第五話 王家の墓へ
第五話投下です!
お待たせしました、リーサの見せ場です!
ハープーンに突っ込まれたままでは終われない。
がんばれ、紅一点! がんばれ、シャーマン! がんばれ、苦労人(苦労牛?)!
昼前にバオルたちは支度を整えて、ボルドーを後にした。当初の予定では、王家の墓を参ったら、そのままヒプロスに向かうつもりだったのだが、昨日のマクドナルドの話から、怪物や盗掘者との遭遇・交戦が考えられたので、ボルドーに一度帰還する計画に切り替えたのである。
馬の重さを減らすため、荷物はそれぞれの得物と、探索用の雑貨に絞り、残りは宿に保管してもらっている。万一、自分たちが戻らなかった場合の処分も頼んでいた。
バオルたちは出発する前にマクドナルドに挨拶していた。彼は特にバオルの装備の貧相さを心配し、初心者にも扱いやすいクロスボウと、鎖かたびらを用意してくれた。
「使い古しで申し訳ござらん」と言っていたが、三人が見る限りでは、新品と遜色ないほど手入れが行き届いている。更に、探索と戦闘時の奥の手として、火薬を用いた「発破」という道具を数個。
「これは火をつけてから、三秒後に爆発いたす。直撃すれば城壁の一部すら崩すので、お気をつけくだされ」とマクドナルドは注意してくれたが、バオルは心配でたまらない。
こうして馬の脇に下げている時に、まかり間違って爆発したら、自分たちはこっぱみじん。旅の終焉が惨めな自爆では、師匠に顔向けできない。
馬を進める三人の前に、やがて大河が見えてきた。ボルドーの水源でもあるフォルミア河だ。ここをさかのぼり、樹海を抜ければ王家の墓がある。
不意にリーサは目を輝かせると、川のほとりで馬から飛び降りた。湿り気のある土に指を突っ込んでかき回し、まずは匂いをかぐ。恍惚とした顔になった彼女は、今度は土のついた指を実になまめかしい所作で、おもむろに口に含んだ。
「すごい。この土、とても肥えています」
「古代文明発祥の地だからな」
「おみやげに、少し持ち帰らせてもらいましょう」
リーサは小さなシャベルを手に、湿った泥をせっせとサンプル採取用の袋に詰めていく。服装もあの泥だらけのローブなので、傍目には年頃のお嬢さんが、泥遊びに興じているように見えた。しかも、少しと言っていたのに、袋はパンパンに膨れ上がってしまっている。
彼女が、ご満悦といった笑みを浮かべるのを待って、バオルが口を開いた。
「この辺りで、樹海入りの準備をしよう。ハープーン、獣除けの香は?」
「問題ない」
「リーサ、頼む。王家の墓までの道を確認してくれ」
「任せてください」
リーサは袋から土をひとつかみ取り出すと、空に放り投げる。普通なら落下してくるだろう土は、空中で静止した。その塊から羽、足、頭がゆっくりと生えくる。変化が終わる頃には、体色と羽ばたかないこと以外で、見分けがつかない小鳥が、三人の頭上を飛びまわっていた。
「道の確認。お願いね」
彼女の声と共に、土の小鳥は川の上流、鬱蒼と茂る樹木の中に飛び去っていく。バオルたちは馬と自分たちに獣除けの香水をふりかけ、更に腰からも獣除けの香を炊いた携帯用の小鉢を吊るすと、小鳥を追いかけるように樹海へ踏み入った。
樹海の中は、昼間でも薄暗い。樹冠からのぞく太陽が、辛うじて三人の進むべき道を照らしてくれている。
先ほどからリーサは片目をつぶっていた。本人によると、閉じている目は先ほどの小鳥の視界が見えているそうだ。ある程度方向と高度をリーサ自身が調整できるので、ミクロからマクロまで、様々な視野で情報を集められる。
ゴーレムと呼ばれる土人形を作るこの術は、彼女の部族の巫女が使える伝統技術だ。作られたゴーレムは、民たちの生活の一部となっている。しかしリーサ曰く、この技は門外不出とのこと。世間におけるゴーレムは、高度な魔道師のみ理論体系を構築していたものの、実用には至っていない。
バオルたちが恐れているのは、彼女が軍事利用されてしまうことだった。土という無限に近いリソースのみで作成される、ゴーレムの軍団。それが戦いに投入されれば、兵の損耗を気にせずに、作戦を遂行できる。やがてゴーレムが人から戦場を奪い取り、人同士でなら実行できない、非人道的な振る舞いを行うことになりかねない。
例えば、マクドナルドから受け取った発破という武器を、あの小鳥にくくりつけて都市内に飛ばせば、あっという間に街が壊滅する。その手を血で汚すことなく、相手を制圧できてしまうのだ。彼女の部族が辺境に隠れ住んでいた原因の一端は、ここにあるのかもしれない。
誰かに尻尾を掴まれないために、バオルはゴーレムの使用を、必要最低限かつ人里離れた場所のみにするように、リーサに言いつけていた。だが、彼女の好奇心はそれをたびたび破ってしまい、ハープーンが雷を落とすという流れが、旅するバオルたちの日常となっている。
「もうすぐ森を抜けます」
リーサの言葉通り、数分で視界が開け、バオルたちの目の前に、王家の墓が姿を現した。四角錐の形にうず高く積み上げられた大理石は、バオルがボルドーに来る前に見た、あの墓石よりはるかに大きい。その足下には、人や馬を象った土偶がひしめいている。鎮魂墓、というイメージがバオルの頭に浮かんだ。
三人は荷物を降ろし、近くの木に馬をつなごうと思ったが、すぐに思い直した。話に聞く怪物や盗掘者がいた場合、馬を見られたら自分たちの存在を感づかれてしまう。
バオルたちは墓の影にあり、草が茂っている木を選んで馬をつなぐと、リーサは袋の泥を、馬たちを囲うように振りまいた。
「包んであげて」
彼女の言葉を受けて、泥はあっという間にドーム状に伸びて、馬たちをすっぽり覆った。リーサが右の手のひらをひっくり返すと、泥のドームは表面から、汗をかくように一斉に水を流し始める。水が地面にすっかり吸い込まれる頃には、見た目はただの岩にしか見えない、擬態工作が完成していた。
三人は、棺を運び入れるために作られたと見られる、石階段を登って墓の内部に入る。中は真っ暗だったので、全員カンテラに火を入れた。通路は、人が二人並んで通れるかといった狭さの一本道で、壁には結った縄をイメージさせる文様が、所狭しと刻みつけられていた。
しかし、過ぎた年月とかつての観光者と盗掘者の数を示すように、壁面には微細なヒビが入り、文様の一部分は消えかけてしまっている。
事前に得た情報によると、ここからまっすぐ進んだ通路の左右には、玄室が一定間隔で設けられている。代々の国王と王妃の棺が安置されていたらしい。盗掘者によって盗み出されてしまい、今は確認する術がないのだ。
三人は念のため、獣除けの香を炊き直すと、ハープーンは剣を抜き、バオルはクロスボウに矢をつがえ、臨戦態勢を整える。墓地の死肉目当てで住みついている怪物は珍しくなく、油断していると不意打ちを食らう可能性があった。
仮に奴らがいなくても、死者が起き上がったゾンビやスケルトンが襲い掛かってくる昨今なので、気は抜けない。もっともアンデッドたちが相手なら、バオル一人で十分立ち向かえる。
「なんか、不気味ですね。底冷えがしてきますし」
「当たり前だ。ここは墓の中だぞ」
「そりゃ、やってくる人を『ようこそ、いらっしゃい』なんて歓迎してくれる墓があったら、目を疑うけどね」
「いずれは、私たちも墓に入るんですよね。私は暖かい泥に包まれて逝きたいなあ」
「不謹慎だぞ、リーサ。こんなところで死ぬようなことを言うんじゃない」
「その時には、僕が責任を持って君を葬るよ」
「お願いします。じゃあバオルさんには、私のとっておきの土葬をプレゼントしますね」
「楽しみにしておく」
「お前ら二人は、どうして死ぬことに乗り気なんだ」
ハープーンの頭痛の種は、絶えない。
一本道の通路はやがて下り坂になる。リーサの言う通り、墓所内の空気は徐々に冷たくなって底冷えがしてきた。
今のところ怪物の気配はない。その上、釣り天井や壁の隠し矢などといった賊除けの罠は、先んじて墓に入った盗掘者たちによって、あらかた暴かれていた。観光者用に想定された順路を大きく外れなければ、危険はないだろう。
「そういえば、王国最後の王様って、どんな人だったんですか?」
「評価は一定じゃない。歴代最強、運命に選ばれし者、虐殺王者、慈悲の聖王……」
「『虐殺』と『慈悲』なんて方向性が全然違うよね。何が正しいんだろう」
「史家たちの評価には、私見が多分に入るからな。しかし、どの伝承でも、優れた武勇を持っていたことは記述されている。その姿を、ここで見たという話もあったが」
「迷って出ているのなら、僕の出番だ」
バオルの目つきが変わる。今は矢をセットしたクロスボウを持っているが、背中に負った不死の杖が、自分の真の得物だ。王が死の定めを覆そうとするなら、正しく死なせなければいけない。それがシャーマンの使命。
じきに下り坂が終わり、広い空間に出る。およそ十五メートル四方の部屋。正面の壁には古代文字のレリーフが刻まれていた。
三人は左右の壁を丹念に調べ、仕掛けがないことを確認すると、正面のレリーフの前に立つ。
書かれている象形文字の解読は、バオルの持っている古代語辞典が頼りだ。上着の内側にあるマップ・ポケットに、地図と一緒に入っている。
バオルが取り出そうと身をひねった時、背負った不死の杖が、かすかにレリーフに触れた。とたんに、錆び付いた鎖を力ずくで持ち上げるような音が響き渡る。
まぬけだましだ、と三人は直感した。だが正体が掴めない。吊り天井か、隠し矢か、いや、この袋小路なら入り口から毒ガスが出てくれば十分か。でもこの鎖の音はガスの類ではないはず。
「二人とも、隅に逃げろ」
ハープーンが警告を発した時には、すでに足元の床が消え去り、三人は底さえ見えない、漆黒の中へと落ち出していた。




