竜の寝床
「はぁ……」
またか。最近の父上は以前にも増してタメ息が増えた気がする。
「ちょいとダーリン、食事くらい美味しそうに食べられないのかい?」
「そうですよ父上。母上が作ったわけじゃないんですし――」
あ~あ、ルドラスが禁句を言っちゃった。
「ああ? それじゃ何かい? あたしの料理は不味いってのかい!?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「バカタレ、花嫁修行を疎かにしたあたしが美味い料理を作れるわけないだろうに。いつの時代も母の手料理が美味いとは限らないんだよ、いい加減に現実を見な!」
「は、はい……」
謎の説教を受けたルドラスはさておき、父上は相当参ってるようだ。
「ご馳走さま。部屋に戻るよ」
フラフラと食堂を後にする父上。皿を見れば半分も手をつけていない。立ち去る父上の背中に視線を移したイル姉が、フォークとナイフを皿に置いて呟く。
「おやおや、派閥加入の圧力が相当強いと見える。このまま放置するのも心配ではあるな」
「去年から続いてるようだし、さすがに中立を貫くのは厳しいか。これ以上父上に負担を強いるわけにもいくまい。何か手を施さなければ」
アド兄も同調し、皆で頭をフル回転させ始める。が、結局その日は何の進展もなく、重苦しい空気を残したまま過ぎ去った。そう、あのアゼリアでさえ「しばらく食事は要らん」とか言い出したくらいだ、余程の空気だったんだろう。
だが数日後、思わぬ来客が訪れたことで事態は急展開を迎えようとしていた。
「ラインハルト様、宰相のカリオス様がお見えになられました」
使用人の案内で応接室へと通された超大物。まさかの宰相様が我が家を訪ねて来たんだ。
「これはこれは、宰相殿が自ら訪ねて来られるとは思いませんでした」
「思えば城の外でお会いするのは初めてかもしれませぬな。それに急な来訪に応えていただき、私としても感謝しきりですぞ」
「いえいえ、国家に関わる急ぎの案件とあらば応えぬわけにはいきますまい」
朝食の後、いきなり宰相がやって来たことで使用人たちが大慌て。何でも朝食の前に使者が来たらしく、その時は名前まで明かされなかったんだとか。けど蓋を開けてみりゃ宰相というビッグネームに驚き、急いで昼食メニューをグレードアップしてるってわけ。
「怪しいわね。これは事件の匂いがするわ」
「「はぁ……」」
アホな姉の台詞を聞いて、また始まったとばかりに肩を竦める俺とルドラス。そう、父上と宰相は応接室に居り、俺たちは廊下で聞き耳を立ててますよっと。
あ、3人で幼稚なことやるなとか思った? フフン、甘いな。ここに居るのは俺たち3人だけではない。
「あ、何かお酒の話とかし始めたよ?」
「妾の好物は蛇を丸ごと酒に浸したやつじゃな。アレは良いぞ~」
「……今度は小難しい話を始めた」
「政治の話か? つまらん奴め、そんなものより酒についてもっと語ろうぞ」
俺たち兄妹3人の他にエリー、ファーナ、アゼリアの3人も居る。というかアゼリア、盗み聞きの邪魔をするんじゃない。
「あ、いよいよ確信に迫るわよ。みんな、ちゃんと聞き耳を立ててなさい」
「「「イェス、アイリ様」」」
事件の確信に迫るって言うより、これじゃ俺たちが事件を起こす側なんじゃという予想を頭の中から取っ払う。後ろめたいのはこっちだからな。だが直後、俺の予想は良い意味で裏切られることに。
「ところでラインハルト殿、噂で聞いた事なのですが、パルソン商会とマルハゲ商会に大変貴重なマジックアイテムを卸したとか。これは誠で御座いますかな?」
「マジックアイテム……ああ! アレは正しく末子の力作に御座います。少しでも我が国に貢献できるようにと日々マジックアイテムの研究に勤しんでいるのですよ」
「やはり、やはりそうであったか! これならランタールの未来も明るい!」
宰相様、えらく感激してるみたいだ。そりゃあんなに効果的なマジックアイテムを作れるなら当然か。
「鑑定スキルを持つ者が驚愕しておったのですよ。このような品を量産出来る者は限りなく少数であると。そこで提案なのだがラインハルト殿、我が派閥――保守派に入らないかね?」
「保守派に?」
「そうとも。改革派と慎重派の対立は激化しつつある。このまま続けばやがて大きな火種となり、グロリア帝国やアスタロト共和国との戦争どころではなくなってしまう。そこで貴殿に存在感を示して欲しいのだ。改革派でもなく慎重派でもない、保守派に属することで彼らには大きな牽制となるはず」
宰相は保守派。戦に金を使うのはもっての他だと常に公言している。だが何をするにも金は必要であり、資金が潤沢であるに越したことはない。つまり俺がマジックアイテムを量産することで経済が活性化し、更に軍隊へ与えることで戦力の増強にもなる。そんな俺を父上ごと抱えてしまおうというのが宰相の考えらしい。
「確かに。宰相殿の後ろ楯があれば派閥に関してとやかく言われますまい。今後とも宜しくお願い申し上げます」
即決か。父上が事後報告で済まそうとするなんて余程だ。それだけ派閥加入への小言で負荷がかかっていんだろう。
「ハッハッハッ。即断即決、大変良い返事をいただきましたぞ。そこでですな、貴殿を歓迎すると共に1つ協力をですな――」
★★★★★
宰相様の話――もとい依頼とも言える内容を把握した俺たちは直ぐに行動に移った。依頼されたのは兵士が身に付ける武具の錬金だ。
なんだ、結局は軍備に金を出すのかと思ったのだが、軍資金を出し渋って破滅に追い込まれては意味がないと仰っていた。まぁその通りだし、父上のためにも期待に応えようじゃないか。
「ちょっとアンタたち、いつもこうやって空を飛んでるわけ?」
「まぁね」
いつも通りの風属性付与だ。その気になれば走るスピードが上がるだけじゃなく、空を蹴っての滑空ができるんだ。
目的地はアゼリアが知っている山で、魔力が溜まりやすい名所が在るんだとか。そこに行けば魔石が手に入って錬金しまくれるってわけ。けど肝心のアゼリアはしばらく動きたくないとかで、場所だけ伝えて部屋に籠ってるけどな。
「……そう。いつもバーストと一緒、とっても楽しい」
「自慢じゃないけどアイリ様よりバーストと行動することが多いよ? 特に邸に来てからはね」
「ふ~ん、なるほどねぇ、ふ~ん……」
あ、エリーとファーナから話を聞いたアイリが意地悪そうな顔を向けてきやがった。嫌な予感がするぞ~。
「バースト、確かアンタってリスティって子と恋仲じゃなかったっけぇ?」
「ブッ!」
コ、コイツ、いきなり何言いやがんだ!
「それ、ボクも聞いたよ。許嫁でこそないけど、将来を誓い合ったって」
ルドラスまで! この野郎、出番が無いのを根に持って、ここぞとばかりに余計なことを!
「……バースト、ハーレム作る気? ちょっと嫌かな……」
「違う違う、断じて違う!」
「あのさぁバースト、エリーやアゼリアだけじゃなくリスティにまで手を出すとかマジ最低なんだけど……」
「手は出してない! というかお前にも出してないだろ!」
また俺の知らないところで記憶の改竄が行われたらしい。どうせ「1人だけ接触が少ないのは可哀想だ」とかでグラス兄さんが余計な気を回したんだろう。こればっかりは迷惑すぎるぞ!
「で、どうなのよ? もしかして全員遊びでした~とかいうオチ? 我が弟ながら将来が不安になるわ~」ニヤニヤ
グヌヌヌヌ、言わせておけば……。そこまで言うなら反撃だ、俺が何も知らないと思うなよ!?
「そ、そういうアイリこそ、いろんな目上貴族と関係を持ってるらしいじゃないか」
「はぁ? な、何よいきなり……」
「乗馬が得意なG様に文武両道なK様、イケメンなL様に将来有望なD様とか――」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!」
思い当たる節が有りすぎるようで、俺の襟首を掴んで自分の元に引き寄せると、コソコソと耳打ちを始めた。
「アンタ、どこまで知ってんのよ?」
「それはアイリしだいかな~? 俺はムカついたら話したくなる主義なんだ。だから怒ゲージがMAXになると何処までも垂れ流すかもね~」
実は暇な時にアイリを追跡したりして遊んでたんだ。そしたらコイツ、いろんな男とデートしまくってやんの。そりゃもう男連中が可哀想なくらいに。いずれバラしてやろうかと思ってたんだが、まさかこんな形で役に立つとは。
「ま、これまでの発言は完全な妄想だとか言ってくれるんなら俺の記憶から排除してもいいんだがねぇ」
「グヌヌヌヌ……」
「ま、俺はいいんだぜぇ? でもこのままだとソイツらに言っちゃうかもなぁ、他の男と天秤にかけてます~ってな。ああ大変、そうなりゃ婚約どころか子供部屋オバサン確定かもなぁ?」ニヤニヤ
「そ、それは困るわ、絶対に嫌!」
「ならどうすべきか分っかるっかな~? 分かってるんだろうな~」
今度はこっちが意地悪そうな笑みを浮かべてやると、歯ぎしりをしつつも観念したアイリが悔し涙を浮かべて……
「ググググ……分かった、分かったわよ。さっきの発言は取り消すから絶対にバラさないって約束するのよ!?」
よし、今回(←?)は俺の勝ちだ。
「ちょっとゴメンねアンタたち、今の話はバーストを困らせてやるためにでっち上げた嘘だから真に受けないでね」
「え?」
エリーとファーナが安堵する一方、ルドラスだけは理解が追い付いていない様子。
「で、でもこの話はアイリから聞い――」
「お黙んなさい! もうお昼過ぎだっていうのにいつまで寝ぼけてんの! 下らない妄想してたら聖騎士になれないわよ!」
「――って、騎士関係なくない!?」
「なくない! 聖騎士ってのは汚れた人間じゃなれないのよ!」
「そうだぞルドラス。兄妹ってのは兄や姉の背中を見て育つんだ、俺やアイリが曲がった性格になったのなら、兄であるルドラスのせいだからな」
「その通り!」
「ええ……」
俺とアイリから謎の説教を受けて項垂れるルドラス。そんな矢先、目的地の山が見えて来たので開けてる場所へと降り立った。
「ここがアゼリアの言ってた場所らしい。でもって――」
俺はある1ヶ所を指し示す。そこから膨大な魔力が溢れているのを感知したからだ。
「――あそこが竜の寝床だ!」
怪しげな紅い光を放つ箇所。標高の高い場所では度々出現することがあり、長い年月をかけて魔力を溜め込むのだそう。その紅い光が神々しく見えた結果、そこには竜が住んでいるという逸話も発生。今では【竜の寝床】と言われているのだとか。
ボクが知っている知識としてはこんなところかな?」
って、お前の台詞かよルドラス!
「ルドラスの知識自慢はさておき」
「いや、自慢じゃないんだけど……」
「竜が帰ってきたらどうすればいい?」
ルドラスのぼやきを無視しつつも追加で質問を投げ掛けた。
「いや、竜が住んでるくだりは単なる言い伝えであって、竜が出てきたりはしないよ」
「え、嘘ぉ!?」
「嘘じゃないよ。竜を目撃するなんて滅多にないから、こういった珍しい場所なら居るのかもねっていう願望が込められてるんじゃないかな。だから安心して採掘するといい」
「安心? アレが居てもか?」
そう言って上を指してやった。ルドラスの視線が俺の指先をなぞっていくと、上空に留まりこちらを見下ろしている白色の竜が目に止まる。
「え……。ハ、ハハ、ハハハハ、これはアゼリアのサプライズってやつかな?」
「そんな気の利いた性格じゃないぞアイツ」
「じゃ、じゃあ何かい? 竜の寝床で本物の竜と出会ってしまったと言うのかい? そんな偶然が……」
偶然かどうかは本人に聞くしかないな。もっとも、聞いたところで答えてくれるかも怪しいし、迂闊に近付こうもんなら速攻で叩き落とされそうだが。
シュィィィ……
「ね、ねぇ、アレってブレスを吐こうとしてない?」
「……竜の口元に魔力が集中している。ファーナの予想は正しい」
言ってる場合じゃねぇ!
「ファーナ、全力で障壁展開!」
「い、いきなり!?」
「他は後ろに下がれ!」
チュドーーーーーーン!
話し合う間もなく敵認定されたようで、強烈なブレスが頬を焦がす。てかシールド張ってんのに熱いんだが!? 何なんだよこの威力は!
「アッツゥゥゥ! 軽く火傷しちゃったみたい。あんにゃろう、叩き落としてやろうかしら!?」
「気持ちは分かるが少し待て。全員の無事を確認するのが先だ」
ブレスが収まった隙に後ろを確認。幸い他のみんなは無事らしく、爆煙を払って上空を見上げていた。
「ったく冗談じゃないわ! なんでいきなり攻撃されなきゃなんないのよ!」
「……これはアイリに同意。立場を分からせなきゃダメ」
アイリはともかくエリーさんや、竜の立場って何やねん。それからルドラス、いつまで怯えてんだ。こういう時こそ前面に出ろ。
そんな感想を脳裏に浮かべていると、甲高い別の声が脳裏に響いてきた。
『オーーーッホッホッホッ! あなたたち、ライトに挨拶したつもりでしたが驚かせてしまったかしら?』
「「「…………」」」
恐らく全員の脳裏に届いているであろう竜の声。たかが挨拶で殺されかけたインパクトが強すぎて言葉が発せないでいた。
『……あなたたち、このミラクル美しいわたくしが地上人ごときに対話を申し出ているのですよ? それをスルーとは愚か者の集まりかしら?』
やっべ、気を悪くしてる。ここは1つご機嫌取りを。
「大変申し訳ありません、あまりの美しさに思わず見とれてしまいました。そう、口を開くことすら忘れるくらいに……ね」
どうだ、恋愛小説の一節を引用してやったぞ。かなりの人気作だったし、これなら……
『……あなた、エレガントなわたくしの許可なく勝手に見とれていたと?』
「え……」
『生意気ですわね。たかが人間ごときがビューチフ~なわたくしと対等だとでも? まったくもってノンノンですわ』
うっわ~、プライドが高すぎて対話が上手く行かねぇ。
「あの~、どうしたら許しをいただけますかね?」
『ふむ、そうですわね……ならば1つ、わたくしのワンダフルな願いを叶えていただきましょう』
「願い……ですか?」
『ええ。ここしばらくイケメンな殿方に飢えてましたの。そこで、フレッシュなわたくしに相応しい殿方を紹介なさいな』
イケメンな男? アゼリアもそうだけど竜って趣向が偏ってるよなぁ。
「どうなのバースト、無理そうなら引っ掛けた男を何人か連れてくるけど」
「止めたれアイリ、さすがに可哀想だ」
とは言えどうするか……あ! よし、これなら!
「こんにちは、郷でぇす! あ~っちっち~あ~っち~♪」
『燃やしてあげましょうか~♪ って、ふざけてますのあなた? ホントに燃やしますわよ?』
「そ、それだけは勘弁を!」
『では真面目におやりなさい。だいたい誰ですのソレは』
「いや、郷ひ○み辺りが無難かな~と」
『知りませんわ! 念話の使いすぎは肌荒れの原因にもなるのですか程程に』
マジかい! それは知らなかった。
「じゃあコイツはどうです? 聖騎士を目指して修行中な兄ですけど、兄弟の中じゃ一番顔が整ってますよ」
「え……ええ、ボク!? 竜が選別するくらいなんだからさすがに無理だよ!」
「大丈夫だって」
『ふむ、まぁ合格ですわ』
「ほらな?」
「嘘でしょ!?」
よ~し、ルドラスを生け贄に何とかご機嫌取りに成功したぞ。
『ではわたくしも人間の姿をとることにしましょう』
シュゥゥゥゥゥゥ!
「フフ、どうかしら?」
「「美しいです!」」
俺とルドラスの声がハモる。そりゃもう見た目が完璧な銀髪美女だからな。
でもどうしようかな? ルドラスを見捨てるってのはさすがに無いし……
★★★★★
「……で、連れて来たと」
「オーーーッホッホッホッ! 白銀竜のダリアですわ。仲良くして差し上げてもよろしくってよアゼリア」
「よ、宜しく頼むのじゃダリア」
ギュギュギュギュ!
「フ、フゥン!」
「ク、クク!」
荒々しい握手を交わす2人。面倒臭い竜がついて来ちゃったなぁ……。




