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エピローグ

 真っ暗な空に、星が輝く深夜。

 外ではまだ、お祝いと称したどんちゃん騒ぎが続いている。この時間はそろそろ料理人が交代して、今度はシキノの使用人さんたちを領民さんたちがねぎらう時間になってる、らしい。その辺はサヤさんとか、あとタイガさんの新しい家令さんが仕切ってくれてるんだそうだ。

 理由をつけての賑やかなお祭り騒ぎを、ソファに座った俺とタイガさんは窓越しに見ている。もうふたりとも礼服もドレスも脱いでいてタイガさんはバスローブ、俺はネグリジェ姿になっていた。

 ……言わせるなよ、要するに初夜だよ。もう夫婦なんだもの、文句あるかちくしょう。


「お疲れ様でした、セイレン」

「ありがとうございます、タイガさん」


 ま、そういうことになるかどうかはともかくとして、だ。

 タイガさんは俺に、ホットココアを持ってきてくれていた。俺が甘党で、あんまりお酒飲まないっての分かってるから。タイガさん自身はグラスに注いだお酒を、ちょっとずつ飲んでいる。

 普通ならメイドさんがやってくれるところなんだろうけど、何か皆気を使ってくれててさ。いやまあ、分かる、分かるけどね。

 外はまだ明るくて、がやがやと領民さんたちが楽しそうに踊っているのが見える。これみんな、俺たちの結婚祝ってくれてるんだよね。ほんと、ありがとうって思う。あの中にはまだ院長先生もいるらしくて、付けヒゲ取れて顔バレしたらどうすんだと2人で頭抱えてたのは秘密な。

 ……2人の間では、わざわざ世界を超えてお祝いに来てくれたんだから、ちょっとくらいいいよなという結論に達した。トーカさんと顔がそっくりなのは、よく似てる人って言えばいいわけだし。

 うん、それでいいや。院長先生、楽しんでくれ。



 ココアをちびちび飲みながら、なんとなくタイガさんの顔を見上げた。タイガさんも俺の視線に気づいたのか、こちらを向いてくれる。


「……夫婦になったんですね、俺たち」

「ええ、そうですね」


 軽く、タイガさんの肩にもたれてみる。男として育ってた俺をそれでも好きでいてくれて、こうやって奥さんにしてくれた旦那様。これから、一緒に生きる人。


「しかし、よく俺のこと妻にしようとか思いましたよね。ほんと」

「はは、そういうこともあるものですよ。それに、セイレンも頷いてくれましたから」

「ですねえ」


 割としょうもない会話を、つらつらと続けていく。あー、ここまで過去がどうとか式の準備がこうとかいろいろあって、こういう何でもない話ってろくにしたことなかったんだな、俺たち。


「その、セイレン」

「はい?」

「その……キスを、しても」

「え?」


 ごめん、タイガさん。一瞬、何言ってるか分からなかった。

 いや、一瞬で済んでよかったわけじゃない。理解できた途端、まあ正直顔がぼんと熱くなってしまったからな。

 あー、でもメイドさんたちもいないし、というかそもそも俺がこの部屋にいるのはキスどころじゃない先に進むためでえーと。

 ええい、いいかげんにしろセイレン。女は度胸だ、俺は女なんだからな。


「ええ、ああ、えーと………………はい」


 考えがグルグル回る前に、頷いた。いやだって、キスごときでパニクってたらこの先大変だし、もう実行あるのみっていうかな。

 ほっとしたように笑ったタイガさんの顔が、そっと近づく。俺は覚悟を決めて、目を閉じた。

 あ、お酒の味、ちょっとだけする。



 多分、実際にはそんなに時間は経ってないんだろう、と思う。だけど、私にとってものすごく長く感じられた時間の後タイガさんが離れていく気配に、そっと目を開けた。息止めてたから、ほんとにそんなに時間は経ってないはず。

 で、開けた目の前でタイガさんは、私をまっすぐ覗き込んでほんわりと微笑んでくれていた。院長先生にどこか似たその笑顔に、ちょっとだけ安心する。この笑顔は、私の側にあるもので。

 私はこれから、この人と一緒に、進んでいくんだ。


「えへ」

「ふふ……セイレン。少し、柔らかい表情になりましたね」

「え、そうですか?」


 そんなことを言われて、ちょっと驚いた。いやだって、私そんなに硬い表情、してたのかな。

 それを言うならタイガさんだって、ずっと柔らかい顔になっている。いや、まあ第一印象がアレだったけど。


「セイレン。私の妻として、これからよろしく頼みます……頼む。この方が、いいかな」

「え? あ、そうですね。その方が、何だか頼りになる旦那様って感じで」


 あ、タイガさん、敬語がとれた。何か吹っ切れたものがあったのかな。だから、表情も柔らかくなって。


「私、まだまだ未熟者ですけど、よろしくお願いします。タイガさん」

「こちらこそ、よろしく。セイレン」


 お互いに名前を呼び合って、見つめ合って。

 それからタイガさんは、私の身体を抱き上げた。軽々と抱き上げられるのは、嫌じゃない感覚だった。



 さて。

 四季野青蓮として育って、シーヤ・セイレンに戻って。

 私は明日から、シキノ・セイレンとしてこの世界で生きていく。

 これからまた色々、問題もあるんだろうけれど、でも。

 この世界には父さんや母さんやサリュウがいる。一緒に来てくれたメイドさんたちもいる。

 きっと明日には離れてしまうけど、院長先生もいる。

 そして何よりも、私と一緒にいてくれるタイガさんがいるんだ。


 育つ世界も性別も間違ってたけれど、それはそれでいい経験になったわけだし。


 今の世界と性別に、今後ともよろしく、と胸の中で呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一人称で"私"に戻れて良かったですね。
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