チャプター1 DIVE
2
オリガの、お世辞にも流暢とは言えない軍事論と惑星解説を頭の中で反芻しながら、俺たちは光速航行を続けていた。
惑星〈ギレイン〉。目視でも周回速度が速いと感じる衛星と、その先には大小の赤色矮星が二つ、オレンジと白に近い色で横並びに輝いている。
大気は地球に近い状態でテラフォーミングもいらず、地中水源から生い茂る植物が広大なジャングルを形成している。原生生物も豊富で様々な種類が生息しているらしい。更に珍しいのは、コアまで続くほどの巨大なハーフスプリット亀裂があることだろう。その雄大さに恐怖を覚えたくらいだ。全長は約2万3000キロあり、その存在自体が長年学会で議論されてきた。静水圧平衡が働けばハーフスプリットは崩落してその亀裂を埋めるはずであるが、衛星の潮汐力や赤色矮星の重力干渉により常に引き裂き続けられている[#「引き裂き続けられている」に傍点]為、その状態を維持している。そしてコアの熱で大気が焼かれ死の星になるはずが、この亀裂がうまくラジエーターとして機能しており独自の生態系を築いている。地球の科学者達はそう結論づけた。
エンドポイントにしては潤沢な資源が確保できることもあって拠点を構えたらしい。ここを足掛かりに更に植民星を増やす算段だろう。何故最近まで誰も手をつけなかったのか不思議なくらいだ。
ただし、やはり今まで誰も寄り付かなかったことには意味がある。重力場と磁力線、惑星の形状や周辺星域のダークマター濃度など小難しいことが原因で、どうやら〈時間軸がズレている〉らしい。具体的には惑星上と軌道上で時間の進む速さが約23年も違う─歪んでいるらしい。その問題を解決する為のT・D・Eが無ければ一瞬で浦島太郎の出来上がりだ。
「ボルフォン銀河連邦のお偉いさんたちはギレインの開拓を承認しなかったが、地球側との軍事力差が圧倒的で結局折れたらしい。だが海賊連中を使った嫌がらせをしてくるから気をつけな」
ブリーフィングでのオリガの言葉を思い出す。
「ポリー。ギレインでのインシデント報告件数を教えてくれ」
「現在報告があがっているのは宇宙海賊の襲撃が25件、野生生物の襲撃が142件です。また、ギレイン上の鉱物はネットワーク接続されていない為、野生生物の詳細は不明です。あとは、ここ数年で現地のマイアスマ濃度が上がってきていますので、そちらも今後は脅威になってくるものと思われます」
「マイアスマが?妙だな。一定値を保つ性質があるはずなんだが」
「各開発基地や単独施設などは電磁フィールドを展開させその侵入を防いでいます」
「本格的な惑星開発開始時期はいつなんだ?」
「軌道上時間の約4年前からオートボットと植民による惑星開発が開始されています。主に鉱石採掘ですが、現在は遺跡発掘などもされているようです。現地では92年と5ヶ月が経過しており、入植者も3代目になっています」
どうにも関係性がありそうな気がするが、これを調べたところで裏付けは取れそうにない。
「細かいことは気にすんなって!」
オリガが会話を遮る。また肩を叩かれそうになり、今度は避けた。
ディバイナーに高度AI、更にはシェイプシフターまで乗艦している。まるで何かとんでもないものと戦うことが前提のような──。
「ねぇヘンリー、あなた出身はどこなの?」
不意にカサンドラが喋り掛けてくれた。少しは打ち解けてくれたみたいだ。
「俺はワシントンのウィッシュカー出身だ。何もないところだが自然が綺麗だった記憶は今も残っている」
その瞬間、カサンドラの両眼で明滅していた幾何学的なデータレイヤーが、エラーを起こしたように激しく乱れた。透き通るような白い肌から、みるみる血の気が引いていくのがわかった。
「どうしたカサンドラ?田舎だから知らないのも無理はないが、そこまで反応されると俺も困るぜ」
なぜそうなったのか理解ができなかった。
「いいえ。ごめんなさい。何でもないのよ……」
カサンドラが反応したのはウィッシュカーという地名だったのだろうか。
「ギレイン到着前にクルーは直ちにコックピットへ集合しろ」
考え事をしているとヴァルターから通信が入る。オリガは「いくよ」と言ってスタートダッシュをキメていた。気づくとカサンドラの姿は既に無かった。慌てて後を追いかける。小さな船ということもありすぐに追いつき、一緒にブリッジへ入っていく。
「これより我々は大気圏突入後、先遣隊と合流し開発基地ゴルドの哨戒任務にあたる。ブリーフィングで内容は確認したと思うが、ブルシットジョブだと勘違いするなよ」
「サー!イエッサー!」
「スケジュール通り、この後すぐに着陸場へ向かうぜ──」
「お話中、申し訳ありません。キャプテンジミー報告です。ギレイン接近と同時にゴルドとの通信を試みていますが、電磁嵐の影響で不通となっています」
「やはりこの辺りは不安定だな」
「警告。この宙域に未確認のワープ物体を検知しました」
「クォルヴィム評議会に雇われた海賊どもか」
「早速お出ましか!」
どことなく嬉しそうなオリガ。不吉なことを言うのはやめてもらいたいもんだ。ボスの表情が曇った直後、船内に赤色警報が鳴り響いた。
「警告。有機体ミサイルを検知。速やかに警戒態勢へ移行してください」
ポリーのエマージェーンシーコールがループで流れる。
「ドローンじゃなく生体ミサイルだと?敵さんは石器時代からタイムリープしてきたのか? ポリー、オートパイロットを解除してくれ。コントロールを手動に切り替える」
「いきなり襲撃を仕掛けて来たか!ヴァルター操縦は任せるぞ!」
「言われるまでもねぇ!ポリー、シールド制御と宙域スキャンで敵さんまでのナビを頼む!」
「了解しました。ヴァルター中尉。スキャン開始します」
「オリガはA砲座、ブーティはB砲座へ向かえ!出来ないとは言わせない」
「ブーティ!さっさと持ち場にいくよ!」オリガが叫ぶ。
「イエッサー」
ヴァルターとボスはそのままコックピットに残り、俺とオリガは揺れ動く船内を砲座へと駆けた。この船は哨戒船のはずだが最低限の武装は用意されているようだ。
「カサンドラはディバイブルームで待機してくれ。万が一必要になったら指示を出す」
「わかったわ」
カサンドラはまだ不安定らしく、深刻な面持ちでブリッジを後にした。
砲座に着くとすぐさまボスから迎撃指示があった。オールドウェイヴタイプ船の設計上、砲座でカバーできる範囲は限られており、小さい船なら尚更制限が掛かるが、この船は特殊カスタムされている。砲座がプラズマ接続されていて、多少の伸縮性もあり、ちょうど吊られた球体の形状をしていることから約290度の射角調整も可能だった。
ベルトを締め、タッチパネルで射撃モードをデフォルトの実弾に選択。
「セッティング完了。セパレーション開始」
砲座が放たれ、センサーに映るミサイルをエイムする。切り離される際のプラズマの青白い閃光が遠ざかっていく。ポリーは武装箇所のコントロールを行えないため、人の手が必要な部分だった。
Aポジション側にもミサイルが不規則な軌道で向かってきている。ギリギリのところでオリガが撃墜する。
「おっしゃあ!どんどん来やがれ!」
ポリューションワーニング。ポリューションワーニング。
「おいおい汚染ミサイルかよ!」
「半径50メートルの侵蝕汚染を確認。汚染物質に触れると生体機能が停止します。設置中の浄化装置では侵蝕速度の遅延が精一杯ですので、回避範囲を広げてください」
「わかってるよ!ポリー!」
さらに無数のミサイルが飛来してくる。
「ボス!これじゃ撃墜が追いつかないぜ!なんとかならないか!」
オリガの通信は鬼気迫っていたが、Bポジションの俺も目の前の迎撃で手一杯だ。
「おおおおおおぉぉ!!」
すべての感覚機器をフルスロットルにして応戦する。
「ヘンリー!砲座を狙われてるよ!しっかり撃ち落としな!」
「くそっ、なんだこのミサイル!軌道が不規則すぎる!」
「解析完了。汚染ミサイル型の小型特攻船です。すべて撃ち落としてください」
推進剤を撒き散らす歪な肉塊が次々と迫ってくる。自死をも厭わず獲物を捕まえる為に発射されるスーサイドミサイル。その中には操縦者がいる──文字通り、俺たちを貪り食うためだけに、バケモノが骨肉ごと飛んでくるわけだ。
「オリガ!ブーティー!リブステーキになりたくなければすべて撃ち落とせ!船体に近づけるな!奴らはただの海賊じゃない、〈タブリフター〉どもだ!」
ノイズが入り混じった通信でボスが叫び、背筋がフリーズする。タブリフター。宇宙の禁忌に触れ、生物の成れの果てとなったグラトニー。かつて連合軍に追われ、惑星アトラのナワバリに数世紀は引きこもっていたはずのミュータント集団だ。自らの肉体を機械パーツや他生物の遺伝子と強引に結合・拡張させ続けた結果、人でも虫でも何でも喰らう狂気の捕食器官へと変貌した、人類の敵。
「タブリフターがこんなところまで来てるなんて聞いてないぞ!禁忌破りのバケモノどもが、なんだってこんな辺境に!」
オリガは吠えながらも正確にエイムを合わせる。だが、奴らは飢えている。意思疎通など不可能な、ただ貪るためだけに動く肉の塊だ。
「このままだと奴らの餌だ。敵艦の位置は捕捉したか?」
ヴァルターはベテランパイロットらしく冷静かつ的確に砲座のカバー範囲へとミサイルを誘導しつつ、回避行動をとっている。
「タブリフターの船はアステロイドベルトに隠れながら移動をしている様子です。この距離から排除するよりも接近戦を仕掛けるべきです」
ポリーが解析を進める。
「ヴァルター、かなり厳しい道のりだが近づけるか?」
「愚問だぜボス」
操縦桿を握り不敵に笑う。
「オリガとブーティは引き続き接近したミサイルの撃破を頼むぞ!」
二人が無数のミサイルを片付ける中、徐々に敵艦へ接近するヴァルター。固定された身体は上下左右に引っ張られ、ベルトに肉が食い込み、船体は大きく軋んで唸り声を上げる。
「ギュアアアアアアア!!!」
予測範囲外からのタブリフターミサイルが襲いかかる。直撃こそ免れたものの近距離で爆発し、船体が一部汚染される。
「ポリー!隔壁を閉じろ!自己修復速度を上げるんだ!」
「第7隔壁閉鎖。汚染除去開始します」
「軌道が読みにくい上に、捕捉も難しいと来たもんだ。腕が鳴るぜ」
余裕を見せるオリガに対して、経験の浅い俺が足手纏いになっている。
『こう……ふ……くしろ……』
敵船から不気味な声で通信が入る。その後ろでは、食料にありついて興奮している様子の叫び声が重なる。
『いのち……までは……とら……ない……』
「気味が悪いな。タブリフターとなってもまだ人語を解すのか……ボス、通信を切るぜ」
「所詮はバケモノか。言ってることとやってることがチグハグなのにも気づいてない」
ジミーが冷静に指示を続ける。船への被弾がこれ以上増えれば機能停止に陥る恐れがあった。
ポリーの高精度ナビゲーションとヴァルターの操縦で小惑星帯を抜け、タブリフターの母艦が目の前に現れた。
「たまげたぜ……」
ヴァルターは目を疑ったように唸った。
禍々しく歪で邪悪な船が目の前に現れた。有機体割合が8割を超えるという、悍ましい生物宇宙母艦。触手の様なものが無数に蠢いており、獣の顔に似たものが正面に貼り付けられている。その口からタブリフターの生体ドローンが射出され始めた。骨のような質感の装甲が不気味さを一層強調している。
「ディラベタイプ母艦です。はっきり言って不快以外の何物でもありません」
ポリーの声はやけに人間味があり、嫌悪の情が感じとれた。
「フォビダーテクノロジーによる負の産物です。破壊して楽にしてあげましょう」
通常の宇宙船とは違い、明らかに生体ベース部分のパーセンテージが高い。艦橋らしきものがなく、意思を持って動いているかのような、船とは思えない動きをしている。
「人類の常識は一切通用しない相手だ。だが、奴らも攻撃を喰らえばくたばる! こちらもドローンを射出しろ!」
「迎撃用ドローン射出。動力チャージがまだ完了していないため、稼働時間は6分42秒です」
「構わん。今が使い所だ。母艦に集中攻撃!」
射出したドローンがカタパルト部に当たる場所を正確に攻撃し、内部で誘爆が起こった。
「これで少しは楽になる──」
俺が次にエイムを合わせた時、至近距離で爆発が起こり、目の前が真っ白に塗りつぶされた。
「警告、B砲座近くに被弾。シールドと装甲が一部損壊しました」
「修復をその部分に集中させろ!」
保護膜が展開され、自動修復が始まる。
「修復率割り当て増加完了。全体シールド損耗深刻です。ヘンリー上等兵の意識レベル低下」
「死ぬなよブーティ……」
砲座が一門なくなることによって均衡は一気に崩れた。オリガはエイムを一点に絞り、敵母船に集中砲火を浴びせる。
「堕ちやがれ!」
無反動で撃てるとはいえ、これほどの連射となると排熱システムの設計が甘いせいで、船内の冷却装置じゃ持って5分が関の山だ。
「警告。銃身の耐熱性限界」
即座にタキオンガンに切り替える。
「私はこっちの方が好きなんだよ!」
船に直撃したが、ダメージがそこまで感じられなかった。
「敵船への装甲ダメージ率わずか2.47%」
「既存兵器での効果は薄いか。奴らの船にはカリメタでも含有されているのか……」
ジミーの顔に汗が滲んだ。
「ここが勝負所だよ!ウォォォォ!」
オリガが戦意を増し、さらにミサイルやドローンを撃墜していくが、多勢に無勢。たがが外れた暴食のイナゴの群れを止めることは困難を極める。このままではアバドンがすべてを飲み込んでいく。
「警告。機体損傷率37%。破損箇所の浄化率47%。修復作業急ぎます」
警報が止むことなく響く。
「やむを得ん。カサンドラ!ディバイブに備えろ!直接叩き込む!」
ジミーの顔が険しさを増した。
「ディバイブルームへのエネルギー供給を増幅。エネミーサーチ情報同期完了」
「くそっ!一発すり抜けた!」
オリガだけでの迎撃はもう持たない。
掠れゆく意識の中、エリシオンの船腹──ディバイブルームのある区画──から、宇宙の暗黒を塗りつぶすような黒いモヤが触手を伸ばしていく。
「あのモヤはなんだ……」
それは人の意志、目視可能なほど増幅されたディバイブの波動だった。次の瞬間、付近に展開していたタブリフターの生命活動が、一斉に停止した。
B砲座という、俺が意識を失ったことで生じた完全なブラインドスポット。
そこを正確に突き抜けてきた最後の一撃──汚染ミサイルが、カサンドラの待つディバイブルームの直上で、凄まじい閃光を放って炸裂した。




