第十四話 誰がために
第十四話、投下します!
「この命、彼らのために」
アイチとメイリの骸を抱き、森を抜けたリーサたちは目の前の光景に目を疑った。
血を流した死体が、そこかしこに倒れている。手綱のついたドレイクやグリフィンも混ざっていた。中には二目と見られないほどの死体もあり、それらを視界に収めてしまった子供たちから、嗚咽の声が漏れた。
戦の跡だ。リーサの頭がこの惨状の原因を導き出したとたん、彼女は震え始めた。
「探したぞ、リーサ」
バオルとハープーンが自分に走り寄って来る。衣服が何箇所か破れているところを見ると、戦闘の最中も自分を探してくれていたのだろう。
バオルは告げる。この森の火事の原因を調べるために、アーゾフの偵察部隊が門を出たところ、ダイトンの先遣隊に発見されて戦闘に入った。被害者の数は、双方を合わせて二百人以上だと。
「お前、まさかとは思うが」ハープーンが険しい顔でリーサを見下ろしている。「あの火事に関わっていないだろうな」
「お姉ちゃんは、ぼくたちを守ってくれたんだよ」
「そうそう、炎を出す魔法使いのおばさんから」
子供たちなりのフォローだが、リーサにとっては完全に墓穴を掘られた。バオルさえも、目の色を変えて彼女に近づく。血が滴る左腕に視線を落としてから、彼は問うた。
「リーサ。君はダイトンの工作員と戦闘したのか」
有無を言わせない、強い口調だった。
「――はい」
「歯を食いしばれ」
バオルはリーサの頬を平手で音高く叩く。叩かれた箇所が熱くてたまらなくなるほどに、強い平手打ちだった。
「作戦や戦闘に対する干渉は一切無用と、あれほど言われただろう」
「ご、ごめんなさい。この子たちが連れ去られるのが見えて、つい反射的に……」
「言い訳はいらん。お前の責任は、俺たち全員の責任だ。今から作戦本部に報告する。お前もついてこい」
ハープーンが先頭に立って歩き始めた。
「百二十八。――この数が、何を示すかわかるか」
ファリスは報告書を見ながら、バオルたちに問いかける。三人は作戦本部の司令室にいた。全員立ったまま、ファリスの言葉に対し沈黙を保っている。
「先の戦闘での、我が軍の被害者の数だ。重軽傷八十一、死傷者四十七。シャーマン殿の働きで、葬儀と治療は済んだ。だが、これは一体何だ」
ファリスが報告書を書き物机に叩きつける。沈黙を破る紙の音は、気の小さい者であれば、それだけで震え上がりかねない。
「シャーマンとは利敵行為を働く疫病神か? そんなに死をもたらして、自分の仕事を得たいのか? 国境がなく、万人に尽くすとほざきながら、その実、利に群がる狼なのか?」
「違います。バオルさんは……」
「リーサ」とバオルはリーサを遮り、ファリスに頭を下げる。
「面目次第もございません。全ては私の監督不行き届きです」
「あの兵たちの中には幼い子供、年老いた両親、将来を誓い合った恋人を持つ者もいた。その未来を、他でもないお前らが踏みにじったのだ。『死を生かす』お前らが『死を生み出し』てな。お前らがいなければ、この犠牲は生まれなかった」
「返す言葉もございません」
バオルにつかつかと近寄ったファリスは、先ほどリーサがされたのと同じように、強烈な平手打ちをバオルの顔面に見舞った。腕がうなりをあげるほどだったが、バオルは微動だにしない。彼の唇の端から血が一筋流れて、あごから垂れ落ちた。
「これは私の拳ではない。お前らの犠牲になった兵たちと、その家族の拳と知れ」
「確かに頂戴いたしました。かくなる上は、これからの働きで汚名を雪ぐ所存です」
「当然だ。すでに沙汰は決定している」
リーサは胸が痛くなると共に、悔しさに歯噛みをする。
あの時、自分は正しいと思うことをした。あの魔女を倒し、子供たちを救った。だが、自分はアイチとメイリを死なせ、のうのうと生きている。
ファリスの拳を受けるのは、自分のはずなのに。全部自分のせいなのに。バオルは自分をかばって、全ての責任をかぶろうとしていた。
「バオル、ハープーン、リーサ。以上三名に最前線への参戦を命じる。半刻後までに支度を済ませ、再びここに戻れ」
ファリスは出会った時のように傲然と告げたが、バオルたちに背を向けてぽつりとつぶやいた。
「――子供たちの件、私からも礼を言う」
部屋に戻るとリーサは泣いた。号泣だった。とめどなくあふれ出る、疑問と悔しさとやるせなさを爆発させ、バオルとハープーンに全てをぶちまける。二人は自分が話している間、黙ってしきりにうなずき、義憤を共有してくれた。
「リーサ。お前は正しい。弱き者を助けるのは、平時の道徳だ」ハープーンがリーサの言葉が途切れるのを待って、口を開いた。「しかし平時の道徳は、必ずしも戦時の道徳とはならん。歯がゆいがな」
「あの子たちを見捨てるのが正しかったなんて、そんな、そんな……」
机に突っ伏して泣きじゃくるリーサの肩に、バオルが手を置いた。
「ファリス総司令も、辛い気持ちを押さえていたよ。彼女も子供たちを助けたかったんだ。でも彼女は総司令として私情で動いちゃいけないんだ。自分の双肩に、部下たちの命がかかっているからね。自分に与えられた役割を演じなければいけない。だから特別扱いによる軍紀の乱れを防ぐために、僕たちを罰するんだ」
「それ、むなし過ぎます。自分を殺して、みんなに望まれる姿を、いやいやするなんて」
「三ヶ月前の闘いを思い出してよ。あの時、君は邪険に扱っていたはずの僕たちに、真っ先に加勢してくれただろう。あれが君の、周りから期待されていた役割だったんだよ」
「あ、あれは、そうしなければみんな死んでしまうから、守らなきゃって夢中で」
「でも結果として、泥の民は死霊の騎士たちに打ち勝って、絶望の未来を覆したんだ」
「それは、バオルさんや、ハープーンさんが頑張ってくれたからで、私はそんな……」
「まったく、根が真面目なだけに、とことん自分を卑下する女だ。面倒くさい」ハープーンは本当にあきれた、という顔で手を振る。「いつまでもずるずる後悔するなら、ここで歩みを止めて部族に帰るんだな」
「それはできません」リーサはいきりたって顔を上げると、ハープーンの言葉に噛み付いた。「それじゃ、あの子たちが浮かばれない」
「ならば、どうする?」バオルが問いただす。不死の杖を抜き、床に突き立てた。「君の意見を聞こう」
「例え命を捨ててでも、ダイトンの悪魔たちを一人でも多く討ち取って……」
「それは違う。間違っている」
「何が違うんですか」
「それは死を生み出すことだ。僕たちがやるべきは、死を生かすこと」
「だって遺族の方々の無念を晴らすには、死を生み出さねば」
「命を捨ててでも、相手を殺すと言ったね。つまり、あの遺族の方々がやられたように、ダイトンの兵士として闘っている親、兄弟、子供、恋人を殺すということだよね。いたずらに不幸と憎悪の火種を撒き散らし、その全ての憎しみの矛先を自分に向けさせて、誰にも、僕たちにさえも顧みられずに、孤独で無残な最期を迎えたいというわけか」
リーサは言葉に詰まる。死を生み出せば、また死を生み出されるだけ。自分が多くの命を巻き込んで討ち死にしても、闘いは終わらない。
「――私は、死ねない」リーサは搾り出すように、言った。「私を待ってくれている、泥の民のみんなのために、死ぬわけにはいかない」
「改めて、聞こう。どうする?」
「闘います。でも憎しみじゃない。あの子たちが見られなかった未来をこの手で築き、見せてあげるために。生まれる死と向き合い、生きて、生きて、生き抜きます」
「その言葉を待っていたよ」
バオルは不死の杖をかざす。杖が光り、リーサの身体を光の糸が取り巻いた。しかし、自分の傷は治療済み。代わりに身体全体に、活力が満ちてくる。
疑問符を浮かべるリーサに、バオルは静かに告げた。
「今のは、アイチとメイリ。二人の命の輝きだよ」
リーサは息を呑んだ。今、自分の身体の中に、二人の命が宿っているのだ。
「君が生き続ける限り、二人はいつまでも君と一緒だ。聞いたよ。二人の夢はシャーマンと護衛だったって」
「個人的にはおすすめしない仕事だが、目指すというなら止めなかったさ」ハープーンは感慨深そうに、腕を解いた。「見せてやろう。本物のシャーマンと護衛の生き様をな」
「闘おう、リーサ。僕たちが支えになる。アイチとメイリを未来に連れて行こう」
リーサはまた涙が溢れてくるのを感じていた。昨日、夢を語り、チャンバラごっこをしていたあの二人はもういない。でも彼らの命は、自分の命と一つになって生き続ける。
彼らを死なせない唯一の方法は、自分が生き続けること。生きて未来をつかむこと。自分一人であったならば、自暴自棄になって粗末に散らせていただろう命の意味を、バオルとハープーンは気づかせてくれた。だから、この力の全てを彼らのために。
二人に出会えて、本当によかった。リーサは心の底から、そう思った。
半刻後。バオルたち三人はそれぞれの得物と荷物を用意し、戦闘用に鎧を身に着けた軍馬に跨って、一時的にシェルターから出てきた市民が見守る中、市街を巡っていた。
向けられるのは忌避の眼差し。囁かれる呪詛の嵐。彼らの戦死を願う声。特に女のリーサに関しては、死よりもむごい辱めを受けることを期待する空気が充満していた。
「シャーマンの護衛だと……ふん、女だてらに」
「うちの子も護衛になりたいって言ってたけど、とんでもない。犬畜生になりさがるわ」
「戦場は男の聖域。その意味を、身をもって知れ。女」
「天よ、かの者に一片の慈悲も与えたもうな」
「血と鋼と狂乱の園よ。あの女からすべてを奪いたまえ」
「貴様に、女としての幸せなど必要ない。消えろ」
「男たちの乱痴気の末に……女として産まれたこと、後悔しながら果てるがいい!」
「辛いだろ、リーサ?」
ハープーンが小さく声をかける。
「だいぶ。やっぱりきついですね」
リーサは新しく用意したローブの胸をさすりながら、苦笑いを浮かべた。表立って大勢に恨まれる経験は、彼女にとって初めてなのだ。
「しっかり助け続け、しっかり恨まれ続ける。それが僕たちの闘いだ」
「はい、覚悟しています」
バオルの言葉に答えるリーサに、迷いはなかった。もうその表情は、無邪気な少女のものではない。背負う命の重さを知った、戦乙女のものだった。
正門前には、十騎あまりの騎兵隊が集まっている。三人の護送と逃亡阻止を目的とした、屈強な兵たちだ。門が開かれ、出発しようとした、その時。
「お姉ちゃん、がんばれ!」
頭上から声が降ってくる。見上げると、民家の二階から、あの合戦ごっこに参加していた子供たちが顔を出し、手製の紙吹雪を三人に向かって撒いていた。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「いつまでも、お帰りをお待ちしていますわ、お姉さま!」
「アイチとメイリも、きっとお姉ちゃんと一緒にいるから!」
「お兄ちゃんたち、ちゃんとお姉ちゃんを守らなきゃダメだよ!」
「ぶじに帰らないと、ただじゃすまさねーからな!」
子供たちは懸命に手を振り、三人を送り出す。リーサは手を上げて、それに応えた。アイチとメイリだけじゃない。彼らのためにも、自分は全力を尽くす。
目指すは、最前線のモザビ平野。命が渦巻く戦場に向かって、若きシャーマンたちは、その第一歩を踏み出した。
本日の投下は以上の予定です。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
明日も順次アップしていけたらと考えています。
よろしくお願いします。




