1話目
これは、私と恵が小学生5年生の時のある二日間の話であり、
私が初めて『事件』というものを解決まで持ち込んだ記念すべき日の話である。
「それでね!笹本先生ってば今日もカッコよくてね!」
「あー、はいはいそうだねー」
割と露骨に適当に答えたのに恵はまったく気にしていないようだ。
私、山本祥子の親友である相沢恵はちょっと頭のネジが緩いものの、いつも明るくて元気な子である。
低学年の子にも優しくて色んな人から好かれている。
ただ、そんな恵にも大きな欠点がある。
「あの理科について語る時の先生のキラキラした瞳!すっごくカッコいいよね!」
――男の趣味が極めて悪い。
笹本克也。35歳独身。私たちの通う城北小学校の先生であり、理科の先生である。
大きな眼鏡に、無精ひげ。おまけに身長はあまり高くなくて、6年生の身長の高い子に追い抜かれそうである。
趣味は理科について語ること。授業中に語りすぎて授業進度が遅くなっているとかでPTAから文句を言われているそうだ。
しかし、生徒からの評判はあまり悪くはない。私はあまり好きではないが。
まあ少なくとも、女子の恋愛対象として見るのは極めて難しいだろう。
しかし、私の親友は現在進行形であの先生に惚れているのだ。
どうしてあんな人が好きなのか。聞いてみたことがある。
「ビビッてオーラを感じたんだよ!」
私はそれ以上追及するのを辞めた。まあ、人の好みなど千差万別である。
「それでね、明日にはトマトが収穫できそうなんだって!」
ようやくのろけ話らしきものが終わって、別の話題に入った。……入ったものの。
「……ほんと?」
「嘘ついてどうするの?」
このトマトというのは私たちのクラスの総合学習のテーマの一つである。
この城北小学校では5年生はクラスでいくつかのテーマを決めてそれに対する研究を行う。
例えば、小学校近辺の生物マップを作ったり、この町の名産品を調べたりとその幅広い範囲から決めるのである。
私と恵のグループは学校近辺の生物マップを作製した。
我ながら、なかなかの力作になったと思う。学校近くの林から川まで念密に調べ上げた。
もしかしたら、賞か何か貰えるのかもしれないと思われる位のクオリティに仕上げたつもりだ。
「収穫したトマトをクラスの皆に食べさせるなんて委員長は何を考えてるのさ……」
ここで話題に挙がっているのが、私たちのクラスの委員長の班である。
彼らは恐るべきことにトマトの栽培日記をを作っているのだ。
なんでも、委員長の祖母がトマト農家をやっているとかで苗を分けてもらったらしい。
それでトマトを育てて、クラスで試食会をするという鬼畜の所業を行うのだ。
「祥子はトマト苦手だもんねー」
馬鹿にするように恵が言う。うるさい。
「野菜のくせに赤いとか生意気だから嫌いなの」
少しおどけるように言ってみる。無論、気は晴れない。
私はあのトマトのゼリーみたいな部分がとても苦手なのだ。
「生意気言ってると食べてあげないよー?」
「すいません、勘弁してください」
即座に謝る。自分の生命がかかっているのだ、多少の恥がなんだというのか。
はあ、と恵はため息を吐く。
「委員長、すっごい頑張ってるんだよ?トマト嫌いの子も必ず好きにさせてやるんだ!とかなんとか」
「まあ、努力は認めるけどね……」
それでも、嫌なものは嫌なのだ。そう告げると、恵はもう一度深いため息を吐いた。
「筋金入りのトマト嫌いだね……委員長も大変だなあ……」
そんなことは私の知ったことではない。




