第40話 ちびっこママの家出
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:0〜2%
AI文をベースに改稿:5〜10%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:90〜95%
これも19話以来の、「なろう」書き下ろしの追加エピソードです。なお、これはもう自力で書きました。AI分析による2%だの10%がどこ由来なのかわからないほどです。
今日の主役は、実は登場3回目のあのママです。こんなママもいかがですか?
根〆昭信はアパート「アネックス久世」の管理人である。一応、不動産屋の資料でもマンションにカテゴライズされてはいるが、期せずして学生の入居者が多くなったからか、「アパート」と呼ばれがちだ。根〆当人もさほどこだわっていないので、どっちでも呼ばれることがある。このアネックスが建っている高宮市春若町久世三丁目三番十二号は、元々彼の実家が建っていた土地だった。両親もともに亡くなり、妻まで早くに亡くしてしまった。妻を亡くし一年後、勤務していた住宅会社の役職定年に当たる歳となり、部長まで務めた自分が、遥か年下の上司の部下としてやっていく自信がなくて、早期退職を申し出た。さらに、上記の身の上で二人いる子供たちも家庭を持ち、築七十年近い老朽化した家を残す意義も薄いと考え、実家を取り壊す代わりにそこにマンションを建て、不動産経営へと参入したというわけだ。それがアネックス久世である。今年で築六年だ。各階六部屋、両端の二部屋が3LDK、中央の四部屋が2LDKという構成の三階建て、計十八部屋だ。上記の通り、元々自分が住んでいた家であったことから、自身も101号室に「大家」もしくは「管理人」という肩書のもと入居しているため、残る十七部屋を貸し出している。おかげさまで、昨年秋ごろに、高校生の双子の兄妹が202号室に入居して以降、満室状態だ。
五月半ばのある日のことだった。時刻は午後七時半。突然、玄関の方で鍵を開ける音が聞こえた。この101号室の鍵を持つ人物は、根〆当人の他に三名いる。うち二人は、根〆の子供達だ。上が息子で、下が娘だ。娘の佳那は近所に住んでおり、その一人娘である絢那もよく根〆のもとに遊びに来る。その絢那にも鍵を渡している。息子の方は県外に住んでいるため、予告もなく急に現れることはあるまい。となると、おそらくは、佳那もしくは絢那だろう。さらに、高校二年生の絢那がこの時間に一人でやってくることは少々可能性が低いため、たぶん佳那だ。きっとそうだ。この「ガチャガチャ」という五秒あるかないかの音がしている間に繰り広げられた根〆の推理が以上のとおりである。
玄関におもむろに向かうと、ボストンバッグを抱えた娘が立っていた。この大荷物、根〆にはなぜここにいるのかも分かる。
「……今回はなにがあったんだい」
根〆はため息交じりに尋ねる。
「パパ、聞いてよ。佳那、いつも『飲み会の日は事前に教えて』って言ってるのに、急に入ったとか言うんだよ。聞いたら、昨日だって話だし。もう信じらんない」
あー、また始まった。玉井佳那は夫の雅仁と喧嘩しては、たまにこうやって実家に転がり込むのだ。喧嘩するごとに、というほどでもないようだが、大きめの喧嘩だったり、佳那の虫の居所によっては割と些細なことで家出するのだ。根〆は今回は後者の例だと考えている。まあ、これは雅仁が悪い。昨日聞いたならせめて昨日言うべきだろう。しかし、自身も妻が健在の頃、同種の喧嘩になったことは何回かあるため、強くは言えない。
「そ、そうかい。でも飲み会って案外急に入るもんだよ」
今は一人暮らし、飲みとかそういうのは割と自由気ままにさせてもらっているが、ちょっと大変だな、とも思う。雅仁にこのような同情の念を抱けるようになったのも、ここ数年だ。何せ、大学二年生だった娘を孕ませた二つ先輩、年齢で言えば三つ上の男だ。挙句、娘は大学を中退する羽目になったわけだ。許しがたい男だ。しかし、その時生まれた娘――絢那に免じて、徐々に赦せるようになってきたところだ。ちなみに、その後二回ほど流産歴があるためか、その後は子作りしておらず、絢那は一人っ子である。普段は仲の良い夫婦であるが、まあこういうことはあるだろう、という考え方はできる。
「雅仁くんには、何と?」
「まだ言ってないよ。家出る前に怒ってきたけど。だって、家出しますって伝えて、飲み会の空気壊れたの、佳那のせいにされたら最悪じゃん。だから、帰ってきて、ガーン」
勢いで行動しているように見えて、案外考えているのだと、自分の娘ながら、たまに感心することがある。
「あー、そう。俺がもう一つ気になるのはね、絢那は?」
佳那が家出してくる場合、大きく二つのパターンがある。それは、雅仁を家に置いたまま出てくるか、もう一つは、今回のように雅仁も不在の場合だ。前者なら、雅仁と絢那が家にいるわけだから、問題ない。問題は後者だ。今から四年前、絢那が中学に入学したての頃、絢那も独り家に置いて家出してきたため、きつく叱ったことがある。高校二年生だし、高校生だけで暮らす入居者まで面倒を見ている今、その当時ほど強くは怒るつもりはないが、か弱い女の子一人なので、気がかりだ。
「茉衣子ちゃんちにお泊りしてる」
「またお前たちは、よそ様に迷惑かけて」
根〆は頭を抱える。
「あーちゃんにも、今日はおじいちゃんとお泊りしようって言ったんだよ?でも、茉衣子ちゃんちに行く。もう連絡してOKもらったとか言うからさ」
という、佳那の弁明。
「どっこらせ」
根〆が立ち上がる。
「どしたの」
「古波蔵さんとこに行く。俺からも謝らなきゃ」
孫の親友である古波蔵茉衣子は107号室に住んでいる。同じ階なので、すぐ行ける。
「いいよ、茉衣子ちゃんにはもうごめんって言ってるんだから、パパまで出なくていいでしょ。佳那だって大人なんだよ?」
と、未だに親の前では自分を名前呼びする佳那が言う。ちなみに、三十七歳である。
「泰ちゃんにも言わないとだろ」
「泰ちゃんいなかったよ。まだ仕事じゃない?」
「ああそっか」
茉衣子は父親の泰造、それに姪――泰造から見たら孫にあたる紗莱と三人暮らしだ。佳那から見ると泰造は親友の親同士だが、実は年齢はかけ離れていて、むしろ根〆と同じ六十四歳である。なお、泰造は宮川で沖縄料理店の店長をしており、大抵、八時過ぎまで仕事をしているのだ。
「まあ、泰ちゃんには言った方がいいだろうから、一時間後出直す」
「いいってば、佳那行くから」
「俺が話した方が角は立たないだろう」
「佳那でも十分だと思うけどなあ」
実際、どちらが出向いても、恐らく泰造は絢那のお泊りを快諾するとは思われる。このようなことになるのも初めてではないし、泰造も絢那を相当かわいがっている。ただ、佳那の親としての責任取りというか、自身の割としょうもない事情で巻き込んだことへの謝罪だ。そして、根〆はそのようなことを娘が起こしたことによる謝罪だ。どちらの言い分もまあ理解できる範疇だろう。
「もういい、お風呂沸いてたら入る」
「まだ沸かしてないよ」
「じゃあ、掃除して沸かす」
「ところで、ご飯は?」
「食べてから出てきたよ。佳那は良くても、あーちゃんはそこまで茉衣子ちゃんちのお世話にはなれないでしょ?」
佳那は靴下を脱いで風呂場に向かう。その場に脱ぎ捨てたまま。しっかりしてるんだか、してないんだか。根〆は苦笑する。
風呂を掃除して、自動給湯器のボタンを押すと、途端に暇な時間が十五分ほどできる。佳那が居間に戻ると、根〆がテレビを見ていた。なんとなく、離れて座り、スマホを触る。
「パパ、茉衣子ちゃんとこの姪っ子ちゃんって、見たことあるの?」
「そりゃあるさ。えっと、茉衣子ちゃんの二番目のお兄ちゃんの子供だったかな?六年生だって」
「あー、そうそう。久世小って聞いた。うーん、泰ちゃんもそんなおっきいお孫ちゃんがねえ」
喧嘩のことなど忘れたかのように佳那がニマニマする。
「どっかの誰かさんが大学辞めて子供産むから、俺には高校生の孫がいるけど」
「それもそっか。あはは」
こういうきわどい話も、割と過去の話として明るくできるようにはなった。
「こないだ茉衣子ちゃんちにあーちゃんを迎えに行った時、初めて会ったんだ。いい子だよね。ハーフなんだよね。めっちゃ外国人っぽくてびっくりした」
「イギリスだったかなあ。お母さんがね」
「すっごいねえ。外国人にしか見えないよ。なんか、茉衣子ちゃんと泰ちゃんの血筋なのに色白いの、不思議」
沖縄育ちの茉衣子と泰造の親子は、いかにも南国育ちらしい焼けた肌をしている。
「あと、あれで関西弁なの、すっごいギャップ」
「あれは俺もびっくりした」
根〆が笑った。
「LINEきててね、五人でいっぱい遊ぶって」
佳那がスマホを見ながら言う。
「五人……?明日も学校だろう。ほどほどにしないと。……絢那の学校は?」
「制服も教科書も持ってきたよ」
「ああそう、用意がいいというか。宿題一緒にしたら?」
あくまで軽口として言う根〆。
「今千宥ちゃんちなんだって」
「ああ、そう」
何故五人なのか、合点がいった。今、彼女たちは、107号室からも出て、真上の207号室の杠千宥宅にいるようだ。千宥は優等生なので、宿題を教えてもらうにはうってつけだろう。なお、千宥には二生という妹がいるため、そこまでカウントして五人になったのだろう。
ここで給湯器のアナウンスが鳴った。
「あ、お風呂入ってくるね」
佳那は一目散に風呂場へとかけていった。
約三十分後。風呂から上がると、佳那は全裸に頭にタオルを巻いて出てきた。
「お前、着ろよ……」
ボストンバッグの前におしりまる出しでしゃがむ佳那を見ながら根〆はあきれる。
「しょうがないじゃん、着替え持ってくの忘れたんだもん」
父親に尻を向けたまま返事すると、ボストンバッグから下着とパジャマを取り出し、着る。そして、持参したドライヤーをコンセントにつなぎ、髪を乾かしはじめた。
ふと、根〆は時計を見る。八時二十五分。気づけばそんな時間だ。根〆は玄関へと向かう。
「パパ、お風呂入らないの?」
ドライヤーを止めて佳那が尋ねる。
「ちょっと出る。泰ちゃん、帰ってきたかもしれん」
「いいじゃん、あとでゆっくり行ったら」
「いや、いい。数分だし、冷めないだろ」
そう言い残し、根〆は玄関を出る。右折し、突き当りの107号室前に来る。電気は付いている。インターホンを鳴らす。
『はーい』
女性の声だった。泰造ではないらしい。声からすると、茉衣子だろう。
「茉衣子ちゃんかな。根〆だけど」
『あ、おじちゃん。待ってて。開けるから』
ほどなく、玄関が開く。すると、茉衣子に、絢那まで出てきた。
「おじいちゃん、どうしたの?」
絢那がきょとんとしている。
「ああ、またここにお世話になってるのかい。茉衣子ちゃん、度々すまないね」
「いいってば。絢那と一緒にいるの楽しいもん。おじちゃん、わざわざ来たんだね。さっき、佳那ちゃんも来たんだよ?」
「まあ、佳那が茉衣子ちゃんに謝りに来たのは知ってる。お父さんは?まだ帰ってない?」
「いや、いるよ。父ちゃーん!」
茉衣子が叫ぶ。すると、ほんのり顔を赤らめた泰造が現れた。
「アーキー、どうしたばー」
「あ、いや、泰ちゃん、すまないね。またウチの絢那が……」
「いい、いい。絢那ちゃんならいつでもOKさ」
豪快に笑う泰造。
「……飲んでる?」
彼の様子を見て根〆は気づいたようで、眉をひそめつつ聞く。
「飲んでるよ。明日は休みさー」
今日は月曜日、確かに、泰造の店は火曜定休日だ。
「父ちゃん、絢那いるんだからあんまり飲み過ぎるなよ」
いつものごとく、泰造を制止する茉衣子。
「えー、いいよ。絢那、泰造おじちゃんが酔っぱらってるの見るの面白いし」
泰造と絢那のどちらをたしなめたらいいかわからず、根〆はただ苦笑した。
「とにかく、絢那は古波蔵さんちに迷惑かけないように。あと、明日はちゃんと起きて、茉衣子ちゃんと学校に行くように。いいね?」
「はーい」
絢那は手を挙げて返事する。
「じゃあ、ごめん」
「アーキー、一杯飲まんねー?」
「いや、佳那いるし、遠慮する。じゃあ」
まず佳那が夫の雅仁と酒の件で喧嘩して家出しているのに無理だ。ただ、そこには触れず、根〆はそっと107号室を後にした。
根〆は101号室に戻った。
「お帰り、どうだった?泰ちゃんいた?」
佳那がソファにゴロゴロしながら尋ねる。
「ああ、いたよ。飲んでた」
「泰ちゃんもお酒好きだね。パパも結構飲む方でしょ」
「まあ、今日はいいけどね」
「どうして?マーくんの件?」
「……当たりだよ」
「ふっ」
佳那はただ短く笑うだけでコメントはしなかった。
あとは、特に居間でまったり過ごすばかりだった。特に目当ての番組もなくぼーっとテレビを眺めていると、佳那が勝手に動画配信サービスに接続して、映画を見始めた。特に何も言わず、根〆はそのままぼんやり映画を眺める。数分のアバンタイトル後、映画のタイトルが出たぐらいだった。九時頃。テーブルに置いてあったスマホが震えた。佳那のらしい。
「マーくんだ」
「何て?」
「『本当にごめん、二次会も断れなかった。先に寝てて』……だって」
傍から見て既読をつけずに通知画面を見ているらしいことが根〆にもわかった。そのまま、返信もせずに、スマホを置いた。
あーあ。根〆は苦笑した。雅仁の慌てた顔が浮かぶ。
「そういや、雅仁くん、明日の仕事は?」
「明日創立記念日なの。それで休み」
「なるほど」
根〆は、雅仁が、春若から市内の秋月の工業地帯にある五星重工という大手メーカーまで車で通勤していることを知っているため、飲酒運転を心配していたのだ。なるほど、それなら二次会にも連れていかれよう。
そして、根〆はソファでうたた寝したのだった。
「……うん。それはわかる。佳那も今はないけど、大学の時とかは今日どう?とかあったもん。うん」
目が覚めると、佳那が電話していた。時計を見る。もうすぐ日付が変わる。
「でも昨日だよね?佳那、今日の昼、晩御飯の買い物したんだよ。うん。ああそう。絢那?茉衣子ちゃんちにお泊りだけど。だって、佳那もパパんとこに泊まりだし?うん。じゃ。おやすみ。さよなら」
電話を切った。
「帰ってきたのかい?」
「うん。多分、急いで電話したんだろうね」
「で、どうする?」
「寝る。おやすみ」
佳那は客間へと去っていった。3LDKの101号室は、3部屋が根〆の仕事部屋、寝室、客間としている。その客間を主に使用する「客」はおおむね佳那か絢那なのだが。なので、佳那も慣れたものである。
なんだかんだ言っても、雅仁は詫びの一つでも入れると踏んだのか、起きて待っていたようだ。まあ、佳那らしくはある。父親から見て、そう思う。
十五分後、歯磨きをしつつ、半開きの客間を除くと、もう佳那が寝息を立てていた。やれやれ。口をゆすぎ、根〆も床についた。
翌朝。目覚めると七時十五分だった。なんだか、台所からカチャカチャと音がする。
「おはよう、佳那。起きてたのかい」
すると、いるのは佳那だけではなかった。
絢那、茉衣子、サラまでいる。
「……みんなどうしたんだい。おはよう」
「おはよう、おじいちゃん」
「おじちゃん、おはよー」
口々に挨拶する。
「ささやかなお礼だよ。一宿一飯の?」
なんと、佳那は茉衣子とサラにも朝食を振る舞っていた。「一宿一飯」とは言ったものの、一宿は古波蔵家だが、一飯はまさかの玉井もしくは根〆家だ。
「まあ、せっかく一つ屋根の下なんだし、それぐらいしてあげなさい。俺の分は?」
「お茶碗一杯分ぐらいなら」
「まあ、いいや。というか泰ちゃんは?」
「父ちゃんまだ寝てる。いいよ、放っといて」
茉衣子が答える。それで子供達だけ呼んだようだ。
「二日酔いとか、大丈夫なのかい?」
「父ちゃん、盛大に酔っぱらうけど、抜けるのは早いからな。あ、佳那ちゃん。食べた。ごちそうさま」
「はいはい、いいよ。置いてて置いてて、あとで佳那ちゃんが片付けるから」
娘の友達にちゃん付けされながら、ちゃんと友達のママをやっている。わが娘ながらなかなか不思議なもので、根〆は唸る。
「あーちゃんもサラちゃんも、食べ終わったら学校行っていいからね。行ってらっしゃい」
そう言うと、佳那はそのまま外へ出ていく。玄関先に置いている箒とちり取りだけ取っていった。
「ねー、おじちゃん、佳那ちゃんどこ行ったん?」
サラが無邪気に聞く。
「……ああ。多分、おじさんが日課でやってる朝の掃除だと思うよ」
呆然としていた根〆がハッと我に返り答えた。
一人暮らしの経験があったり、家庭をもって賃貸を借りた友人に聞いても、その賃貸物件、主にアパートやマンションの大家と呼ばれる人は、顔も覚えていないし、会ったことすらない、ということも結構あるらしい。中には、ごみの分別作業をやっている人とか、たまにアパートと同じく所有している畑で取れた野菜を持ってきてくれる大家などというのもいるらしいが、こんなに管理している大家というのも、なかなかに少数派らしい。佳那自身はこのアネックスが建つ前の実家で育ち、結婚してしばらくは雅仁の実家に身を寄せていた。その後は絢那が幼稚園の頃にシャインヒル・ニュータウンに中古の一軒家を購入したため、実は賃貸物件への入居歴が生まれてこの方ないのだ。なので、賃貸物件というものを、むしろ経営する側としてしか見たことがないのだ。
でも、茉衣子にしろ、ここの他の住人にしろ、父、昭信を悪く言う人は聞いたことがない。でも、それは父が住人の愚痴を言っているのを聞いたことがない、というだけで、そもそも基本的に会ったことすらない。しいて言うなら、茉衣子の隣人で、茉衣子や絢那の中学校の同級生だった樋口健介と少々面識がある程度だ。あれだけ話題にしている千宥とも、実は直接会ったことがない。このアネックス久世に住む、春若栄久高校に通う生徒たちを総称して「チーム・アネックス」ということを絢那から聞いた。当の絢那も特別枠で含めて八人いると聞いた。だから、掃除をしつつ、ご挨拶でもしようと考えたわけだ。識別はしやすい。何しろ、今日は平日なので、制服を着て出てくるはずだ。
すると、制服を着た、うつむき加減のボブカットの女の子がエントランスに出てきた。あの子はきっと。佳那が少女に駆け寄る。
「おはよう」
「えっ、あ……。おはよう……ございます」
恥ずかしそうに少女は挨拶する。
「待ってね、言わないでよ、当てるから」
「……?」
少女は目を白黒させる。
「多分、千宥ちゃんの妹ちゃん。たしか二生ちゃん」
「あ、は、はい。そうですけど、……」
この人、誰?二生は泣きそうだ。
すると、エントランスの奥から、別の声がした。
「あ、佳那ちゃん。何してるん?」
サラであった。
「お、サラちゃん。早速チームのみんなにご挨拶をとね」
「二生ちゃん、恥ずかしがりやから、あんまいじめんといてな」
「あ、あの、サラちゃん。この人、だあれ?」
四つも年下の小学生に助けを求める二生。
「二生ちゃん、初めましてなん?この人な――」
サラが説明しようとすると、後ろからさらに声がした。
「二生、どうしたの?」
「お姉ちゃん……!」
救世主が来たとばかりに千宥に駆け寄る二生。
「あ、サラちゃん、おはよう」
「おはよー、千宥ちゃん」
二生の背後に二人の姿を認め、知っているサラに声をかける。
「えっと、それから……、サラちゃんのお友達?」
千宥は首をかしげる。どうやら、小柄で童顔なので、小学生と勘違いされたようだ。
「あはは、ややなあ、千宥ちゃん。この人な――」
「おう、千宥ちゃんたち、どうしたんだ?」
またもサラの説明を遮り、今度は男子の声である。一同が振り返ると、朝長慎吾と雛灯の双子だった。
「見慣れねえお嬢ちゃんがいるなあ。どこの子?」
「あ、『お嬢ちゃん』?ありがとう」
若く(どころではないと思うが)見られた佳那は嬉しそうに声をかける。
「あ、もしかして、この人」
雛灯はちょっと覚えがあるようだ。
「どした?ひな」
「えっとね、確か――」
兄に声を掛けられ、雛灯が説明しようとしたところであった。
「あら、皆さん、おはよう」
続いて現れたのは新宮領美佳である。夜になるとカエルが鳴くこの界隈に似合わないお嬢様は、持ち前のエレガントさで登場した。
「あ、おはよう。たぶん美佳ちゃん」
「あら、どうして私のことを知っているの?こんなにかわいらしい知り合い、いなかったわ。私が忘れてるだけかしら」
美佳は、身長が十数センチ低い佳那に、中腰気味に声をかけた。
「あはは、お嬢様から『かわいらしい』頂きました。で、そっちの子たちは慎吾ちゃんとひなちゃんでしょ」
「うん、そうだけど」
慎吾が怪訝そうに言う。
「あ、あの、もしかして――」
既に答えにたどり着いたらしい雛灯が声をかけようとしたその時だった。
「ママ、何してんの?」
後ろからさらに声がした。
「玉ちゃん。……茉衣子ちゃんも」
千宥は、同じ107号室から出てきた茉衣子と玉井絢那に気づいた。
「あ、あーちゃん。聞いて聞いて。お嬢ちゃんとかサラちゃんのお友達とか言われたー」
佳那がうれしそうに娘に報告する。
「もー、そういうのいいってば。ママ、三十七なんだから」
怪訝そうな顔をする一同。雛灯は「あー、やっぱり」という感じで額に手を当てる。すると、千宥と慎吾も察したようで、千宥は驚いた顔をしてみせ、慎吾は興味深そうに玉井親子の顔を見比べていた。
「初めましての人もいたもんね。……えっとね、この人、絢那のママなの」
ここでようやく娘から答えが告げられる。そう、クリスマス会で佳那にニアミスした朝長兄妹と千宥の三名は、「玉井の母親は本人以上に幼く見える」という情報を持っていて、それを順次思い出したようだった。
「えっ」
その当時アネックス入居前で、その情報すら知らなかった美佳と二生が声を上げ、互いを見合わせる。
「よし、これで、チーム・アネックス、おそろいかな」
佳那が、チーム・アネックス、それに居合わせたサラの前に仁王立ちになった。
「いや、健介がまだ」
茉衣子が口を挟む。
「俺ならいるぞ」
茉衣子と絢那の間から、樋口健介が顔を出した。二人がぎょっとする。
「お前、いつからいた?」
「……二分ぐらい前だよ。気づけよ」
「言えよ、いたんなら」
相変わらず、存在感の薄い男である。
「樋口くん、ちょっとおひさ」
健介は茉衣子と同様、玉井絢那の中学校の同級生であるため、佳那とは面識がある。さほど付き合いがあったわけではないが、お互いを認識はしている。
「……朝っぱらから何でこんなとこいるんすか」
「ま、こっちもいろいろ事情がね」
佳那はちょっとだけ目を泳がせたが、すぐに落ち着きを取り戻し続ける。
「チーム・アネックスのみんな、初めましての子は初めまして。玉井絢那のママの佳那です。佳那ちゃんって呼んでね♪」
呼べるか、と言わんばかりの空気で、一同たじろぐ。
「ママ、あんまりお友達に変なこと言わないで」
珍しく絢那が焦っている。
「いいじゃん、あーちゃんのお友達とも仲良くなりたいもん」
「もっとママらしくして」
こうしてみると、娘の方がお姉さんにも見えてくる。あの幼く見える玉井絢那がである。中にはそれがおかしくて笑みを浮かべるものもいる。ここで佳那がスマホを取り出した。
「七時四十五分。皆の衆、出発だよ。遅刻はダメだよ」
「おう、行ってきます、佳那ちゃん!」
茉衣子が音頭を取る。やはり、自称リーダーなだけある。
「お前は呼んでるのか」
「三年前からそう呼んでるが?」
健介の指摘に、茉衣子はあっけらかんとして言う。
「お前すごいな」
健介は半ば呆れ顔だ。
「いいから、遅刻すんぞ」
振り切るように茉衣子が言い、一同はアネックスを後にする。
「じゃ、ママ、行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい」
佳那が手を振るので、茉衣子は勢いよく振り返し、あとの面々もなんとなく会釈する。
「またね、佳那ちゃん」
「うん、いてらー」
一人だけ久世小学校に登校するため逆方向に出ていくサラに佳那が手を振る。
「姪っ子まで呼んでるんかい」
健介は再度苦笑した。
お目当てのチーム・アネックスとの顔合わせを済ませた佳那は、本当に庭掃除を始める。この六年ほど、たまに実家に泊まると(その八割が夫と喧嘩して家出)、こうやってアパートの管理人としての職務を果たしている父の姿を目にする。その、見様見真似。この庭掃除だってその一部でしかない。共用部の電灯の交換や、各部屋のちょっとしたトラブルも対応できるものは自ら対応する。たとえば、少し前に、三階のある部屋のシャワーヘッドの交換をしたと聞いた。
本当に「管理人」だと思う。前職が住宅会社だからというのはあるが、仕事を熟知している。書類関係も強いようだ。
「基本家にいて暇だから、本当にバイトでも探そうかと思ってるんだ」
それでも父はこうやって時々ぼやくことがある。でも、今も立派に仕事をしているじゃないか。ずっと「無職」だと言っているが、これがパパの仕事じゃん。佳那は本当にそう思っている。
「おはようございます」
「あ、娘さんお久しぶり、おはよう」
住人も声をかけてくれる。家出自体久しぶりなので、新しい住人だと面識がない人も多いし、逆に茉衣子ぐらい古参の住人ともなれば既に佳那を知っている人もいる。そして、佳那の存在を知っている人ほど、暖かく声をかけてくれる気がする。これがきっとアネックス久世管理人・根〆昭信の人徳なのだろう。
掃除を終えたのは、九時前ぐらいであった。すると、見慣れた車が入ってきた。黒のレクサス。ナンバープレートは「222」……佳那の結婚記念日、二月二十二日だ。佳那はため息をつく。
運転席から降りてきたのが、玉井雅仁。佳那の夫である。佳那に駆け寄ると、そのまま地面に膝をつけようとした。
「ちょま、お外で土下座はやめなさいって」
佳那は半笑いで雅仁を制す。
「会ったらすぐに土下座する予定だったんだけど、外で掃除してるとは」
「そんぐらい予定変更しなさいな。頑固だなあ」
佳那は冗談なのか本気なのかわからない夫の謝意の表明に、まだ笑っている。
「帰る?話はお家帰って聞こうか」
「まあ、そうだな。でもお義父さんにもご挨拶を。ちょっとご迷惑をおかけしたので」
「まったくだ」
佳那はそう言うと、雅仁を先導するように、アネックスの建物の方に歩いていく。
「あと、こんなのもあるんだけど」
雅仁が車の助手席に戻りコンビニ袋を取ってきて、差し出す。中身は、佳那のお気に入りのスイーツが三点ほど。佳那はふっと鼻を鳴らす。
「意図はわかりかねますが、ひとまず頂いておきましょう」
そう言いつつ、一旦袋を雅仁に返却する。自身が掃除道具を抱えているためだ。
「ま、ちゃちゃっと済ませて帰りましょう」
これもまた、アネックス久世のあるあるイベントの一つである。もっとも、発生は一年数か月ぶりだが。そして、この玉井家もまた、アネックス久世とは切っても切り離せない関係である。次に佳那が家出してきた時も、きっと同じようなことになるのだろう。それもまた、アネックス久世の日常なのである。
【次回予告】
我が子を思いながらも、夫の重圧に耐える。そんなタレントママの話。
という感じです。お楽しみに。
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