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届かぬ王妃へ  作者: 霧里 野蒜


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恋の魔法使い

「ありえない……」

 カミーユの唇から漏れたのは、驚愕と、ある種の絶望だった。

 かつて「組織の論理は肌に合わない」と言い残して国を去ったアウレリウス。その彼が今、魔法障壁を前にして放った『ファイアボール』は、彼女の知るそれとは根底から異なっていた。


 儀式的な詠唱も、幾何学的な魔法陣の展開もない。ただ、一瞬の閃光と、極限まで削ぎ落とされた魔力の波動。それは伝統と権威を背負う魔法相大臣としてのカミーユを、一瞬で置き去りにする「未来」の姿だった。


「久しぶりだね、カミーユ大臣。……いや、その顔を見ると、あまり歓迎されていないようだ」

 皮肉げに笑うアウレリウスに、彼女はプライドをかなぐり捨てて詰め寄った。

「どういうことなの、アウレリウス。その……術式は。一体、何を得たというの」

「この国の賢者に教わったのさ。君も紹介しようか? もっとも、君のような魔法国の秀才『閣下』には、彼の理論は耐えられないかもしれないがね」


 アウレリウスに導かれ、カタリニア王国の玉座に座っていたのは、ラインハルトだった。カミーユは外交官としての礼儀すら忘れ、王に問いかけた。

「アウレリウスに新しい魔法を教えたのは、あなたですね? 私にも……大臣としてではなく、一人の魔導師として、貴方本人からその理を教えてください」


 側近たちの非難を制し、ラインハルトは困ったように、けれど穏やかに微笑んだ。

「執務もあるので急に言われても困りますが……。分かりました。時間をとりましょう」


 控えの間で待つ間、カミーユの胸は高鳴っていた。それは未知の深淵に触れる恐怖ではなく、真理を追い求める純粋な知的好奇心。食事を待つ子犬のような瞳で彼を待つ彼女の前に、やがてラインハルトが現れた。


「僕の考える魔法は、空気中の『魔素』を使います。魔力とは、いわば魔素を包む『袋』に過ぎないんです」

 ラインハルトの言葉は、魔法国の常識を根底から覆すものだった。魔力を練り、ぶつける。それが魔法の全てだと信じてきた彼女にとって、それは天動説が地動説へと変わるほどの衝撃だった。


「分からん。全く、分からないわ」

 理論だけでは追いつけない。悲しそうに首を振る彼女に、ラインハルトは提案した。

「ならば、体験した方が早いでしょう。『クリーン』の魔法をかけます。手順を確認しながら行いますから、感じてみてください」


 ラインハルトの手が、カミーユの背に添えられる。

「まず、僕の魔力で君を覆います。感じますか?」

「感じる」

「次に、その隙間に魔素を充填します。何かがまとわりつく感じがしませんか?」

「よく、分からないけれど、何かが、層になっているような」

「そうです、それが魔素です。クリーン」


 閃光。身体を通り抜ける清涼な衝撃。

「もう一度。もう一度、お願い」

 彼女は懇願した。真理に触れたいという渇望と、それ以上に、彼が放つ魔力の温もりの中にいたいという無意識の欲求が混ざり合っていく。


「分かった、分かったわ!」

 ついにその理を掴んだカミーユは、震える手で呪文を紡いだ。

「天地の理にそって――ファイアボール!」


 放たれた業火は、かつての彼女のものより数十倍の密度を持ちながら、術者への負担は驚くほど少ない。虚脱感がない。効率の次元が違う。

「凄い威力だ。王よ、どう思う?」

「お見事です。やはりカミーユさんには、素晴らしい才能がある」


 ラインハルトの賞賛に、カミーユの目から涙が溢れた。

 長年、伝統という重圧の中で、どこかで行き詰まりを感じていた孤独な研究。その暗闇に、彼は最高の光を与えてくれた。


 涙が乾く頃、彼女の瞳には、さきほどの魔法よりも熱く、消えない火が灯っていた。それは、ラインハルトが意図せずかけてしまった、最強の呪い。

 魔法の真理を求めて扉を叩いた魔導師は、いつしかその扉の主から目を離せなくなっていた。何度も繰り返された魔力の接触、繰り返された指導の時間。その蓄積が、彼女の心に「恋」という名の、二度と解けない術式を完成させてしまったのだ。

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