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134 それぞれの話し合い

 

 二人用ほどの広さがある部屋には、木製の小さなテーブルと椅子が置かれていた。

 リモはベッドに、ヘリックスは椅子にゆったりと腰掛け、ファルが食堂へ出掛けている間に、二人はヒイラギの精霊について話をしていた。


 リーフが気配を感じたのと同様に、リモとヘリックスも同じように感じていたのだった。



「私はヒイラギの精霊には会ったことがないのだけど、リモはどう?」


 長い時間を生きているヘリックスだけれど、彼女にとってヒイラギの精霊はよく分からない存在だった。


「私もあまりよくは知らないのよ。でも、名前は確か……フィリスだと記憶しているわ」


 リモにとってもヘリックスと似たようなもので、よく分からない。


「でも、あんなに気配を漂わせてるなんて、よっぽどねと思ったけど、姿は現さないのね」


 ヘリックスは少し口元を緩ませ、クスクスと笑っていた。


「それがヒイラギらしいと言えば、そうなのかもね」


「ふふっ、まあ、そうね」


 二人の意見としては、よく分からないのがヒイラギの精霊であり、それは彼女が用心深いがゆえ。


 同じ精霊に対して用心深いわけではないのだけれど、その性質のため、おかしな精霊みたくなっていた。


 よっぽどだというのは、依り代に隠れながらも気配を漂わせ、私の守り人だと誇示している点だ。

 気配で表明をしているのになぜか姿を現さない。

 ヘリックスやリモから見れば、面白い精霊だった。



「だけど、ヒイラギの精霊フィリス……彼女、私たちに協力してくれないかしら」


 リモは真剣な眼差しで、ヘリックスに問いかけた。


「協力?」


 ヘリックスは少しばかり訝しげな顔を見せた。


「これから私たちはエルナス森林地帯に行くでしょう? でも、私たちが森に入る場所、位置を人に特定されたくはないし、リーフだってそのつもりのはずよ。だけど、村を作るのだったら、入口は必要だと思うの」


「フィリスに入口を守ってもらいたい、ってこと?」


「守るというと大袈裟かもしれないけど、村を訪れる守り人や精霊は歓迎するけれど、それ以外の侵入者は通さないような……」


「そうね。だけど、フィリスに頼まなくても、リーフがいれば可能じゃないかしら?」


「それだと、いつもリーフに頼ることになるわ。それに、ずっと見張っているわけにもいかないでしょう?」


「それはそうだけど……」


「私、ずっと考えていたのよ。エルナス森林地帯を目指すことが決まってから、ずっとね」


 リモは、『小さな村みたいな形にするといいかもしれない』と自身がリーフに言った言葉を噛みしめると、さらに言葉を続けた。


「村を作り、守り人や精霊に住んでもらうためには、特別な入口があるといいんじゃないかって考えていたの」


「特別な入口……それで、フィリスなのね?」


「ええ。彼女なら可能なんじゃないかしら」


 リモは期待を込めた眼差しで、少し身を乗り出してヘリックスに問いかけた。


「でも、協力してくれるかしら」


「……彼女と話す機会があればいいんだけどね」


 リモは考え込むようにして、頬杖をついて視線を彷徨わせていた。



「だけど、リモがそこまで村のことを考えていたなんて」


 ヘリックスは優雅に微笑むと、リモをじっと見つめた。


「もちろん考えるわ。リーフの案に賛同したのは、私たちの夢でもあるからよ。ファラムンドと共に暮らす村よ。ファラムンドの安全が脅かされるのは嫌なの」


 リモはヘリックスを見つめ返し、その言葉に力を込めた。


「そうよね。……それは当然だわ」



 この大陸に、精霊が敵対する相手はいない。

 けれど、もし敵と認識する相手があるとするなら、それは人だった。


 守り人対普通の人。


 普通の人には精霊が見えない以上、可能性としてはそれしかない。

 精霊は契約する守り人のためなら、普通の人を敵に回しても構わないだろう。

 しかし、わざわざ敵対するより、最初から近寄らせなければよいのだ。



 放浪から定住へ――。

 人目を気にして過ごした日々からの脱却も、隠れ続けることは変わらない。


 それでも定住したい、定住するという選択をしたのは、守り人とは、精霊が見えるだけの『人』であることの証なのだ。



 ◇ ◇ ◇



「リーフ、私、聞いてきちゃった。御者さん、アレクっていうんだけど、精霊はヒイラギだって」


 宿の食堂で夕食を済ませ部屋に戻ったテラは、アレクから聞いた情報を早速リーフに伝えていた。


「やっぱり、そっか」


「ヒイラギは東側の地域の特有よね? 私の故郷では見られなかったもの」


 テラの故郷は大陸の北にあり、赤い実を付けるヒイラギが一般的だった。



「うん。王都も含めた、大陸の東側でよく見られる木だね」


「ヒイラギの精霊さんには会えなかったけど、この旅の間に会えるといいなぁ」


 テラは純粋に、ヒイラギの精霊に会ってみたかった。

 契約している守り人が目の前にいて、精霊は依り代にいるだけという状況が、なんとも不思議に思えた。

 リーフもヘリックスもリモも、常に姿を現したままなので、余計にそう思えた。



「そうだ。これからのこと、テラにまだ話してなかったよね」


「これからのこと? エルナス森林地帯のこと?」


「うん。どうやって行くのかって。ぼくが考えてることなんだけど。テラはエルナス森林地帯のこと、知ってる?」


「人を寄せ付けない未開の地、と言われてるのは有名な話よね。方位磁石が効かないって聞くわ」


「それもあるし、森の中は険しい渓谷や谷が連なっていて、南側の一部を除いて、中心部へ辿り着くことは、人にはほぼ不可能、かな」


 エルナス森林地帯は東西約800キロメートル、南北約500キロメートル。

 この広大な森林地帯は、まさに人を寄せ付けない未開の地だった。



「ということは、私たちは南側から行くのね?」


「そう。唯一、中心部まで徒歩で行ける道筋がある。道筋といっても、歩いて行けるってだけで、道なき道なんだけど」


 リーフの説明を聞いて、テラの表情が少し不安げに変わった。


「道なき道……? でも、リーフがいるから大丈夫なのよね? 迷子になったりは……」


「もちろん。精霊はどこにいても、中心部の方角は分かるからね」


「そっか。それなら安心ね!」


 テラはリーフの言葉にホッと胸をなでおろした。



「でも、守り人だけだと迷子になる……すごく危険だから……」


 リーフは視線を落として、不安げに話した。


「……それは、例えば村を作って住んだとしても、守り人だけで外に行けない、外に行っても村に帰れないってこと……?」


 テラの指摘はその通りだった。


「精霊と契約してたら、守り人が単独で行動することは無いとは思うけど」


 ヘリックスのように守り人と共に行動しない場合を除き、ほとんどの精霊は常に守り人と共にあるため、守り人が単独で森を行き来するとは考えにくい。



「でも、ユリアンやカリスが訪ねて来るわ。それに、他の守り人が来ないとも限らないよね? 村には多くの守り人や精霊に住んでもらいたいでしょう?」


 テラの意見はもっともだった。

 何よりユリアンとカリスは、必ず遊びに来ると約束している。

 そしてユリアンはヘリックスと行動していないし、カリスは守り人だけれど精霊と契約していない。



「守り人だけで行き来できるように。迷子にならないようにってことだよね」


 それについて、リーフは全く考えていないわけではなかった。


「昔から方位を見るには星を見ればって聞くけど、星を目印には進めないの?」


 テラは迷子にならない方法として、星を見ることを思い付いた。



「森の中にいると、太陽が昇る、沈む方向もよく分からないと思うし、星が見えても頭上の狭い範囲しか見えないかな」


 リーフは鬱蒼とした森の中での状況を想像し、さらに言葉を続けた。


「木々が鬱蒼とした日も満足に差さないような深い森。だからこそ、方位磁石が効かないのが致命的で、人を寄せ付けないと言われてる」


 リーフの言葉に、テラも深い森を想像した。

 木立に囲まれた影しかない空間で、方向が分からなくなるならば。



「それなら……何か目印とか?」


「誰でも分かる目印だと普通の人に見つかるけど、分かりにくい目印なら……いいかもしれないね」


「分かりにくい目印……分かりにくい……」


 テラはウーンと首を傾げ、考えていた。



「思い付くのは……例えばだけど、スターチスとユズリハが並んで生えている、とかかな。1種類だけだと、元からその場に自生しているかもしれない。でも、2種類や3種類が並んでいるなら、目印として機能するかなって」


「なるほど! それはいい案だわ! すごくいいんじゃないかな!」


 テラの脳裏には、その光景浮かんでいた。



「あとは……例えばだけど、さっき言ってたヒイラギだけど。別種の赤い実をつけるヒイラギと間違えやすいでしょ? 間違えやすい種類のものを目印にするのもいいかもしれない」


「それもいいわね! リーフ、もしかして考えてた?」


「うん、ちょっと。守り人だけでの移動は危険だから、万が一のためにも、目印は必要かなとは思ってたよ」


「そっか。でも、こんな話をしてると、いよいよって気がしてくるわね! 楽しみすぎてワクワクしちゃう!」



 日もあまり差さないような深い森。

 テラは楽しみって言うけど

 けっこう大変だと思うんだ……



 さすがに、日を好むスターチスやユズリハを植えたりはしないけれど、暗い日陰に強い植物、目印になりそうな木を植えながら、道なき道を進んでは痕跡を消す。


 そうして、ひたすら前に進む光景を、リーフは思い描いていた。



 おそらく1カ月後には、ぼくたちは森の中を歩いていて、順調にいけば、1カ月半後には中心部に辿り着いている。

 守り人のために定住の地を作るという夢に、もうすぐ手が届く。



 そんな未来が、すぐそこまで迫っていた。


いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『135 大雨での野宿』更新をお楽しみに!

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