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届かない

 押し寄せる金色の弾幕に、最初に動いたのはみのるだった。両手を広げ、自ら画鋲の濁流だくりゅうに飛び込んでいく。

 瞬きの間もなく、体の前面が金属で覆われた。


「田中ぁ!」


 防波堤のように、全身で画鋲を食い止めるみのるに、太が悲痛な声をあげた。


「大丈夫だよ! みのる君なら!」


 光が叫びながら、四葉を抱きしめ、自分の体に隠す。

 それを守るように、制服の上着を脱いだ撫子が仁王立ちした。


「江原君! 動くんだ!」


 人外じみた膂力りょりょくで振るわれた上着が、空気の抵抗にはためきながら、画鋲を受け止めなぎ払う。

 それでも。防ぎきれなかった画鋲が数本、撫子の額や肩に突き刺さった。


 それを、恐怖と混乱で涙がにじんだ目で見ながら。それでも、太は、動き出した。

 制服の内側から、2本のサイリウムを抜き。


「あしゅなは俺が守る!」


 震える脚で、画鋲を操る鈴に向かって突進する。

 鈴の目が大きく見開かれた。


「失格者……」


 コントロールの失われた画鋲が、床にばらばらと落ちる。と同時に、鈴の足元から飛び出した、ピンク色の梱包用ロープが網のようになって、太に襲い掛かった。


「クロスブレイド・ダブルスラッシュ!」


 サイリウムが緑の光を放つ。

 体の前で交差されたそれは、架空の刀身となり。切り払いと切り上げの2度の動作をもって、ロープを切り捨てた。


「終わりだ、不知火しらぬい!」


 太が迫る。それを、鈴は。


「……それでも、届かない」


 哀れむような目で見つめた。

 いつの間にか、足元に張り巡らされていたロープが、太の下半身を絡めとる。足をもつれさせ、勢いのままに転倒した太を、鈴の隣にいた男が踏みつけた。


「悪く思うなよ?」


 余裕の笑みを浮かべる男に。太の動きに呼応して走り出していた撫子のドロップキックが突き刺さる。

 通り過ぎてきた空間に、一筋の流血の軌跡を残しながら。1本の矢のように放たれた蹴りは、男の体を宙に吹き飛ばした。


「ぐぅっ!?」


 それを鈴が張った網が受け止める。


「悪い、しくじった」

「むしろよくやった。これで攻守交替だ。だろう?」


 低い声で謝る太に、撫子が獰猛どうもうな笑みを浮かべながら応える。


「まだ……まだ、それでも届かない」


 それでも、鈴の余裕は崩れない。

 床に置かれた大きなリュックサックから、細い金属のワイヤーが5本2組、爪のように伸ばされた。


「当たれば肉くらいは切れる……死なないで……」


 振り下ろされたワイヤーを、撫子は横っ飛びにかわす。フローリングに当たり、爆竹のような音を立てたそれは、動きを止めることなく撫子を追い続ける。

 一方、太も襲い掛かってくるワイヤーを、サイリウムで打ち払い受け流しと、余裕がない。


「子ども達は逃がしたよ!」


 光が2人向かって叫んだ。

 天井を見上げてフラフラしている園児だちを、四葉と協力して手を引っ張り、体育館の外に逃がしていたのだ。


 おそらく、鈴と一緒にいた男の信仰は影響系だ。

 「あ、UFO」の言葉を聞いた人は、動きを止めてUFOを探すようになる。そして、その性質からして、他の影響系の信仰とぶつかることなく、容易く重ねがけをすることができる。

 たとえ光の影響下で正義のために動いていたとしても、UFOを探す行動とは矛盾を起こさないのだ。


 だが、効果はひどく限定的だ。抵抗することもないため、光と四葉は簡単に避難誘導をできていた。


「くっ、助かる!」


 広くなったスペースをフルに活かし、撫子はときには跳ね、ときには伏せ、ときには壁を蹴ってと、立体的に動き続ける。

 だが、武器を持っていないが故に、防ぐという選択肢がない撫子は、次第に鈴から遠ざけられていく。そして。


「光!」


 逃げる撫子を追う、ワイヤーの爪。その射程距離に、無防備な光が捉えられた。

 光は歯を食いしばり、きつく目を閉じた。来るべき痛みを、じっと待つ。


 ――が、振り下ろされたはずの斬撃は、いつまでたっても光に届かなかった。


「な、なにが……」


 恐る恐る目を開いた光の前には、みのるの背中があった。


「すいません、遅くなりました。目の裏側に画鋲が入っちゃって」


 全身からぽろぽろと画鋲と赤い雫を落としながら、みのるが謝った。


「ううん……ありがとう、みのる君」


 光は目の端に涙を浮かべながら、首を振った。

 胸元に5本の裂傷を負い、足元に血だまりを作りながら、堂々と立つみのるに。鈴が、初めて焦りの表情を浮かべた。


「なんで……なんで、動けるの……!?」


 それは、鈴の感情を表したように、荒々しい攻撃だった。

 何度も、何度も。嵐のように、ワイヤーでの斬撃が吹き荒れる。血飛沫ちしぶきが舞い、肉片が散る。

 切り落とされた右耳が、べちゃりと床に落ちた。


 それでも、みのるは倒れない。

 目に見えて、欠けた耳が再生していく。


 一歩、また一歩と、歩みを進めるみのるに、鈴の表情が引きつった。

 鈴の視界の端に、高速で動く影が映る。みのるに意識とワイヤーが集中した隙をついて、撫子と太が動いたのだ。


「うぅっ、それなら……!」


 全てのワイヤーが鈴の元に引き戻され。


「死んじゃっても知らないんだから!」


 掠れた声で大きく叫んだ。横なぎに振るわれた腕に呼応するように、全てのワイヤーが空気を切り裂く。

 撫子と太をかばうように割り込んだみのるに、それは全て当たり。


「――かはっ」


 胸にも腹にも、手足にも。それぞれのワイヤーが、骨まで切り裂き、食い込んだ。

 みのるの口から大量の血が噴き出す。


 それでもなお、彼を止めるには及ばない。


 左手でワイヤーを握り。みのるの右手が、立ち尽くす鈴の胸倉を掴んだ。

 みのるの喉がごくりと動き。大量の湧きあがる血を飲み下して、濁音交じりの声で、みのるは言った。


「届いた、ぞ」

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