039話 孤独の王女
エーデル王女に案内された場所は、僅かに鉄の匂いがした。高い天井に、壁にはいくつもの装飾が施された支柱がそびえ立つ。奥には円形にくり貫かれた大きな浴槽。その中央には美しい女性をかたどった彫刻が置かれ、女性が持つ器からお湯が溢れ出ていた。支柱の間には大小の様々な観葉植物が置かれ、天井には青空が描かれている。
まるで天国にいるようなこの場所をフィナとアリスは口を開けて仰ぎ見る。
「ここは、デール王国で誇れる場所らしいです。よく父が自慢しておりましたので」
エーデル王女は苦笑いを溢しつつ、背中のファスナーを自分で下ろし始める。何の躊躇いもなく、青いドレスがふさっと地面へと落ちた。想像通りの体つきで、目のやり場に困ると思いつつも、フィナはついそこに目がいってしまう。
「さ、何を見てるのです? 早く脱いで入りましょう! もしかして、侍女の手伝いが必要ですか? それなら私が手伝ってあげますわ」
「えっ、いえっ、大丈夫です! じじじ自分で出来ますので」
一糸纏わぬ姿のエーデル王女がにじりよってきたため、フィナはそれに合わせて後ろに後退した。
「そうですか? アリスもよ? 何故後ろを向いて立っていらっしゃるの?」
「いえ、私はこちらで控えております」
アリスの腕に絡み付いてきたエーデル王女は、その答えに口を尖らせる。
「……では、アリスも入るようにと、セイン様から命令してくださるようにお願いして参ります!」
エーデル王女はアリスの腕を押すように離し、すたすたとそのままの姿で外に出ようする。アリスは慌てて、エーデル王女の手首を捕まえ呼び止めた。
「えっ、エーデル様! そのような格好で外に出てはいけません!」
「では、一緒に入って下さいますか?」
「いえ、それとこれとは別にございます。エーデル様と私とでは身分が違いすぎますので――――」
エーデル王女は、アリスの口を人差し指で止める。
「身分などはどうでも良いのです。……もともとそのようなものはなかったのですから……」
悲しみや怒りが入り混じっているような瞳で、吐き捨てるようにエーデル王女は呟いた。
アリスはデール王国に潜入捜査をしていた二週間で、エーデル王女がこの国でどのような扱いを受けていたかは知っていた。エーデル王女の言葉に、アリスの胸がぐっと詰まる。前国王が生きていた間、彼女は王女として扱われたことはない。ただこの城にいるだけで、奥のほうでひっそりと暮らしているだけだった。
それに、今ここに侍女が誰一人いないことも気になる。
「……わかりました。私がお背中をお流しいたしましょう」
エーデル王女こそ孤独を恐れている。そう感じたアリスは笑みを作り、頷いた。エーデル王女の側にいれば、この城内の腐敗も分かるかもしれない。素早く着ているものを脱ぎ、制服を綺麗に畳むと、その上に剣を置いた。
「まぁ、素敵! この引き締まった体。ああ……凄い……。凄く硬いですわ。あ、でも胸はちゃんと柔らかいのですね」
「ちょ、エーデル様っ。いけませんっ……あっ……」
アリスの背後から、背筋や腹筋、上腕二頭筋を触った後、それなりにある胸を両手で揉む。アリスは顔を赤らめ胸を隠すようにエーデル王女から遠ざかった。
拒まれたものの、エーデル王女は満足そうに微笑むとフィナに向き直った。華奢で小さな体に少し膨らんだ胸。それを隠すように、フィナはもじもじと心許無く立っている。
「恥ずかしがらなくても良いですのに」
「いえっ、エーデル様もアリスさんもとても魅力的で……。こんな体ですみませんっ」
「そんなことないです。ほら、フィナの肌、とてもすべすべですわ。ああ、気持ちいい。温泉に入らなくてもこのような肌を持てるのですか?」
「エーデル様……その……そんなところを……」
「これは、アランも喜ばれますわね。触るだけでこのように気持ちいいなんて……」
未だに体中を撫でるのを止めないエーデル王女に対し、フィナはなされるがまま固まっていた。
「エーデル様、フィナ様。早く入らないとお風邪を引いてしまいますので」
「そうですわね。 さ、二人とも参りましょう」
エーデル王女は嬉しそうに笑みを浮かべ、フィナの腕とアリスの腕に自分の腕を絡めてくる。エーデル王女の距離感にアリスは戸惑いつつも、そのまま湯の中へと一緒に浸かった。
中央の彫刻から流れる水音が響いている。
何十人も入れそうな広いお風呂にもかかわらず、三人は密着して入っていた。エーデル王女から一通りお風呂の説明を受けた後、アリスは疑問をぶつけた。
「エーデル様は、何故侍女をつけないのですか?」
その問いにエーデル王女の表情がすっと曇った。




