第二十二話 ダイトン市街戦
第二十二話、投下です。
いよいよ物語は最終章。
もはや退路はありません。
「闘うがいい、シャーマンよ。死を生かす道は、お主とともにある」
バオルたち四人の打ち合わせは続いていた。
カーネルとカトリーヌの夫妻は、それぞれ領主直属の騎士と魔道士だったが、主君の暴政に嫌気がさし、身分を捨てて市井に生きることを選んだらしい。
「力ずくで行かなくても、アイザックに通用する強力なカードがある。あいつの娘だ」
「あんな人がお父さんだなんて、かわいそう」
「リーサさんにはそう見えるでしょう。でもアイザックは十年前まで、名君にふさわしい男でした。それが、どうしてここまで堕ちたかは、私たちには想像してみるしかありません。ただ奥方様がお身体を崩された時期と、一致しているのです」
「シャーマンは? この都市は辺境ってわけじゃない。訪れたシャーマンに奥様の病気を治してもらえば、それで解決するのでは」
「奥方様は、治る見込みがない病だったと聞いている。そのような人間に命を注いでも、底が抜けた樽みたいに、命は流れ出してしまう。そうだろう、バオル殿?」
「――確かにその通りです。それが、アイザックの乱心の原因ですか」
シグルドの病もそうだった。ハープーンが言ったように、シャーマンは癒すことはできても、死ななくすることはできない。心身が死に向かっている生物にとって、シャーマンの治療は助けになるどころか、苦痛の時間を長引かせることになってしまう。
そのような場合は逆に相手を介錯して、儀を行うこともシャーマンの使命だった。今朝のビルマの行動は、ある意味ではシャーマンとして正しい。ただ、その死を生かす道を、彼は決定的に誤ってしまっていた。
「奥方様は半年前に亡くなられたと聞く。アイザックの娘はかなりの箱入りで、我々も会ったことがない。一部の者は奥方様にそっくりな容姿だと言っているが、確証は皆無。存在そのものがアイザックの妄想だという声もある。でも事実ならば、使わない手はない」
カーネルが部屋の壁に並ぶ肖像画を見るように促す。この部屋には、シュトラ王国の頃から、ダイトンを治めていた代々の領主夫妻と、その近衛兵たちの油絵が掛けられていた。
絵の中の若かりしアイザックは豊富な黒髪と、今にも劣らぬ量のあごひげを蓄えた勇壮な顔つきをしていた。その横に寄り添う形で並んだ妻は、見る限りリーサと同じ位の年で、プラチナブロンドの髪をアップにした、幼さの残る顔立ちだ。
そして彼らの後ろに控える側近と近衛兵たち。カーネルたちの話では、これが五十年前の独立当初の姿らしい。
しげしげと油絵を見つめていたバオルは、リーサに腕をつつかれた。見ると彼女の視線は、はるか以前の代にあたる、一枚の領主夫妻の絵に注がれている。
「夫妻の後ろに控える近衛兵たち。その一番後ろの列、右から二番目を」
「え、これは――ビルマ?」
リーサの示した位置に、今と同じ姿のビルマが並んでいる。屈託のない笑顔を浮かべながら、不死の杖を携えたその男は、今朝会ったばかりのシャーマンと、瓜二つの容姿をしていた。
カーネルに聞くと、これが書かれたのは千年前。一定周期で入念な補修が成されて、保存されてきた絵だという。ビルマは彼の子孫に当たるのだろうか。
辺りがにわかに騒がしくなった。部屋の外というより収容所の外から聞こえる、耳朶を打つドレイクとグリフィンの鳴き声。
四人は、アーゾフが攻め寄せたか、それとも革命軍が早まったかと最初は思った。今度は爆発音が響き、収容所全体が揺れ、硝煙の臭いが窓のすき間から侵入してくる。
ただ事ではない、と全員が思い始めた矢先。風を切って何かが落下してくる音。
「逃げろ!」とカーネルが叫び、四人が入り口の戸を、身体でぶち割るかのごとく飛び出した、その一瞬後。天井を破り、ドレイクの頭が先ほどまで四人の固まっていた床に突き刺さる。もうもうと土煙が上がる中、彼らは階段を駆け下りる。
扉を開けると、先ほどバオルたちを先導した兵士が倒れていた。こめかみからの出血。バオルが不死の杖を手に、命を吹き込んだ。
「被験者たちが、脱走を始めやした」
息も絶え絶えに、彼は答えた。
「急に暴れ出して、まさか格子をぶち破るなんて……」
「外に行かせてもらうぞ。皆の様子を確認しなくては」
四人は収容所の外に飛び出した。
市街のあちらこちらで火の手が上がっている。吹きすさぶ風は、燃え盛る火の手を煽り、立ち昇る煙は四人の目の中にも飛び込んで、涙を流させた。人々の叫び声がこだまし、空護衛たちの乗っていたドレイクやグリフィンは混乱しているのか、騎手を振り落とし、同士討ちして次々と市街に墜落していく。
響くほら貝の音。都市総動員法発令の合図だ。しかし、それを聞くまでもなく四人はすでに街中へと駆け出していた。組織の者と合流し、事態を把握しなくては。
二組のカップルは修羅場と化した市街を走る。本能のまま、破壊と殺戮に溺れる被験者。事態鎮圧のために、アイザックが繰り出したと思われる近衛兵。正気を失ったドレイクとグリフィン。奴らはバオルたちの姿を認めると、有無を言わさず襲い掛かってきた。
「カーネル! てめえの顔をこの槍で苦渋に歪ませたいと、前々から思っていたぜ!」
「主君より、男を取るなんて……恥知らずのカトリーヌ! 旦那もろとも葬ってやるわ!」
「目の前に立つなら、誰であろうと関係ない。泥の巫女様、ご覚悟!」
「シャーマン! この疫病神めが! 反逆者と手を組み、ダイトンを潰す気か!」
ためらっている余裕はない。四人は立ちはだかる連中と、夢中で斬り結んだ。
「――こいよ。相手になってやる」
「主君を諫めるのも、また忠義。どいてもらうわよ」
「覚悟ならとっくにできています。どんな相手にも負けないという覚悟を!」
「違う! ダイトンを救いたいんだ。あなた方が立ちふさがるなら、全力でねじ伏せる!」
カーネルのバルディッシュが、カトリーヌの魔法が、リーサの泥の腕が、バオルの死を生かす力が、障害となるものたちをなぎ倒し、血路を開いていく。
四人が中央広場につながる街路の角を曲がった時。
「た、大将? 大将ですよね?」
「マイセンか!」
頭にバンダナを巻き、皮の鎧を身に着け、無骨な槍を持ったその男は、民家の影に寄りかかっていた。右腕と、左太ももからの激しい出血。バオルはすぐに治療に取り掛かる。
マイセンは告げた。組織の隠れ家に匿っていた被験者たちが突然暴れ出し、その混乱の中で仲間たちとはぐれてしまったこと。そしてアイザックの兵とグリフィンに襲われて、命からがらここまで逃げてきたこと。
「助けた恩を、仇で返されるたあ、ちょっと来るもんがあるっす」
「聖水の副作用かも知れん。アーゾフの連中はまだ来ていないんだな?」
「多分。でも、前線の砦がここみたいになっていたら、奴ら相手にどれほど持つか」
「わかった。俺たちは城へ向かう。お前も来い」
カーネルの言葉に、リーサが新しく泥を身体に塗りつけながら、警告する。
「待ってください。我々だけでは、いくらなんでも危険です。もっと人数を集めたほうが」
「正論だな。だが俺たちは負けられない上に、時間がないんだ」
マイセンの治療が済み、五人は中央広場目指して走り出した。カーネルがリーサに事情を説明する。
この事態を革命という形で終わらせなければ、独立が失われるのだ。万一アーゾフが介入すれば、これは戦争の一貫と扱われ、多くの賠償金を払わされてダイトンは困窮してしまう。
そのままアーゾフの支配下に置かれるか、もしくは漁夫の利を狙い、戦後復興支援の名を借りて、兵を出した周辺の諸勢力が、利権を削り取ろうと進入してくるのは目に見えていた。
その果てに待つのは、配置された駐在軍による、敗戦都市の市民への、横暴と虐待行為。
「ダイトンの尊厳は失われる。独立の心、革命の魂は、夢幻と消えるんだ」
「でも、ファリスさんやモリブデンさんが、そんなことを許すはずが」
「これは戦争だ。敗者を食い物にするのは、勝者の特権。心に受けた傷は、決して癒えることがない。刻まれる縦構造。えげつないもんさ、人間は」
だからこそ、革命軍が戦争の首謀者アイザックを止め、速やかに停戦交渉を行い、新政府を樹立しなければならない。ダイトンが、ダイトンとして生きるために。
五人はまっすぐ中央広場を目指す。しかし
「大人は死ねェ!」
路地からナイフを持った子供が飛び出し、カーネルに突きかかってきた。思わずバルディッシュで弾き、柄で殴り飛ばしたが、その子供はすぐに起き上がってきた。
目を見開き、開いた口の両端からはだらしなく唾液が垂れ落ちている。
「あ、あれは匿っていた子っす!」とマイセンが叫ぶ。
同じく、路地から、建物の影から、露店のカウンターの裏から次々に子供たちが姿を現す。
「お父さん、私……わたし、がんばったんだよ。だからほめて、ほめて、おねがいだから。ほめてくれないの? そっかあ、じゃあおかあさんをころしたら、ほめてくれる?」
「はは、親父がいやがる、おふくろがいやがる。待ってたんだぜ。俺を出来損ないのくずだって捨ててった、お前たちをぶっ殺してやりたくてな!」
「なんで、父ちゃんは酒もタバコも夜更かしもよくて、オレたちはだめなんだよ! 毎晩、別の母ちゃんを連れてくるのはなぜなんだよお……ひひひ、身体に聞いてやらあ!」
「大人はいつも、だめ、だめ、だめ。私をどうして認めないの? 本当は怖いんでしょう。ねえ、ホントは、私は賢いもの、やさしいもの、かわいいもの、強いもの、あんたなんかより!」
「こ、こんなことって」
「――殿下、あなたは」
一瞬、女性陣がたじろいだ。そこに後ろからの矢。リーサの右肩と、カトリーヌの左わき腹が打ち抜かれる。浅めに肉が削られ、鮮血が飛び散り、短い悲鳴があがった。このままでは挟み撃ちにあう。
「女性陣、後ろからの狙撃を警戒しろ! マイセンは必要に応じて援護を! ガキどもはオレがやる。バオル殿は」
「子供の相手を手伝います」
女性陣と、自ら匿っていたマイセンに、子供の相手は酷だろう。
カーネルとバオルが構えると、子供たちはナイフや棍棒を手に、一斉に駆け寄ってきた。
「――すぐに終わらせてやるからな」
「辛かったよね。苦しかったよね。次は平和な――報われる世を生きてくれ」




