彼女達 3
「・・・二人とも、それぐらいしてはどうかしら?」
そんなことで争っている場合ではないと、誰もが分かっている状況ながら、その余りに迫力に誰もそれに口を挟むことが出来ない。
そんな二人に、一人の女性が優しく声を掛けている。
その声は穏やかで、とても優しい響きをしていた。
「アリーは、黙ってて!!」
「アレクシアさんは、お黙りなって!!」
しかしそんな言葉で、止まる二人ではない。
「えぇ~、折角いい感じにまとめようとしたのにぃ・・・」
そんな二人の反応に、彼女達を止めようとした栗色の髪の女性、アリーはがっくりと項垂れている。
久々の幼馴染との再会に、その口調こそ若い頃のものに戻っていたが、その身体からは包み込むような暖かい母性がたっぷりと溢れていた。
「セラフ、悪いが本当に余裕がないんだ。頼めるか?」
「はいはい、分かりましたよ。エッタ、この話はまた後でね」
「えぇ、結構ですわ!!」
アリーにすら止められず、いつまでも続くかに思われた口論は、彼女と同じ幼馴染であるマックスによって制止させられる。
全軍を指揮している彼には、兵達を守る義務がある。
その義務感が、彼にそうさせたのだろう。
そんな彼の言葉は、流石の二人も無視する訳にいかず、一時休戦となった彼女達は真っ直ぐに戦場へと目を向けていた。
「さーーーて、それじゃ・・・出てきなさい、ジークベルト!!」
そうして腕を組み、戦場へと目を向けたセラフは、大声で誰かの名前を叫んでいた。
「ふぁ~ぁ・・・っとと、呼び出しか。はいはい・・・今度は何だい、お嬢ちゃん?」
叫んだ言葉と共に翻ったその衣服も、直後に眩く光り出した彼女の身体に露出を気にする必要はないだろう。
そうして眩い光の中から現れた白髪の男は、その寝ぼけ眼を擦ると大きな欠伸を漏らしている。
そんな盛大な欠伸で眠気を吐き出しても、まだそれが収まらなかった彼は、ぼりぼりと頭を掻いていたが、それもその背中をセラフが軽く蹴飛ばすまでだろう。
セラフの存在に自分が呼び出されたことに気がついたその男、魔人ジークベルトは気取った仕草でお辞儀をすると、彼女に用件を尋ねていた。
「分かってんでしょ?いつもの奴よ!」
「承りました、マイマスター・・・で、どこを焼き払えばいいのかな?」
自らに隷属する立場ながら、どこか気取った態度を取り続けるジークベルトにセラフは不満そうに腕を組んだまま、ぶっきらぼうに要件を告げる。
それに従者のようにへりくだって承ったジークベルトは、下げた頭を上げると急に砕けた様子になり、どこを狙えばいいのかと親指で指し示していた。
「そうね、えーっと・・・ちょっと待ちなさいよ。うん!あそこから・・・あの辺りまでをお願い!それなら問題ないでしょう?ね、マックス?」
「あぁ、それで頼む」
物語に語られる魔人の力であるならば、眼前に広がる軍勢を全て焼き払うことなど造作もないことだろう。
しかしそれは、それらの軍勢と戦っている味方の兵士諸とも焼き払うことを意味していた。
それを危惧して尋ねてきたジークベルトに、セラフは腕を伸ばして大雑把に範囲を指定しては、それで問題ないかとマックスに確認していた。
「ちょ、ちょっと待ってよマクシミリアン!!夫は!?ウィルはどこにいるの!?」
セラフが指し示した範囲は大雑把ではあるが、味方がいるであろう範囲は間違いなく避けてはいる。
しかしそれも、あくまで前線を形成している兵士達に限った話であった。
ウィリアムのように一人突出し、敵陣深くに突っ込んでいるような存在を考慮に入れた範囲ではない。
そのためそれによって夫であるウィリアムが、それに巻き込まれてしまうのではないかと危惧したアリーが慌ててその所在を尋ねる声を上げる。
それは当然の反応だろう。
しかしそれに対する周りの反応は、どこか鈍いものであった。
「平気でしょ、あいつなら」
その理由は、セラフの身も蓋もない言葉によって説明されている。
常人離れした、いやどちらかといえば人間離れした能力を持つウィリアムならば、魔人の炎に焼かれてもきっと無事な筈だ。
そうしたある意味での信頼が、彼の扱いをぞんざいにしていた。
「そ、そうかもだけど・・・」
「アレクシア、悪いが時間がない。この間にも兵達は窮地に立たされているんだ。やってくれ、セラフ!」
「・・・やっぱり駄目!セラフ、ちょっとだけ待って!私がウィルに退くように伝えるから!!」
ウィリアムのことを心配するアリーも、彼の異常な力については自覚があるようで、セラフの言葉に思わず言い淀んでしまう。
そんなアリーの反応は、窮地に立たされている兵士達を一刻も早く助け出したいマックスの追い風となってその行動を加速させるが、彼女とてそれで諦めた訳ではないようだった。
弓を取り出しそれを構えるアリーは、それにカラフルな矢羽がしつらえられた矢を番えている。
それが恐らく、彼女達の間で取り決められた撤退の合図なのだろう。
アリーは丘から身を乗り出すと、目を凝らしてウィリアムへと狙いを定める。
「それで?俺様はどうしたらいいんだい、お嬢ちゃん?」
「決まってるでしょ?ぶちかましなさい!!」
しかしそんな彼女の振舞いを、待ってくれるほど戦況は甘くはない。
そして何より、ウィリアムと旅をし共に戦った仲間達が、ここには揃っていた。
彼らは知っているのだ、彼がこんな事で死ぬ訳がないと。
「りょーかい!ったく、魔人遣いが荒いご主人様だぜ・・・」
セラフからの命令に軽く手を掲げて応えたジークベルトは、そのままするすると上昇していく。
やがてエッタと同じぐらいの高さまで上昇した彼に、彼女は自然とその背後を狙うポジションについていた。
「はしゃいじゃってまぁ・・・悪く思うなよ、お前ら?俺様をはぶって、盛り上がってんのが悪いんだからな?」
眼下に広がる魔物の群れを見下ろしたジークベルトは、そっと溜め息を漏らす。
その言葉はどこか、羨ましそうな響きを帯びていた。
そうして彼は、軽くその腕を振るう。
そこから奔った閃光は、景色を真っ黒に塗り潰していた。
「ん、何ぜよ?何か・・・あれはっ!?ま、不味いぜよ!?」
その閃光の中で一人、戦い続けていた男はその顎にたっぷりと髭を蓄えている。
周りを魔物の大軍に囲まれながらも、冷や汗一つ掻いていない彼も、その閃光の存在に気づけば焦りもするだろう。
そうして彼はその閃光に向き直り、驚くほどに巨大なその得物を振りかざす。
「う、うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
全てを塗り替える黒き閃光の中に一人、悲痛な絶叫を上げる者がいた。
闇を切り裂くようにその斧を振るう彼の力も、やがては枯れ果ててしまうだろう。
その大男、英雄将軍ウィリアム・タッカーがどうなったか。
それはまだ、分からない。
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