ちゃんも元気かい?」
「は、はい、元気にしています」
千宥は、受け答えははっきりしながらも、どこか落ち着かないような様子だった。
「なるほどね」
利匡はうなずいた。東京で美佳から断片的には聞いていたものの、こうして実際に見ると不思議な環境である。高校生が何人も同じアパートに住み、学校へ通っている。その中へ、娘まで飛び込んできた。
「最初にここへ来たのは?」
「あたしです! 三年前からここに住んでます。で、高校に入るときに千宥が来て、ちょっと後に健介も来て……」
茉衣子が全部答えた。健介は、言うことがなくなり、申し訳程度に頷いた。
「で、チーム・アネックス結成!」
茉衣子が胸を張った。
「チーム・アネックス?」
「このアパート組と、その仲間の集まりです!」
「正式な組織じゃないですよ」
健介が慌てて補足する。
「なんだか、一緒にいることが多くて、なし崩し的にそうまとめられてます」
千宥も続けた。
「なんだ、部活みたいなものかと思ったよ」
「部活より活動してるかもしれませんよ」
茉衣子が言う。
「飯食ったり、遊び行ったり、誰かんち集まったり」
「それは活動と言うのか?」
健介が突っ込む。
その時、美佳が夏らしいブラウスとスカートに着替えて戻ってきた。
「何の話してたの?」
「チーアネの歴史を教えてあげてた」
茉衣子が答える。
「大袈裟ね」
美佳はため息をついた。千宥の隣へ座ろうとして、場所がないことに気づく。もう一度ため息をつくと、利匡の隣に腰掛けた。つーんとする娘に、利匡は苦笑した。
「ところで、せっかくだから聞いてみたいんだけど」
「なんですか?」
「美佳って、学校ではどんな感じなんだい?」
「パパ」
美佳の声が低くなる。
「いや、父親として気になるじゃないか。先生からは聞いたけど、友達からも聞いてみたい。これまでいた環境とは、たぶん違うだろうから」
「何も面白い話はないわよ」
「めっちゃ面白いですよ」
茉衣子が即答した。
「茉衣子」
「えーっとですね、美佳はー」
「余計なこと言ったら追い出すわよ」
美佳が茉衣子を睨む。
「ザ・お嬢様です」
「――出ていきなさい」
「まだ何も言ってねえだろ!」
利匡が声を上げて笑った。
「本当に仲がいいんだね」
「まあ、最初はちょっと取っつきにくかったですけど」
茉衣子は構わず続ける。
「取っつきにくい?」
「だって、去年何回かこっち来て、しかも千宥の許嫁ですとか言うんですよ?」
「言ってないわよ。そんな自己紹介してないでしょう」
「そういうニュアンスではあったろ。しかも、そんでもって急にこっちに転校してくるし」
「そ、それは、だって!」
あの「サプライズ」に憤慨したのが茉衣子だった。あの頃を思い出すと、まだ苛立ち自体は鮮明に思い出されるらしい。ただ、そこから打ち解けるのに、さほどの時間を要さなかったのも事実ではある。
「でも、今は普通ですよ。ノリいいし」
茉衣子は笑った。
「あと、困ったときは結構助けてくれます」
健介が小さく付け加える。美佳が振り向いた。
「そう?」
「うん。なんだかんだ気が回るし」
「なんだかんだは余計よ」
「ああそう、うん……」
健介が頭を掻く。こう言う時、人を褒め慣れていないと、困るものだ。
「美佳ちゃん、優しいですよ」
千宥も言った。
「千宥さん……!」
急に美佳の声色が変わる。
「はいはい」
茉衣子が呆れたように手を振った。
利匡はその様子をしばらく見ていた。東京にいた頃も、美佳に友人がいなかったわけではない。しかし、高宮へ移ってから、電話やメッセージで出てくる名前は明らかに増えた。
「茉衣子」「ひな」「玉ちゃん」「健介くん」「慎吾くん」、それに、もちろん「千宥」。
最初に「九州へ行く」と言い出した時には何を考えているのかと思ったが、少なくとも、娘がここで孤立しているという心配だけはしなくてよさそうだった。
「なんだか、安心したよ」
利匡がぽつりと言った。
「何が?」
美佳が聞く。
「いや。ちゃんと友達がいるんだなと思って」
「失礼ね。私を何だと思ってるの?」
「千宥くんしか見えてないと思ってた」
「パパ!」
「そこは否定できなくね?」
茉衣子が笑う。
「茉衣子!」
リビングが一気に騒がしくなった。山崎はキッチンに立ちながら、それを眺めている。
「旦那様。だから申し上げたでしょう。こっち来てから、前より生き生きしてるって」
「……俺がいないからじゃないんだね?」
利匡が確認するように言う。
「なによ、それ」
美佳が呆れた顔をした。
「心配なんだよ。やはりお前も年頃だから」
「別に、千宥さんもいるし、こっちのお友達も、一緒にいて楽しいですもの。そもそも、東京にいた頃だって、パパは仕事でほとんど家にいなかったでしょう?」
「それを言われると弱いな」
利匡は苦笑した。仕事柄、娘との時間が十分だったかと言われれば、自信はない。だからこそ、学校行事には可能な限り顔を出した。三者面談のためだけに飛行機へ乗ることも、本人にとっては特別なことではなかった。
「あの……」
千宥が遠慮がちに声を出した。
「ん?」
利匡が振り向く。
「美佳ちゃんがこっちに来たこと、その……私のせい、というか……」
美佳の表情が変わった。
「千宥さん、それは――」
「まあ、半分くらいは君のせいだろうね」
利匡はあっさり言った。
「パパ!」
「でも、決めたのは美佳だ」
利匡は続ける。
「僕は最初、反対したよ。当然ね。高校生の娘が、許嫁を追いかけて九州に行きたいなんて言い出すんだから。普通は反対するだろう?」
「まあ……」
千宥が小さくうなずく。
「でも、美佳が自分で決めたことだからね。……止められなかったのは僕なんだけど。でも、それで君が責任を感じるような話でもない。結果として、こうして楽しそうにしている。それなら、今のところは来させてよかったと思ってるよ」
「……ありがとうございます」
千宥は深く頭を下げた。
「ただし」
利匡が少しだけ声を変える。千宥の肩がまた固くなった。美佳も父親を見る。
「進路は、自分のために決めなさい」
「え?」
利匡は千宥ではなく、美佳を見ていた。
「先生も似たようなことを言いたそうだったよ」
「……そうかしら」
「千宥くんが東京の大学を目指しているから、美佳も東京へ帰る。それ自体は構わない。もともと、ずっと桜純の予定だったんだから。でも、全部千宥くん基準で決めるのは感心しないな」
美佳は少し黙った。千宥も気まずそうに視線を落とす。
「パパは、反対なの?」
「いや。帰ってきてくれるなら、俺は嬉しいよ」
「だったら――」
「だからこそだよ」
利匡は笑った。
「パパが喜ぶから東京に帰る、でもなく、千宥くんが行くから東京へ行く、でもなく、美佳が自分でそこへ行きたいと思って決めなさい。それだけ」
美佳はしばらく父親を見つめた。
「……考えておくわ」
「うん。それでいい」
重くなりかけた空気を吹き飛ばすように、茉衣子が手を挙げた。
「じゃあ二人とも東京行ったら、あたしら遊びに行っていいですか?」
「なんでそうなるのよ」
「東京の金持ちんちとか泊まってみてえ!」
「ホテルを取りなさい」
「お前んち、部屋いっぱいあるだろ?」
「ありますけど、茉衣子を泊める部屋はありません」
「ひでえ!」
「きっぱりだな」
健介が苦笑する。
「いや、君たちなら歓迎するよ」
利匡がさらりと言った。
「パパ?!」
「おおー! 社長、話わかる!」
茉衣子が拍手する。
「ただし山崎が面倒を見る」
「なんで私なんですか」
「美佳のお客さんだろう?」
「東京に帰った時まで仕事増やさないでくださいよ」
「山さん、あたし手かからないからいいだろ」
「自分で言うなよ」
今度は全員が笑った。
しばらくして、山崎が時計を見る。
「旦那様。まだ時間はありますけど、あんまりゆっくりしてると、今度は道路の状況次第で危ないです」
「そうだね。あともう少し」
利匡はそう答えたものの、すぐ立ち上がる様子はなかった。美佳たちは、まだ談笑していた。
「なあ、東京行ったら、スカイツリーだろ、スカイツリー」
「ちょっと、勝手に話進めないでちょうだい」
美佳が頬を膨らませる。
「あ、東京タワーもいいな。二大巨塔制覇!」
「ナントカと煙は高いところに上りたがると」
「あんだとう!」
健介のため息に、茉衣子は怒って見せて、美佳はため息をつき、千宥はくすくす笑う。
「な、千宥、東京ってメシは何が有名なんだ?」
「ええっ、わかんない……。もんじゃとか?」
千宥が首をかしげる。
「俺もその辺のイメージしかないや」
健介も同調する。
「美佳、お前が地元だろ? なんかねえの?」
「だから……! あと、ほんとにわからないわ。もんじゃもそう言えばって感じで」
「お嬢様は俺らとは食うもんが違うだろうからな。お好み焼きも最近初だったし」
「な、何よそれ。別に、住んでるとよくわからないだけよ。別に、健介くんちだって、いつも高宮のものを食べてるわけじゃないでしょう?」
美佳が必死に訴える。
利匡は、その光景を眺めながら思った。なるほど。山崎が言っていた通りだ。美佳は確かに、以前より生き生きしている。そして、その理由が自分の不在ではなかったことに、ほんの少しだけ安心した。
「旦那様、そろそろ時間です。搭乗手続きも、ありますでしょう」
山崎が今一度促す。
「うん、さすがにそうか」
利匡が立ち上がる。
「パパ、私も送っていくわ」
美佳も立ち上がる。利匡は、残る三人にも目を向けた。
「今日はありがとう。友達ができたようでよかった。よかったら、美佳とこれからも仲良くしてやってよ」
「もちろんです!」
「はい。こちらこそ」
真っ先に茉衣子が答え、健介も頭を下げる。千宥だけは、少し間を置いてから立ち上がった。
「今日は、お会いできてよかったです」
「うん。僕もだよ、千宥くん。また東京でも、高宮でも、会おう」
「……はい」
千宥の表情がようやく柔らかくなる。
「じゃ、行きましょうか」
山崎が玄関へ向かう。結局、三人も見送りがてら一緒に外へ出ることになり、六人ぞろぞろと301号室を後にした。
もう見慣れたロールスロイスがアネックスの敷地を出ようとしたとき、後部座席の窓が開く。
「千宥さん、二人もありがとうね」
美佳が声をかける。
「また、遊びに来るよ。他にも何人かいるんだったね。是非会わせてほしい」
横から利匡も言う。
「じゃあね、ちょっと行ってくるわ」
ロールスロイスが、高宮空港へ向けて出発した。
「大仕事、終わったな」
茉衣子が半笑いで言う。
「まあ、今日のところはね」
千宥はため息をつく。
「親父さん、美佳さんには強く言えない感じだったな。何かあるのか?」
健介が尋ねる。
「いや、それは、普通にお父さんが美佳ちゃんに甘いんだと思う。高宮行きを止められなかった、って言うのが、普通にマジだもん。昔からそう。美佳ちゃん、お兄ちゃんがいるけど、お兄ちゃんには厳しくて、美佳ちゃんには甘々」
「まあ、娘ってなると、そういうとこあるよな。ウチの親父もなんか、姉貴には甘い」
健介が苦笑する。
「そうかあ? あたしの父ちゃん、そんな感じねえけどな。兄ちゃん五人いるけど」
茉衣子は首を傾げた。
「泰造さんはゆーても優しいとは思うけどな」
「まあ、どこの家も、親も男女で扱いは違ってくると思うよ、どうしても」
「……」
健介と茉衣子は同時に黙った。それを千宥が言うと、非常に重い。
「まあ、これからも、ゆるっと続くんだろうね。ごめんね、本当に迷惑かけるかも」
千宥が力なく笑う。
「話聞いてたら、美佳の父ちゃん、お前と美佳の関係は、なんか思うところあるっぽいけどな」
「確かにな」
明言したわけではないが、利匡も、美佳当人以外が感じている「引っ掛かり」は等しく持っている。これが茉衣子や、健介ですらも感じたことだ。
「それは、そう」
そして、それは千宥も否定するところではない。
「まあ、私は東京に行くつもりだし、美佳ちゃんは私がどうであれ東京に帰るだろうから――、まあ、あと一年半は、美佳ちゃんとは波風立てずにやっていこうと思う」
「覚悟か?」
茉衣子が問う。
「覚悟がないから、現状維持」
「まあ、それも一つの考えだとは思うけどな。どうしてもタイミングもあるしな」
健介もうなずく。
「うん。ほんとに、ごめんね?」
「謝るな、謝るな。二生にしろお前にしろそうだ。すぐに責任感じる。チーアネは運命共同体だ。……ただな、今は美佳もそうだ。だから、できるなら、なんかあったら、あたしらも協力したい。お前も美佳も、あたしのマブだから」
健介は何も言わない。この二人のことに巻き込まれるのは、純粋に面倒だし、千宥にとっても有難迷惑である可能性が十二分にある。ただ、ここで強く言えないのは、自分もその一人という自覚が強まっているということなのだろうか?
少なくとも、茉衣子にあるのは究極の善意だ。別の言い方をすれば、お節介なのだろうが。そして、ある程度自覚はするようになってはきたが、それでも時として抑えがきかないこともある。
健介はただ何も言わず、ふう、と息をついた。
「大丈夫。もう、美佳ちゃんも含め、私とチーアネの間に今隠れてる問題は、たぶんもうないから。あとは、ゆるっと一年半流すだけ。……ちょっと疲れちゃった。私、帰って寝るね」
千宥は、複雑な顔をしながら、さっと手を挙げて、自宅のある二階へと上って行った。
「大丈夫かよ、あいつ」
「お前はまた、お節介が」
「わかってる。わかってんだ」
健介の指摘に、茉衣子は食い気味に言った。
「お前との付き合いも長いから、何言いてえかわかる。けど、あたしは千宥のことをほっとくとか、できないんだよ。それはあたしの中の茉衣子が許さねえんだ」
「……お前の中の茉衣子はお前だろ」
「うるせえなあ、雰囲気でわかるだろ。――今日、慎吾がいたら、変わったんかなあ」
朝長慎吾は、チーム・アネックスがらみのトラブルシューティングに長けている。しかし――
「どうだか。てか、この前、美佳さんの件でやらかしてるから、ちょっとびくついてたりしてないか?」
「……ちょっとある」
先日、千宥に舞い込んだトラブルの相談で、美佳を呼ばずに怒らせてしまった前科がある。あれは、慎吾にとってもかなり痛恨だったらしい。
「慎吾がダメなら、……やっぱりお前なのかなあ」
「お前から見てもそうか」
茉衣子は力なく笑う。
「まあ、あたしらも、波風立てずに、か」
「切実によろしく」
健介がきっぱりという。
「自信ねえ!」
夏の暑い盛り。新年度のドタバタが一段落ついたアネックス久世に、どうやら今年も、穏やかなだけでは済まなさそうな夏がやって来ようとしていた。
【次回予告】
いつの時代も、夏と言えば海ですよね。
という感じです。お楽しみに。
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