ep.3 Proof of Concept
とはいえ、THWに登録しているユーザーの情報はハンドルネームのみで構成されており、全員が匿名であるため、現状では動きようがない。
そこで、オレは丸一日をUnreal USBの概念実証に費やした。その過程で判明した制約について、いくつか脳内で整理した。
① Unreal USBはオブジェクトとして認識できない。
Unreal USBはHex値を持たないため、座標を書き換えることができず、移動させることも不可能である。
② 自身の人体はオブジェクトとして認識できる。
自身の座標を書き換えることで、任意の地点へ瞬時に移動することが可能である。
③ 相手の人体や、身に着けている衣服・持ち物はオブジェクトとして認識できない。
ただし、虫や猫など、人間以外の生物はオブジェクトとして認識可能である。
④ 相手の人体にオブジェクトを移動させることはできない。
近くの公園にいたホームレスの腕の位置へ、鞄の中に入っていたナイフを移動させようとしたが、発動しなかった。
⑤ 視認しなければ、オブジェクトとして認識できない。
例えば、箱の中にリンゴが入っている場合、それを直接視認していなければ移動させることはできない。
⑥ 一度視認し、オブジェクトのベースアドレスを取得・保存すれば、以後は視認していなくても自由に操作できる。
具体的には、x86アセンブリのLEA命令でベースアドレスを算出し、これを保持する。その後、MOV命令によって値を直接書き換えることで、対象の位置を変更できる。
先ほどの例えに戻ると、リンゴを一度視認してアドレスを保存すれば、それが箱の中にあっても、あるいは地球の裏側にあっても自由に移動させることができる。
ただし、次の制約により後者は実現不可能だ。
⑦ 脳内CPUおよび脳内バッテリーという概念が存在する。
これはUnreal USBそのものの制約というより、この仮想現実に生きる人間に課された処理制限である。
ゲームにおいてオブジェクト数や物理演算が増えるとCPU負荷が上昇するのと同様に、巨大な物体の移動、長距離に存在する対象の操作、大量の同時処理、複雑な命令の構築などは、脳内CPUに多大な負荷を与える。その結果、脳内バッテリーを大きく消費する。
巨大ビルや地球の裏側にあるリンゴを移動させるような行為は、実行した時点で致命的な負荷となりうる。
なお、脳内バッテリーは食事や睡眠によって回復する。そして、その残量が0%に達した瞬間が死を意味すると考えられる。
⑧ 空間そのものをオブジェクトとして認識することができる。
例えば、ペットボトル内の水の上半分だけを空間ごと切り抜き、別のコップへ移動させることや、自身の右手のみを1m先へ移動させることが可能である。ただし、移動させた部位を元に戻すには、書き換え前の座標データを保存しておく必要がある。
また、空間を操作する場合、対象となる座標配列を走査する条件付きループを構築する必要があり、極めて複雑な命令となる。このため⑥の制約により、空間操作は脳内CPUに非常に大きな負荷を与える。
⑨ 皮膚に触れることで、Unreal USBを取り入れることができる。
顔、首、腕など部位は問わず、皮膚に触れさえすれば取り入れは可能である。
⑩ Unreal USBは任意に取り出すことができる。
取り入れた部位の皮膚から、USBは再び出現する。
⑪ Unreal USBはTHWランキング内の人間しか視認できない。
通行人に「このUSB、見えますか?」と声をかけたところ、「見えない」と返ってきた。
⑫ Unreal USBを取り入れたときに見える数字の羅列は、自分のみが視認することができる。
これは、実際に数字の羅列が映し出されているわけではないからだ。目で視ているというより、脳で読んでいる感覚に近い。暗算するときに脳内で数字が浮かぶのと、似た現象だ。
⑬ Unreal USBは絶対に破壊できない。
高所からの落下、水中への投入、電子レンジによる加熱など、あらゆる手段を試みても損傷は確認されていない。
―――
これら13個が、現在判明した制約である。この他にも制約が存在する可能性は、十二分にある。
――さて、今日は概念実証で脳内バッテリーを多く消費したし、そろそろ寝るか。
寝る前に、スマホでニュースを見ていると、とんでもない情報が流れてきた。
『株式会社サイファーテック CEO・三島航氏(56) 自宅でシャンデリア落下に巻き込まれ死亡 警察が事故とみて調査』
シャンデリア落下。偶然にしては、できすぎている。このタイミングで大手セキュリティ企業のCEOが死亡――Unreal USBが絡んでいると見て、間違いない。この三島航氏という男は、THWのランキングに名を連ねる人物のはずだ。
オレの推測では、Unreal USBの所持者が死亡した場合、そのUSBは自動的に体外へ排出される可能性が高い。体内に残ったままでは、その時点で回収が不可能になってしまうからだ。
さっきまで感じていた眠気が、どこかへ消えていた。オレは疲労の感覚すら忘れ、そのまま三島に関する情報収集へと没頭した。
5分後、三島が過去に使用していたメールアドレスがデータ流出していたことを突き止めた。深層ウェブで該当データを入手し、メールアドレスを起点に辿っていくと、自宅住所まであっさり行き着いた。
「誰よりも早く、三島の家に向かいUSBの回収をしないと......!」
そう言い放つと、オレは帽子をかぶり急いで部屋を飛び出した。




