はじまり【完結】
ただ君を見つめているだけの時間が
どれだけ過ぎたのかも分からなくなっていた。
微笑んでくれない
その空の瞳を、見つめることは叶わない
どれほど想っても、
届かない
それでも、ふとした瞬間に
君の瞼が少し動いた気がして
君の唇がほんの少し動いた気がして
涙が溢れて止まらなくなる。
まるですぐに起きて
笑ってくれそうな綺麗な寝顔に
気持ちを抑えきれないでいる
分かっているのに
君はもう
起きることはないかもしれなくて
そんなこと思いたくなくて
だから、
どうかここに
僕のそばに
彼女の心を連れて来て。
そう願わずにいられないんだ。
◇ ◇ ◇
テラが永い永い眠りについて
1,200年のときが過ぎていた。
リーフは、テラのそばでただただ、静かに
彼女を見つめていた。
ふと、テラの眉がピクリと動いた。
その変化にリーフは驚き、目を見張る。
テラの左手の指がピクリと動いた。
「テラ!!」
リーフは彼女の名を叫んだ。
動かない。
目は開かない。
リーフは首を垂れて、肩を落とすと、目に涙がじわじわと浮かんできた。
今まで、何度も何度も、何度も何度も、繰り返してきた。
少し動いたような気がして
じっと見つめては
やっぱり動いていなかったと
そんな日々を
430,000日、繰り返した。
リーフの目からポトリとしずくが落ち、テラの手の甲を伝った。
◇ ◇ ◇
私は何度も何度も繰り返し同じ夢を見ている。
夢の中で眠ると
また最初から夢が始まる。
『やっぱり夢じゃなかったよね』
と安心して夢の中へ沈んでいく。
終わりなき夢の連鎖、夢の円環に囚われている。
もし、次の夢が、違う夢だったら……。
「テラ!!」
私の名前を呼ぶ声がした。
朦朧と、どこか深くに沈んでいた意識が、
今、はっきりとしていくのが分かる。
カチリ。
「………………………………リーフ?」
その懐かしい声に驚いたリーフは、パッと顔を上げ、テラの顔を覗き込んだ。
「………………テラ?」
ゆっくりとテラのまぶたが開き、空の青の瞳が光を宿した。
「テラ………………わかる?」
「……………リーフ? どうしたの? 泣いてるの?」
テラの変わらない優しい声が、静まり返った部屋に染み渡るように響くと、リーフの表情が一気に崩れた。
「うれしい……うれしぃっ……こんな日が来るなんて……っ」
リーフは咄嗟に、テラを強く抱きしめた。
逃がさない、引き留めたい、離したくない。
そんな想いの籠った、熱い抱擁だった。
「テラ、テラ…………お願い……どこにも行かないで……愛してる……愛してるからっ……寂しかった…………もう独りは……っ」
「私も、愛してるよ。リーフ……私、どこにも…… 行かないよ?」
テラは何事も無かったかのように、優しく微笑んだ。
リーフの目から、大粒の涙が溢れて止まらない。
ポロポロポロポロ、涙はとめどなく零れた。
「リーフ…………そんなに泣かないで?」
心配そうに揺れるテラの瞳に、リーフは溢れる涙をぬぐい、必死に気持ちを落ち着けた。
その時、寝室の窓から夜明けを告げる日の光が射しこみ、部屋の中を照らし始めた。
リーフは精一杯の穏やかな優しい声で、朝のあいさつの言葉をかけた。
「おはよう、テラ」
「おはよう、リーフ」
テラはニッコリと微笑みながら挨拶を交わした。
「テラ……ごめんね。ずっと、ずっと、謝りたかった……」
「私こそごめんね……また、リーフを泣かせてる」
「ううん。……テラ、窓の外、見える?」
視線の先ではセイヨウトネリコが青々とした緑を湛え、朝日の中で煌めていた。
その巨木の後方には見覚えのある果樹園が広がり、いくつかの家々が点在して、村が静かに息づく暮らしが伺えた。
テラはしばらくの間、その風景をじっと、穏やかな表情で眺めていた。
「これは……夢……じゃ、ない?」
「うん。夢じゃない」
リーフはテラの手をきゅっと握ると空の青の瞳を見つめ、ずっとずっと、ずっと言いたかった言葉を口にした。
「テラ……約束、覚えてる?」
「……約束?」
「うん。大切な、とても大切な約束。……ねぇ、テラ?…………明日、結婚しよう?」
テラは一瞬、驚いた表情を見せたけれど、すぐに明るい嬉しそうな笑顔がこぼれた。
「うん!」
ここから、ふたりの新たな物語が、再び、始まる――。
本日公開の『はじまり』をもちまして、本作は全165話(58万文字以上)をすべて完結いたしました。
連載開始前に用意した40話のストックから始まり、リーフとテラの1,200年にわたる長い旅路を、一度も投げ出すことなく最後まで書き切ることができました。
物語を『責任を持って終わらせる』という目標を達成でき、今は肩の荷が下りた心境です。
この静かな物語を最後まで見届けてくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
リーフとテラの新しい『はじまり』が、皆様の心に温かな余韻として残れば幸いです。
長い間、本当にありがとうございました。




