9話 自己紹介と二度目
この世界では一般に空間魔法は難しいとされる。その理由として、空間魔法は魔力を用いて空間に干渉しその空間内の理を捻じ曲げる必要があるからだと魔術に詳しい者は説明する。火魔法や水魔法など、下位魔法と呼ばれるものは己の魔力を変質させることで事象を発生させるが、物質への干渉が行われない分その難易度が低いのだ。
故に空間魔法は上位魔法とされるが、上位魔法は空間魔法だけでなく、回復魔法、時間魔法、召喚魔法、などがある。下位魔法に光魔法があるが、これの中に回復魔法は含まれていない。理由としては人体などの物質に干渉するという点で難易度が上がることが挙げられるだろう。この世界における光魔法といえば、己の魔力を光に変質させた攻撃魔法になるのである。
転移魔法――大枠としては空間魔法を扱えるオルタが一級の魔術師であることがここからも伺えるのだが、八千代がそれに気づくはずもなかった。
話が逸れたが、現在いるのはオルタの隠れ家にしている場所の一室ようだ。といっても森や山の中にあるわけではなく、小さめの町の一角に借りている一軒家なのだとか。有力な死霊術師らしいので、世界各地にこう言った隠れ家があるらしい。管理とかはどうしているんだろうか……。周囲には魔法や研究に使うのであろう液体や物体が転がっており、足元には魔法陣が描かれていた。
「にしても、すごいな転移魔法ってのは」
素直な驚きが漏れる。魔法を体験するのは召喚に続いてこれが二度目になるが、自分を対象とした魔法に触れるのはこれが初めてである。魔法のない生活を送っていた八千代が驚くのも無理からぬ事だった。
「便利ではあるがね。いろいろと制約もあって万能とは言えないが」
聞けば、登録しておいたところにしか飛べなかったり、屋内や洞窟内では使えなかったり、身につけていると転移できなくなるものがあったりなどと、痒い所に手が届かないくらいの便利さ加減らしい。
追手から逃れつつ山の中を走っていたのもこれが原因の一因だとか。
「あの鍋はね……転移付加の制約があってね」
「なら鍋をここに置いていって、材料を集めてから転移で戻って召喚すれば良かったんじゃ」
「鍋を作れたのが出先だったんだよ。とある研究機関の一部を借りていてね。尤も、その研究機関はすでに国によって潰されただろうがね」
禁術の開発を手伝っていたとみなされたのだろう。その研究機関も術の内容については知らされていなかったそうで、とんだとばっちりだ。
「媒体自体は殆どが揃っていてね。あとは鍋を作って、残り一つの媒体を手に入れて、さっさと召喚するつもりだったんだ」
残り一つの媒体――霊布だったらしい――は、なんと国が管理していたものらしい。それを盗んで召喚するつもりだったのだとか。……それのせいで指名手配されてるんじゃなかろうか。
「さて召喚しようってところで兵士に見つかってね、命からがら逃げて来たところであんたに出会ったというわけさ」
言いながら、オルタは俺を見ている。あの場に俺がいなければ安全を確保してから行うつもりだったらしい。……贄はどうするつもりだったんだろうな。
「丁度いいから、自己紹介と今後の方針について話そうじゃないか」
言いながら、客室の方へ案内される。装飾などは殆ど無い質素な部屋だ。テーブルを囲うようにソファが4つほど置いてあり、促されて座るとスプリングが軋む。
「お互いのことをまだほとんど知らないからな。私のしようとしていたことを引き継ぐことにもなったし、きちんと話しておくことは大切だろう」
「じゃあ、話すこともさほどない俺から――」
自分の名前、迷い人であること、女神の言っていたことなどを話す。オルタはひと通り聞いた話のはずだが、ヴェルゼがいるのでもう一度細かく話した。その途中、魂の特性のところでヴェルゼが何やら納得したように頷いていたが、あれはなんだったのだろう。
「じゃあ、次は私だな」
名前はオルタとしか名乗らなかった。なんでも、苗字はあったが捨てたのだという。何やらワケありのようだが、本人が話したがらなかったので置いておいた。その他には死霊術師であること、死霊術以外にも下位魔法は火、水、闇の使えるトリプルで、下位魔法を3種扱えるのは珍しいのだとか。上位魔法は死霊術をメインに、空間魔法と召喚術が少しだけ使えるのだという。
トリプル?とわからなそうにしていた俺にオルタが説明してくれた。
下位魔法は大きく分けて火、水、風、土、光、闇の6属性があり、地域によっては雷が入っていたり、金属性というのもあるそうだが、基本となるのははじめの6属性だそうだ。これらは生まれつき向き不向きがあり、多くの人が1種類だけしか使えないのだという。2種使えると魔術師としては高い位に就けるそうで、3種ともなるとお国付きレベルなんだとか。それ以上については数が少なすぎてなんとも言えないらしい。
逆に上位魔法はセンスがものを言うらしく、下位魔法が1種しか使えなくても上位魔法が2種使えるなどのこともあるらしい。しかし上位魔法には多くの魔力が必要になるため、下位魔法を1種しか覚えていないとその絶対量から上位魔法は伸びづらいのだとか。
つまり、数種類の下位魔法を使えたほうが魔力総量は伸びやすい、という認識でいいだろう。
「なるほど、魔法についてはなんとなくわかったよ」
俺が言うとオルタは頷いて返し、自分の話を続ける。
「それで、私の寿命についてだが……」
自分の先が残り少ないことについて、苦い顔をしつつ語り始めるオルタ。なんでも、死神の召喚を死霊術だけで行おうとしたことがあったらしい。"死霊"術というのだから、死神が召喚できても何ら不思議ではない……のかもしれないが、現実はそう甘くなかった。その時に召喚できたのは上位の悪魔で、自力では制御不能なほどの力を持っていたらしい。オルタは自分の力に絶対の自信があったそうなのだが、それでも全く歯が立たなかったそうだ。結局、召喚の代償に生命力のほとんどを持って行かれ、命までは取られなかったがそれに似た状況に陥ったのだという。
「そういうわけで、私に残された時間は僅かだ。鍋と術式の開発は知り合いの時間魔法の使い手に協力してもらって間に合ったが、それでも実時間で1年。時間魔法内で10年かかった」
時間魔法は体感時間を10倍に引き伸ばせるらしい。なんという精神と時の部屋。
「残りの時間は、ヤチヨにこの世界のことと、魔法を叩き込もうと思う。私の持てる全てを引き継いでもらいたい」
そう言って話を締めくくった。
最後にヴェルゼである。
「……ヴェルゼ。死神」
……えらく口数が少ない。山にいる間もなんとなく固い感じはしたが笑ったりもしてたし、一体どうしたというのか。
「元々しゃべるのは好きじゃない。……ヤチヨとならいい」
この好感度は何によるものなのだろう。特性は引きつける(・・・・・)ってことだったし、好感度は関係ないんじゃないかと思うんだが……。
「ヤチヨは私のような存在を惹きつける。死の概念たる私が一緒なら、それ以下の存在は寄ってこない」
どうやらヴェルゼと一緒にいれば、死を引きつけにくくなるらしい。
「……ところでヤチヨ」
「ん?なんだ」
「……時間」
「時間ってなんの……え?」
ヴェルゼの眠たげな瞳が潤んでいる。やや上気した頬は色っぽく、意識しなくても口元に目線が吸い寄せられる……。
「……契約の時間切れか」
こくり、とヴェルゼ。この仕草が本当にかわいい。……っじゃなくて!
「あー、今じゃないとダメか?」
「絶対に今じゃなければならないということはない……けど、契約が切れている間は貴方は死ぬ可能性がある」
心配されている……のだろうか。契約を切らすのが嫌だ、という様子が伺える。
「……私は何も見てないから、うん」
とオルタ。気遣いはありがたいが、逆に意識してしまって恥ずかしい。
「……わかったよ。今更新しよう」
ぱぁぁっ!と表情を明るくするヴェルゼ。犬ならば尻尾が千切れんばかりに振られているであろう喜び具合である。依然、瞳は眠そうなままであったが。
俺の両肩に手を置くヴェルゼ。……これからしますと言われているかのようで、余計意識してしまう。これは契約のためだ、と思うようにしても美少女に迫られているという事実は変わらず、きっと俺の顔は真っ赤になっているだろう。
そして、鼻腔をくすぐるほんのりとした甘い香りとともに、1時間前に経験した柔らかさをまた体験するのであった。
5/8 誤字を修正
5/25 上位魔法と上級魔法で表記が混合していたため、統一。
・上位魔法=物質に干渉する魔法
・上級魔法=各位魔法カテゴリ内での難易度の高い魔法