56話 初代エルフ長の遺したもの
クリスマスなんてありませんでした。
物語の中ではいつか書きたい題材ではありますが……。
いつの間にやらブックマークが200を超えておりました。
遅い更新ながらも付き合って下さり、感謝感激です。
「――何なりとお申し付けを。我が主」
長い睫毛の奥からクリーム色の瞳がこちらを見つめている。計算され尽くしたように美しい顔立ちは微笑みを湛え、何かを――それこそ主からの命令を待つかのように小首をかしげていた。
髪や瞳と同じ色が基調のフリルドレスを纏った姿は令嬢を思わせ、見る者全てに『高嶺の花』といった印象を与える。
唐突に動き出した兵器。しかもそれが発した言葉は更に意味不明なものであったが故に、誰もが一時的に思考停止している。
「……今、なんて言った?」
全ての人間が硬直した空間の中、最初に声を発したのは俺だった。
それに対し、一字違わず彼女は答える。
「繰り返し(Repeat)ます。――何なりとお申し付けを。我が主」
聞き返しての返答は、やはり変わらず。
「主ってのは、俺を言ってるのか」
「はい(True)。定量以上の魔力総量を認めたため、貴方を所有者(Owner)として認識しました」
「魔力総量……?」
この中で魔力総量が一番多いのは(女神がどうなっているのかはわからないが)一応俺になるのだろう。ヴェルゼと契約の時に半ば強制的に増やされたからな。
だが、なぜそれが所有者として認識される結果になるのかはわからない。
しかし、今はそれについて深く追求している暇はないだろう。俺を所有者と誤認してくれているならそれはそれで都合もいいのだ。まずは守護方陣をどうにかして取り戻さねばならない。
「とりあえず、現段階でのお前の主は俺ってことでいいんだな」
「はい(True)。貴方が我が主です」
「むぅ。妾と主様の呼び方が被っておるではないか……。これでは妾の影が薄く……」
後ろの方でフィーアが何やら呟いているが、それよりも。
「なら、守護方陣の状態はどうなっている」
「検索(Search)します。――『守護方陣』についてのデータは、現在保管中です」
どうやらデータ自体は無事だったらしい。ひとまず安心といったところか。
あとはそのデータをどうやって回収して俺が使うか、だ。
「それに戻せるか?」
言いながら水晶がはめ込まれた台座を指差す。元々守護方陣についての記録が保管してあった(であろう)装置だ。
「その処理は行えません(False)」
返答に眉をひそめつつ、その理由を問う。
「どうしてだ?」
「私は移送(Transfer)のために作られておりますので該当機能がございません」
「つまり、吸い出してここから持ち去る機能しかない、と」
「はい(True)」
「つっかえねえ!」
なんだそれは。これを作った奴はどれだけ面倒なことをしようとしていたんだ。
どう考えてもひとつの機体に全機能を搭載したほうが楽だろうに。
しかしまぁ、どうしたものか……。
などと考え込んでいると不意に声がかかった。
「八千代さん」
「なんだよ駄女神」
「駄女神……、こほん。ええとですね、一応補足しておこうかと思いまして」
「補足?」
「はい。それ(・・)が本来ならばどのような動きをしようとしていたのか、ということを」
つまり女神が他の兵器を消滅させなければ、こいつはどう動いたのか、ということか。
「一応頼む」
なんとなく想像がつかなくもないが、正確な情報は必要だろう。
「はい。まず私が消滅させた兵器の総数ですが、8体です」
「ここにいるのを含めれば全部で9体だったということか」
「そうなりますね。その内戦闘も可能そうだったのは6体でした」
そこで、思わぬ補足――この場合は補足の補足か――が入った。
「正確にはTransfer・Receiver・Cracker・Fire・Aqua・Wind・Stone・Light・shadowの9体です」
台座の隣に佇んでいた――名前は確か、トランスファーである。
「自分以外の個体のことも知ってるのか」
「知識として理解(Input)しております」
「じゃあ女神の説明はいらんな。それぞれの説明を簡単に頼む」
「そんな!?」
「かしこまりました」
隣で悲鳴に似た声をあげる女神をさらりと無視し、トランスファーに説明を求める。
「まず私Transferは、ここへの転移とデータの回収、そしてここからの転移が主な役割です」
「ここは転移してくることもすることも妨害されている空間のはずですよ?」
女神が疑問を投げかける。
「Receiverによって座標を特定しているため、その妨害は突破することができます」
「やはり仮説は当たっていたようですね……」
肩を落とす女神。リソースの関係でこのような対策になった、などと言っていたが、盗まれてしまっては元も子もない。
「クラッカーだっけか、それは何をするんだ?」
「Crackerは私から送られたデータを解読し、使用できるようにする役割があります」
「データそのままでは守護方陣は使えないってことか……」
「守護方陣はヘキサでないと使えませんから、残りの6体はそれぞれの属性に特化させた兵器、といったところでしょうか」
「はい(True)」
「それで守護方陣が使えるのか……?」
「理論上は可能であると判断されたため、私たちが作られました」
「誰に作られたんだ?」
「所有――Error。情報に齟齬が発生しています」
所有者、と言いかけたということは、俺の前の所有者が製造者でもある、ということか。
「質問を変えよう。お前を作った者の名前は?」
「初代エルフの長、サリティカ・アルン・ルミナリアです」
「八千代さん、その質問なら私でも答えられましたよ……」
「黙れ駄女神。となると、守護方陣を取り戻すためにはそいつに会う必要があるか」
クラッカーとやらが消滅してしまった今、正規のルートで守護方陣を取り戻すことはできないだろう。つまり、それを作った存在に直接会ってなんとかしてもらう他ないのだ。
「ええと、初代エルフ長は随分昔に亡くなっていますよ?」
答えたのは女神だ。黙れと言ったのに。
……って、今聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「今、何と言った?」
「ですから、初代エルフ長のサリティカ・アルン・ルミナリアは今から200年ほど前に亡くなっています」
「お前……」
自分の言っていることがどういうことかわかっているのだろうか。というか、それにすら気づかないような奴がこの世界の創造神なんてやっていて本当に大丈夫なのだろうか……。
いや、ダメだったから俺がこうやって世界を破滅から守るために動いているのか。
「じゃあ、どうやって守護方陣を取り戻すんだ?」
呆れつつ言ってやれば、女神は考え始めた。
「む、そうですね……」
うんうん唸りながら考えている女神を尻目に、本当にどうしたものか思考する。
この生体兵器はこの世界にそぐわないレベルの技術で作られている。ということはこの世界の職人程度では代わりになるものは作れないだろう。
エルフは高度な文明を築いていると言っていたが、製作者自身は死んでしまっている。子供にでも受け継がれていればまだわからないが、出来上がってすぐに女神が消滅させてしまっているし、どうだか……。
それに、例え受け継がれていたとしてもアテがない。急に会わせろと言って会えるものでもないだろうからな。エルフは閉鎖的だとも聞いた気がするので尚更だ。
「エルフか……」
思わず口から言葉が零れる。そこにオルタから声がかかった。
「一ついいかい」
「ああ。なんでも言ってくれ」
「さっきアルン・ルミナリアって言葉が聞こえたんだけどさ」
「初代エルフの姓だな」
「それだよ。それさ、リリティカも同じだよ」
「え?」
「リリティカだよ。覚えてないのかい? ノスティで薬屋をやってたろ?」
「それは覚えてるよ。ということは、あの人はエルフの長の子孫ってことか」
「あたしも聞いたことはなかったけど、まぁそうであっても不思議じゃないね……」
オルタとリリティカは知古だったと聞いている。オルタの中で引っかかっている会話でもあったのだろう。何やら頷いている。
「それなら、まだ希望はありそうだな」
「そうだね。少なくとも協力はしてくれるだろうから、会ってみてどうなるか、かね」
「ああ」
そうと決まれば、こんなところに長居する必要もない。さっさと撤収しよう。
「じゃあ、まずは地上に帰るとするか」
声をかければ、各々がそれぞれ返事を返す。
こうして、初めての迷宮探索は魔物の一匹も出ることなく終了したのだった。
◇
途中、置いて行かれたことに気づいた女神が涙目で走ってくるなんてことはあったが、それ以外には特に問題なく地上に戻ることができた。
個人的には即座にオルタの転移でノスティに戻りたいところだったのだが、酒場にロアを待たせていることや、魔物は出なかったとは言え気を張って疲労しているメンバーのことも考え、もう一日ウェンティで過ごすことになった。
思ったより迷宮に潜っていた時間も長かったようで、日も暮れかけていることだしな。
現在はロアに解散の旨を伝えるべく、奴が待っているはずの酒場へ向かっているところだ。
俺の周りはヴェルゼ、フィーア、オルタ、エンゼリカ、オリヴィア、アイティル、そして新たにトランスファー――長いのでランスと呼ぶことになった――が加わり、かなりの大所帯になっている。
美女・美少女の集団ということで好奇の視線にさらされながらも、しばらく歩けば目的の酒場に到着した。ジョッキの絵が書かれた大きな看板が目印の酒場だ。
戸を開けると料理と酒の香りが混ざった匂いがすぐに漂ってくる。
慣れない環境に顔をしかめているのはエンゼリカとオリヴィア、そして女神モードじゃないアイティルだ。お子様に酒精の香りはキツかったのかもしれない。王国組はこういった場所に余り足を運んでいなかったのだろうことが想像できた。
その間にも、酒場にいた客から好奇の目線を感じる。やはり女性の集団に男一人というのは浮いているだろうか……。下卑た視線でこちら――主に女性陣だ――を品定めしているようなものもちらほら見受けられた。
どいつもこいつもロアのような思考しかできないのだろうか、と内心ため息をついていると、店内の雰囲気が変わったことに気づいたのかロアがこちらに駆け寄ってきていた。
「おう兄ちゃん! 仕事はもういいのかい? それとも俺に用事か?」
寄ってくるなり大声で話しかけてきたロアは足元はしっかりしているものの、吐く息からはかなり飲んでいるだろうことが感じられた。
「おう、あんまり飲み過ぎんなよ。一応一段落したから、明日にはここを発とうと思ってな」
腐ってもAランク冒険者であるロアと気軽に話す、むしろ上の立場にいるような振る舞いをしているのを見て、先ほどまでこちらを見ていた客のほとんどが慌てて視線を逸らした。
それを見ていたフィーアがくっくと可笑しそうに喉を鳴らしていた。
「もういいのかよ。結局俺は何もできなかったか……。新迷宮の方は?」
「町をぐるっと紹介してもらったろ。それでいいさ。新迷宮の方は……時間があったらだな」
「そうかい。ボコボコにされてすぐの時はひでぇ奴だと思ったが、兄ちゃん案外いい奴だな」
厳つい獅子の顔を、どうやってかどこか愛嬌ある笑みに変えて、にししと犬歯を見せつつロアが言う。
「ま、なんだか急いでるみてぇだし。いろいろ終わったらまたこっちに来てくれよ」
「ああ。その時には新迷宮も一瞬で攻略してやるよ」
「おいおい、兄ちゃん達ならやりかねねぇからおっかねぇよ。枯れるほど狩らないでくれよな?」
冗談めかしてロアが言う。
そこに、くぅ~……と、可愛らしい音が聞こえた。振り返るとアイティルが顔を真っ赤にして俯いている。
どうやら腹の虫が鳴いたらしい。一日迷宮にこもって、まともな食事は朝だけだから仕方のないことだ。
丁度酒場にいるのだし、食事を頼むのもいいだろう。ロアともしばらく合わなくなることだしな。
「時間も場所も丁度いいし、飯にするか」
「おう、なら奥のスペースが空いてるぜ。一緒に飲もうや」
「ああ。……マスター!この店のオススメを適当に人数分見繕ってくれ!」
酒場のマスターらしきダンディなヒゲのおっさんに注文すると、これまたダンディに手をひらひらとやって了承してくれた様子だ。
「随分と気前がいいんだな、兄ちゃん。ここの飯は美味いけど、オススメなんて頼み方したら結構取られるぜ?」
ロアがおどけた調子で言う。
それに対する答えはもちろん、
「何言ってんだ? 飯代はお前持ちに決まってるだろ」
「……だと思ったよ。やっぱ兄ちゃんひでぇ奴だぜ」
乾いた笑みを浮かべるロアと、それを見て笑うメンバー。
まだまだ前途は多難だが、ひとまず英気を養おう。
その日は遅くまで飲み食いして、夜も更け切った頃に皆で倒れるようにして床についた。
「こういう夜も、たまにはいいもんだな」
幸せそうに眠る面々を眺めつつ、傍らのヴェルゼと微笑みあって、ウェンティでの活動を終えるのだった。




