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駅で高校生と殴り合っていたら五百万円与えられたので、合理主義の僕がなぜか同居生活を始めてしまいました。  作者: 透明スケ


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第十二話 精算

 数日後。

 (かえで)が家に住むようになってから一週間くらいだろうか。


 朝、目が覚めた瞬間から、体が重かった。

 頭がぼんやりする。

 喉が焼けるように痛い。


「……最悪だ」


 体温計を取り出して熱を測ると、三十八度を超えていた。

 明らかに風邪。それもそこそこ重い。

 よりにもよって、こんなタイミングでかよ。


 今日は大学もあるし、バイトもあるし、スーパーで食材も買い足す予定だった。

 何より、生活のリズムが崩れる。

 完全に非効率だ。

 布団の中で仰向けになり腕を額に当て、天井を見つめながらどう動くべきか考えた。


 休むのが最適解か。

 だが、欠席が付くし、その分収入も減る。

 薬はあるか。

 昨日確認していない。

 水分は――


「……」


 思考が途中で途切れる。

 身体が言うことを聞かない。

 無理に起き上がろうとして、結局ベッドに沈み直した。

 身体中の関節が痛くて、無駄だった。


 すると、ガチャ、と玄関が開く音がした。

 ビニール袋が擦れるような音と共に。


「……いるか?」


 足音が近づいてくる。

 部屋の扉が開いて、楓が顔を出した。


「……顔やばいぞ」

「多分、インフルエンザ」

「だろうな」


 あっさりと言って、楓は部屋に入ってきた。


 額に手を当てる。


「うわ、熱っ」

「触るな。伝染(うつ)るだろ」

「はいはい」


 軽く手を引っ込める。


「飯は?」

「いらない」

「水は?」

「……ある」


 本当は、さっきから喉が渇いていた。

 だが、それを言うのも面倒だった。


「嘘つけ」


 楓はため息をついて、部屋を出ていく。


 数分後、ポカリスエットの入ったペットボトルと濡れたタオルを持って戻ってきた。


「ほら」


 無理やり手に押し込まれる。

 そのまま、枕元に座る。


「……何してる」

「見てる」

「帰れよ」

「無理」


 意味が分からない。


「バイトは」

「休んだ」

「休むなよ。非合理だな」

「うるせえお前が言うな」


 短く返される。

 楓は、何も言わずにタオルを取り替えたり、水を飲ませたりする。


 不思議と、不快ではなかった。

 冷えたタオルが上がった体温を(やわ)らげていくのを感じる。

 だんだん、時間の感覚が曖昧(あいまい)になる。


 寝て、起きて、また寝る。

 その合間に、楓の気配だけがずっとあった。


 ふと目を覚ましたとき、楓が床に座ってスマホを見ていた。


「……なんでいる」

「暇だから」

「だから伝染るから出てけと言ってるだろ」

「だから無理だって言ってるだろ」


 同じやり取りを繰り返す。

 そのまま、しばらく沈黙が続いた。


 天井を見つめながら、ぼんやりと考える。

 楓は、また損をしている。

 入院している妹に使うはずの時間も金もあるはずなのに、それでもここにいる。

 バイトを休み、時間を使い、ここにいる。


 合理的じゃない。


 なのに。


「……なんで」


 口に出していた。


「ん?」

「なんで、そこまでやる」


 楓は少しだけ考えてから、答えた。


「倒れてるやつ放っとく方が、気持ち悪いだろ」


 それだけだった。

 理由になっていない。

 理屈がない。


 でも――


 今はそれが、あまりにも自然に聞こえた。



 ――翌日。


 熱は少し下がっていた。

 身体もだいぶ楽になっている。

 関節の痛みは引いてきているが、長時間寝ていたからか、依然として腰が痛む。


 なんとか起き上がって食卓に行くと、楓がいた。


「お、起きたか」

「……ああ」

「大丈夫そうだな」

「まあな」


 食卓の上には、適当に用意された食事があった。

 バナナに菓子パン、ウィダーインゼリー。

 それだけではない。

 楓が作ったと思われる、お(かゆ)があった。

 見た目は雑だが、一応栄養は考えられているらしい。


「食え」

「……」


 少しだけ迷ってから、椅子に座る。


 一口食べる。

 味は、普通だった。


「どうだ」

「……普通だな」

「だろ」


 どこか満足そうに笑う。

 そのやり取りに、既視感があった。


 食べ終えたあと、楓がポケットから封筒を取り出した。


「そんで、これ」


 机の上に置く。


「なんだ」

「金」

「……は?」


 中を見る。

 数万円分の札が入っていた。


「バイト代。今までの分」

「……なんで」

「家賃とか、光熱費とか、払ってもらってたから。あと、野菜炒めも作ってもらったしな」


 あっさりと言う。


「だからこれ、お前の金にしてくれ」


 その一言で、理解する。

 これは、楓なりの「精算」だ。

 僕の中のルールに合わせようとしている。

 非合理なこいつが、合理的にしようとしている。


「なら僕も、お前が看病してくれたことを精算させてくれよ」

「……いいよ。それは、お金でやりとりするものじゃないからさ」

「…………」


 僕は何も言わず、その金を持って部屋に戻る。

 自分の財布にお金を加えるためではない。


 黒いバッグを開ける。

 束になった札の中に、それを混ぜた。


 そして家計簿を開く。

 楓に関する出費の欄を見つめて、数秒手が止まる。

 それからゆっくりと線を引いて消した。

 自分の中では、これが「精算」なんだと心に言い聞かせた。

 そして、これからもそうなんだと。


 戻ると、楓は何も聞かなかった。

 楓の行動は、相変わらず非合理だ。

 だが、無意味ではなかった。


 目の前の困りごとを優先して、損得を後回しにする。

 順番も、基準も、その場で変わる。


 理解はできない。

 きっとこれからも、完全には理解できない。


 けれど――


 それを、間違いだと切り捨てることは、もうできなかった。


「……非合理だな」


 小さく呟く。


 だが、その言葉は、もう否定ではなかった。

これにて完結となります!

最後まで読んでいただきありがとうございました!!

また次回作もよろしくお願いします。


良ければ、星、ブクマ、感想、今後のモチベになりますので、ぜひお待ちしております!

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― 新着の感想 ―
二人の価値観やそこからくる葛藤が、とても丁寧に描かれていてよかったです。 最後の楓の行動にも泣けました。
合理至上主義の主人公のもとに、理性では割り切れない出来事が降りかかる構図が面白く、引き込まれました。 価値観の異なる楓との共同生活の中で描かれる、千秋の心の揺れや変化も印象的でした。 素敵な作品をあり…
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