第十三話 駆けよ乙女、燃えよ闘志
第十三話、投下です!
とうとう不安は現実のものに。
しかし、すでに賽は投げられました。
リーサ、怒りの大爆発! ダイトン。お前たちの好きにはさせない!
「シャーマンと護衛の方々」
不意に部屋の戸がノックされ、続いて誰かが入ってくる音。
「一部の市民の子供たちが、行方不明だそうです。今こそ、騒ぐのはその親たちだけですが、これが伝播すれば混乱につながるやも知れません。お手数ですが、子供たちの捜索にご助力願えませんか?」
「承りました。準備が出来次第、捜索を開始します。その子たちの似顔絵などはございますか?」
バオルの声と、紙を広げる音。そして部屋の戸を閉め、走り去っていく足音が聞こえた。
「リーサはどうする? 起こすか?」とハープーンの声。
「いや、ゴーレムを行使し続けて、彼女も疲れているだろう。寝かせてあげて、起きたら捜索に加わってもらうようにしよう」とバオルの声。
「わかった。あいつのゴーレムが使えれば楽だったんだが」
言われるまでもない。リーサはすでに、別のゴーレム鳥に意識をつなげていた。昨晩、都市内部に放った一羽にアクセスし、上空から都市をくまなく見渡す。
兵舎、市街、耕地、訓練場、魔法機関と順繰りに見ていくが、子供たちの姿は見えない。そもそも、ターゲットの顔すら分かっていないのだ。
リーサが目を開くと、二人はすでに部屋にいなかった。書き物机の上に捜索依頼の書き置きと、子供たちの似顔絵がある。それを一瞥して、リーサはどきりとした。アイチやメイリを含む、昨日一緒に泥遊びをした子供たちばかりだ。
失策だ。同時に彼女は直感する。皆を家に帰らせた時に感じた、あの妙な気配が原因だ、と。あの時、自分が家まで一緒についていればと、ほぞを噛む。
今まで旅をして蓄えたメモと知識の中には、魔術に関するものもたくさんある。荷物からメモを取り出し、目にも留まらぬ早さでめくりながら、リーサは頭の中で推理する。
探り出した魔術の中で一番有力なのは、遅効性の暗示。あの気配の主は、子供たちを密かに連れ出すために、あの場はあえて暗示をかけるに留めた。
今朝方まで、親たちが騒がなかったのはそのせいだ。開戦直前に発動させることで、内部からアーゾフを崩す布石とするのだろう。
極めて卑劣。極めて卑怯。
これが失った命のために、未来を築くとのたまったダイトンのやり方なのか。戦と関係ない子供たちを利用して。リーサは、全身の血が沸騰して、穴という穴から噴き出しそうになるほどの怒りを覚えた。
やはり、奴らは偽善者だった。口先に踊らされて、一瞬でも奴らに同情しそうになった自分の愚かさに、はらわたがよじれそうになる。相手が悪ならば、もはや情けはいらない。この手で完膚なきまでに叩き潰して、一人残らず汚泥の底に沈めてやる。
リーサはゴーレム鳥に意識を移す。今度は外部に放ち、都市の周辺を巡回させていたものだ。巡回ルートを変更し、近くの木立の中に分け入る。
見つけた。後ろ姿しか見えないが、背中を大きく開けた扇情的なドレスをまとう女性が、子供たちを先導している。アイチやメイリたちの瞳からは、光彩が消えていた。暗示にかかっている証拠だろう。
女の風上にも置けない、腐った魔女め。
恨み混じりにゴーレム鳥を女の後頭部に突っ込ませる。視界が暗転したのを確認すると、リーサは部屋を飛び出した。場所は覚えている。あとはそこにたどり着くだけ。
アーゾフの門は、東西南北のどれも兵士が見張っており、作戦以外ではいかに自分たちといえども開けてくれそうにない。それでも、リーサには打つ手がある。
昨日、子供たちと遊んだ田に向かった。周りに兵士がいないことを確認すると、かがみこんで、その柔らかい土に手を触れる。
「私を導いて」
彼女の声と共に、田に人が一人入るほどの穴が開き、その側面をモグラが掘り進むように横穴が広がっていく。リーサが穴に飛び込むと、土はひとりでにその穴へ戻っていき、数秒後には何事もなかったように元の地面に戻っていた。
穴はリーサが指定した通り、あの魔女がいた森につながっている。彼女は穴から顔を出して周囲を確認すると、入った時と同じような勢いで飛び出し、ゴーレム鳥で見た地点に急ぐ。昨日嗅いだ、柑橘類の香水の匂いもする。
そして、直に視界に捉えた。先ほどのゴーレム鳥の不意打ちはかなり効いたらしい。暗示が解けかけた子供たちも騒ぎ出していた。しかし、完全に暗示は解けていないようで、足が動かないのか、逃げ出そうとする子はいない。魔女が頭を押さえながらほとんど動かなかったのは、子供たちの騒ぎを鎮めるために暗示をかけ直そうとしていたのだろう。裏でこそこそしていただけに、明るみに出るのは避けたいはずだ。
「あ、お姉ちゃん」と声を挙げたのはアイチ。
リーサは心の中で舌打ちする。不意打ちし、一撃で魔女を落とすはずが、存在を感づかれてしまった。魔女は我に返った様子で、こちらを見ると右腕を突き出してくる。
木々が揺れたかと思うと、身体中に痛みが走った。着ていたローブが切り刻まれ、肩から血が流れている。風の魔法だ。
「あなた……昨晩、子供たちと遊んでたお嬢さんね。記憶操作のアロママジックが通じてないってことは、あなたも術士ってわけね」
魔女はリーサを見据えて、頭を押さえながらも嘲りの笑みを浮かべる。
「もしかして保護者気取りで追ってきたの? バカねえ、その半端な正義感が命を縮めるというのに」
「やかましい」リーサは肩の傷を押さえながら、魔女に反駁する。「どの口が言う。死んでいった命に報いると言いながら、こんな汚い真似をして、どの口が命を語るの」
「熱いわねえ、お嬢さん」くつくつと魔女は笑う。「すべてはダイトンのためなのよ。この子たちの犠牲は、新しいダイトンの礎となるの。それがこの子たちの『死を生かす道』なのよ。分かった? 分かったら回れ右して、はい、さようなら」
「その言葉を口にするな」
その姿で、その嘲笑で、バオルの信念を語るんじゃない。
「あなたにとって子供たちは、仕事のための標的に過ぎないというのですか」
「組織に仕えるとはそういうことよ。利をもたらさねば、捨てられる。若過ぎて虫酸が走るわ、お嬢さん。消し炭になりたくなかったら、とっとと去りなさい」
「――よく分かりました」
リーサは懐から泥袋を取り出し、頭から全てかぶった。魔女が困惑した顔になるが、気にも留めない。一瞬、服を汚して二人に怒られるな、と場違いな思いがよぎったが、すでにローブはずたずただ。目の前の魔女のせいで。
なら、この女もボロぞうきんにしてやるだけ。
「あなたを潰す」
「受けるわよ」
魔女が手のひらからこぶし大の火球を放ち、リーサはそれを瞬時に右腕にまとわせた泥で弾き飛ばした。あさっての方向に飛んでいった火球は木の一本に命中し、たちまちの内に燃え盛る。
リーサが泥の腕を魔女に向けると、腕についた泥の一部が、何本もの触手となって魔女に殺到した。ウェンディゴの時には奴の腕力とスピード、剛毛からして通用しないことが見えていたので、あえて使っていない。だが人間相手ならば、拘束、粉砕、貫通も思いのままだ。
しかし魔女が腕を一振りすると、見えない風の刃が、迫る触手を切り刻む。
「攻防一体の泥の腕……面白い術を使うじゃない」
「あなたも、口先だけの魔女ではないようね」
「久しぶりにぞくぞくしてきたわ。最近、隠密行動ばかりでイライラしてたの。健康のために一汗かかせてもらうわよ。泥のお嬢さん」
「せいぜい腰を痛めないでくださいよ。魔女のおばさん」
二人は再び火花を散らす。魔女の魔法は巧緻を極めていた。風の魔法はリーサの攻撃を反らせ、隙あらば彼女の首を切り落とそうとし、燃え盛る火球は、すでにあちらこちらの樹木を炭へと変えている。
リーサも負けていない。一箇所に魔女が留まれば、足元の土が隆起して尻から喉まで串刺しにするし、放たれる魔法をことごとく防ぐ泥の腕は、時として触手となって襲いかかり、少しでも油断すれば魔女の身体を蜂の巣にしていた。
「もう、しつこいのよ!」
魔女が苛立ちまぎれに、両腕を大きく振るう。木々を切り倒しながら迫る、おそらく今までで一番大きい風の刃。当たり所が悪ければひとかすりで致命傷に至る。
だが、逆に変なところに当たらなければ勝機だ。無理な体勢で放ったために、魔女の身体はバランスを崩している。今までの旅で培った自分の直感を信じ、リーサはジグザグに走りながら突っ込んだ。
左腕を深く切り裂かれ血が噴き出たが、気にするほどのものでもない。彼女は右腕の泥を巨大な錐に変形させる。魔女の表情が驚愕に歪んだ。
狙いは心臓。その無駄に大きい胸にふさわしい、特大の風穴を開けてやる。
だが相手もさるもの。とっさに放った風の魔法が、リーサの泥の腕の先をわずかに下げた。結果的にリーサの腕は、魔女の脇腹の肉を抉っただけ。
それでも十分なダメージだったようだ。魔女は傷を押さえて悶え苦しみ、子供たちは完全に暗示が解けて、自分に駆け寄ってくる。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「すげえ。お姉ちゃん、めちゃくちゃつええ」
「教えて、教えて。あのビュー、ドスってやつ」
血なまぐさい闘いだが、子供たちは無邪気にリーサにすり寄ってきた。リーサの緊張の糸が緩む。自分は彼らにとっての、かっこいい存在になれたのだろうか。
「ふふ、また今度ね。さあ、帰りましょ」
「お姉ちゃん、危ない!」
身体がぐらつく。アイチとメイリが自分を押しのけたのだ、と察した時には、二人は、すでに炎に包まれていた。その向こうでは魔女が、血の滴る脇腹を押さえて、立ち上がっている。
「痛い、痛い、痛いわあ。毎日お手入れしていたのに、珠の肌が台無しよ」魔女は高笑いをあげる。「許さない、許さないわ。ガキに邪魔されたけど、もう外さない」
「その汚い口を動かすな」
リーサが凄む。もちろん、魔女は聞くはずがない。次こそリーサを灰にするため、詠唱に入ろうとした。
だが、喉に違和感。声が出ないのだ。しかも開いた口からは、次から次に泥が飛び込んでくる。気道がふさがり、息ができない。胃も、肺も、腸も、泥が埋め尽くしていくのが分かる。悲鳴もあげられず、入り込む泥を取り除こうにも腕が動かない。彼女の両手、両足はすでにリーサの石のギプスで固定されていて、倒れることも許されないのだ。
「泥に犯され、朽ち果てろ」
薄れ行く意識の中で、魔女が最後に聞いた言葉は、リーサの無慈悲な宣告だった。




