10話 契約内容
事後。いや、ナニを致したわけではないのだが。
1時間毎にあれが行われると考えると、なかなかに俺の精神が削られていくのではないかと思う。羞恥に下を向いていた視線を戻すと、やたらつやつやしているヴェルゼと目が合う。何度見ても美しい群青の瞳はややはにかんだように細められ、普段眠そうにしているのはなんだったのかと言いたくなる。
そのはにかみも一瞬の後には眠たげなものと早変わりし、眠たげな瞳と無表情がデフォルトなんだろうと思わされるのだが。
「コホン。……あー、済んだか?」
控えめにオルタが尋ねる。言葉通りこちらを注視はしていなかったようで、なんとも気まずい。
「ああ、気を遣わせたな」
「なに、必要なことなんだろう?ならば仕方のない事だ。気にすることはない」
目の前でキスを見せられるのがどれほど気まずいかはわかってあげられないが、彼女が気にするなと言っているのだから、今はその言葉に甘えることにする。それよりもヴェルゼの話が途中だったはずだ。
確か、ヴェルゼと一緒にいれば死が俺に寄ってこなくなるとかいう話をしたところだったと思う。その続きをヴェルゼに促す。
「……ヤチヨの特性は、私と契約したことによってほぼ相殺された」
どういうことだろうか。そもそも魂の特性は相殺できるようなものだったのか。……いや、加護による幸運で相殺するという話だったか。
「死を惹きつけるという特性は、死という概念そのものである私を惹きつけたことによってその役目を果たしたと考えられる」
つまりは死というものの最上級のもの(概念)を引きつけてそれと契約しているから、それ以上引きつける心配がないということだろうか。
「その考えで間違っていない」
……らしい。ということは前世から悩まされたこの魂の特性ってやつから俺は開放されたのだろうか。ならば加護の幸運がそのまま効力を発揮するのか?
「契約のメリットはひとつ。その対象が死んだ場合、持てるステータスの最大値を持って瞬時に復活する。その際契約は切れない」
契約中は何度でも死ねる。そういうことだろうな。でも体験からして、苦しみは何も軽減されないからあまり積極的に死にたいとは思えんな……。あと、考えようによってはメリットはもうひとつだ。相手がヴェルゼの場合に限られるけどな。
「デメリットは幾つかある。まず、大量の魔力を契約時に消費。以後持続的に魔力を消費する」
いいことばかりではないらしい。当然だな。契約時の消費魔力ってのは、俺が何度も死んだあれのことらしい。持続的な魔力の消費ってのは、更新時に体液と一緒に吸われているそうだ。全く実感が沸かない。というか、契約で死ななくなって魔力の反動で死んで魔力が増えるのだから、実質デメリットはないようなもんじゃないのか?……死ぬ苦しみを何度も味わうつもりがあるならな。
「次に、不運というバッドステータスが付く」
これは、加護の逆のようなものだそうだ。呪いっていうのが妥当だろうか。
相当運が悪くなるそうで、死なないのをいいことに大変な目に遭うのが常らしい。だが、俺の場合――
「……ヤチヨの場合、女神の加護でこれも相殺されている」
こればかりは女神に感謝せねばなるまい。死の危険を運で回避しようなんて強引だと思ったが、お陰で何回か死んだだけで不死の体だ。実質ノーリスクである。あまりにもおあつらえ向きなので、神同士での提携なんかがあるんじゃないかと思ったんだが、ヴェルゼ曰く、
「創造神と私達のような神では格が違う。会うどころか存在の感知もできない」
……らしい。そこではたと気づく。
「なぁ、ヴェルゼも一応神様なんだよな。一個人と契約なんてしちまっていいのか?」
「問題ない。今頃代理の神が出来上がっているはず」
「そ、そうなのか。随分と簡単にできるもんなんだな」
「私達はこの世界のシステムの一部に過ぎない。召喚・契約したことで私はそのシステムから外れた」
よくわからないが、世界を回していくためのシステムのようなものがあって、何らかの理由でその一部が欠落したりするとすぐに補修されるんだとか。便利なもんだな。
「デメリットはまだある」
メリットに対するデメリットの数が多いような気がするが……。不死の対価だし仕方がないのだろう。
「光魔法や回復魔法などの成長が著しく阻害される。死というものと相性が悪いため」
相反する属性ってことか。逆に死霊術とか闇属性とかは成長しやすくなるのかと思ったが、そんなことはないと言われてしまった。
「……最後に。戦闘などによって受けた傷は死亡した際には再生するけれど、そうでなければ再生しない」
死なない程度の傷だったらそのままってことだな。一応自殺ででも死亡すれば再生して全回復らしいけど……いくら回復のためといっても自ら死ぬなんてできない。回復魔法もほとんど伸びないらしいから、なるべく傷を追わないように生活したい。
「魔法耐性と似たような方法で、自然治癒能力を効率よく伸ばす事もできなくはない」
最後のところだけ聞けば飛びつきたいことではあるが、魔法耐性と似たような方法ってところで完全にアウトだ。痛いのも死ぬのももう懲り懲りだし、自然治癒って響きに嫌な予感しかしない。
「あー、それは……必要になることがあったらな」
と、やんわり断っておいた。
ヴェルゼの話は概ねそんな感じで終わった。オルタは終始黙って話を聞いていたが、これには理由がある。話すのが好きでないと言っていたヴェルゼだが、俺との会話を除いてそれは顕著に現れるようだった。
以下は転移してすぐに行われた会話だ。
「死神って言うと、もっとおぞましい姿のものが召喚されると思っていたんだが、あんたはほんとに死神だよね?」
「……そう」
「……食事や睡眠は必要なのかい?」
「……不要」
「そ、そうか。じゃあ魔力があればなんとかなるという感じなのかね」
「……」
無愛想に首肯するヴェルゼ。もはや言葉すら発していない。オルタは苦笑いで助けを求めるように俺を見る。
死神の姿を知らずに召喚していたのか。とか、それはもっと早く尋ねるべきでは?とかいろいろ思ったもののあえて口には出さなかったが、辛うじて会話が成り立つくらいのレベルでしか二人の間ではコミュニケーションが取れていなかった。オルタの代わりに俺が会話を試みる。
「あー、食事睡眠がいらないってことだったけど、全く必要ないのか?」
「食べようと思えば食べられるけど、栄養にはならない。睡眠も同じで、眠っても疲れは取れない。そもそも私は疲れることがない」
返答は長文である。
「じゃあ魔力でそれを補っていると」
「そう。基本的に契約更新の時に必要量の魔力も一緒に貰っている」
具体的な返答がきちんと帰ってくる。
「オルタに対してなんとなく無愛想な感じがするのは……」
「ヤチヨが特別。彼女が悪いわけじゃない。ヤチヨ以外はみんな同じ」
どうやらなるべく俺としか会話したくないそうだ。
俺とオルタは顔を見合わせ、同時に小さくため息をついた。
こんなことがあったものだから、オルタはヴェルゼとの会話を俺に任せているし、ヴェルゼに聞きたいことがあれば俺経由で聞くようにするみたいだ。遠回りなことこの上ないとは思うが、ヴェルゼがこんなだから仕方がない。
そのヴェルゼはしばらくしゃべって疲れたのか――本人は疲れることはないと言っていたが、肉体的疲労に限るのだろう――ソファに座る俺の膝に座り、俺にもたれかかるようにして、顔だけこちらに向けている。すっぽりと収まった少女の柔らかさをダイレクトに体に受け、髪からはほのかに甘い香り。かつ上目遣いなどという即死コンボを貰って俺の理性は溶けて消えそうだったが、ヴェルゼが乗っているのは俺の上だ。理性を失ったらいろいろと終わると自己暗示をかけ、物理的に鎌首をもたげようとするそれを残された理性で必死に抑えるのであった。
オルタの扱いをどうしようか迷っています。
本当は八千代の代わりに贄になる予定だったのですが……。




