034話 報告書
つい誘い文句を言ってしまったフィニアスは、自分でも驚いた。訓練場に向かう途中だったため、話す時間があまりなく、もう少し一緒にいたいと思ったことが要因だった。
一緒にいたい? いや、そうではない。
そういうつもりでマーサと会っているのではないのだと、自分に言い聞かせた。
「いえ、すみません。変な意味で誘っているわけではないんです。ただゆっくり食事をしながらお話したいと思っただけで……」
「はい、それは勿論存じ上げております」
マーサがあたかも当たり前であると言うように、にこやかに返してくる。その反応にフィニアスは、自分でも分からない複雑な気持ちになった。
「そうですね……少し遅い時間になりそうですが、それでもよろしいですか?」
「え? あ、はい。勿論かまいません。では、終わる頃に迎えに行きますね」
それでもマーサの返事にフィニアスの胸が踊り、自然と笑みが溢れた。そんな浮き沈みする自分の心に見て見ぬふりをする。
飲み会から約二週間。このように二人は徐々に仲良くなっていった。そして、二人でいることが多くなったためか、付き合っているのではないかと瞬く間に噂の的となった。
「ははは。付き合っているわけではないよ。ただの友人だ」
とある騎士からの質問にフィニアスは朗らかに笑う。そう、ただの友人である。友人と思えば、妻に引け目を感じることもない。また、会いたいときに会える。フィニアスにとって今の距離感がちょうど良かったのだった。
この噂はアルバートの耳にも入ってきており、エリー王女と一緒にいるとき、マーサにそのことについて確認した。
「いえ、そのような関係ではございません。気遣いでよく声をかけて下さっているだけです。それに、フィニアス様は奥様をとても想っておりますので、アルバート様が心配されるようなことはありません」
そうきっぱりと断言し、微笑まれた。マーサの隣に座るエリー王女はアルバートとマーサを交互に見て、そんな噂があったのかと驚いていた。
「じゃ、まだマーサさんの気持ちに変わりはないんすね? ってか、そっちでの進展はないんすか?」
実は飲み会のあと直ぐ、アルバートはアラン宛に手紙を送っていた。そこにはフィニアスとマーサが仲良くなったことを大袈裟に書き、もし好きなら手紙のひとつも書いて繋ぎ止めろ! というようなことを書き綴っていたのだった。
エリー王女とアルバートが興味深そうに見つめると、マーサはほんのりと頬を染めた。
「マーサ……。もしかして何か進展が?」
エリー王女まで頬を桃色に染めて瞳を輝かせる。
「いえ、進展ではないのですが……今朝、手紙を頂きまして……」
「まぁ、素敵! そこにはなんと?」
手紙には、予定よりも戻りが遅くなりそうだということと、そして……。
「業務的な報告……ですね」
そう言いながらマーサは何故か嬉しそうに微笑んでいる。エリー王女は目をしばたかせながら首を傾げ、アルバートは目頭を押さえた。二人の様子に気が付いたマーサは、ゆっくりと言葉を付け足す。
「いえ、内容はそうなのですが……。そうですね。それは、そもそも私のようなものに送る必要がない内容です。それなのに、わざわざペンを取り、丁寧に書いてくださった。そのことが、嬉しいのです」
「自分のために時間を割いてくれた、ということがでしょうか?」
エリー王女は少し分かったような気がして、また瞳を輝かせる。
「そうですね。それもございますが、私のことを少しでも思い出して下さったのだと思うと嬉しかったのです」
少しは期待してよいのだろうか?
少しは寂しいと感じ、会いたいと思ってくれたのだろうか?
もしそうなら、こんな不器用な表現をしてきたアランをとても可愛いく、そして愛しく思えるだろう。
「うふふふ。マーサ、とても幸せそう」
「そうですね。手紙一つでこれほど幸福感を味わえるとは思っておりませんでした」
エリー王女の言うとおり、マーサは幸せそうだった。
うん、結果オーライだな。と、アルバートは手で口元を隠し、苦笑いを溢した。




