054話 情報収集
アルバートの言葉にマーサの心臓がきゅっと締まった。お見合いの話をセイン王子としていたことを思い出し、浮いていた心が沈んでいく。
「とは言っても、縁談がどこまで進んでるか分からねえ。そこは今から調べるつもりだけど、早め早めに動いて損はないと思う」
アランの母親が決めた縁談を自分の都合で壊して良いものなのだろうか。そんなことが頭を過ぎったが、どちらにしても隠しておくわけにはいかない。
「わかりました。では早速一筆したためます。アルバート様、いつもありがとうございます。お手数ではございますが、よろしくお願いいたします」
お腹に触れながら真っ直ぐとアルバートを見つめた。きっと大丈夫。自分にはエリー王女もアルバートも、そしてお腹の赤ちゃんもついているのだと言い聞かせた。
二人のやり取りを見ていたエリー王女は、マーサの不安な表情に気がついていた。少しでも不安を取り除いてあげたい。エリー王女はきゅっと自分の手を握り締めた。
「アルバート、では早速調べにジェルドの所へ参りましょう」
すっと立ち上がったエリー王女は二人に笑顔を振り撒く。
「え? 今から?」
「勿論です。早め早めに動いて損はないと仰ったのはアルバートでしょう?」
笑顔を崩さず威圧的に伝えた。アルバートはその意味を察し、頷く。
「そうっすね。じゃあマーサさん、紙は用意させるんで今日中に出して下さいね」
そういい残し、エリー王女とアルバートは医務室を後にした。
◇
「あれ? おっちゃんどこ行くんすか?」
ドドドン酒場の執務室に入ろうとしたところ、扉から勢いよくジェルドが出てきた。
「なんだアルか。わりぃ、これから任務って、エリー様!? こんなむさ苦しいところにご足労いただき――」
エリー王女は片手を上げ、笑顔で言葉を止める。
「いえ、ジェルド。それより、少しお話する時間は取れないでしょうか?」
「取れます取れます! ささ、こちらへっ!」
ジェルドは大きな体を低くし、恭しくエリー王女とアルバートを執務室の中に迎え入れた。質素なソファに三人が座ると、早速アルバートが切り出した。
「アランに今、バッファ家の令嬢フィナ様との縁談が持ち上がってる。その件について何か知ってることがあったら教えてほしいっす」
「大したことは知らねえが、フィナ嬢は確かアランに惚れてるって話だ。それに今回、ラッシュウォール家に行く道中でフィナ嬢が襲われている。だからルーシー様は責任を感じ、バッファ家に何度か訪れているそうだぜ」
「では、既に縁談が進んでいるのでしょうか?」
エリー王女が身を乗りだし訊ねると、ジェルドはうーんと唸る。
「助けたのがアランだったということもありますからね。もしかしたらその可能性は大いに有ると思います」
「そうですか……」
視線を落とすエリー王女にジェルドは首をかしげた。
「あの……この縁談を円滑に破棄させることは出来ないでしょうか?」
「もちろん出来ますよ。その縁談が決まったことによって国に驚異を与えてしまうということなら俺らは動きます」
ジェルドの言葉にエリー王女ははっとする。自分の私欲で秘密情報部隊を動かしていいものではない。アランとマーサの二人の問題であり、両家の問題なのだ。何も出来ない自分にエリー王女は落胆した。
そのエリー王女の落ち込みがあまりにもあからさまで、ジェルドはどういうことかと助けを求めるようにアルバートを見た。しかしアルバートは肩をすくめるだけで、特に説明をする気はないようだ。ジェルドは心の中で舌打ちをする。アルバートの考えは見え見えだ。公に依頼しないが手伝ってほしいという意味だろう。
「エリー様。あくまでも一個人として見守り、両家に何か進展があったら報告はします。ですが、妨害はしません。情報をどう使うかはお任せします」
「よっしゃー! 十分十分。ありがとー! あ、でも、おっちゃん今から任務なんすよね? 調べられるんすか?」
「だから大したことはできねーからな。ったく、仕事増やしやがって。俺は便利屋じゃねーっつうの」
アルバートとジェルドのやり取りを聞いていたエリー王女はすっと立ち上がった。それに驚いた二人は話すのを止め、エリー王女を見上げる。
「あ、あの……ありがとうございます。心から感謝申し上げます」
胸に手を当て、エリー王女は輝く満面の笑みをジェルドに送った。
ジェルドは慌ててソファーから降り、跪いて頭を垂れる。
「い、いえ……。勿体なきお言葉、ありがとうございます」
エリー王女の笑みはジェルドの心を鷲掴みにした。こんな笑顔を貰えるならこの任務も悪くない。ジェルドは半笑いにそんなことを思っていた。




