第二十一話 揺るがぬ信念
第二十一話、投下です!
「おい、つぶらやこーら。実をいうとな、俺はイチヤラブが嫌いだ。もっとハードな漢をよこせ!つまり、バオルとリーサはいい、ハープーンを映せ、ハープーンを!」
「ハープーンェ! お前は俺の最後の光だ!」
というハープーンをお待ちかねの方、大変長らくお待たせしました。
今回は丸々、ハープーンです。
彼の武士道、ご覧あれ。
「集落、間もなく視認距離に入ります」
先頭の空騎兵の声に、接収隊は気を引き締める。ダイトンを飛び立ってから、グリフィンの乗り方を教えてもらいつつ、ハープーンは彼らと言葉を交わしたが、驚いたことにアイザックに反感を持っている者ばかり。しかも、共通点があった。
肉親の誰かが、聖水を処方されている者ばかりだったのだ。
「聖水を処方された者は、確かに生まれ変わったように全快する。だが、奇妙なことに、ある程度日数が経つと、寝床を抜け出して、行方をくらませてしまうのだ。ある空護衛の一人から、例の集落でその姿を見た、といううわさを聞いた。それを確かめるべく、我々は志願したのだ」
「寄生虫の類か」
バオルがモリブデンに斬られたダイトン兵の命について、テントで話した時を思い出す。あの兵士には命が二つある。だが、一つは後天的に与えられたもので、やがて元あった命を食い尽くし、乗っ取ってしまう。
それが行き着く先は「母」だという。話に出てきたシスターの下に戻るのであれば、合点がいく。寄生虫をばらまくシスターの企みを暴くことが、この任務の要点となるだろう。
これは反乱の根回しをする必要もないな、とハープーンは感じていた。もはやダイトンは火種がくすぶるどころか、火薬庫状態だ。一度爆発すれば、もはや取り返しがつかない。それこそ、都市総動員法が発令などすれば。
「集落、視認距離」
ハープーンはグリフィンから地上を見下ろす。木の柵に囲まれた集落の内部には、かやぶき屋根の簡素な家屋が数件と、畑が広がっていた。その最奥には、屋根に十字架をあしらった教会が建っている。
見る限りでは人間とミノタウロスの異種族混交といった様相を呈しているが、建物や農具といった環境を人間に合わせたものにしているため、どこかちぐはぐな印象を受ける。
ハープーンを含めた接収隊は、集落近くの木立の中に着陸すると、各々の得物を担いで集落の中へと歩を進めた。
中に入ったとたん、「二コル!」と声を張り上げた年配の兵士が、入り口近くの畑の脇で三つ又のフォークを手に持った人間に走りよった。他の兵によると、二コルは彼の息子の名前らしい。
年配の兵士が体調を初めとする、様々なことを尋ねているが、二コルは返答もなく黙々と干し草を山の上に重ねていた。年配兵士が、より声高に二コルに呼びかける。
それぞれの肉親の姿を見つけた兵士たちが、バラバラと散っていく。しかし、ハープーンは危険な雰囲気を感じ取っていた。いつぞやバオルが石を医者たちに投げつけられた時の空気に似ている。今まで無表情だった肉親たちの顔に、徐々に苛立ちが浮かび始めた。
「みんな、離れろ!」ハープーンが警告の声を張り上げた。
「もうこいつらは、あんたたちの家族じゃ無くなっている!」
遅かった。二コルのフォークは、すでに兵士の胴体を串刺しにして、草の山へと放り込んでいたのだ。ある者は拳で胸を穿たれ、ある者は鋭い角で喉を切り裂かれ、ある者は顎が外れたかと思うほど、大きく開いた口に噛み付かれて頭蓋骨を砕かれた。自分の肉親だった奴らによって、その命を散らされていく。処刑が済むと、彼らの視線は一斉にハープーンを向いた。
やるしかない。ハープーンが二丁斧を抜いた時には、すでにニコルがフォークを手に襲いかかってきていた。
突き出されるフォークの穂先を切り飛ばして、顔面が歪むほどの鉄拳を見舞ったが、数メートル吹っ飛ばされたニコルは、何事もなかったように起き上がる。
やはりダイトン兵と同じだ。常人の致命傷は、こいつらの命に届かない。徹底的に破壊しなければ。
ハープーンは襲い来る者たちを、ことごとく唐竹割りにする。ミスリルの斧はさすがに刃こぼれこそしなかったが、何人も相手にすると脂がまき、ハープーンの攻撃は次第に斬り捨てるから叩き潰すに変わっていった。
奴らが血まみれになって、這いずりながらも立ち向かってくる姿には心が痛んだが、戸惑えば自分が死ぬだけだ。ひたすら相手を斃すことに専心する。
三十人ほど始末しただろうか。ミスリルの鎧が返り血に曇る頃。
「武器を納めてください! みんなも、もうやめて!」
教会から修道服に身を包んだ、人間の女性が出てきて声を張り上げる。その声を聞いた村の生き残りは、ぴたりと手を止めると、殺戮をする前と変わらぬ暮らしに戻っていった。ただ違うのは、兵士とその肉親だったものたちの躯が、そこかしこに散らばっているだけ。
ハープーンは身体と斧についた血と脂を布で拭うと、斧を背負い直す。歩み寄ってくるシスターがこいつらの保護者だとしたら、油断はできない。
「あなたか。この集落の代表者だっていうシスターは」
「ミレイヌと申します。しかし、あなたは何ということを」ミレイヌは倒れた躯たちを、悲しく見やる。「この子たちに何の罪もないのに」
「罪がない、だと? 肉親を殺しておいて、その言い草は何だ!」
ハープーンはミレイヌから、アイザックに劣らぬ悪意を感じた。
「それは、彼らが子供たちの癇に障ることをしたためです。手を出さなければ、この子たちは決して危害を加えません」
ミレイヌが集落の『子供たち』を見るように促したので、しぶしぶハープーンは辺りを見回した。
「彼らの顔、とても穏やかではありませんか?」
「ああ、穏やかだな。自分のしでかしたことに責任を持たん、クズ野郎が持つ穏やかさだ」
「あなたたちがタブーを破ったからです」
「知りもしないタブーを破って、問答無用でバラされるなんぞ、たまったものじゃないな」
もしリーサがこの集落にいたら、いくつ命があっても足りないだろう。
シスターの詭弁は続く。自分は彼らを「真の人間」にしたのだと。それは、愛情、憎しみ、恐怖、野心、悲しみといったしがらみを取り払い、思うがままに生きる人間。それを作るために、聖水を処方したのだと。
「私は、全てのしがらみを無くした、平和な理想郷を作りたいのです。お願いですから、放っておいてください!」
「で、迷い込んだ奴に聖水を振りまいて、身内にしようってか」
「大陸の惨状は、聞き及んでいます。しがらみに囚われるがゆえに、一生を縛られて死んでいく人たち。片や、全てのしがらみから解放されて、この集落で自分らしく、個性を発揮して生きる子供たち。どちらが幸せだと思いますか?」
「自分らしく? 個性?」
ハープーンもついに頭に来た。このシスターは自分やバオル、リーサを含めた現実と闘う人々を侮辱したのだ。使命や責任を「しがらみ」でひとくくりにし、悪いものと決め付けて、逃げているに過ぎない。逃げた先に楽園を作り、命を懸けて生きている人々を下劣と罵り、思い上がっているのだ。
「シスター。あなたは勘違いをしている。あなたの言う『自分らしく』とか『個性』とかは、単なる『わがまま』に過ぎないんだよ」
「『わがまま』……ですって」
「個性とわがままの違いを教えてやる。他人に尊重されるか、されないかだ」
「私たちは、みんなが認めています!」
「井の中で傷を舐めあっている、蛙どものたわ言だな。気に障ったから? タブーを破ったから? それで注意も警告もせずに、相手を痛めつけて、バラして、『これは個性なんです。許してください』? ふざけるのもたいがいにしろ!」
「あなただって、あの子たちを大勢殺したくせに!」
「俺には果たすべき使命がある。あんたの大嫌いな『しがらみ』って奴さ」
バオルとリーサの顔が浮かぶ。あの二人は本当によく似ている。ひたむきさも、真面目なところも、沸点すらも。追い風には二乗の力を発揮するが、掘る墓穴の深さも二乗だ。
ハープーンの頭痛の種は、絶えない。自分がいなければ、危なくて仕方ないのだ。
あいつらを守り抜く。それが自分が血を流し、命を懸ける理由。その心をけなす輩に折れるつもりはない。
「俺は『しがらみ』を持って生きる。あんたみたいに、現実から逃げはしない」
「理解しては、もらえないのですね」
ミレイヌはぞっとするほど、低い声を出した。最後通牒のつもりだろうが、その威しは、逆効果だ。
「あんたがわがままを通すなら、俺もわがままを通す。意地でも、聖水の源泉を押さえさせてもらう!」
ハープーンが斧を一丁抜き、シスターに突きつけた。だが、ミレイヌは震え上がるような笑みを浮かべる。
「それは叶わない話ですね。なぜなら源泉は私自身なのですから。私の血が、この山から湧き出る清水と一体になり、生まれる奇跡なのです」
ミレイヌの服が破れ散った。だがその裸体は人間の者ではなく、ルビーのように赤く輝く鱗に覆われていた。火竜の証だ。
「本性を現したか」
「哀れな魂。この私が救ってあげます!」
彼女の肉体は見る見るうちに大きくなり、ウェンディゴを上回る体躯となる。鱗は全身を覆い、顎は大きく張り出して牙が生え出した。そして、ハープーンの身長を上回る長さの尻尾。翼こそないが、二足歩行する中型のドラゴンだ。
シスタードラゴンは、その口から惜しげもなく炎のブレスを吐いた。ハープーンがかわすと、地面が焼け焦げ、炎の道の先にあったかやぶきの家が、五秒と経たずに灰となる。
「動かないで。丸焼きにしてやる!」
ハープーンは円を描くようにして、ブレスを避ける。もう彼女は周りの被害などお構いなしだった。家も、畑も、身内の子供たちも容赦なく焼きつくしていく。のどかだった集落は、たちまち紅蓮地獄に姿を変えた。
これで奴らにちょっかいを出されないで済む。子供たちを燃やさせて、一騎打ちに持ち込んだハープーンは、投げナイフを放った。狙いは目。ここを潰して攻撃の起点としたい。
だがドラゴンはよけるまでもなく、ブレスを吐いてナイフを燃やし、塵にする。
「おい、ちょっとは手加減しろ。そのナイフ、高いんだぞ」
「目を狙う卑怯者が、どの口で!」
地面を揺らしながら、長い爪のついた両腕を振り回してブレスを吐く火竜。とても近寄ることができず、ハープーンは逃げ回った。隙を見てナイフを投げるくらいしかできないが、ミレイヌはその全てをブレスで消し去っていく。
「どうしました? 逃げてばかりでは勝てませんよ。チクチクと飛び道具で攻めるのがせいぜいですか?」
「なら十秒間、吐かず、動かず、振り回さずを実践してくれ。タコ殴りにしてやる」
炎が頭を掠める。産毛がちりちりと焦げ付いた。また一本、ナイフを投げたが先駆者達と同じ運命を辿る。
そこへ疲労が来たのか、ハープーンがよろけた。その隙を逃がさず、ドラゴンの尻尾がハープーンの足を絡め取る。そのまま何度も地面に叩きつけられたミノタウロスは、やがて彼女の眼前で、逆さまに吊るされた。
「あはは、やっと捕まえましたよ! どうやって死にたいですか? このまま丸焼きでも、私の胃の中でゆっくり消化でも、構いませんよ。ミノタウロスはお腹が膨れますし」
「ならば、これは依頼の代金だ」
頭から血を垂れ流すハープーンは、宙吊りの状態から、またナイフを投げつける。
「性懲りもなく!」
ドラゴンは口を開いた。今までよりも距離が近いせいで、ナイフは口の中に飛び込む。口内の粘膜に触れる前に溶けるだろう、というのがドラゴンの予測だった。だが、あまりの近さにドラゴンは確認できていない。
そのナイフには、発破がくくりつけてあったことを。
発破はドラゴンのブレスに焼かれ、爆裂する。内部からの爆発は、ドラゴンの顎をちぎり飛ばし、発生した爆風はハープーンを尻尾の拘束から解き放って、中空に放り出した。
受身を取って着地したハープーンは、ミスリルの二丁斧を抜く。軽口の挑発も、執拗に投げナイフにこだわったのも、すべてはこの瞬間のため。
未だ、痛みにもだえ苦しむドラゴンのちぎれた顎を目がけて、ハープーンは二本の斧のうち一本を投擲する。ミスリルの刃は顎の傷を更に深くえぐり、首元に突き刺さった。悲鳴が一層大きく響き渡り、ドラゴンは膝をつく。
「痛いだろ? 辛いだろ? ミレイヌ。これが命だ」ハープーンは残された斧を手に、膝に飛び乗ると、彼女の裂けた顎をなおも斬り上げた。「命ってのは、痛いもんなんだよ!」
腕に乗り移ったハープーンは、そのまま肩に足をかけて、彼女の左目に斧を突き立てる。痛みにうめくドラゴンは、ハープーンを振り落とそうと激しく頭を振るが、突き刺した斧を握り締める彼は動かない。
ドラゴンの行為は、自分の傷により深く斧の刃をめりこませるだけだった。ドラゴンはついに、頭を振らなくなる。
ハープーンはミスリルのブロードソードを抜き、頭を伝って右目にも剣を突き刺した。それが決定打となり、火竜は断末魔の咆哮と、辺りを揺るがす地響きと共に、寝そべるようにして、その身を横たえたのだった。
剣を引き抜き、地面に飛び降りたハープーンは、思わずたたらを踏んで、剣を杖代わりに地面に刺す。ダメージは大きかったらしく、戦闘中は興奮で欺瞞されていた疲労と痛みが、一気に襲い掛かってきた。
「あれれ、一足遅かったか」
この声は、今朝方聞いたばかりだ。ハープーンが息を切らしながら、声の主を見る。焼け野原と化してしまった集落の入り口に、ビルマが立っていたのだ。
「この手で導きたかったけれど、仕方ない。ミノタウロスにやられるくらいじゃ、食い手がなさそうだし」
ハープーンは剣を抜いて構えたが、腰が今にも砕けそうだ。ビルマは嬉しそうに笑う。
「やるねえハープーン。今日から君は、ドラゴンスレイヤーだよ。さしずめ、その剣はドラゴンキラーといったところか」
「お前も聖水が目的か」
「厳密には、聖水を飲んだ人だよ。常人以上の生命力は、僕を更に強くしてくれる」
「やはり、お前は止めなくてはならないか。死霊の騎士どもはどうした?」
「時間稼ぎが目的だったあいつらは、もう土に還したよ。ところで、だいぶお疲れのようだけど……前に言っていた護衛の仕事、ここで果たしてみるかい?」
それは無理だ、とハープーンにはわかる。ボロボロの自分一人だけでは、返り討ちに遭うだけ。バオルたちとの約束を違えてしまう。
「いや、やめとくさ。悔しいが、今はお前に勝てそうにない」
「冷静な分析だね」
「俺は戻る。ダイトンにいる、あいつらの所へな。それとも俺を始末するか? どちらにせよバオルとの対決は避けられないだろうが」
「ま、僕も少し思うところがあるしね。死地を味わうのは今度にしようか」
ビルマはドラゴンの死体を検分する。そして首と目に刺さっている斧を引き抜くと、血を拭ってハープーンに手渡した。
「サービスがいいな」
「聞かせてよ、このドラゴンがどんな奴なのか」
ハープーンは語った。ミレイヌの偽りの楽園計画を。それを自分がぶち壊したことを。
「シスターは方法を間違えたんだ。俺にはそれが許せなかった。けどな」ハープーンは血の染み付いた、自分の手のひらを握り締めた。「平和を導こうとしたミレイヌの願いと魂だけは、この俺が受け継ぐ義務がある」
「よしきた、任せといて」
ビルマは不死の杖を地面に突き立て、目を閉じる。ミレイヌの身体は、光の粒となり、ハープーンに流れ込んできた。
「ビルマ、何を?」
「君が命を、魂を背負うならば、その仲立ちをするのがシャーマンだろ?」
ハープーンの傷も疲れも、嘘のように消し飛んだ。それでも足りない命が、活力となって彼の身体を満たしていく。
ビルマもやはり、シャーマンだった。それなら、バオルとのすれ違いはどこで生まれた。もうやり直すことはできないのか。ハープーンの疑問は後から後から湧き出る。
「急いだ方がいい」儀が済むと、ビルマは神妙な面持ちで告げた。「バオルとリーサ。このままでは危ないよ」
「どういうことだ」
「母を失った子供たち。彼らの命は、もはや自由だ」
ハープーンは悟る。この集落の連中はシスターが声を掛けるまで、自分に襲いかかってきた。その歯止めが利かなくなった彼らが巻き起こすのは、本能の暴走。
この集落で起きたことが、ダイトン全体で起こるということだ。
「じゃあねハープーン。次に会う時は、僕が君を導く時だよ」
この言葉で、もう二度とバオルとビルマが手を取り合う可能性はなくなった。だが、それを考えている暇はない。
木立の中でつないでいたグリフィンにまたがり、ハープーンは黄昏の空を駆ける。ミレイヌの命と、彼女が夢見た平和への願いを胸に。
次回、最終章、突入……!




