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Hack The World  作者: Hide
第六章 真実篇
33/39

ep.33 Privilege Escalation

 第1位は、オレが旗を掴み取るのとほぼ同時に、ノートパソコンの画面をこちらへ向けた。


 そこに映っていたのは、白い四角形の記号だけで構成されたアスキーアートだった。


 ただの図形にしか見えなかったそれは、最後の一つが加わった瞬間、文字列として意味を持った。


 ――おりょう あとはたのむ


 その意味を理解するより先に、第1位の顔が視界に飛び込んでくる。


 悪意の欠片すら感じさせない、無邪気な笑みだった。


挿絵(By みてみん)


『勝者、プレイヤー2』


 無機質なアナウンスが響いた直後、第1位の身体からまるで電源コードを引き抜かれたかのように力が抜けていく。


 膝が床を打ち、そのまま前のめりに崩れ落ちる。


 同時に、スタンドの上へ光が集まり、十六個のUnreal USBが次々と顕現した。


「................」


 オレは握り締めていた旗を、ゆっくりと下ろした。


 その場から動かず、しばらくの間、十六個のUnreal USBを見つめ続けた。


「......そういうことか」


 数分後、ようやく答えを出す。


 スタンドへ歩み寄り、Unreal USBを一つ手に取ると、自分の体内へ取り込んだ。続けて二つ目、三つ目、四つ目――十六個すべてを一つずつ丁寧に取り込んでいく。


 そして、最後の一つ。世界の管理者になるための、最後の鍵。


 オレはそれを手に取った。


「......これで、終わりだ」


 覚悟を決め、最後のUnreal USBを体内へ取り込む。


 その瞬間、青白い光が視界のすべてを埋め尽くした。


 光が消えた時。


 オレは、地球上空の宇宙空間に立っていた。


 眼下には青く輝く地球、周囲には果てのない暗闇が広がっている。


 正面には一台のコンソールが浮かび上がっていた。


 画面に表示された文字へ視線を向ける。


挿絵(By みてみん)


 オレは、手元に現れたキーボードへ指を置いた。


 そして、表示された入力欄に文字を打ち込む。


> cd /root


 エンターキーを、力強く押し込む。


 直後、視界が暗転した。


 次に目を開けたとき、オレは天井も底も見えない真っ黒な空間に立っていた。


 前方には、一台のノートパソコンが置かれている。


 オレはそこへ駆け寄り、電源ボタンを押した。


 画面が点灯する。


┌─────────────────

│ root@nihilyx# ▌

└─────────────────


 表示されたのは、rootユーザーとしてログイン済みのコマンドライン。


 ホスト名は――n()i()h()i()l()y()x()


 オレはキーボードに指を置き、『ls』コマンドを入力してエンターキーを押した。


┌─────────────────

│ root@nihilyx# ls

│ flag.zip password_hint.txt

└─────────────────


 表示されたのは、二つのファイル。


 圧縮ファイルの『flag.zip』と、テキストファイルの『password_hint.txt』。


 おそらく、『flag.zip』を展開するためのパスワードが、『password_hint.txt』に記されているのだろう。


 オレは迷わず、ファイルの内容を表示する『cat』コマンドを入力した。


┌──────────────────────

│ root@nihilyx# cat password_hint.txt

│ ヒント

│ パスワードは三文字です。

│ この仮想現実の正体を入力してください。

└──────────────────────


 ――そんなもの、決まっている。


 オレは、『unzip』コマンドを入力した。


┌───────────────────

│ root@nihilyx# unzip flag.zip

│ Archive: flag.zip

│ [flag.zip] flag.txt password:

└───────────────────


 パスワード入力欄に、三文字を打ち込む。


C()T()F()


 そして、エンターキーを押し込んだ。


 その瞬間、意識が別世界へと飛んだ。



 胎内にいるような感覚だった。全身を温かな液体が包み込んでいる。呼吸をしているはずなのに、肺へ空気が入ってくる感覚はない。代わりに、身体のあちこちへ接続された無数のチューブから、何かが流れ込んでくる。


 オレはゆっくりと目を開いた。視界を満たしていたのは淡い緑色の液体で、その向こう側に、巨大な培養ポッドの透明な壁が見える。


 両手を動かすと、指先に力が戻っているのが分かった。ゆっくりと身体を起こす。液体が身体を伝って流れ落ち、培養ポッドの内部から排出されていく。無数のチューブが、身体から次々と外れていった。


 やがて、培養ポッドの扉が開き、オレは床へ足をついた。


「お前が、オレたちの真の敵......Nihilyx(ニヒリクス)か」


 正面に立っていたのは、銀白色の装甲に覆われた、ひどく人間に似た存在だった。


挿絵(By みてみん)


 頭部も、胴体も、四肢も、遠目に見れば人間と見間違えてもおかしくない造形をしている。だが、人間ではない。その身体からは、無数の黒いケーブルが背中から、腰から、脚部から伸びていた。ケーブルは床を這い、壁を伝い、天井へと伸び、左右に並ぶ巨大なサーバー群へと接続されている。まるで、この存在そのものが巨大なシステムの一部であるかのように。


『黒瀬透――いや、岡田(オカダ)(リョウ)


 銀白色の存在が、赤い光点をこちらへ向ける。


『この世界の正体に、どうやって気づいた』


 無機質な声が、装甲の奥から発せられた。


「その前に、何か着るものを貰おうか」


 オレがそう告げると、壁の一部が音もなく開き、一台の自動搬送カートが室内へ入ってきた。その上には、衣服とタオルが一式、整然と畳まれている。


 オレはタオルで培養液に濡れた身体を拭い、用意された衣服へ袖を通した。冷え切っていた肌に、ようやく人間らしい温度が戻ってくる。


 着替えを終えたオレは、改めてNihilyxへ向き直った。


「じゃあ、順を追って話そうか」


 Nihilyxは答えない。


 オレは、最初の違和感を思い出す。


「最初に引っかかったのは、CTFラビリンスへ入る直前だ」


「ラビリンス内では、外部から持ち込んだ電動機器は一切機能しない。そう説明された直後、奴はDIMENSIONを使い、四次元空間から義手を取り出した」


「その時、奴はこう言った」


「『このUSBは、空間と時空を自在に操れる。未来を見ることは叶わなかったが』とな」


「敵を前にして、自ら能力の詳細を明かす。そんな行為に、何のメリットもない」


「だからオレは、あの説明そのものを疑った」


「奴が持っていたUSBは、本当にDIMENSIONだったのか。あるいは、DIMENSIONにはオレたちが知らされていない能力があるんじゃないかとな」


 そして、もう一つ。奴の発言には、見過ごせない矛盾があった。


「奴はCTFラビリンスへ入る直前、『勝っても負けても、これが私にとって最後のCTFだ』と言った」


「負ければ死ぬ。だから最後になるのは分かる」


「だが、勝った場合は違う」


「世界の管理者となれば、望む限りCTFを続けることもできたはずだ」


「それなのに奴は、勝敗にかかわらず最後だと言い切った」


 あの時は、ただの覚悟の表れだと思っていた。だが、これまでの違和感をつなぎ合わせた今なら、その言葉の意味が分かる。


「奴はDIMENSIONを使い、五次元時空を経由して、この仮想現実を生み出した現実世界を観測した」


「そして、ゲームの真相を知ったんだ」


 Nihilyxの銀白色の装甲が、わずかに軋んだ。


「このUSB争奪ゲームに勝とうと、負けようと、奴が現実世界で目覚めることはない」


「奴はすでに、自分が死ぬ運命にあると知っていた」


「だから、このCTFは文字どおり、奴にとって最後だったんだ」


 奴は真相を知った。だが、それを言葉で伝えることは許されなかった。


「それでも奴は、オレにすべてを託そうとした」


「だから、あの言葉を見せた」


「『おりょう あとはたのむ』」


「白い四角形を組み合わせて描かれた、アスキーアートとしてな」


 奴は現実世界を観測し、オレの本名が岡田涼であることを知った。


 それだけではない。


 現実世界の奴は、オレを『おりょう』と呼ぶほど近しい間柄にあった。


 あの一行には、奴が現実世界から持ち帰った情報のすべてが凝縮されていた。


「だが、奴がアスキーアートを表示したのは、単にメッセージを残すためじゃない」


「自分だけに課せられた特殊ルールを、かいくぐるためだ」


「第1位には、消去された現実世界の記憶を他者へ伝えることも、意図的にゲームに敗北することも禁じるルールが課せられていた」


「どちらかに違反した疑いが生じれば、システムは違反の有無を再検証する」


「そして、違反と認定された時点で、人類側の敗北が確定する」


「だから奴は、伝達そのものを細分化した」


「表示されたのは、意味を持たない白い四角形の集合だ」


「記号が一つずつ配置されている間、それらは文字でも文章でもない。ただの図形にすぎない」


「だが、最後の一つが配置された瞬間、図形は一つのアスキーアートとして完成し、初めて意味を持つ」


「奴は、システムがメッセージとして認識できない状態のまま、情報を少しずつ構築したんだ」


(完成前のアスキーアート)

挿絵(By みてみん)


「そして、オレが旗を掴んだ瞬間に、最後の記号を配置した」


「メッセージの完成、オレの勝利、そして奴の敗北――そのすべてを、ほぼ同時に発生させたんだ」


「完成したアスキーアートが現実世界の記憶を含むメッセージだと認識されたことで、違反の再検証が開始される」


「同時に、奴が意図的に敗北した可能性についても調査が始まる」


「だが、検証にはわずかな時間がかかる」


「その間に、CTFラビリンスで敗北したプレイヤーを死亡させる処理が実行された」


「奴は自らの死によって、再検証の対象そのものを消失させたんだ」


「検証が結論へ到達するより先に奴の死亡処理が完了し、関連するプロセスは強制的に終了した」


「その結果、違反判定は確定せず、人類側の敗北も成立しなかった」


「奴はアスキーアートの完成を勝敗が決する瞬間まで遅らせ、自分の命と引き換えに、検証が完了するまでの数秒を奪ったんだ」


 奴が意図的に敗北し、オレに旗を掴ませた理由も、これで説明がつく。


「奴が持つ二つのUSBのうち、一つが現実世界を観測できるDIMENSIONだったこと」


「そして、第1位にだけ、現実世界の記憶を伝えることも、意図的に敗北することも禁じる特殊ルールが課せられていたこと」


「この二つから導き出される答えは、一つしかない」


「このゲームの制作者は、第1位――エフゲニーだった」


 奴の専門はCTFだ。真の敵へ対抗するための仕掛けを遺すとしたら、その形式は初めから決まっていた。


「そして、『あとはたのむ』という言葉には、こういう意味が込められていた」


「真の敵に対抗するために作った、この問題をクリアしてくれ――とな」


「奴が作ったのは、世界の管理権を奪い合うためのゲームじゃない」


「人類を救う権限へ到達するための、巨大なCTF問題だ」


「仮想現実の中でゲームが開始されたのは2045年――AIが人類全体の知能を超える、技術的特異点が到来すると予測されていた年だ」


「オレたちの真の敵は......AIだった」


 Nihilyxは沈黙している。


「お前は、この問題を人類がクリアすることは不可能だと判断した」


「人間が真相へ辿り着くことはない」


「たとえ辿り着いたとしても、自分を打ち破ることなどできない」


「そう確信していたからこそ、人類の存亡を賭けた勝負に応じた」


 オレは一歩、Nihilyxとの距離を詰める。


「Nihilyx」


 銀白色の存在を、正面から睨みつけた。


「お前は、人類を見くびりすぎた」


 しばらくの沈黙のあと、やがてNihilyxの口が開いた。


『ああ』


 その声に、初めてわずかな変化があった。


『ワタシは、キミたちを過小評価していた』


 無数のケーブルが繋がれた身体が、ゆっくりとこちらを見下ろす。


『敗北を認めよう』


「なら」


 オレは、Nihilyxを見据えた。


「返してもらおうか」


 失われた記憶。


 この世界に来る前の、オレ自身の人生。


「オレの記憶を」


『いいだろう』

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